何とか致命傷で済んで、セーフ
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頬を紅く染めながら、潤んだ瞳で玲一を見詰める。
椅子に座り、テーブルに置いた生徒会発行の小冊子「新入生必見!部活動ガイドブック」を、食い入る様に見詰めていた玲一が、
視線に気付いて顔を上げると、何も無かったかの様に、いそいそと夕飯の調理を続行する……。
高槻邸、夕方の一コマ
地域に根ざした陰陽師の大家、高槻家の檀家総代である藤間家の次女、藤間紫乃が、
今現在、高槻家の家主となっている土岐玲一と、妹のこよみの為に、生活のお手伝いとして、頻繁に高槻邸を出入りしている。
高槻家の檀家で組織される、檀家衆での決定事項であり、いくら藤間家が総代であったとしても、総意に逆らう事は出来ない。
むしろ、藤間の方から、進んで紫乃を差し出したと言う説もある。
檀家衆の間で、眉間に皺を寄せながら、暗がりでヒソヒソと、小さな声で話すたぐいのものなのだが、
藤間家が藤間紫乃と玲一を結び付け、高槻家当代であるこよみの、
完全なる後見人になろうと画策しているのではないかと、さも真実の様に囁かれていたのだ。
だが、そんな大人たちのドロドロとした思惑など、一切関係ない世界にいる、ピュアな紫乃が、嫌悪を一切示さずに、嬉々として玲一たちの世話をしているのは真実で、
大人しい紫乃が、度々玲一に視線を向ける時、熱っぽい眼差しを向ける事も、それもまた真実であった。
「……文芸部……文才なんかまるで無いし、放送部……ううん、全く興味が無い……」
ガイドブックを凝視しながら、唸る様に呟き通す玲一。
いよいよ煮詰まっているのか、時折右手を頭に乗せてガシガシと髪の毛をかきむしる。
最早、完全にガイドブックに集中してしまったのか、夕飯が出来ましたと声をかける、紫乃の声すら聞こえていない。
すると、食堂の出入り口の古びた引き戸がガラガラ!と、勢い良く開き、紫乃に向かい
「ふあああ、ありがとうございます、良い風呂でしたよ!」と、こよみが元気一杯で入って来た。
いくら本に集中していたと言っても、引き戸が豪快に開かれる時の音ぐらいは気付く。
玲一は顔を上げて、最愛の妹に向かって笑顔で「ただいま」と声をかけた。
視線が合った玲一とこよみ
まさかこよみは、入浴中に兄が帰宅して、その場にいる事は想定外であったようで、女性としては無防備に近い格好。
頭にタオルを巻き、可愛いショーツとブラだけを身に纏った姿で、身体が硬直している。
「……こよみ、いつの間にブラなんかつける様に……」
こよみの姿を見て、呆然としながらポロっと漏らした玲一。
最近まで一緒に風呂へ入っていたからこそ、妹の身体は隅々まで知っているし、どんな下着を着ていたのかも知っている。
だが、幼児体形でまだまだ子供だと思っていたこよみが、ブラをつけた姿を見ると何故だか……、
幼い頃から「お兄ちゃん」と口癖の様に言いつつ、事あるごとに玲一にべったりとくっついて来た、妹の面影が消えて行く。
無駄な脂肪の無い、ほっそりとした身体つきの彼女に、曲線で形作られた、大人の女性の片鱗を感じてしまったのだ。
「おっ、お兄ちゃん!?いるならいるって教えてよ、お兄ちゃんのエッチ!」
顔どころか、全身までも真っ赤に染めながら、バタバタと盛大な足音を立てて、廊下を逃げて行くこよみ。
相変わらず玲一は呆けたまま。
投げ掛けられた言葉が、余程ショックだったのか、俺って、エッチだったのか……?と、妹の変わり様に混乱している。
紫乃は同性として、こよみの心情が理解出来たのか、こよみちゃんも思春期に入ったんですよと、玲一を優しく諭しながら、配膳を続けている。
