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ドレッドノート・カプリチオ ~勇者狂想曲~  作者: 振木岳人
「新たなる仲間・ロロット・サンマリーデュモン」編
35/74

ロロットの涙


 「ゴールデンウィーク直前!」

子供が、若者達が、親が、老人が、そして妖魔が、久々の大型連休を、どう過ごそうかと思案に耽ったり、

大型連休に予定していた、バカンスや家族旅行にと、胸をときめかせる時期。

ここ、私立青嵐学園内も、普段より幾分、生徒たちの気持ちも浮き足立っており、

校舎の廊下や教室など、あちらこちらから、賑やかでかしましい声が聞こえて来ている。


 私立青嵐学園高等部、学生食堂

弁当持参のクラリッタ、加納を教室へ置き去りにし、独り学食へ赴いた玲一。

食券販売機の前に出来た列へと並び、自分の番が来たら、何を選ぼうかと、ちょっぴり口元に笑顔を浮かべ、待ち焦がれた昼食に、想いを馳せていた。


ただ、しらかば通り乱闘事件後、周囲の様々な視線を浴びていた玲一。

学食へ赴く際も、嫌な視線を浴びる事を、半ば覚悟し、諦めていた彼ではあったが、今日は何だか、空気が違う。

嫌なザワつき自体は確かにあるのだが、あまり玲一が注目されていないのだ。

つまり台風の目は、別の所にあったと言う事。玲一以上に注目を浴びる存在が、学食にいたのである。


 変な違和感を覚えながらも、いよいよ食券販売機の前に、たどり着いた玲一。

天ぷらそばのおにぎりセットで行くか、それととも、チャーシュー抜きのラーメン、いわゆる安価な「学生ラーメン」の大盛りで行くのか、ここに来て、迷走を始める。

後ろに並ぶ生徒たちのためにも、早く結論を出さなければならないのだが、ボタンを押す指が、弧を描き始めていた。


 ……いや!今日は、今日だけは、カツカレーにしよう!……


日々、比較的安価な食事を選んでいた彼が、学食の王者と言われる、カツカレーに手を出したのには、それだけの理由がある。

ゴールデンウィークに、何も予定も入っていなかったのである。


「特に」と言う言葉で飾らなくとも、本当にその言葉通り、何の予定も入っていな玲一は、

大型連休に向けて、緊縮予算を組み、地味に節約する事がなかった。

別段、何ら意識する事無く、至って普段通り。

限られた食費に、ちょっとだけ自分の小遣いを上乗せし、普段では手が出せない「王様」カツカレーを選ぶ事に決めた。

そう、玲一はゴールデンウィークよりも、今を生きていたのだ。


「ご飯、これくらい食べれる?」


顔に出ていたのであろう。カツカレーに魅せられていた玲一は、はばかる事無く、トレーを持って、笑顔で並んでいたのであろう。

それに気付いた、学食のおばあちゃんは、その笑顔にやられたのか、玲一にそう一声かけて来た。

もちろん、それをむげに断る玲一ではない。彼は輪をかけて笑顔になりながらそれを受け入れ、おばちゃんも釣られて笑顔で、ごはんを余計によそう。

彼女の粋なはからいで、玲一の皿には、大盛りプラスアルファの、北アルプス盛りが出来上がった。

そこへ、揚げたてサクサクの豚カツがトッピングされ、そして、スパイシーな香り漂う、学食特製のカレールウが、かけられる。


 ……たまんねー、これだよこれ!……


などと、ニヤニヤしながら学食の王者を受け取り、席を探し始めた玲一。ところが、ほぼ満席状態のホール、なかなかに席が見つからない。

一つふたつ椅子が空いていても、グループの中にポツンと、独りだけ飛び込み、相席する勇気などは、持ち合わせていない。


すると、幸運にも一番奥に、一人だけ座るボックスシートを見つけた玲一、迷う事無く、その席へと向かった。

だが、そのボックスシートに座る人物を見て、おや?と、玲一は珍しく感じる。

座っていたのは女子生徒。日本全国において、間違い無く田舎に分類されるこの長野でも、今はさほど珍しくない、黒人の少女。

その彼女が独りぽつんと、ホットドッグとフライドポテトを、ぼそぼそと食べている。

