あたしゃ神様なのだ
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「そ、そんなぁ……!」
オカルト研究会の部室に、玲一の何とも情けない嘆きの声が響く。
部室にいるのは、新入部員の土岐玲一と、部長の氷見ひまり、この二人だけ。
全ての授業が終わり、課外活動の時間が始まるも、
ひまりと玲一以外のオカルト研究会部員は、運悪く掃除担当。
先に部室へ来たひまりと玲一が、運悪くなのか、運良くなのか、
その人なりの取り方なのだが、1対1で対峙する状況が、展開されていた。
互いに、本棚の心霊雑誌を手に取り、部員達が集まるまで時間を潰そうとしていたのだが、
静寂に耐えきれなくなった玲一が、ついに言葉を切り出したのだ。
「除霊」
今、玲一にとって一番切羽詰まった、切迫した問題である。
昨日、入部届けを提出し、正式なオカルト研究会の部員になった際、
この部長からは【これを知ったら、オカルト研究会からは抜けられなくなる程の真相】を、
今日聞くか、それともライトユーザーよろしく、何も知らないまま日々を過ごすか、
答えを持って来いと言われていた。
もちろん、玲一は全てを知る事を選択している。
自分の知らない世界を、貪欲に知ろうと決断していた。
だが、それよりもまず、片付けなければならない問題がある。
真相などよりも先に、すがりつかなければならない、問題を抱えていたのだ。
それが、除霊。
就寝中に襲って来る金縛り、そして無言で見詰める黒い影。
これを何とかして欲しいと望み、藁をもすがる思いで、このオカルト研究会にやって来たのだから。
「部長、昨日の問いに答える前に、お願いしたい事があります」
玲一は話した、隠していた事を全て話した。あの事件以降、自分の身に起こる、嫌な夜の事を。
そして、部長の氷見ひまりは、それこそ真剣に、玲一の話を全て聞いて、
そしてこれ以上無いと思える程の、とびきりの笑顔で玲一に答える。
「うわははは!あたしにゃ無理だ」
これが、冒頭に玲一が大きな声でボヤいた内容の顛末である。
玲一が一番聞きたくなかった答えを、臆面も無く言い放ったひまりは、動揺する玲一に説明する。
……腹を割ってそこまで話してくれた以上、何とかしてやりたいのは山々だが、
エクソシストである私の専門は、あくまでも「悪魔祓い」。
べっ、別に親父ギャグを入れた訳じゃないんだからね!
つまり、君の悩みの種は、悪魔が起因している事例じゃないって事。
私の範囲外なのよ。
それにこの件は、真琴さんから動くなと言われている。
つまり、【これは伸暁真琴の分野】で、あたしにゃ一切わからんのよ。
手伝ってはやるが、真琴さんの返事次第だ。
いずれにしても、真琴さんが来るまで待て……
何故、真琴が動くなと、ひまりに厳命しているのか そして、何故真琴の分野なのか。
まるで雲を掴む様な説明に、納得いかない玲一。
しかし、ひまりがそれ以上、この件に口をつぐんだ事で、玲一は一旦引き下がらずを得ない状況となり、
真琴が部室に現れるのを、ただただ待つ事となる。
心霊ビデオを見て、「おわかりいただけたであろうか」「ご飯……おかわりいただけたであろうか」などと、
独りで呟きながら、あひゃひゃひゃと笑いを上げる、神父服を着たメガネの美少女部長、氷見ひまり。
その、ひまりの笑い声にいささかイライラを抱きながら、心霊雑誌を読む玲一。
大して興味がある内容ではないのだが、暇な以上その心霊雑誌に目を通すしか方法は無く、
ひまりの瞳が玲一を、じっくり観察している事にも気づいていなかった。
たかだか数十分、部員が集まって来るのを待つだけなのだが、
当惑が続く玲一は、どれだけ時間が経過したであろうか、わからない状態。
だが、清掃の時間が終了し、いよいよ部員達が部室に集まり出す。
来た者から席に座り、「昨日の続き」が、始まったのだ。
3年A組から、部長の氷見ひまりと、副部長の丞定菊。2年A組からは、伸暁真琴。
そして、1年A組からは、土岐玲一、加納譲司、クラリッタ・ハーカーの三人。
「コ」の字に並べられたテーブルに、各々学年ごとに座り、部長の氷見ひまりが第一声を発する。
「さて、一年生の新入部員、土岐玲一と加納譲司、クラリッタ・ハーカーの三人には、
真相を知りたいか否か、昨日答えを持って来いと言っておいた。順番に三人に聞いて行くとしよう」
真相を知りたいか、知りたくないか…。
知れば、退部する事は出来ない。したとしても、それを許さない力が生じると言う。
知らなければ、表面的に部活動に参加するだけで、いずれは孤独感にさいなまれ、
誰が言い出す訳でも無く、自ら部を去って行く事となる。
この、入部早々の大きな二者択一に、土岐達は誰欠ける事無く、大きな声で「知りたい!」と、表明した。
