君が怒っただろ?叫んだだろ?あれが良いんだ
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【喫茶黙示録】
時間はいよいよ、金曜日から土曜日に変わる頃。高校生が街で遊んでいてはいけない時間帯。
居酒屋前での、人間対妖魔の衝突を、見事収めたオカルト研究会メンバーは、
頭をビールビンで殴られ、さらにひまりのドロップキック余波で、二重に気を失った玲一を介抱する目的で、この黙示録に戻って来ていた。
カウンター席には、ひまりや菊、加納が席を取り、「ツケ」で出してもらったそれぞれのドリンクを。
ボックス席には、うなだれた様に座る玲一と、後ろの席から、玲一の後頭部に氷嚢を付けて抑えるクラリッタ。
そして、テーブルを挟み、玲一の反対側には、眠そうな顔の真琴の姿が。
玲一のケガは、大きなタンコブが出来た程度で、恐れていた程深刻では無かった。
「いてて。クラリッタ、強く押さないで」と、しっかりと言葉も喋っている。
クラリッタは、玲一が自分の代わりにケガをしたと言う、負い目があるのか、それとも、
勢いで玲一にキス連打を敢行した、自分自身の気持ちに、正直になっているのか、
普段の気品溢れる態度はどこかへ消え去り、艶っぽい光をその瞳にたたえ、かいがいしく玲一を看病している。
カウンター席、ひまり達の会話が、聞こえて来る。
「土岐君も楽になったようだし、もうちょっと落ち着いたら、解散だな」
「部長、土岐は俺が送って行きます。夜ももう遅い…、先輩方はそれぞれ帰宅してください」
「……土岐心配…、みんな行く……」
「だな、土岐君は今日のヒーロー、大活躍だったからな」
「それにしても部長、皆さん、食えないやり方でしたね。頭を下げて、筋は通しておいて撃退するなんて」
「ああでもしなきゃ、場は収まらんよ。土岐君には悪い事をした、あれは本来、私の役目なのに」
どうやら、店について玲一が意識を取り戻した際、ひまりは玲一に説明し、謝罪した様だ。
「あの土下座は真意ではない」「反抗のチャンスをうかがっていた」「痛い思いをさせて、すまない」と。
ひまり達の会話を耳にしたのか、今度はボックス席から玲一の声が。
「部長、皆さん。ほんと…一人で熱くなっちゃってすみません。俺、何かあの光景見てたら、我慢出来なくて」
背後のクラリッタを慌てさせながら、立ち上がる玲一。
しかし、今度は真琴が、玲一を制する。
「まあ、座るのだ土岐玲一。お主になんら非は無い、むしろ礼を言いたいくらいなのだ」
「はい?…礼?」
「真琴さんの言う通りだ、土岐君。本当に、ありがとう」
ひまりと菊がカウンター席を降りて、玲一の前に立つ。すると、有無を言わさず、二人揃って頭を下げたではないか。
「ちょ、ちょっと!」
赤面しながら立ち上がり、オロオロする玲一。何故礼を言われなければならないのか、真意を計れずにいる。
頭を上げたひまり、カウンター席から玲一を見詰める加納、テーブルの反対側にいる真琴、みんな笑顔で玲一を見ている。
玲一の背後にいるクラリッタは、玲一の背中に手を添え、表情が見えなくても、クラリッタの感謝の気持ちが、手に取る様に判る。
菊は、頑張って口元に微笑みをたたえるのが精一杯。
「君が怒っただろ?叫んだだろ?あれが良いんだ。あれを堂々と言える仲間がいる事が、我々の誇りにつながるんだ」
「あの時の加納の顔を、見せてやりたいのだ」
カラカラと笑う真琴に視線を合わさず、「おたわむれを…」と、苦笑する加納。
だが、事実、玲一が殴られて沈み、ひまりのアイコンタクトに、誰よりも早く反応し、そして、電撃的に動き、
一撃の元で相手を無力化したのは加納である。
それだけ、加納は玲一の怒りに共感し、そして、誰よりも玲一が殴られた事に、怒りを覚えていたとも言える。
「誇りと言われても、俺…ケンカなんかした事無いし、武道だって。とにかく、皆さんの足を引っ張らない様に頑張ります」
すると、いつも饒舌の反対側の世界にいる菊が、玲一に向かって歩み寄り、「すっ」と、玲一の肩に自分の手を添えながら、優しく語りかける。
「大事なのは…技や技術じゃない。一番大事なのはハート。土岐君、大丈夫。…一番強いハート持ってる」
面と向かって誉められた事で、何だか照れくさく、背中がむずかゆくなった玲一。
顔を真っ赤にして「はい…」と、気の抜けた返事をした時、「カランコロン」と出入り口の扉が、ベルの音を奏で、来訪者を知らせる。