せっかくの昼食であるのに、何やら陰気な気配を醸し出しながら、うつむきがちな彼女は、目の前にいる玲一にすら、気付いていないのだ。


 昼休みの学食は、正直なところ、人間に占領されている。それも、ほとんど利用する生徒は、日本人に限られている。

別段、そういうルールは無い。そういう空虚が、いつの間にか浸透していると、表現した方が良い。

後から来た外国人、後から来た妖魔が、なかなかに利用し辛い、敷居の高さ。

「異物を寄せ付けない、群集の空気」と、「異物を冷たく見詰める、無数の視線」が、この学食の敷居を、高くさせていたのだ。


 ……なるほど、今日の主役は、彼女だったのか……


 玲一は、皮肉たっぷりに心の中で思う。

妖魔に味方した、裏切り者の土岐玲一よりも、連中にとって今日は、黒人の少女の方が、旬な素材なのだと、気付いたのだ。


周囲の視線に、嫌悪感を覚えながらも、相席を求める為に、少女に声を掛ける玲一。


「すいません、相席しても良いですか?」


笑顔で問い掛けた玲一に、少女は、いきなり掛けられた声に驚きながらも、「どど、どうぞ」と、

震える声を振り絞り、慣れない日本語で、着席を認める。


「ありがとう♪」


同情でも共感でも無く、相席を認めてくれた事を、素直に感謝する玲一。

黒人少女の反対側に座り、さっそく、満面の笑みで、カツカレーをほうばり始めた。


 カレールゥを、ご飯に絡めて一口

 カレールゥを、カツにかけてパクリ

 変化球で、福神漬けをポリポリ


本当に美味そうに、楽しそうに、幸せそうに、カツカレーを食べる玲一。

誰が見ても、羨ましく思える程に、玲一は食事を楽しんでいる。

すると、テーブルを挟んだ反対側から、黒人少女の声がする。玲一に話し掛けて来たのだ。


「あ、あの…」


「うん?」と、口の中でモグモグしながら、玲一は視線をカツカレーから、黒人少女へと移した。

良く見れば、少女が食べていたホットドッグも、フライドポテトも、先ほどから減っていない。

つまり、あまり口をつけておらず、何かしらの理由で、食事が止まってしまった事が伺える。

玲一は思わず、自分がカツカレーを「がっついて」いた事で、マナーが悪いと、少女が気分を害したのかと察し、顔を赤くしながら、少女に詫びた。


「ご、ごめん。俺、意地汚かったね。マナー悪くて、失礼しました」


照れ隠しで、頭に右手を置きながら謝る。しかし、少女は、玲一の察した内容とは、程遠い事を口にしたのだ。


「そ、それは誤解です、謝らないでください。とっても美味しそうに食べてるから…、それ美味しいのかな、って」


日本に移住して来たばかりで、日本食に詳しくないのか、彼女は不思議そうな表情で、カツカレーに好奇の視線を向けている。


「むふう!すっげえ美味いよ♪これは、カツカレーと言って、…そうだな、日本のソウルフードみたいなものさ」


屈託の無い笑顔で答える玲一。

勢いそのままに、このカツカレーのカレーとは、もともとインド発祥のスパイスを組み合わせた「カリー」を、日本が独自にアレンジし、

日本人の主食であるご飯……つまりお米に、非常にマッチする、魅惑の料理へと変貌させたのが、このカレーなのだと彼女に説明した。

さっきまでは、うつむいて、まるで自分の身を、周囲から隠そうとしていた黒人少女も、

今では、目を輝かせながら、玲一の説明に聞き入り、カツカレーに興味津々である


「あ、俺は1年A組の土岐玲一。よろしくね。それで、えっと…」


会話を始めていたのに、互いの名前すら、呼び合っていなかった事に気付く玲一。

慌てて自己紹介し、黒人少女の名前を尋ねた。


「わ、私は1年C組の、ロロット・サンマリーデュモン、アフリカ系フランス人です。よろしく…土岐玲一さん」


玲一はテーブルの上から手を伸ばし、ロロットに握手を求める。


「よろしく、その…ロロット・サンマリー…」


名前が覚え辛かったのか、彼女の名前を最後まで言えず、バツの悪い顔付きの玲一。

玲一が握手を求めて来た事を意外に感じながら、ロロットは、はにかみながら、玲一に答えた。