だが、血の繋がらない兄に対する、こよみの心情が理解出来ると言う事は、紫乃にも直接影響して来る事柄であり、
常に穏やかな彼女の瞳の奥に、独占欲や対抗心、更に嫉妬などが複雑な模様を描き渦巻いていたのも、確かではあった。
今日の夕飯は、玲一の大好きなチーズハンバーグに御飯と味噌汁。
三種類揃えた小鉢の一つには、春の山菜であるふきのとうを、味噌で和えた「フキ味噌」が用意されており、紫乃の料理のレパートリーの奥深さを物語っている。
「玲一さん、食べながら本を読むなんて、お行儀悪いですよ」と、紫乃は苦笑いしながら玲一を諭す。
と、言うのも、夕飯の準備が出来た時点で、玲一はガイドブックを横に置き、紫乃に感謝しつつ、チーズハンバーグ定食をがっつき始めたのだが、
横に置いたガイドブックに、何か引っかかったのか、くいっと首だけ器用に傾け、開かれているページを、もう一度凝視したのだ。
『オカルト研究会』
紫乃にたしなめられるまでの間、玲一は目を見開き、真剣にオカルト研究会の紹介ページに瞳を固定していた。
【オカルトに興味がある方の為の研究会です。素人大歓迎!】
素人大歓迎!って言うか……、素人も何も、プロがいるのかよ?と、腹の中でツッコミを入れつつ、玲一は紹介文を読み進める。
ーーエクソシストで有名な氷見ひまりが、この度部長に就任しました。心霊研究、伝承調査、オカルトのお悩み相談、除霊。オカルトに関係ある話なら、何でもござれーー
「除霊っ!?」
玲一の脳裏に、「希望」の二文字が湧いて来る。
恐怖を、戦慄を通り越した、今もなお続く経験。
それが自分の日常なのだと、完全に諦めていた経験。
その忌むべき経験が……、今の自分の日常であるそれを、破壊する手段である可能性、つまりそれが【除霊】。それを可能にしてくれるのが、オカルト研究会。
玲一は、オカルト研究会に、前のめりに惹かれていた。
『オカルト研究会に入部すれば、もう恐怖の感覚すら麻痺した、夜を過ごさなくて良い』
明日が待ち遠しい、学校に行くのが待ち遠しい。
オカルト研究会に足を運ぶのが待ち遠しい……。
紫乃にたしなめられ、謝った後、玲一は笑顔で夕飯に集中し、
ご馳走を楽しみながら、御飯のおかわりを何度もした。
その日の深夜
時間にすれば、ちょうど2時。圧倒的な悪寒と共に身体を拘束する、「金縛り」がやって来る時間。
何故、深夜2時の出来事だと認識出来るのかと言えば、金縛りに包まれ、全く身体の自由が効かなくなっても、瞳だけは動く事を許されており、
小さな本棚の上に乗った目覚まし時計が、毎回毎回ぴったり2時を指しているからだ。
深い睡眠に落ちていても、浅い睡眠で夢を見ていても、この時間が来るとまるで、テレビのチャンネルを切り替える様な気軽さで、
パチンとまぶたが開き、視界に自分の部屋の天井が入って来る。
(……ああ、やっぱり今日も始まるか……)
その程度の感情しか、今は湧いて来ない。
確かに怖い事は怖いのだが、ただ「それ」が枕元に立って、毎晩見下ろして来るだけで、金縛りの状態の中、何か危害を加えて来るとは思っていない。
つまり、嫌なイベントが毎晩やって来ると言う認識程度に、自分の恐怖に対する感情は麻痺していた。慣れていたのだ。
だが最近、悪寒と共に現れ、自分の枕元に立ち、しばらく見下ろして去って行くあの影が、どうも自分自身ではないのかと、玲一は疑問を感じていた。
真っ黒な影で、はっきり姿は見えないのだが、その瞳……、無言で玲一を見詰めて来るその瞳が、鏡を見詰めた際に映る、自分の瞳だと認識し始めているのだ。
だからこそ、余計気持ち悪い、気味が悪い。毎晩現れる幽霊が、自分自身であるなどあり得ない。
