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ドレッドノート・カプリチオ ~勇者狂想曲~  作者: 振木岳人
「オカルト研究会」編
22/74

安らかな寝顔




夕方6時 高槻邸の玄関前


今晩の主役である土岐玲一、その彼を除いた、オカルト研究会のメンバー全員が集合した。

メンバーそれぞれが私服に着替え、手に手に差し入れと荷物を持ち、笑顔をこぼしながら、玄関のチャイムを軽快に鳴らす。


 この地域においては、屈指の豪邸である高槻の家。

ひたすら長い廊下をバタバタと走る足音が、音量のつまみを上げる様に大きくなる。

ハアハアと、肩で息をしながら、引き戸をあけた玲一。

「……来ちゃった……」と、愛人を気取る、部長のひまりに対し、

ブン殴りたくなる衝動を抑え、メンバーを応接間に招き入れた。



「部長、とりあえずご飯は炊いてあります。おかずは…大丈夫ですか?」


「バッチリだよ土岐君。お邪魔する以上、ちゃんと用意して来た」


「土岐、カレーは俺達が作るから、主役はのんびりテレビでも見てろ」



 やっぱりカレーなんかいと言うツッコミを腹の中にしまい、玲一は応接間にぽつん。

すると、何とも情けない表情で、真琴がお勝手から帰って来た。

不審げに真琴を見つめていると、どうやら「役立たずは休んでいろ」と、ひまり達からズバリ言われ、台所を追い出されたらしい。

ああ、なるほど。生き神様だからと言って、万能ではないのだと、玲一は実感しつつ苦笑していた。


 差し入れのジュースを、真琴のコップに注いであげる玲一。

テレビの天気予報を見ていた真琴は、それをきっかけに、玲一を見詰める。


「むむむ……?」


見詰められる意味が分からず、不審げに真琴を見詰め返す玲一に、

真琴は自信を持ってこう言う。「土岐玲一。君はだいぶ凝っているのだ」と。

その意味が判らず、肩が……ですか?と、愚問で返すが、そんな玲一を怒りもせず、

真琴は玲一の背後へと視線をずらす。


「花苗が逝った後、土岐は頑張ったのだ。とことん頑張ったのだ」


真琴は、ニッコリと笑う。


そして、「土岐の精神が凝ってるのだ」と言いながら、母親亡き後、妹の将来だけを案じて、

ただがむしゃらに働いて来た玲一の頭を撫でた。


 歳上の女性に頭を撫でられる事を、気恥ずかしくも感じているが、

何故かそれが、玲一にとっては非常に心地良く感じ、何故だか安らかな気分になって行く。

だんだんとまぶたが重くなり、吐息もゆっくりと落ち着き、玲一の意識はとうとう、夢の世界へと遠のいて行った。



 すうすうと、安らかな顔で寝息を立て、玲一が心地よい夢の世界へと落ちた時、

「ただいまぁ」と、お勝手口からもう一人の家主が帰宅して来る。

玲一の二歳年下の妹、私立青嵐学園中等部の、土岐こよみである。


 高槻邸に集まった、オカルト研究会のメンバー全員は、部活を中断して集まったので、結果としてこよみが遅れて帰宅した事になる。

お勝手ではもちろん、部長の氷見ひまり以下、部員たちが夕飯の準備をしており、お勝手口から帰宅したこよみと、鉢合わせしたのだが、

事情を説明されたこよみは、驚きつつも、それを快く了承し、オカルト研究会の宿泊を認めたのである。


 ただ、お勝手に兄の姿が見当たらず、ひまりたちに問い質したところ、応接間に女性といるとの事。

さすがにこれはと、こよみの乙女レーダーが過敏に反応した。

何やら胸騒ぎがする中、彼女は足音を立てずに、そろりそろりと応接間に辿り着き、

開いているふすまから中を覗き込んだ。


そこには何と……、兄の玲一が、見知らぬ女性の膝枕で、気持ち良さそうに寝ているではないか。

それも、完全にリラックスし、よだれをたらしながら。


「お兄…っ!?」


こよみは驚き、兄の名を叫ぼうとした時、振り向いた真琴が、

人差し指を自分の口元に置き、「静かに♪」と、優しくこよみを制止する。

コクンコクンと何度かうなづくこよみに、真琴は微笑みながら、軽く手招きした。隣に座れと促しているのだ。

事情が飲み込めないまま、こよみは真琴の隣に、ちょこんと正座した。



「今な、お主の兄を癒やしているのだ。もうちょっとだけ、休ませておいてやるのだ」


「…はい」



 第三者を交えた、兄との接近は、初めて。

珍しいシチュエーションに鼓動を早めつつ、真琴の膝を枕にしている兄の顔を、まじまじと見詰める。


 何とも安らかな寝顔だ……


 アパートに暮らしていた頃や、最近では朝起こしに行った時、兄の寝顔を見る機会は、頻繁にあった。

苦しい顔、哀しい顔、怒りに満ちた顔……それこそ、普段は表に出ない、負の感情を剥き出しにしていた。

だが、この寝顔を見ると、こよみの胸の奥が、軽くキュンと疼く。

見事な程に安らかな表情をしており、兄の男としての魅力が増すばかりか、

兄にこの顔をさせる、目の前の女性に、嫉妬と敗北感すら浮かべてしまったからだ。



 ……この人だからだ……



陰陽師の修行を始めていたこよみは改めて、隣に佇む真琴の、秘めたる力に気付く。

彼女に、菩薩の片鱗を見いだしていたのだ。