「ロロットが名前で、後はファミリー・ネームです。家族は私の事をロロと呼びます」


「そっか、じゃあ俺も君の事を、ロロと呼んで良いかい?」


ロロットは、玲一の言葉に、衝撃を覚える。

そして、その玲一の言葉を噛み締めながら、表情はあっという間に泣き顔へ変貌し、両手で手を覆いながら、肩を震わせ、泣き出してしまった。


「あ!ロロ…、ロロットさん?」


いきなり泣き出したロロットに、あたふたと困惑する玲一。

そして「キタコレ!」とばかりに、下世話な好奇心に動かされ、玲一がいるテーブルを舐める様に見つめる周囲の視線。

玲一とロロットは、静かな注目の的になっている。


「ごめん、ロロットさん。いきなりの初対面でロロは無いよね。馴れ馴れしくてごめん、反省してる」


「違う、違うの。土岐さん、あなたが悪いんじゃないの」


玲一の謝罪を、見当違いなのだと、慌てて説明しながら、涙を拭うロロット。

聞けば、彼女は、黒人と言うだけで、クラスメイトから、様々ないじめを受けていたのだと言う。


 土木工学博士の父と、震災復興支援を目的に来日したロロット一家。そのまま日本が気に入って永住を決めた事までは良かったが、

慣れない異国での生活は、ロロットが思った以上に、辛い現実となって、目の前に立ち塞がる。

具体的には、彼女が私立青嵐学園高等部に編入してからの事。ご多聞に漏れず、彼女に対して、異分子排除の風習が始まったのだ。


さっそく、ロロットは「見かけ」だけで、クラス内で浮いた存在となり、無視と、冷たい対応が始まる。

教科書の読めない漢字を、教えてくれる者もおらず、分からない日本語の言い回しを、解説してくれる者もいない。

周囲では、「黒」「ニガー」「チョコレート」などと、彼女の肌の色を侮辱する差別用語が囁かれ、

入学してからまだ、1ヶ月も経っていないのに、お昼の弁当を食べる時すら、自分の席で独りぼっち。

たまたま、親が弁当を作ってくれるのを忘れてしまい、今日は学食に来たが、結局はここも同じ。

周りの冷たい目が怖い、刺す様な視線が怖い。


 …もう、日本人全てが怖い…


そして、たまに話し掛けらる時の、侮辱を伴った冷たい眼差しと、トゲトゲしい言葉にも、恐怖を感じる。

もう、国に帰りたいとばかり、思っていた。私の生きる世界は、ここでは無いと、思っていた。

そんな時、何故か、普通に話し掛けられ、自分に偽りの無い笑顔を向けた、土岐玲一を見て、つい涙があふれてしまったのだと言う。


「なるほど、そうだったのか」


 玲一は腹が立っていた。無性に腹が立っていた。煮えくり返っていたと言って良い。

集団を維持するなら、手っ取り早く共通の敵を作れば良いと言われている。

その敵を集団で叩いていれば、連帯感も生まれるし、集団の方向性にバラツキは生まれない。

彼女のクラスメイトたちは、新参者のロロットを共通の敵にする事で、集団を維持しようとしているのだ。

犠牲の羊、スケープゴート、彼女は何も悪い事はしていないのに、この新天地で新たな生活をしようと、希望に胸を膨らませていたのに、

何故、クラスの共通の敵にされなければならないんだ。


最近、妹のこよみに無理矢理付き合わされて、恋愛ドラマを見る様になったが、「人は見かけじゃないから」「見た目で選んだ訳じゃない」なんてセリフを言ってた。

こんなセリフが、当たり前の様に飛び交って、そして、それが一般的に受け入れられる社会、それが日本なんだろ?

見た目で人を傷つけている、クラスの連中って何なんだよ!ふざけんな!ふざけんじゃねえぞ!

見た目で人を奈落の底へ叩き落として、絶望させて、自分達だけは安全な場所を確保して、ヘラヘラしている。それって、そのものズバリ、悪魔じゃないか。

「いじめ」なんて誤魔化しの言葉、一体どこの誰が言い出したんだ。平気で人を傷つける行為は暴行、脅迫、傷害、人権侵害って言う名称で、罪として分類されているのに!


 ……彼女を助けたい!ロロットを助けたい!……


日本人だって、人の皮をかぶった獣だけじゃないって事を、伝えたい!

犯罪をいじめと言う言葉に置き換える様な、卑怯者にだけはなりたくない!


