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ドレッドノート・カプリチオ ~勇者狂想曲~  作者: 振木岳人
「オカルト研究会」編
20/74

女王陛下のヴァンパイアハンター




 オカルト研究会の初日が終わり、それぞれがそれぞれに、

柔らかな照明の下で、自分の生活を行なっている、そう言う時間帯。



 長野市北部団地の中でも、閑静な住宅街で知られる、海外移住者向け住宅……外国人居住区の一角に、

「ハーカー」と言う名前の表札が下げられた、質素で品のある、屋敷がある。


木の素朴さやレンガ調を前面に押し出した屋敷ではあるが、おとぎ話に出て来る様な、古いヨーロピアンスタイルの屋敷ではなく、

あくまでも現代的建築で建てられた、機能的且つ品のある、シンプルな空間を提供する、屋敷である。



 その優雅な屋敷の二階。

その一室の扉に、可愛いクマの絵がプリントされた、表札がぶら下がっている。

そこにはアルファベットで、「クラリッタの部屋☆」と表示されていた。


 長野に赴いて既に、一カ月近くは経つはずなのに、シンプルなベッドと勉強机、そして化粧台が置かれただけ。

この殺風景な部屋には、殺風景では無い理由がある。

部屋の中に山積みにされたダンボールは、未だに開かれないまま、部屋の大半のスペースを占有していたからだ。

ポスター1枚すら貼られていないその部屋は、その部屋の主の生活感の無さを、如実に語っていた。



 風呂上がりなのか、タオルをまいただけの姿で、クラリッタがその部屋に入って来る。

上気した肌が、ほのかに桜色に色付き、おろしたての絵筆のようにまとまった、艶やかな金髪。

クラリッタは、身体を巻いていたバスタオルをとり、髪の毛をふきながら、全裸のままで、化粧台の前の椅子に座る。


華奢な細い身体、しかし大人への階段は着実に昇っているのか、

滑らかな……ゆで卵の様な質感の流線型の背中。

そしてその背中に垂れる水の雫が、少女を卒業する間近の、色香を漂わせていた。


膨らみかけの幼い胸もそのままに、化粧台で自分の姿……上半身を見ながら、

バスタオルを頭に巻き直して、鏡に自分の顔を近付ける。


 ……肌にトラブルは無いか、肌荒れは?ニキビは?……


一通り確認したクラリッタは、火照った身体が冷めて来たのか、ようやく立ち上がり、可愛い彩りの下着を履いた。



 その時だった。



『ピンポーン♪』と、ハーカー家に、来訪者を告げるチャイムが鳴り、

間をそれほど開けずに、再び玄関のチャイムが『ピンポーン♪』と鳴ったのだ。


予期せぬ来訪者か、はたまた宅急便か。

本来なら、ごく一般的な家庭なら、台所にいる母あたりが、「は~い」と声を上げながら、いそいそと玄関に向かうであろうし、

二階にいる者は、誰が来たのだろうと、一瞬気にするだけで、一階にいる家族に任せるであろう。


だが、クラリッタ・ハーカーは違った。

もっと言えば、ハーカー家が来訪者に対して、驚くべき反応を示したのだ。



 玄関のチャイムが鳴った途端、クラリッタはそれを傍観せず

ガタン!と、感電したかの様な、ショッキングで荒々しい身のこなしを見せる。

頭に巻いていたタオルを無造作にはぎとり、床に捨て、

勉強机の引き出しから取り出した愛銃、SIGザウエルを構えつつ、