「いらっしゃいませ」
マスターの落ち着いた、軽やかな声が響く店内に、何と、エカテリーナ・シェノワが現れたのだ。
居酒屋の仕事が終わり、帰宅までのほんのひとときを、喫茶黙示録で過ごそうと思ったのか、
それとも、八百万組合の誰かに、用事があったのか、はたまた、先ほどの騒動で、クラリッタと遭遇したからなのか。
真琴に「生活臭が溢れてるのだ」と、からかわれながら、クラリッタに「いいっ!」っと、戸惑う声を上げさせながら、
ノスフェラトゥ級ヴァンパイア、最強最悪のヴァンパイアの一人、エカテリーナ・シェノワは、玲一達が座るボックス席の、
隣のボックスにへと腰を下ろした。
1日に2度の遭遇に、驚愕するクラリッタではあったが、このクラリッタの驚愕には、三種類の驚きが混在している。
一つはもちろん、1日に二度の遭遇。それについて、エカテリーナが全く敵意を示していない事。
そしてもう一つは、彼女が吸血鬼としての本領を発揮せず、純然たる居酒屋経営者としての、顔しか見せていない事。
つまり普通過ぎる。どこにでもいそうな、綺麗な外国人のお姉さん程度の、存在感しか無かった事である。
最後の一つは、クラリッタにとって、極め付きであった。これが原因で、彼女は戸惑いの声を上げたのだから。
彼女がこの店にやって来た際の姿、容姿。その違和感に、クラリッタは頭を痛めてしまったのである。
「上下ジャージ姿の、だらしないヴァンパイアなんて、初めて見た……」
クラリッタが呆れるのも無理は無い。何故なら、エカテリーナの格好は、上下ジャージ姿に、サンダル履き。
髪の毛も乱雑に後ろでまとめ、化粧も落としたのか「すっぴん」。
経営者として、いや、外出する社会人の姿としても、非常に緩かったのだ。
「仕事やっと終わったんだもの、オフの姿を、とやかく言わないでよ」
面倒臭そうにクラリッタに答えながら、エカテリーナはマスターに向かい、「いつもの下さい」と、声を掛ける。
エカテリーナが来店して来た事で、オカルト研究会の貸し切り状態は終了。
ボックス席には相変わらず真琴と玲一、そして、怪訝な表情でエカテリーナを見詰めるクラリッタが。
ひまり達はカウンター席に戻り、クラリッタとエカテリーナの視線の交差を、興味深く見詰め始めた。
「クラリッタ・ハーカー、ハーカー家を継いだそうね。おめでとう」
「まさか、ノスフェラトゥから祝いの言葉を受けるとは」
「……お待たせしました」
黙示録のマスターが、エカテリーナの前に置いたのは、大きなグラスジョッキ。
キンキンに冷えて、結露さえも浮かんで来ないジョッキには、黄金色の苦い液体が、きめ細かい白い泡で、密封されている。
ジョッキを受け取ったエカテリーナは、頬をほんのり紅に染めながら、愛おしそうにそれを見詰める。
そして、ゴキュッ!ゴキュッ!ゴキュッ!…!と、大きく喉を鳴らしながら、あっという間に中身を、半分ほど飲み干したのだ。
「くあ~っ!!!!」
頬を紅潮させ、至福の笑みを浮かべるエカテリーナを、クラリッタは目を点にしながら一言。
「有り得ない、有り得ない!吸血鬼が仕事上がりにビールで一杯とか、何なの、この異常な光景は!?」
「そろそろ説明が必要かな?」と、真琴がクラリッタに向かいウィンク。
クラリッタが異常だと感じているこの状況を、説明する。
「世界中の地脈・龍脈の終点。地脈・龍脈が溢れんばかりに吹き出る、今の長野。妖魔の楽園になりつつあるのは知ってるだろうが、何で妖魔がここを目指すのか判るか?」
「それは、地脈・龍脈の恩恵にあずかる為。更に大きな力を得る為では?」
「うむうむ♪それで、力を得た妖魔達はどうした?力を得て、人類に闘いを仕掛けて、新たな地球の覇者になったか?」
「いえ、…不思議な程に、人間社会に溶け込んだままですね」
「そこなのだ♪何で溶け込んでると思う?」
隣のボックスでは、あっという間に飲み干し、ビールを楽しんだエカテリーナの前に、今度はウイスキーのロックと、チーズ盛り合わせが出て来る。
「いつもの」パターンなのか、マスターは一切注文を受けないまま、エカテリーナが、ビールを飲み終わったタイミングを計り、いつも通りに出しているだけ。
まったりと、仕事上がりのひとときを満喫し始めるエカテリーナ。幸せそうなエカテリーナをチラ見しながら、クラリッタは真琴の質問に、頭を悩ます。
「妖魔が人間社会に溶け込む理由、溶け込む理由…、むむむ?」
すると、二人の会話を聞いていた玲一が、釣られて一言、ぽつりと漏らす。