三人とももちろん、答えなどわかっていたかの様な、はっきりとした決意が見て取れる力強い返事だった。
「よろしい。ならば約束通りに、真相を話そう」
ひまりは立ち上がり、両手を腰につけて、意気揚々と語り出す。
後戻りの出来ない、衝撃の真相を。
「昨日、第三勢力の話をした。覚えているな?」
第三勢力とはもちろん、
今現在の日本国内における、日本人と移住外国人…それ以外の存在の事。
「この長野には、第三勢力の中枢たる、妖魔・心霊……、おおよそ全てのもののけを取り仕切る、組織がある」
「……組織!?」
「人間の知らない世界の住人だからと言って、人間社会であるこの世界で、好き勝手をして良いと言う訳じゃない。
自らの行動を律する為の組織、それが【八百万組合】だ」
【八百万組合】
もちろん、玲一はそんな組織がこの長野にあった事自体、初耳であった。
それに、驚きなのは、「あなたの知らない世界」が本当に存在し、それが、人間社会との共存を目指していると言う事。
だが…、それを聞いて納得してみると、新たな疑問が玲一の胸に湧いて来る。
「……そんなに、すごいんですか?」
「うん?」
「あ、いや。そんな組織が必要なほど、妖魔の人口って多いのですか?」
その質問の、何処が笑いのツボなのか、周囲の者たちが全く理解出来ない中、
ひまりは、あはは!多い、スッゴく多いよ!と即答する。
目を白黒する玲一を見て、クスクスと笑う真琴。副部長の菊は超然として微動だにせず。
加納は『部長はまだ何か隠している』そう踏んでいるのか、机に両肘をついて、顔の前で両手を組む。
メガネの奥の瞳はギラギラと輝き、早く喋れと、無言の圧力を、ひまりに放つ。
クラリッタはクラリッタで、やはり、この話は未だに着地していないと踏んでいるのか、優雅に足を組みながら、
意味深な笑いを口にたたえつつ、興味深げにひまりを見つめている。
「真琴さん、人口比率はどれくらいですか?」
「にはは、多すぎて良ぉわからんのだ」
「あらら」
「つまりは、もう既に長野の人間社会と、妖魔の社会は、選別すら出来ない程に、浸透し合ってる。そう言う事ですね?」
「うむうむ。クラリッタちゃんは聡明で賢いのだ」
「多分、クラリッタも気付いているだろうが、部長…まだ衝撃の真相に行き着いていませんね」
「そ、そうなのか?」
「気付いてないのは、玲一だけよ」
クラリッタにからかわれ、口元を尖らせる玲一。
その姿を見て苦笑しながらも、ひまりはサラッと、さり気なく、真相の中に眠っていた真相を明かす。
「オカルト研究会は、八百万組合の出先機関の一つである。まあ、いろいろある内の一つなんだが、学生組合だと思ってくれれば良い。
そして、我々は、道を誤った妖魔達を説得・改心、排除するのが仕事であり、時には、妖魔と衝突した人間との、交渉役も兼ねる」
「ここが!?この研究会が?」
「なるほどな、聞いたら抜けられなくなるはずだ」
「ヴァンパイアハンターは嫌われそうね……」
もうここまで来れば、ひまりも、もったいぶらない。
オカルト研究会設立の歴史は新しいが、私立青嵐学園の中枢が絡んでいる事。
そして、今は学園側からの許可を貰い、日本人側を代表する生徒会執行部と、真正面から対峙している事。
全てを玲一達にぶちまけたのだ。
「よくもまあ、学園の一介の部活が、そんな力を持ちましたね」
「偶然だよ加納。全ては真琴さんがきっかけなんだ」
玲一も、加納も、クラリッタも、ひまりにそう言われて、視線を伸暁真琴に移す。
本人は全く意に介していないのか、「ぽわぽわ」と言う空気を放ちながら、ニコニコと微笑むだけ。
「真琴さんは生き神様だ」
「……生き神様?」「ほう」「なるほど、どうりで」
三者三様と言うべき様々なリアクションをとりながら、当の本人である、真琴をマジマジと見詰める。
「そうなのだ、あたしゃ神様なのだ」
(……ドリフかよ……)
本人にしてみれば、真面目に答えたのであろう。
だがしかし、まるで緊張感の欠片も無く、更に威厳も何も無いまま、神である事を宣言した真琴に、
逆に玲一たちは引いた。……ドン引きの状態に陥った。
その静まり返る部室の空気を、悪い兆候だと感じたのか、部長のひまりが慌てて口を開く。
伸暁真琴にまつわるステータス、スペックを、これでもかと説明し始めたのだ。
彼女の説明によると、伸暁真琴は、長野市北部団地を北から護る、鎮守の神社、【伽里田神社】の土地神なのだそうだ。
そして、伽里田神社の神主の娘として、この世に生を受け、身体は人間、魂は土地神と言う、非常に珍しい存在であるのだと言う。
何の気まぐれでこの世に光臨したのかは、真琴自身にも分からないが、
彼女が、人と妖魔の緩衝材になっており、必然的に、彼女の所属するオカルト研究会が、