下着一枚のまま、あられもない格好のまま、バタバタと階段を下って行ったのだ。


「お母さん!」


階下の廊下には既に、クラリッタの母の姿が。

母はクラリッタに対して手の平を上げ下げし、「廊下まで降りて来るな」「物陰に隠れていろ」と、意志を送る。


クラリッタが階段の影から顔を覗かせ、見守る中、母は玄関に向かって足音を立てずに移動して行く。

何故か右手には、自動拳銃「グロック17」を構え、

壁に、背中をこすりつける様に移動する様は、それだけで母が、最警戒しているのだと判断出来る。

もちろん、クラリッタも母も無言。

母は玄関扉を凝視し、クラリッタは「母の背中も含めた」玄関扉を、銃を構えながら凝視している。

もちろん、母と娘の間に、一切会話は無い。



 玄関にたどり着いた母

左手で握り拳を作り、自分の肩の高さへと持ち上げる。

英語圏の軍隊における、「止まれ」のジェスチャーだが、

この時点で、母が娘に送ったメッセージは、「スタンバイ」……この一言に尽きよう。


母の意図を正確に理解したクラリッタは、呼吸を抑えつつ、

片膝を立てたまま廊下にしゃがみ、ピタリと動きを止め、玄関に向けて両手で銃を構える。

母は気配でそれを察し、銃を構えつつゆっくりと扉に進み、来訪者を確認した。


「どちら様ですか?」


 ……夜分に恐れ入ります。英国白銀十字団、日本支部のホイト・マッキャンです。

本日はハーカー卿にお願いがございまして、お伺いしました……


外から聞こえて来たのは、イギリス訛りの強い英語。

声には若々しいハリは無く、威厳と渋みのこもった、壮年の紳士のものだ。



 だが、ホイト・マッキャンと言う名前を聞いた途端、母の顔から緊張が消え去る。

そう言う効果が、この人物の名前に宿っていたのであろうが、

母は湧き上がる安堵の気持ちを一旦抑え、この世界に住む者としての、義務を全うした。


「ホイト卿、白銀十字団ならば、玄関前に立った際は、どうすれば良いのか、お分かりだと思いますが」


 ……そうですな。では遠慮無く、玄関口へ入れさせて頂きます……


 扉に鍵はかかっていない。そして、「カチャ」っと、ドアノブを回す音がしたと同時に扉が開き、

玄関内に、英国風の老齢な紳士が現れ、ゆっくりと入って来たのだ。



 クラリッタの母はホイトに対して、【どうぞ、お入りください】とは絶対に言っていない。

あくまでも、こういう時はどうすれば良いかと、問うただけ。

【家に招き入れる言葉】を完全に避ける状況。

それがタブーである世界に、ハーカー家の者とホイトは、いたのである。


「ジェニファー・ハーカー様、ご無沙汰しております」


ホイトは廊下の奥に目を凝らすと、警戒を解き……胸を両手で隠しながら、

慌てて階段を駆け上がって行ったクラリッタに対して、最大の謝罪をもって、頭を下げた。


「サー・クラリッタ・ハーカー。夜分の突然の訪問、誠に申し訳ありません。また、レディに対してのこの無礼。このホイト、いかような罰をも受けましょう」


 クラリッタの裸を見てしまった事。

また、その様な状況下に突然訪問し、警戒させてしまった事に、深々と頭を下げて謝罪するホイト。

だが、母ジェニファーは、これくらいの刺激が無いと、クラリッタはガサツなまま大人になると、

笑いながらホイトを、応接間へと案内した。



 ■英国白銀十字団(えいこくしろがねじゅうじだん)