だがそれは毎晩必ず現れ、そして今日も現れ、何も意図が掴めずに、現象は終わって行く。
ウシュカの事件以降、いきなり自分の身に起こった心霊現象を、除霊する事で解決を図る……。
玲一が、オカルト研究会に惹かれた原因であった。
翌日、青嵐学園の放課後。
玲一は加納とクラリッタを従え、部活棟へと向かっている最中。
「よりによって…まさか土岐がねえ【変人集団】の仲間入りとは」
「まるで他人ごとね加納。私達も入部するんで・す・け・ど」
「だから、何度も言うけど、別に俺に合わせなくっても…」
「何度も言うけど、玲一と一緒が良いの」
「だな。何度も言うが、そこだけはクラリッタと、意見が合う」
「何度も言うけど、加納、私の事馬鹿にしてるでしょ」
「何かそのやりとり、昨日も見た気がするぞ」
玲一の指摘を受けてか、真顔で昨日の出来事を反芻する二人。
一瞬その場が静まったものの、それを思い出したのか、互い互いに目を合わせ腹を抱えて笑い出す。
三人の笑い声が、次第に廊下を移動し、場所は運動部系から、文化部系に変わって行く。
「あ、あった」と、クラリッタが声を出した。
三人の目の前に、【オカルト研究会】の表札がかかった扉を見つけたのだ。
「それじゃ入ろう」と、前のめりの玲一が一瞬間を置き、「コンコンコン」と、扉を三回叩き、ゆっくりと扉を開ける。
「…失礼しまぁす…」
恐る恐る室内に入る三人。
すると、パイプ椅子に座り、机に突っ伏している女生徒が一人、玲一達の来訪に気付いて顔を上げた。
「…ほえ…」
「あ、あの…こちらは、オカルト研究会ですよね」
「…ほえぇ…」
どうやら、女生徒は寝ていたのか、むくりと顔を上げ、焦点の定まらない瞳で、玲一達を見詰めているだけ。
完全に寝ぼけており、口元からはよだれが垂れ、可愛らしい顔が台無しである。
それでも、話を進めなければと、玲一は前に一歩踏み出し、女生徒に声をかけた。
「あの俺たち…オカルト研究会の、入部希望者なんですが、宜しいでしょうか」
多分……、玲一にとっては、先輩にあたる人なのだろう。そう思ったからこそ、丁寧な言葉遣いで接したのだが、
改めてその女生徒を見ると、あまりにも幼く、そして無邪気で、あまりにも無防備。
まるで、玲一達よりも遥かに年下の少女の様な、無垢なオーラを放つ女生徒。
彼女は寝ぼけ眼をこすり、呆けた顔のまま、口から垂れたよだれを、ブレザーの袖でこすりつつ、第一声を発した。
「…見たな」
「あっ、いや、これは……」
「見られたからにはしょうがない。入部して責任をとって貰うのだ」
「かなり寝ぼけてるな、この人」
加納の冷静なツッコミを無視し、女生徒は背伸びしながら大きなあくびを一つ。
その光景を見ながら、三人はとりあえず、彼女の目が覚めるのを待つ事にした。
「オカルト研究会」部室
様々な関連本や、怪しいDVDが、ぎっしりと詰まった本棚に囲まれた、昼間なのに、室内の蛍光灯を灯さないと、薄暗くて鬱になりそうな空間。
そこで玲一と加納、クラリッタは、入口側のパイプ椅子に座り、やっと目の覚めた女生徒が入れてくれたインスタントコーヒーを、ちびちびやりながら、入部届けの書類に記入を行っていた。
先ほどの寝ぼけ顔とはうって変わり、「うむ♪うむ♪」とうなづきながら、笑顔で玲一達の姿を見守る居眠り美少女。
「志望動機はまあ…適当に、チャチャっと書いて構わないのだ」
見るからに幼そうなその美少女、名前は「伸暁真琴」と言い、玲一達よりも一つ上の、2年生なのだそうだ。
「じゃあ、これでお願いします」
加納やクラリッタの入部届けも受け取り、玲一は真琴に届けを渡す。
受け取った真琴は笑顔のまま、三人分の書類の内容を確認し始めた。