「人間が…好きなんじゃ?」
「ぷっ!ちょっと、玲一」
いきなり隣から口を挟んだ玲一に、クラリッタは驚く。
だが、玲一のつぶやいた一言が面白かったのか、次第に苦笑をこらえる表情に変わる。
「妖魔は人間が好き」、そんな事はあり得ないと、クラリッタは「たか」をくくっているのだ。
「惜しい、惜しいのだ土岐玲一。人間が好きと言うより、人間生活に憧れ、人間生活の模倣を始めたのだ」
「ええええ~っ!!」
クラリッタは二種類の驚きを声に乗せた。
一つは、何気無く言い放った玲一の言葉が、核心に一番近かった事。
そして、もう一つは、妖魔が求めるものが、外道を目的とした、おおよそ「負」の力の増幅ではなく、
人間生活を行う為に、人の模倣を始める為に、力を求めたと言う事。
確かに、今真琴が言った言葉は、隣のボックス席にいる、「ノスフェラトゥ級のヴァンパイア」エカテリーナ・シェノワを見れば、
あながちそれが、嘘ではない事も理解出来る。
「確かに、今のエカテリーナを見れば、世界中が震撼する様な、ノスフェラトゥ級ヴァンパイアじゃない。単なる…、男がいない寂しさを、酒でごまかす、行き遅れのOL」
「ちょ、この小娘!何て失礼な事を言う子かしら」
露骨に嫌な顔をしながらも、エカテリーナはクラリッタと、まともにやり合う事を避ける。
元々、やり合おうとする気が無いのか、すぐに顔を背け、エカテリーナは盛り合わせのチーズを一つかじり、ウイスキーでそれを胃に流し込む。
何とも言えない至福の時間を、彼女の表情がそれを表している。
【そろそろ帰宅の時間、土岐も回復したし、長居は無用】
ひまりはそう判断したのか、改めてボックス席に歩み寄り、真琴の言葉を補足する様に説明を始める。
つまり、テレビ用語で言う所の、「巻きの説明」を始めたのだ。
「クラリッタ、考えてもみたまえ。その土地、その土地で、恐怖伝承の象徴であった妖魔達が、
力を得たからと言って、この近代社会で何が出来る?戦乱を巻き起こすか?人肉を求めて虐殺を始めるか?」
「確かに、局地的に優位は確保出来ても、それを維持するのは難しいですね」
いくら妖魔が力を得たとしても、近代の人間社会・科学開発がどんどん進化すれば、必然的に対妖魔武装も進化し、妖魔などひとたまりも無い。
規模の差はあれ、結局はイタチごっこ。先の展望が何も無いのである。
「だから彼らは、得た力を負の感情に置き換えず、人間社会に溶け込み、人間と共存して行く道を、選んだんだ」
すると、「早く帰れ」とも言いたげに、エカテリーナが口を挟む。
自分の時間が邪魔されている事に、苛立ちを感じ始めていたのだ。
「もう、斬ったはったの日々はウンザリなの。私は案外、この生活は気に入っている。力のおかげで、短時間なら太陽の下でも動けるし。
分かった?ハンターのお嬢さん。それでも私を殺る?」
「う、うう……」
「ま、カーチャ(東欧系の名前、エカテリーナをニックネームにすると、カーチャになる)は、別に逃げ回ってる訳じゃない、またここに来れば会えるのだ。
だから今日はここまで♪今日のヒーローを家に送ってあげるのだ」
真琴の一言で、オカルト研究会のメンバー全員が立ち上がり、店外に出ようとする。
玲一が「あ、お勘定を」と、ズボンのポケットから財布を取り出そうとすると、
ひまりが笑いながら、仲裁の報酬で、飲み食い出来るんだ。お金が支払われるより健康的だろ?と、玲一にウィンクし、
玲一の背中を押しながら、店外へといざなう。
最後尾のクラリッタは、何とも釈然としない表情で足取りも重い。
未練たっぷりのまま、幸せそうなエカテリーナを見詰めたまま。
そして、そのクラリッタの視線に気付いたエカテリーナが、いきなり言葉遊びを仕掛けて来た。
「まだ何か言い足りないのぉ?なら、これ飲み終わったら、あなたの家行って、ゆっくり語り合う?」
「えっ!?」
「ねえ、サー・クラリッタ・ハーカー、【あなたの家に行っても良い?】」
バタァン!!
クラリッタは、エカテリーナの恐怖のセリフを聞くや否や、盛大な音を伴い、勢い良く扉を閉め、出て行った。
「まったく…、面倒くさい娘が来たわね。ハーカー家の人間って、だから嫌いよ。何代経っても堅物で」
ぼやくエカテリーナ。
エカテリーナのぼやきを耳にしながら、喫茶黙示録のマスターは、微かに苦笑を称えながら、二杯目のウイスキーをエカテリーナに渡し、
入口の看板の電灯をけして、店じまいの片付けを始めていた。




