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ドレッドノート・カプリチオ ~勇者狂想曲~  作者: 振木岳人
「新たなる仲間・貧乏神」編
33/74

貧乏力


 私立青嵐学園を中心に広がった、長野市北部団地。

その団地内の、そこそこに規模の大きなアーケード商店街から、一本はずれた街路「しらかば通り」の外れに、

古ぼけた昭和テイストの喫茶店、「喫茶・黙示録」がある。


ゴールデンウイークも近付く、4月後半の週末、土曜日の昼。

開店して早々、まだ誰も客がやって来ないガランとした店内に、固定電話のベルが、「ジリリリリン♪」と響く。

慌てもせず、マスターは受話器を取り、電話の向こう側にいる人物と、何やら事務的な会話を始めた。


「……そうですか、それはご苦労様でした。組合の方にも、その旨伝えておきます……」


受話器を置き、通話を終わらせたマスター。再び日常の仕事にへと戻った。

すると、今日初めての客が、カランコロン♪と扉のベルを鳴らし、笑顔を伴いながら入店して来た。

来店したのは伸暁真琴。この一帯を守護する「鎮守」、生き神様だ。


「いらっしゃいませ、真琴様。いつもので、よろしいですか?」


穏やかで丁寧に、マスターは真琴に確認する。真琴は笑顔でよろしくなのだと一言。

お昼前の、真琴のティータイムが始まった。


マスターが真琴に出したのは、真琴の昼用の「いつもの」。

パフェではなく紅茶セットで、真琴の好きなオレンジ・ペコの紅茶に、日替わりスウィーツで、マスターお手製の、苺のタルトが付いて来る。

幸せそうな顔をしながら、角砂糖を一個落とし、オレンジ・ペコの甘い香りを楽しみ始めた。


真琴がゆっくりと紅茶を楽しみ、一息ついたのを見計らって、マスターは真琴に、何事か報告を始める。


「例の重要案件、住民票が交付されたそうです。青嵐学園への転入手続きも済み、近日中に、この団地に転入して来ます」


「あららら…、いよいよ来たのだ。どうせ、永遠のライバルも来てるんだろ?」


「はい、当方の護衛チームと、何度か衝突した模様です」


「飽きずにいつまでも、彼奴らは争いが好きなのだ」


苦笑する真琴。しかし、真琴の苦笑には力が無い。苦笑いではなく、苦笑いで焦燥感を隠している様にも見えるのだ。


「鎮守様、頭痛の種がまた…増えそうですね」


察したのか、マスターが真琴に、労りの声を掛けるも、

余計な気を遣わせた事を悔やむ真琴が、再び笑顔を作り直し、


「まあ、最初はうるさいかも知れないが、結果として、この土地が鎮まりさえすれば、気に病む事もないのだ」


今度は、しっかりと苦笑した。


 マスターとの事務的な会話を終え、真琴がまったりとした自分の時間を、費やし始める。

紅茶のおかわりを飲みながら、様々な雑誌をペラペラとめくった後、ファッション誌にある、今年注目の水着特集に、完全に目を奪われ、

むむむと唸りながら、夏はどうしようかと、思案にふけっていると、カランコロン♪と、扉のベルを軽快に鳴らし、新たな客が現れる。


「いらっしゃいませ」


マスターの穏やかで優しい声が、今日二人目の客を迎える中、店に入って来たのは、一人の落ち着きの無い少女。

キョロキョロと辺りを伺いながら、ボックスシートに座ろうとした途端。


「おっ、っとっとっと…!」


自分の足でつまづき、ビターン!と盛大な音を立てながら、床に顔から転んでしまう。

すると、「ふぅええ…」と、その場に突っ伏したまま、弱々しい悲鳴を上げたのだ。

慌てたマスターが、カウンターの奥から飛び出し、お客様大丈夫ですか?と、介抱しようとして少女に近寄ると、

その時、慌てた真琴が大声を発した。


「その娘に、迂闊に近づいちゃダメなのだ!」


真琴の叫びも虚しく、時既に遅し。

マスターは誰のせいでもなく、自分でカウンターの角にスネをぶつけ、

つんのめった勢いで、一瞬宙を舞い、倒れ込んだ少女の頭にヘッドバット。

ゴチン!と鈍い音と共に、マスターの断末魔である「ぎゅう!」と言う悲鳴と、

少女の「がふっ!」と言う悲鳴が、交差したのである。


「ふいい、だから近付くなと言ったのだ、全く。そやつに近寄ると、ロクな事が無いのだ」


肩を落とし、ため息をつく真琴。