 ……おっと、おっとっと、迦楼羅、お前は起きなくて良い。良いから寝てろ、良いから寝てるんだ。これは人間世界の話だ……


心無い者達の、非道な行いに憤る玲一とは反対に、

押し殺していた悲しみを、親や近しい者達にも言えなかった、誰にも言えなかった心情を吐露した事で、幾分気が晴れたのか、

ロロットはハンカチで涙を拭いながら、玲一に向かってあらためて、「土岐さん。私の事、ロロって呼んでください」と、自ら申し出たのだ。


「…えっ?」


驚きながら、まじまじとロロットの顔を見る玲一。

見れば、だんだんと彼女の表情に、笑顔が戻って来ている。


「学園内では、外国人移住者の為の、互助サークルもあるんですが、私がいじめられてると報告すれば、必ず問題になります。

サークルがいじめ問題を騒げば、多分…クラスの人達は、何でしゃべったんだと、余計に、激しい報復を受けると思い、私、ずっと我慢して黙ってました」


「つらかったね、良く独りで、そこまで耐えたね」


「限界だと思ってました。でも、土岐さんに話したら、ちょっと、気持ちが楽になりました。だから私の事、ロロって呼んでください」


「そっか、じゃあロロ。俺の事は玲一って呼んで良いよ。今日から友達だね」


「友達…」そう呟き、その言葉が意味する事を、噛み締めるロロット。

さっきまで泣いていた顔が、恥じらいを込めた艶やかな笑顔に変わり、改めてロロットは、握手を求めて、手を差し出した。

そのロロットの右手をしっかりと掴み、握手を交わした玲一。

良く見れば、、、今更ながらにロロットの容姿をしっかりと見つめた玲一は、「綺麗な人だな…」と、ロロットにも聞こえない、小さな声で独り呟いた。


 それもそのはず。

ロロットは黒人で、肌が黒いと言うイメージが先行し、見る者にとっては、その肌の色だけが目に飛び込んで、珍しいと気にしているだけであったが、

あらためて、彼女を目の前で見た玲一は、その美しさに、見とれてしまっている。


黒人特有の縮毛は、それほど激しく無く、市販のカーラーを巻いた程度の、緩やかなウェーブにとどまり、

肩まで垂らしたその黒髪は、ツヤツヤと健康そうに輝いている。


身長は、多分玲一より遥かに高いのか、目と目を合わすと、玲一が見上げなければならないほど。

それでいて、顔は小さい。今、この距離で判断しても、玲一の顔より、ロロットの顔の方が小さい。

つまり、玲一より背が高く、それでいて顔が小さいとなれば、それは彼女が8等身、9等身の世界にいるのだと、容易に想像出来た。


キュッと横に伸びながらも、大きく見開いた目。そこから覗く、キラキラに輝いた大きな黒い瞳。

そして、風圧を感じるのではと想像してしまう程の、綺麗に伸びて、カールしながら天を向く、天然のまつげ。

鼻筋は「すうっ」と通り、半開きのぽてっとした厚い唇は、なまめかしく艶々と輝き、

唇は、喋ったり物を食べたりする際に、開いたり、閉じたりする為だけに存在するのではない事を、物語っている。


 ……これほど美しい人を、異物として、排除したいと思う連中がいるんだ。

もっと言えば、彼女を敵にする事で、コミュニティの存続を図ろうとする、ゲスい連中がいるんだ……


ロロットと握手を交わし、彼女の美しさに感動を覚えながら、彼女を虐げる「異分子排除の精神」に、嫌悪感を抱く玲一。

ここで、玲一はふと閃く。彼女を日本嫌いにさせない為にもと、とある事を思い付いたのだ。


「ねえ、ロロ。お昼さあ、ここに集まって、弁当とか食べない?」


「え、ええ?でも…ここ、学食だから、何か買わなきゃいけないんじゃ…?」


「違う、違うよ。学食は完全解放だから、弁当持ち込みも許されてるんだ。俺の友達も誘うから、みんな笑いながら、楽しい昼休みにしようよ」


 ロロットは、玲一の配慮に気付く。

表立って衝突せず、深刻な問題として表面化させず、それでいて、ロロットを孤独で苦しめない。

そんな、玲一の今出来る精一杯の気持ちを、肌で感じたロロット。


「ありがとう、玲一。じゃあ、明日から…」


と、ロロットが玲一の提案を受け入れていた時、学食は今まで以上に、ざわめきが激しくなった。

異変に気付き、背後へと視線を回した玲一。


玲一の下へと近付いて来る、巨体の人物の影に、驚愕する。


「せ、生徒会長…!?」





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