八百万組合の出先機関の一つとなってしまう事は、必然であったらしい。
「家内安全、交通安全……」
柏手を打ちながら、真琴に向かって手を合わせる玲一。
ひまりは、苦笑しながら玲一を諭す。
「土岐、かしこまり過ぎだよ」
「あ、いや…どう接して良いか、分からなかったもので、つい」
「基本は人として生を受けてるのだ、普通に接しておれば良いのだ」
「…はあ」
ここで、玲一は決心する。
夜の恐怖から脱する事を願った玲一、除霊と言う手段に惹かれ、オカルト研究会に入部した。
その入部した先のオカルト研究会では、驚きの連続で、更には生き神様まで現れる始末。
「そうであるならば」「真琴が生き神様であるなら」
益々、自分に取り憑いている恐怖を祓ってくれる確率は高いと考たのだ。
……もう、周囲の視線や体裁など気にせずに、全てを打ち明けて理解してもらい、
そして、一刻も早く除霊して貰った方が良いのでは……
個人的に、真琴に対して、1対1で話をしようと思っていた玲一。
だが、机の下で握り締めていた両手の拳を解き放ち、スッと立ち上がり、先輩達に向かって頭を下げた。
「真琴さん、折り入って、お話があります」
「おっ、何なのだ?」
玲一は全て話した。洗いざらい全てを話した。
ウシュカの事件後、深夜に現れる影に悩まされている事。その全てを。
そして全てを話し、オカルト研究会に対して、正式に依頼した。
部長の氷見ひまり、副部長の丞定菊、新入部員の加納譲司と、クラリッタ・ハーカー、そして、依頼人の土岐玲一。
そこにいる全ての者の視線が、生き神の伸暁真琴に注がれる。
だが、真琴の第一声は、玲一の期待を根底からブチ壊しながらも、
玲一の想像の遥か斜め高空を行く様な、突拍子も無い返答であったのだ。
「無理なのだ」
「ええっ!?」
アゴが外れんばかりに驚く玲一。
真琴は飄々としたまま、穏やかに…極めて穏やかに、玲一には衝撃的な内容の言葉を続けた。
「その影、除霊とかは出来ないのだ、何故なら既にあれは君と表裏一体。君を護っているのだ」
「ま、護ってる?」
(あれが、あれが僕を護ってる…と?)玲一の動揺は、真琴の言葉で一気に増した。
あれだけ何も言わずに、表情すら変えずに、ただただあの冷たい瞳で、自分を見下ろしている「あれ」が
「僕を…護っているって…!?」
「あれはな、花苗の遺産なのだ。花苗が命懸けで君に譲った、力の象徴なのだ」
「母さんが……?」
真琴は言う。
土岐花苗の死。それは改めて、ゆっくりと話そう。君もまだ記憶が抜けたままだろうから。
だが、花苗が死ぬあの一瞬の時間に、玲一に託したのがそれだ。
東西一と言われた退魔師、土岐花苗が愛した最愛の息子、土岐玲一に譲ったのだと。
「母さんが……何を俺に譲ったんですか?それじゃ、そんな説明じゃ、分からないじゃないですか」
「説明だけじゃ理解出来ないのだ。生命の危機が絡んでいる以上、まずはゆっくり話してみるのが良いのだ。
半分以上は土岐玲一、お主の未練で形成されとるんだがのう」
「生命の危機?それに、話してみるって…」
「ふむ、話し合えと言っても、土岐は素人なのだ。よし!今晩は真琴が付き合ってやるから、安心するのだ♪」
「いっ、いいいっ!?」
「あら、何かたのしそうですね」
「合宿なのだあ!」
「ひいいいっ!?」
「私、カレーが食べたい。ねえ、玲一。カレー作って」
喜びの声で騒然となる、オカルト研究会の部室。
オロオロする玲一とは対照的に、いきなりの合宿決定で、テンションが上がりまくる部員達。
あのクール過ぎる、副部長の丞定菊すら、ちょっとだけ口元を緩めて、嬉しそう。
「せっかくの合宿だ、オカルト研究会らしく、情報収集しよう。データ取りまくるぞ!」
玲一は一切了承していないのに、話はどんどんと進んで行く。
肩をがっくりと落とし、玲一は「わかりましたよ」とだけ、ぽつりと呟いた。
賑やかな部員達、そんな中で、加納とクラリッタがふと、生き神様の真琴の言葉を反芻したのか、こっそりと真琴に質問する。
「玲一の隠された力とは?」「生命の危機とは、どの程度?」と。
その2つの質問に、真琴はさらりと答えた。
「土岐玲一の奥底には、恐ろしいものが眠っている」
「生命の危機とは即ち、土岐玲一の命にあらず。全世界の妖魔達の生命の危機である」
この真琴の説明に、加納とクラリッタは戦慄を覚えた。
玲一の別の顔を知っている二人には、今は真琴の簡単な説明で充分であった。
ただ、真琴の言葉が、どれだけ深刻な問題なのか、当たり前の話、具体的には見えていない。
それを明らかにする為に、玲一の家で合宿する事になったのだが、
加納もクラリッタも、渦中の土岐玲一もこの先、
真琴の言葉のスケールの大きさを、身を持って体験して行く事となる。