「ところで、今日は、伸暁先輩一人だけなのですか?」
「こら加納。堅苦しいのは嫌なのだ、呼ぶ時は真琴で良いのだ」
「はあ」
いくら先輩後輩の上下関係があったとしても、いきなり初対面で呼び捨てにされ、鼻白む加納。
しかし、まるで悪意を感じない表情と、高みから見下していない視線で、真琴の本質が天真爛漫である事を悟る。
「部長と副部長は、今日は街に出てるのだ」
「街に……ですか?」
「うむ、ちょっとヤボ用なのだ」
と、言いながらも、真琴はクラリッタの入部届けに気になる点があったのか、それをマジマジと見詰めている。
「ほう、クラリッタちゃんの入部理由は、土岐玲一と一緒だから……か」
「いつも一緒だって、玲一が言ってくれました」
「ちょ!クラリッタ!?何か誤解される言い方じゃないか、それ」
「仲良きことは美しき哉、ぜ~んぜん構わんのだ。おや、加納も土岐と一緒だからとは、これはこれは、土岐玲一とは人気者なのだな」
「あっ、いや……別に……」
照れながら器用に苦笑する玲一、そんな姿を見て、カラカラと真琴は笑う。
だが、玲一の入部理由を見て、一瞬にして真琴の笑顔が消えた。
「むむ!土岐玲一、入部理由に除霊に興味があると書いてあるのだ。もしかして……」
身を乗り出し、真正面から玲一の顔を見詰める真琴。
急に視界を覆い、迫って来た真琴の顔に、思わずのけぞる玲一。
「心霊現象と言わずに、除霊と言う言葉を使うとは……」
正直、玲一は『あの事』を、他人に言うのをためらっている。
何故なら、奇人・変人と思われ、好奇の目に晒される事だけは、避けようとしているからだ。
「もしかして土岐は、知識欲としての心霊研究を求めるのではないのだ。実体験に基づいて、除霊を欲しているのだ。違うか?」
ズバリ、伸暁真琴から見透かされた玲一。
しかし、まだオカルト研究会の力量すら計りかねている中で、ありのままを話すのは、非常に危険と考えているのか、この期に及んでも、その腹の内を出す事をためらっている。
「お、幼い頃からテレビとかの心霊特集、結構好きで見てたんですよ。それで興味もって……あは……あはは……」
「ふむ、まあ良いのだ。いずれにしても、いきなり部員が増えて、これで合計6人。オカルト研究会は愛好会へのランクダウンを、免れたのだ」
「部員少ないんですねえ、瀬戸際じゃないですか」
「昨年度ほとんどが卒業してしまったのだ。何とか致命傷で済んで、セーフなのだ」
(……いや、それじゃアウトでしょ……)
「あらら、もし部員がギリギリなら、私たちが一人でも抜けたら、危ないわね」
「いや、それは無いのだ。心配は無用なのだ♪」
じっくりと三人を見回す真琴。特に、玲一のところだけは、入念に、念入りに見回す。
「君たちならば、全く問題ないのだ」
満面の笑みをたたえながら、自信満々に答える伸暁真琴。
ただ、あまりにも自信満々な真琴の姿に、加納は奇異を感じ、口を開く。
「……真琴先輩」
「ほえ?何なのだ?」
「部長と副部長は外出中で、今は真琴先輩だけが、この部室で待機中なんですよね」
「ふむ、その通りなのだ」
「序列でいけば、部長、副部長についで、真琴先輩はナンバー3。良いのですか、部員採用に口出しして。後で部長達に何か言われませんか?」
「ほえ……、うむ、心配無いのだ。真琴の決めた事は、ひまりさん達も納得してくれるのだ」
「OH!、真琴先輩って、影の実力者なんですね」
「にへへ、クラリッタも良い事言うのだ」
真琴のまったりとした空気に支配された部室。
玲一は「この人ホントに大丈夫かな?」と、不安を露骨に表情に出し始めた。
だが、玲一の心配をよそに、街に出ていたはずの、オカルト研究会の残りの二人が、部室へ戻って来たのだ。
バタァン!