先ほどマスターと話していた、超大物の長野入りも、面倒な話ではあるのだが、

この地域を鎮めて護る役目の真琴にとっては、どんどん流入して来る妖魔のどれをとっても、全てが心配の種である事は間違い無い。

目の前に現れた少女も実際、真琴の中では春先から、心配な存在ではあったのだ。


 「むぎゅうう」と、声にならない声を発しながら、起き上がる少女。

そして、気にしないで下さいいつもの事なんですと、頭をさすりながら、力なく、ボックスシートへと座った。


「ふむ……」


小さく溜め息は吐き出しながら、何事か腹の底で決心した事があるのか、真琴は携帯電話を取り出し、操作し始めた。

画面には、「土岐玲一」と表示され、玲一の連絡先が。真琴は通話ボタンをクリックし、玲一に連絡を取る。


カウンターに戻り、頭をさするマスター。ボックスシートから真琴を見詰める少女も、やはり頭をさすり続ける。

真琴は少女に向かい、もうちょっと待ってるのだと、言い放ち、玲一と通話を始めた。


 ……それから数十分後、意外な速さで、喫茶・黙示録に、土岐玲一が現れる。

高槻邸にいた所で、やる事が無い。とにかく、何かやろうと考えても、庭は庭師が手入れを行い、

家事は藤間柴乃が笑顔でそつなくこなし、暇つぶしの遊び相手である、妹のこよみは、拝殿で陰陽師の修行。

表に出て無駄な散財もする訳では無く、加納やクラリッタを誘って、どこかに出掛けようと考えても、どこに行けば良いのかわからない始末。

真琴に呼び出された土曜日の昼、暇過ぎてどう過ごそうかと考えていた玲一にとっては、ちょうど「渡りに舟」であった事は、間違い無い。


 真琴の隣、カウンターに座り、ブレンドコーヒーを出された玲一は、真琴からの電話で、「紹介したい者がいるのだ」と、言われていた事もあり、

ボックスシートに座り、ホットミルクをちびちび飲む少女の姿を、チラ見しては真琴に向き直り、チラ見しては真琴に向き直っての繰り返し。

一体、何がどうなってるのか、早く教えてくれと、落ち着かない様子。

すると、玲一がコーヒーを飲み終わったのを確認した真琴が、ようやく本題を切り出して来た。


「うむ、コーヒーも飲み終わった事だし、そろそろ始めるのだ。ほれ、そこのダメダメ神、土岐玲一に自己紹介するのだ」


真琴に声を掛けられた少女。やっとこの時が来たかと立ち上がり、玲一に向かって深々と頭を下げる。


「土岐玲一さん。は、はじめまして。青嵐学園の1年C組の、設楽寺富美したらじ・ふみです」


同じ学園、同じ学年。玲一は知らなかったと、軽く驚きながら、丁寧に頭を下げて返礼する。


 ぽわぽわした雰囲気は、真琴と似てるな、と、玲一は第一印象で感じたが、それ以外は、全く真琴と似通ってはいない。

快活な真琴とは正反対に、この設楽寺富美と言う少女、言葉のしゃべり方や表情、うつむきがちな視線など、

どれをとっても、陰気な雰囲気が漂っており、玲一が (いじめられているのかな?)と、心配してしまうほどだ。


「さて設楽寺。そろそろ来るかなと思ってはいたのだ。しっかり自分の口で、何を相談したいのか、はっきりとしゃべるのだ」


真琴の言葉にうなづく、設楽寺富美。玲一に向かい、切実な表情で訴え始める。


「あ、あの、土岐玲一さん!あなたの力で、あなたの力で私を…、私をぶん殴ってください!」


「はあっ!?」


アゴが外れんばかりの勢いで口を開け、目を真ん丸にして驚く玲一、いきなり殴ってくれと頼まれれば、それは誰だって驚く。

何か、面倒な事に巻き込まれるのかな、と、顔をしかめながら富美を見詰め、しばし沈黙。

改めて富美がその真意を語り出すのを待つ。


「迦楼羅の、迦楼羅の力で…、私の力を減殺して欲しいのです」


「力?設楽寺さんの、力ですか?」


「はいぃ」


 ……何だろう?何やら、悪い予感しかしない……


額にじっとりと、汗を浮かべ始め、玲一は助けを求める様に、真琴の顔を見る。

すると彼女は、全てを知った様な顔で、ニヤニヤしながら、おかわりした紅茶に口をつけるだけ。

玲一の視線に気づいて尚、それに反応しない事で、どうやら真琴は、このシチュエーションを楽しんでいるらしい。


「真琴さん、勘弁してくださいよ…」


辛抱出来なくなったのか、とうとう玲一は声に出して、真琴に助けを求めた。


