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ドレッドノート・カプリチオ ~勇者狂想曲~  作者: 振木岳人
「しらかば通り 大乱闘」編
31/74

独り立つ


「お兄ちゃん、ゴメン!」

今にも泣き出しそうな声で、妹のこよみが、玲一に許しを乞う。


高槻邸の朝、通学前の慌ただしい時間帯。珍しく、藤間紫乃の姿が、高槻邸に無い。


高槻の血筋を持つこよみ、そしてこよみの兄である玲一が、従来通り、二人きりで生活していく事が許されるのは、

高槻邸に居を構え、こよみが陰陽師としての修行を行う事が大前提である。

そして、兄玲一の自炊の元で、こよみを生活させる事を是とせず、高槻家檀家総代の命の元、お手伝いとして、次女の藤間紫乃が送り込まれたのである。

その紫乃が、昨日から大風邪でダウンしてしまい、お隣の藤間家で伏せっている今、いよいよ、玲一が食事の準備をする手はずとなっていたのだが


「お兄ちゃんごめんね、本当にごめんなさい!」


アパート暮らしの頃、妹の食事の面倒を全て見ていた兄の為に、

朝食や夕食や弁当を作ってくれていた、大好きな兄の為に、

ノリノリで「お兄ちゃんのお弁当は私が作る」と、こよみが提案して来たのだが、どうやらトラブルが起きた様だ。


気合いを入れて臨んだ朝、悲しいかな、こよみの気合いとは裏腹に、ご飯は炊けていなかったのだ。


「ぐすっ、タイマーなのね。言う事聞いてくれなかったの、タイマーなの。……炊き上がりの時間、間違えちゃったよう……」


半ベソ状態のこよみ。炊飯器の中では、未だお米が、気持ち良さそうに、冷たい水に浸かっている。


「まあ、こういう事もあるさ。昼は学食で済ますとして、朝ご飯はコンビニ寄ってパンでも食べよう」


玲一に優しく背中を押され、こよみはうなだれながら、制服に着替える。


月曜日の朝、週末の金曜日の夜に、信じられない経験をした玲一の、日常が再び始まった。


 「急げ」「急げ」と 玄関から敷地を通り、道路に出る。

すると「…あれ?」新聞受けの下、地面に一輪の花が置かれているではないか。

不思議に思い、手に取って見てみる。小さくて、名前すら分からない花。

良く見れば、半透明の花びらが、太陽の光を受け、虹色に輝いている、今まで見た事の無い花だ。

近所で見かけた事など無いし、どこか別の場所で花を摘み、ここへ持って来たのだとしか考えられない。

だが、その行為に、何かの意味があるのだろうか?不思議そうな顔をする玲一。

こよみが「お兄ちゃんお待たせ、早く行こう」と、玲一を急かして背中を押す中、

慌ててその花をカバンに押し込め、二人はコンビニにへと向かい始めた。


眠気を優しく覚ます様な、ひんやりとした風が首筋を撫でて行く。

四月中ごろの長野は、やっと冷たい風を、心地良いと感じられる時期に入った。

その心地良い風が吹き抜けて行く、商店街のアーケード通り。

通常の通学ルートを迂回し、アーケード通りを抜けて、コンビニエンスストアに向かう二人。


その商店街のアーケードを歩いていると、思いがけないところから、玲一に声が掛かる。


「土岐さん、おはようございます!」


「いいっ!?」


まだ早朝。シャッターが閉まった商店街に、見知らぬ男性の声が玲一を呼び止めた。

見れば、豆腐屋「一心」の二代目、若旦那の羽生田誠心が、一回りも二回りも歳下の玲一に、「さん付け」で挨拶して来たのだ。


むずかゆい違和感を覚えながら、玲一とこよみは、頭を深々と下げて返礼する。


「珍しいね。俺たちこの街じゃ、レアキャラなのに……」


極貧アパート暮らしの末に、高槻邸の世話になっている土岐兄妹。

その家の長男と長女は、今までに無かった「丁寧な挨拶攻撃」に、照れながら、違和感ありありで、逃げる様に早歩きし始めた。


「土岐さん、おはようございます!」


「玲一さん、おはようございます。兄妹仲が良いですね♪」


「玲一様、おはようございます」


新聞配達のおっちゃん、花屋のおばあちゃん、行き交う出勤中のサラリーマンまで……


見知った顔、見知らぬ顔の人々が、含むところが一切無い笑顔で、土岐の名を、玲一の名を呼び、丁寧に挨拶して来る。

いちいち立ち止まり、失礼の無い様にしっかり返礼し、そして足早に立ち去る兄妹。

商店街の人々とは、今までこれと言った交流など無く、名前すら知らない。

何故、街の人の反応が、こうも劇的に変わってしまったのか、玲一は玲一なりに、心当たりを探す。


(……まさか、あれがきっかけ?……)