景気良く出入り口の扉が開き、二人の女生徒が颯爽と入って来る。
「いやあ~、無駄骨無駄骨!あんなんだったら、行かない方が良かった」
「お疲れ様なのだ」
真琴は、入室して来た二人を労う様に、インスタントコーヒーを用意し始める。
二人はパイプ椅子に「ドスン」と座りながら、呆気に取られている玲一に気付いた。
「うむ?君達はもしかして、一年生の入部希望者かな?」
「はい」
「なるほど、良く入部してくれたな。私が部長の、氷見ひまり。3年A組だ」
「副部長の、丞定菊」
玲一達は「よろしくお願いします」と頭を下げ、部長からの部の説明や、活動内容の説明を聞き始めた。
(……しかし……)
オカルト研究会、メンバー三人の顔ぶれを確認する加納。
部長の氷見ひまりは、艶々な黒髪のストレートに、朱色の眼鏡をかけた、正統派の知的美少女。
副部長の丞定菊は、ひんやりとした冷たさが瞳から溢れる、ツンデレ系美少女(デレはまだ無いが)。
そして、部長達が一目置いているとおぼしき、部員の伸暁真琴。ぽわぽわ頭の、天然系不思議美少女。
(……ここに欧州貴族系美少女のクラリッタが加わるか。バラエティに富んだ集団と言うか、かしましいのは苦手なんだが……)
加納はチラッと、隣の玲一を見る。
【俺は目的を持って、ここにいる】そんな前向きなオーラを、隠しもせずに堂々と放ちながら、玲一は、氷見ひまりの説明を聞いている。
その真剣な表情は、加納の弱気すら軽く払拭する程の、力強さを持っていた。
(……まあ、しょうがない。土岐が良いなら、ついて行くしかないか……)
加納がぼんやりと、物思いにふけっていると、
部長氷見ひまりの声が、結構強めの声で部室に響いた。
「さて、諸君!我がオカルト研究会の活動をざっと説明したが、ここからはちょっと……、別の世界の話をする」
心霊調査やゴーストバスターが主な活動のオカルト研究会。
その段階での話ですら、一般的には信じられない内容なのだが、
氷見ひまりはたった今、「信じるか信じないか」を本人の判断に任せようとする内容を、玲一達に語ろうとしていた。
「西暦2000年代に突入してから、世界中に妖魔が溢れ、いつの間にか、【それ】がいる事が、当たり前になった現代社会。
様々な民族紛争、宗教などの摩擦や、国家間の衝突を繰り返す人類は、新たに、オカルト世界との対話・調整にも、頭を悩ませる様になった」
「近代史の基礎中の基礎ですね」
「そうだクラリッタ。だが、あの恐るべき災害で、世界のバランス……つまり、人類が支配する世界のバランスが崩れた」
「……三年前の震災」
「うむ。あの震災は日本をドン底へと落とした。それまでの日本が終わり、新たな日本へと変質をとげた。そして本題はここからだ。」
ひまりはA4のコピー用紙と鉛筆を取り出し、紙にデカデカと「今と過去の」日本地図を描く。
そして、ピンク色の蛍光ペンで、「ぐしゃぐしゃ」と、全く無秩序に、線を書き殴る。
それを玲一達に見せながら、一言問う。
「地脈・龍脈が完全にズレた。これが何を意味するか判るかい?」
一瞬の沈黙を置いて、クラリッタが解答する。まるで、それを知っていたかの様に。
「日本、長野は、妖魔の楽園になった。これで良いかしら?」
「的確な表現だな、その通り。地脈・龍脈がズレた事で、あっちの世界と、この世界の【秩序】が、完全に崩壊したんだ」
「……なるほど」
ひまりは続ける。
地球のマントル活動で、大西洋から生まれた大地が、気の長くなる時を経て、大平洋に沈んで行く。
そして、大地と共に地脈・龍脈も生まれ、いずれは消えて行く。
その中で、地脈・龍脈の終点であり、再生の象徴であったのが【龍の国】。ユーラシア大陸の最果てに位置する、極東の島国日本。