女王陛下直属の地下組織で、西側世界で古くから存在して来た妖魔討伐の専門組織。

英国貴族達が出資して出来上がった円卓型組織で、古い時代より、闇に潜み人間に仇なす者達を、

人知れず狩って来た組織である。


その、英国白銀十字団日本支部のホイトが、夜分に突然ハーカー家に押し掛けたのだ。

母ジェニファーもクラリッタも、まだ言葉にすらしていないホイトの真意が、何処にあるかまでは把握出来ていないものの、

それが酷く深刻である事だけは理解出来た。



 ハーカー家の応接間に通されたホイト。

ジェニファーが用意した、紅茶の香りに鼻腔を楽しませつつ、クラリッタが現れるのを待つ。


「ホイト卿、大変お待たせして申し訳ない」


現れたクラリッタは、へりくだった敬語を使わず、ホイト・マッキャンに対して、対等であるかの様な言葉を繰り出した。

何故なら、英国白銀十字団が訪問して来た目的、面会を求めた相手は、クラリッタの母であるジェニファーではなく、

女王陛下よりその称号を賜わった、【ヴァンパイアハンター】、クラリッタ・ハーカーなのであるから。

英国白銀十字団とヴァンパイアハンターとは、主従の関係ではない。いくらクラリッタが少女であったとしても、あくまでも五分五分の、対等な関係。

それはそれとして、儀礼上、レディとしてのマナーも求められる事から、

クラリッタは対等の挨拶を交わしながら、イギリス上流貴族のレディとして、淑女としての挨拶も忘れなかった。


 ホイトとテーブルを挟んで座るクラリッタ。

改めてホイトは深夜の訪問を詫び、クラリッタは銃を向けた事を詫びる。


ジェニファーとクラリッタが銃を向けた事。

これもホイトにとっては至極当たり前の行為であるのか、

彼は「お気になさらずに。悲劇的な結末を避ける意味でも、【家に招かない】のは、我々の常識です」と、

落ち着いた笑顔をクラリッタに返した。


ただ、夜分に突然訪問したホイトには、これ以上の社交辞令や、近況を語り合う時間がかえって、

ハーカー家に迷惑をかけると言う配慮があったのか、訪問の目的を単刀直入で切り出した。



「父上の静養に協力する為、また、一族の休養の為に来日されたのは元より承知の上で、

このホイト・マッキャン、由緒正しいハーカー家の、吸血鬼狩りの力を、借りにまいりました」


「この極東で、……私の力を?」



 ホイト氏の頼み事とは、こうだ。

数年前からこの日本に、吸血鬼と、その配下の獣人2体が潜伏している。

来日してからは、吸血事件や感染事例など、

国連安全保証事務局の定義する【人類に対する罪】は行われなかったのだが、

どうやら、潜伏拠点を関東圏から長野市へと移していたと言う、情報が入って来たのだそうだ。


何故、静かに……今までひたすら静かに潜んでいた吸血鬼が、今更長野市へとやって来たのか。

これは何かしら、活動を始めるサインではないのか、その懸念が渦巻いていると言うのだ。


「地脈の終焉の地日本、その日本において、今一番…、間欠泉の様に、地脈が最後の輝きを魅せながら溢れる場所と言われる、長野」


「そこに、現れたのが、【絶対女王】エカテリーナ・シェノワ」


「エカテリーナ!?」


クラリッタの瞳が輝く。それは、歓喜に湧く輝きでは無く、狩人が獲物を見つけた時に、無表情のまま輝かせる類いのもの。

だが、まだちょっとクラリッタは幼いのか、その高揚感を隠しきれなかったようだ。

素っ頓狂な声が、その証拠であり、それを自覚した彼女は、照れくさそうに頬を紅潮させ、ホイトに確認する。


「エカテリーナ・シェノワと言えば、ノスフェラトゥ級の吸血鬼。しかし250年前から、人類に対する敵対行為を止めたと聞きます」


「おっしゃる通りです、サー・クラリッタ」


「エカテリーナ・シェノワは、あの忌まわしい戦争屋……、オランダのブロート・ブクリエ(真紅の盾)教導団と契約し、

長年、人類側に立って活動して来たと聞きます。

今になって、彼女を脅威と判断する根拠…、私にお聞かせ願えませんか?もちろん…」


もちろん……、と、言葉を口にしながら、彼女の顔は、不敵な笑みに包まれる。

その笑みは、ブラックジョークを評価する、シニカルな笑みとは違い、