もし、土岐玲一の評判や好感度が上がるとすれば、単なる学生の玲一が、地元の一般人に、深く知れ渡るとすれば、

きっかけはやはり、金曜日の夜の騒動なのだろうか?

だが、しかし、玲一は人間ではあるが、人間側の泥酔サラリーマン達を擁護せず、結果として、妖魔の牛鬼を擁護した形になる。


「人間の味方をしなかったのに、何故人々から好意的に受け入れられる?」


疑問とモヤモヤに苛まれ、挨拶攻撃に遭いながらも、青嵐学園を目指した、玲一とこよみであった。


 商店街の商店主や、その街の人々が突然、玲一に対してリスペクトを始めたのには、実は、深い意味がある。

北部団地商店街は、昭和の古くからあった街だ。もちろん、当たり前の話、長野に地脈・龍脈・アストラルエネルギーが溢れる以前に作られている。

それはつまり、この街の人々のほぼ全員が、人間、日本人であると言う事である。妖魔が付け入る隙など、まったく与えないほどに。

その日本人のほとんどが、玲一に対してリスペクトを送ったと言う事は、商店街や酒場が立ち並ぶ「しらかば通り」を、

人間や日本人だけが、利用していないと言う事に繋がる。

妖魔や外国人が、この商業地区に住む人々に対して、相当の影響力を持っていると言う、つまりは「顧客」「お得意様」であるのだ。


 安さと利便性で、どんどんと客を集める郊外型大型店舗は、昭和後期から全国に乱立し、「駅前商店街」を、完全に駆逐した。

住宅地に隣接し、徒歩で移動を強いられる商店街が、平成の時代にどんどんと、「シャッター通り」に名前を変えたのは、記憶に新しいはず。

ご多分に漏れず、郊外型大型店にその顧客をほとんど奪われてしまった北部団地商店街は、全国シャッター通り協会に、加盟寸前にまで落ち込んでいたが、

この絶大な経済効果をもたらす、妖魔や外国人の来訪は、街の住民たちにとっては、救いである事に間違いは無かった。


 つまり、商店街の人々は「あの夜」、泥酔して狼藉の限りを尽くす、サラリーマンたちに向かって怒鳴った玲一に、

それこそ、感謝の意を抱いていたのである。

まだ、妖魔との共生が軌道に乗ったとは言えない、この長野市において、古くから住む人々は、新しい住人に反感を持って当然である。

それが根底に根付いているからこそ、泥酔したサラリーマンたちは、酒の力を借りて、暴言の数々を吐き出したと言っても良い。


 古くから住む人々は、新しい住人たちの生活スタイルを、快く思わない事が多々あろう。

 新しい住人たちも、古くから住む人々の見る目が、冷たい事を肌で感じているであろう。

 変わりゆく環境を、喜ぶ者もいれば、悲しむ者もいる。

 果たして土岐玲一は、そのうねりの中で、何を見て、何を感じ、何の為に闘うのであろうか。

 その結末は、彼の成長を見守るしかなかった。


 その日の昼休み、場所は学食。

朝寄ったコンビニで、こよみは昼ご飯も購入し、学食に赴いたのは玲一だけ。

玲一が弁当を持参して来るものと思い、クラリッタも加納も、今日は弁当持参。

たった独りで、学食に赴く事になった。


 朝、学園にたどり着いてから、時間が経てば経つほど、玲一の疑問は確信へと変わって行く。

クラスの生徒達が、廊下を通り過ぎる際の生徒達が、学食に集まって来ている生徒達が、

皆が皆、三種類の視線を持って、チラチラと玲一を見詰めていたのだ。


 ……なるほど、金曜夜のあの出来事は、それほどまでに影響力があって、それだけデカい波紋を投げかけたんだ……


そう実感を持って、玲一は理解するに至る。そして何故、ひまり達が土下座し、穏便に済ませようとしたのかも。


 目立てば目立つほど、様々な人々が一喜一憂する、一喜一憂する波紋が広がる。

そして、玲一を勝手に味方だと判断する者、また玲一を、勝手に敵だと判断する者。