すると、こよみの動揺を肌で感じたのか、彼女を安心させようと、真琴が小さな声で話し掛けて来る。



「名前は?」


「土岐こよみです」


「こよみか、私は伸暁真琴なのだ」



囁き声で自己紹介を終えた二人、さっそく真琴がこよみに切り出した。

どうやら、ポワポワした見た目ではあるが、真琴の持つ神秘的な雰囲気は、こよみを完全に感化させる。

この状況に疑問など持とうとも思わず、極めて素直に、答え始めた。



「こよみは、玲一の事が、とってもとっても好きなのだ」


「…はい」


「兄としてではなく、こよみは一人の男として、玲一の事が好きになったのだ」


「…はい」


「土岐はな、ほんっとに良い子なのだ。香苗やこよみの幸せを願って、毎日毎日学校の帰りに、伽里田神社へお参りに来てたのだ」


「お兄ちゃんがですか!?」


「うむ、香苗亡き後も、自分の事など一つも願わなかったのだ。こよみは兄を大事にするのだ」




 にっこりと微笑む真琴。

誰にも話さず、胸の内にしまい込んでいた恋愛感情が、真琴の質問によって、心地良く暴き出された。

そして更に、こよみの知らない玲一の行動が、真琴によって明らかになる。


 ……そこまで、母を、妹を想ってくれていたなんて……


それをきっかけに、感極まったこよみは、サラサラと誰はばかる事無く涙を流し出す。

真琴は、そんなこよみの肩に手を回し、優しく抱き寄せた。



「私の為にいつも無理して、……眠い目をこすりながら頑張るお兄ちゃんが、いつ壊れるのか心配でした」


「大丈夫なのだ、土岐は簡単には壊れんのだ。花苗もついてるのだ」


「お母さんが……ですか?」



そう反芻する様に、こよみが質問した時、ちょっとした時間の停滞は終わりを告げてしまう。

「ううん」と唸りながら、ゆっくりと、玲一が目を覚ましたのだ。



「ふぁっ!?」



自分が寝ていた事さえ気付かなかった玲一。むくりと身体を起こし、焦点がまるで合わない状態の中、目の前にいる二人の女性を見る。

一人はオカルト研究会の先輩で生き神様の、伸暁真琴。そしてもう一人は、妹のこよみ。



「あれ?…俺?」


真琴は優しく微笑みながら、何も言わずに玲一が落ち着くのを待っている。

そして、真琴の隣にいるこよみも……、

何故か優しく微笑みながら、何かを言いたそうに、タイミングを待っている。



「す、すいません。俺…寝ちゃってたみたいで」



 時計を見れば、18時30分

玲一は、徹底的に熟睡した様な、心地良い気だるさに包まれるも、時間にして、20分程も経過していない。



「どうだ、土岐玲一?何だか身体が軽くなっただろ?」



寝ぼけた玲一が答えずとも、結果は見えている。

肌は艶々と蛍光灯の光を反射し、寝ぼけた瞳も、何かフィルターが取り払われた様に、力強く世界を見回している。

カサカサの唇にもツヤが戻り、さながら、くたびれ果てた少年が、「美」を取り戻したかの様な様相だ。

真琴に「何か…楽になりました」と答える玲一に、こよみはハンカチを渡しながら、よだれを拭えと勧める。



「土岐玲一、自分自身の呪縛を、取り払ってやったのだ。今晩は多分、怖くない…真の姿が見えるはずなのだ。

真剣に話し合って、自分の未来を切り開けば良いのだ」



 玲一の心は、知らず知らずの内に、カチコチになっていた。


「母さん亡き後、俺が頑張らなきゃ!」「こよみを幸せにする!」「高槻の援助などいらない!」

「俺が頑張らなきゃ!」「俺が!」「俺が!」「俺が!」


そう自分に鞭をふるいながら、馬車馬の様に、日々フル回転で働いて来た。

意気込みを実現させる事は、悪い事ではないし、実際に彼の気合いで今まで何とかして来た。

両親の残した多額の銀行預金には、一切手をつけず、生活費をバイト代でまかない、

残ったお金は、「こよみの花嫁衣裳」口座に、預金するまでになっていた。


 だが、本人には自覚は無いものの、彼は心底疲れていたのだ。彼の意気込みが、彼自身を呪っていたのである。

多感な時期の感性を押し殺し、ひたすら生活の為に奔走した玲一は、

春風が肌を撫でるだけで、新しい趣味が閃く様な、才能溢れる時期に、自分の全てを押し殺した玲一は、

現実と理想がどんどん乖離し、メンタリティがひどく濁り、疲弊しきっていたのである。


だが、真琴の膝枕で熟睡しただけで、彼自身をがんじがらめに縛りつけていた鎖がほどける。

濁った眼で見えなかった事を、澄んだその眼で見てみろと、真琴に背中を押されたのである。



「俺、ちょっと……外の空気吸って、背伸びしてきます」



何を感じ取ったのか、すがすがしい顔をした玲一は、応接間から廊下へと出て、

つっかけを履いて、中庭から空を見上げる。


既に太陽は西の山々に沈み始め、太陽の残り香が、空をオレンジ色に焦がしている。

普通の人々にとっては、見慣れた田舎の夕暮れであろうが、玲一には何故か、その光景が新鮮に見えたのか、

「早く来い!カレーが出来たぞ!」と、ひまりに呼ばれるまで、その場を動かず、空を見上げていた。






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