「あっさりと降参の土岐玲一、面白くないのだ。しょうがない、サクサク話を進めるのだ」


真琴はカウンター席から立ち上がり、ボックス席へと向かい、設楽寺富美の座る席の反対側へと座った。

そして、申し訳なさそうな表情を浮かべたままの設楽寺富美に指を差し、富美の事情を、苦笑いで玲一に説明する。


「こやつは貧乏神なのだ」


「貧乏神!?」


「そうなのだ。全国を放浪しながら、人の運を吸い取って来た、正真正銘の貧乏神。それが、人の子として生まれて来た姿が、設楽寺富美なのだ」


 日本全国、各地に様々な伝承が残る、貧乏神。

その伝承のほとんどが、家や人に取り憑いた貧乏神が、様々な悪運を呼び込み、徹底的にそれこそ、「ペンペン草すら生えない」ほどに、全ての運が刈り取られる話。

それが、貧乏神が貧乏神として、人々に成すべき事がらで、決して人々から褒め称え、受け入れる事の出来ない存在。

その貧乏神が、目の前にいると言うのだ。


「何の因果か運命か、人の身体を持ってしまったのだ。そうなれば、我が身可愛い、人にも好かれたいと、そんな欲が出て来ても当然なのだ」


「それで、設楽寺さんは長野に?」


「はいぃ。大いなる力があれば、普通の女の子の生活が出来るのでは、と」


だが、どうやら貧乏神・設楽寺富美の期待は、海の藻屑となって、消え去った様だ。


「貧乏神と言ってもなめるなよ、土岐玲一。その力は凄まじく、この地で更なる力を得ても、自分の貧乏力を抑え込めない程に、こやつは強いのだ」



 ……貧乏力の強い神様……


思わず想像し、「…ぷっ!」と、吹き出してしまう玲一。

どうやら、真琴や富美よりも遥かに、事態の深刻さを理解していない様だ。


「ふむ、どうやら土岐玲一には、事態の深刻さを理解して貰う為、体験するしか無いのだ」


 真琴は玲一に、富美と握手せよと、指示を出す。

富美は立ち上がり、玲一はカウンター席から、富美のいるボックス席へと足を進める。


 まったく真琴さんは、冗談キツイですよと、笑いをこらえながら、富美の前に進む玲一。

すると、設楽寺富美の貧乏力は、臆する事無く、土岐玲一に襲い掛かった。


歩み寄った玲一、いきなり、何も凹凸の無い、フラットな床で、膝が「カクン」と沈み、その弾みで床へと転げ落ちる。


「ぐわっ!」と悲鳴を上げ、くるくると回転する玲一。その勢いで富美に急接近してしまう。

タイヤの様に、ゴロゴロと回転し、そのままの勢いでドガン!と富美に衝突。ボウリングのピンの様に、富美を倒してしまったのだ。


 顔面に、強烈な衝撃を覚えた玲一。恐る恐る目を開けて見る。

すると、目の前には、白地の綿生地にプリントされた、小さなイチゴがびっしりと並ぶ世界が。

何か、人肌の様なぬくもりを感じる、温かい世界で、その生地の左右両側からは、足らしき物体が伸び、玲一の両肩にそれぞれ乗っかっている。


「お、おおおっ!?」


「ふええぇん…」


そう。玲一は、富美のスカートの中に、頭を突っ込んでしまい、もんどりうって倒れた際に、富美の股関に顔面を痛打してしまったのだ。


「お、お嫁に行けません…!」


ぺちゃりと、お嬢様座りで半ベソをかく富美。玲一は色んな意味で顔を真っ赤にしながら、あたふたと言い訳がましく、富美に謝りまくる。


「だから言ったのだ、このバカちん。こやつの貧乏力を、ナメるでないのだ」


苦笑を通り越し、呆れ顔の真琴。鼻から溜め息を漏らしながら、その場の沈静化を待つ。


「すいません、ホント申し訳無いです。故意じゃないんです、故意では。信じてください!」


玲一は勢い良く立ち上がり、そのまま、背筋をピンと伸ばしたまま、何度も何度も頭を下げて謝罪する。

そして、故意ではないのだと言う、玲一の真意が、伝わったのか伝わらなかったのか、富美にも変化が起きた。


「故意じゃない……。そう、それは恋!」


顔を赤らめ、火照る頬に両手を添えながら、恥ずかしそうに、それでいて艶っぽく玲一を見詰め始めた富美。

突然のアクシデントが、彼女の気持ちのベクトルを、思わぬ方向へと走り出させる。


(……違う、違う!その恋じゃねえっ!……)




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