玲一の思惑など一切お構いなしに、玲一は台風の目にされ、良い意味でも悪い意味でも、

全ての言動が、注目されてしまう様になっていたのだ。


(俺は、感情に任せて怒鳴り散らしただけ。それに比べて、やはり、先輩達は先輩達。色んな修羅場を、切り抜けて来たんだろうな)などと、

自省しながらも、食券販売機の前に並ぶ。

通学中に妹とコンビニに寄り、いささか財布に余裕が無くなっていた玲一は、今回は天ソバ単品に抑え、おにぎりセットを諦める。


チラチラ、チラチラと、自分を見詰めて来る、様々な色の視線を全身に受け止めながら、

玲一は食券と天ソバを交換し、なるべく、なるべく、視線の届かない、学食内の隅っこの席についた。


「ほら、金曜の夜、しらかば通りでさ…」


「ケンカあったらしいよ」


「妖魔に味方したんだって?」


「金でも貰ってんじゃね?」


ザワザワと、玲一の耳には、聞きたくも無い、嫌な雑音が入って来る。

玲一の耳に入れようとして、ワザと大きな声で騒ぐ者すらいる。

手遅れかも知れないが、今はとにかく目立たない事を、自分に言い聞かせ、耐え忍ぶ事を選ぶ。

入って来る雑音の、それらの一切を無視して、自分の世界に没頭する様に、ソバをすすり始めたのだ。


すると、うつむき加減で、視点の中心を、天ぷらソバのどんぶりに合わせ、意図的に外界の景色を遮断していた玲一の視界に、

いきなり小鉢に乗った、粗挽き牛のこだわりコロッケが現れた。


「へ…?」


慌てて顔を上げると、するりと、玲一の背後から正面に躍り出て、そして、そのまま去ろうとする、一人の女子生徒の姿が。

「あ、あの…」と、何を意味するのか、さっぱり分からず、その女子生徒の背中に向かって問い掛ける玲一。

すると、その女子生徒は振り返り、軽やかかつ、気品漂う小さな声で、「ほんの気持ちです。安心してお召し上がりください♪」と、

軽やかな微笑みを浮かべながら、そう告げただけで、去って行ってしまう。


呆然とそれを見守るも、胸元ににあった名札は、「2年A組 西風しゅり」

これだけは何とか、知る事は出来た。


 ……なるほど、憎しみの目で見る者もいれば、感謝の目で見る者もいるか……


玲一はほんのちょっと、口元に微笑みをたたえる。

そして、遠慮さえ言う事が出来ずに、あっという間に姿を消した西風に対し、

もう返す事出来ないから、今回だけ頂きますねと、心の中で感謝しつつ、

伸暁真琴と同じクラスであろう彼女に、何かお礼を返し、プラス・マイナス・ゼロにしようと決めた。

貰いっ放しはどうも、玲一の性格上、居心地の悪さが、いつまでも後を引く様だ。


さあさやかな笑顔で、コロッケに箸を付けようとした瞬間、いきなり「ドン!」と、テーブルの反対側に地震が起こり、

玲一の食べていた、天ぷらソバのツユが、振動で揺れる。


いきなりの揺れで、顔を上げた玲一。結果、二度の理由で驚く事になる。

一度目はもちろん、いきなり揺れた事。危うく、箸を付けたコロッケを、真っ二つに粉砕しそうになった事だ。

だが、まだその驚きは軽い、軽かった。何故なら、もう一つの理由が、あまりにも大きな、驚愕の理由だったからだ。


「せ、生徒会長…」


そう。目の前に現れ、テーブルを挟み、玲一の真向かいにドカンと座ったのは、ひまり達と同じ選抜クラスである、3年A組の筆頭格。

【生徒会長 義仲籐十郎】その人であったのだ。


何故?まだまだ座る場所は、たくさんある。空席どころか、誰もいないテーブルさえある。

目の前に突如現れた、巨大な岩の様な義仲に、動揺する玲一。

だが、何故に生徒会長が現れたのか、今日の学園の空気に違和感を覚えていた玲一は、大した時間をかける事無く、なるほどと「納得」する。


しかし、相手は生徒会長。