闘う者の矜持が含まれた笑みなのだとホイトは実感し、「女王陛下のヴァンパイアハンター」に、尊敬の眼差しを向ける。


「もちろん、どの様な事情で、どの様な立ち位置をとっていたとしても、人ならざる闇の申し子は、排除すべきだと判断しております」


「さすがはサー・クラリッタ。あなたの御見識、感服致します」


 お世辞では無い。

心底ホイトは、クラリッタの言質に尊敬の念を表しながら、エカテリーナ・シェノワの動向について説明を始めた。



 オランダカトリックの深淵にある対魔組織、ブロート・ブクリエ教導団と、英国白銀十字団とは、

古い時代からその功績を競い合って来た関係である。

エカテリーナ・シェノワは7~8年前より、極東地域の戦闘部隊に配備され、近年頻発した、【魔人事件】の討伐に奔走していた。

しかし、全世界の人々が衝撃に揺れた、日本列島大震災を機に、エカテリーナ・シェノワは、

ブロート・ブクリエ教導団との長年の契約を破棄したのか、教導団を去ってしまったのだ。



「つまり、エカテリーナ・シェノワは今現在、フリーの状態。それまでは、人間側について、妖魔を駆除してきたから、見逃してはいたものの」


「妖魔を駆除しなくなったヴァンパイア……、狩らない猟犬に、存在する価値は見い出せないと」


「おっしゃる通りにございます。ハーカー家の皆様においては、休養中の身とは知りながら、失礼を承知で…、動向を探ってはいただけないかと」



 由緒正しいヴァンパイアハンターの一族。

『初めてドラキュラを狩った一族』の血が騒ぐのか、一切の躊躇や不安の色を見せず、クラリッタを強い意志で口を開く。まさしく即答だ。


「分かりました、やりましょう」


「ありがとうございます。英国白銀十字団を代表し、感謝の意を表すると共に、全面的な支援をさせて頂く事、私の名誉に賭けて誓わせて頂きます」



 ホイトの支援表明に感謝しつつ、それなからばと、クラリッタは紙と鉛筆を用意し、紙に箇条書きでどんどんとリストを書き込む。

「用意して頂きたいものがある」と、クラリッタはそのリストを彼に渡し、反応を待った。



「なるほど!オレルアンの乙女を護身用に」


「ええ。当方が持ち合わせるジャンヌダルクの骨片では、この街一つが壊滅してしまうほどの破壊力があります。

私の命一つ護る為に、街一つを破壊するのは、私の意にそぐわない。お願いしてもよろしいでしょうか」


「承知致しました。その手の加工が得意な者が、東京にいます。お預かりし、至急作らせましょう」


「宜しくお願い致します」



 ……契約成立……


ホイトは要件を伝えるだけを伝え、そしてクラリッタからオレルアンの乙女を預かると、長居せずに去って行った。




 クラリッタ・ハーカー、ハーカー家。

世界的な大ヒットとなり、ヨーロピアン・モンスターの先駆けとなったブラム・ストーカー原作の映画、『ドラキュラ』。


その映画に登場する主要人物は、アムステルダム大学の名誉教授、ヘルシング教授。

モンスター・ハンターとして、後々有名になる教授ではあったが、

実は、教授よりも多く、闇でヴァンパイアを狩って来た一族がいる。


それが、映画『ドラキュラ』にも登場する、ジョナサン・ハーカーと、

婚約者ウィルヘルミナ・ハーカーのハーカー家。【ハーカー一族】である。


その末裔である、若きヴァンパイア・ハンター、クラリッタ・ハーカー。

彼女は、極東のこの地で、最後のノスフェラトゥ……エカテリーナ・シェノワを追い詰める事を決意した。


エカテリーナが何故、ブロート・ブクリエ教導団と、たもとを別れたのか、

そして何故、欧州に帰らずに日本に留まり、長野にやって来たのか、それは今のところ謎ではある。


だがしかし、エカテリーナが人類に味方していようが、いまいが関係無く、

クラリッタはヴァンパイア・ハンターの称号に賭けて、エカテリーナを追跡し、

言葉にはしないものの、狩る事を誓ったのであった。



 ーーホイトの言葉を耳にしながら、瞳を輝かせていたのは、

  狩人としての覚悟が、瞳に宿っていたからであるーー





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