以前、学食で起きた、生徒同士のいざこざで、一喝する生徒会長の姿を見ただけで、まともに会話した事すら無い。

何を考え、何を玲一に言わんとしているのか、この先の動向が読めないのは道理。

言葉尻を取られ、下手に騒ぎになってもまずい。


玲一は、この目の前に現れた威厳の塊に向かい、「お疲れ様です」と、当たり障りの無い挨拶をし、自分の食事に専念し始めた。


 ……しかし……


生徒会長は一体、どんな胃袋をしているんだと、驚く玲一。

今はうつむいて、食事に夢中になっている「ふり」をしているが、チラリと見た生徒会長の食事の内容。

これが、スケールがでかいどころの話ではなく、大食いファイターかとツッコミたくなってしまう程なのだ。


 体育会系の生徒ですら手を出さない、ボリューム満点のカツ丼の超大盛り、通称「通天盛り」を目の前に。

そして、傍らには、味噌汁代わりなのか、味噌バターコーンラーメン。

それに、もう一品欲しかったのか、それとまバランスを考えたのか、甘辛風野菜炒めの単品が。

それらを、神速の勢いで「バリバリ」「ガツガツ」「ズルズル」と、

もうちょっで食べ終わりそうな玲一を、追い越してしまうかの勢いで、かきこんでいる。

しかも、視線はぴったりと玲一に固定したまま。


 玲一には判る、感じる。

うつむいてはいるが、おでこの辺りに、前髪辺りに、義仲籐十郎の視線を。

それも、強烈なレーザー光線を、照射して来ているかの様な力強さで。


 ……うわあああ、誰か助けてえええ……


冷や汗と油汗をびっしりとかき、背中が不快感に包まれる玲一。

何とか天ぷらソバとコロッケを食べ終わり、「さあ、逃げ出そう!」と、席を引いた時、

やっと沈黙を破り、生徒会長・義仲籐十郎が、玲一に声を掛ける。


「1年A組、土岐玲一」


「あっ、はい!」


「食が細い!それでもう満腹か?」


「いや、あはは…。今日は財布と相談の日です」


硬直する玲一、完全に蛇に睨まれたカエル。玲一は義仲の威圧に飲まれ、身動き出来なくなってしまう。


「財布と相談?計画性が無いのか、貴様は!?」


「えっ、いやいや。朝、唐突にトラブルに見舞われまして」


あははと、力なく笑い、その場を取り繕う。

そして、作り笑いで場を繋ぎながら立ち上がり、去ろうとした玲一にいよいよ、義仲の追撃が始まった。


「何故、妖魔に味方した?」


「…え、はい?」


「先週、金曜日深夜。騒動を起こしたそうだな!」


 ……いやいや、起こしてないし。そもそも、巻き込まれただけだし。俺、嵐の中心じゃなくて被害者だし……


胸を張って、そう言いたいのだが、義仲のプレッシャーは思いのほか強く、思う様に喋れない。

躊躇する玲一など御構い無しに、義仲は同じ質問をぶつけ続ける。

さながらそれは、降参して、答えるまでやめないぞと言う、義仲の追撃の様でもある。


「妖魔の味方をしたそうだな」


「えっ!?」


「妖魔の、味方をしたそうだな?」


「あ、あの…」


「妖魔の、味方をしたそうだな、土岐玲一」



 ……責めている、生徒会長は俺を責めている……


あの状況を見ていた人なら解るだろう、あの、泥酔したサラリーマン達が、自分達を棚に上げて、乱暴と暴言の数々を、繰り返していた事を。

誰もが、誰もがあの光景を「醜い」と判断したはずの、あの状況。

俺は別に、騒動の中心にはいなかった。ただ単に、醜いものを醜いと怒っただけなのに。


ここで玲一は、「ハッ!」と、我に返る。たった今気付いた事がらに、戦慄を覚えたのだ。


【全てを知りつつ、それでも、生徒会長は、俺を責める。妖魔に肩入れしたと責める。

何故、俺だけを責める…?つまりは知っているんだ。生徒会長は、迦楼羅の所持者を知っているんだ。】


生徒会長は、絶対的な、人類の守護者なのであろう。人間の、日本人の既得権益を守る為に、今、玲一の目の前にいる。

そして、どこから仕入れた情報なのか、それとも、真琴の様に元々持っていた情報なのかはわからないが、

土岐玲一が迦楼羅を抱く者だと、既に認識しているのだ。

そして、玲一を「妖魔」の一人だと分類せず、人間の側にいる者として、この場にいる。

つまり、生徒会長の義仲籐十郎は、人間の権利を守る為に、迦楼羅を使って妖魔を焼き払えと言っているのと同じ。

玲一を人間側の尖兵として、妖魔にぶつけようとしているのだ。


 微動だにせず、巌の様に鎮座しながら、玲一を刺す様に見詰めて来る義仲に、玲一は怒りを通り越し、ほのかに尊敬すら覚え始める。

そこまで、そこまで徹底しているのか、と、感嘆したのだ。


 だがしかし、玲一には玲一の「筋道」がある。

生徒会長から威圧的に迫られ、その場しのぎの誤魔化しを言うつもりも、謝るつもりも、変節するつもりも無い。

気に入られようが、気に入られまいが、自分の思うところを、ぶつけるのが、玲一の筋道なのだ。


「…是々非々と言う言葉があります」


「むう?」


玲一は、義仲の再三に渡る質問に対し、その意図に沿って答えない。

だが、そのまま彼は、今思う素直なところを、ありのままに伝えた。


「是々非々と言う言葉があります。その判断が出来て、初めて、人は人たりえるのではないでしょうか?」


そう言いながら、これ以上の問答は無用とばかりに、周囲の視線にすら反応せず、学食を立ち去る。


 ……狙われている。色んな思惑があって、色んな意図があって、迦楼羅の力が狙われている。

 履き違えるなよ、俺。人気者とか、話題の人とか、そんなんじゃない。流されない様に、しっかりしなきゃ……


幾分、顔をこわばらせ、早足で学食を去った玲一。その背中を射る様にただ、義仲は見詰めていた。



「…籐十郎様」


義仲の背後から、彼を呼ぶ軽やかで、気品漂う声が届く。

どこで様子をうかがっていたのか、副会長の橋詰佐緒里が姿を表し、義仲の隣に座った。


「いかがでした?彼とのファーストコンタクトは」


「ふん、是々非々などと、生意気な事を口にしていたわ」


「あら、随分と、高潔な方なのですね」


佐緒里の顔がほころぶ。是々非々と言う言葉の中に、土岐玲一の本質、「独り立つ」精神を見たからだ。


 【独り立つ】

体制の空気にも、流れにも飲まれず、己の判断に責任を持って生きて行く。

誰の入れ知恵でも無い、自分の眼で見て、自分の頭で考えて、そして出た答えに殉じる。

それはまた、日本人社会、移住者社会、妖魔の社会の、どこにも自分は汲みしないと言う、

玲一なりの、激烈な宣言でもあったのだ。


「ふん!混沌とした多民族社会での是々非々など、単なる自己正当化の言い訳!是々非々などぬるい!【是非に及ばぬ】強力なリーダーシップこそが、民を導くのだ!」


 義仲の決意は巌の様に頑とし、決して崩れなかった。


 学食から渡り廊下、そして校舎の通路へと歩み続ける。

自分のクラスにたどり着くまでに、彼は学園の様々な生徒から、

様々な悪意の視線を浴びながら、嫌味をかけられながらも、

正々堂々と胸を張って、涼しげに肩で風を切っている。


そこにいたのは、幼少期に虐待を受け、死を覚悟した、「死者の眼」を持つ少年ではなかった。

愛された養父と養母の代わりに、妹を育てると決意し、日々生活に追われ続けた少年でもなかった。

そこには、精悍な顔付きで、確固たる意志を瞳に秘め、自分の運命に向き合おうと覚悟した、勇ましい姿の少年がいた。


「流されない、踊らされない、ブレない」


是々非々を旨とした、迦楼羅を宿した少年が、独り立ったのであった





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