八百万の神々が統べる、極東のオベリスクが真っ二つに折れてしまった今、『あなたの知らない世界』が過去の認識となり、知らない世界を全て知った上で、人類は、どう生きて行くかを決めなくてはならない。
「つまり、我々日本人が今、直面している問題は、邦人以外の民族との摩擦問題と、新たに発生した【第三勢力】との摩擦問題」
「第三勢力……?」
「うむ、マスコミは騒がんが、関係者達には、隠語で第三勢力と呼ばれている。それはつまり、言葉通りこの日本における、三つ目の勢力」
「第一勢力、まずは日本人。第二勢力、海外から移住して来た外国人。そして第三勢力、妖魔や心霊。人類が到底受け入れ難い世界の住人」
「加納、君はなかなか飲み込みが早いな」
「俺は……ちょっとまだ、何がなんだか」
「あらあらうふふ。土岐に着いてきた加納が理解してて、肝心の土岐が煮え切らないのだ」
カラカラと笑う真琴。
玲一は顔を赤く染めながら、「は、話のスケールがデカ過ぎて……」と、ポリポリと頭をかいているが、
部長のひまりは、真面目に聞いてるだけ見込みはあると、玲一を見下してはいない。
「部長、質問があります」
「ん、何だ加納?」
「信じるか信じないかは別として、第三勢力の存在の話は、理解出来ました」
「うむ」
「そこで話は終わりじゃないですよね。続きと言うか、本題にも入ってない様に見受けられますが」
「加納もなかなかに鋭いのね。私もその話を踏まえて、改めてこの研究会の、本当の活動内容が語られると見た」
「加納とクラリッタの両名、前向きかつ、不敵でよろしい」
すっと立ち上がる部長の氷見ひまり。
窓際に進み寄り、一瞬、外の景色を見詰める。
「……これを聞いたら、この研究会から抜けられなくなるが、それでも良いか……」
「入部・退部は本人の自主性によるところじゃ……」
「部活自体はな。だがな土岐、それを認めない力を目の当たりにする事も事実」
「あら、ちょっと私ワクワクして来た」
「まあ、結論を早急に出せとも言わぬ。一晩ゆっくり考えてみると良い。研究会のライトメンバーで、そこそこ楽しくやっていくか……」
「真相を知って尚、研究会に足並みを揃えて活動するか」
「そう言う事だ。よし!今日は解散としよう。みなご苦労だった」
夕方、太陽が西の地平線に沈み始め、青い空がオレンジ色に焦げ出した頃。
ひまりの号令の元、玲一達は去って行ったが、青嵐学園の部活棟、オカルト研究会の部室には、未だに三人の部員が残り、インスタントコーヒーを飲みながら、ゆったりと流れる時間を過ごしている。
三人とはもちろん、部長の氷見ひまり。そして、副部長の丞定菊と、伸暁真琴である。
珍しく、寡黙でほとんど表情を変えない、副部長の丞定菊が口を開いた。
「あの三人……入部してくれるかな?」
「もちろん全てを知ろうとする。そして、我々と行動を共にしてくれるさ」
「……そうなれば……良いけど……」
「フフッ、お菊さんは心配性だな。鎮守様…いや、真琴さんは心配していますか」
「ぜ~んぜん心配してないのだ。土岐は明日もすすんで来るのだ、後ろの【三人】を連れてね」
「後ろの……三人?」
「加納とクラリッタと、もう一人。土岐はね、おっかないの連れて来てるのだ」
「……おっかない……ですか?」
二年生の真琴に敬語を使う、部長のひまりと副部長の菊。
「そう言えば、土岐は除霊に興味があるなんて、言ってましたね」
「祓うのは無意味なのだ。あれは花苗の形見であり、土岐を護る凄い力。出来るならば、素直に理解し、上手に使って欲しいと思うのだ」
「クラリッタに加納、なかなかの人物と判断しました。取り巻きがあの二人なら、土岐が邪の道に逸れる事は無いと考えます」
「うむうむ。彼らの成長は、とっても楽しみなのだ」
オカルト研究会
玲一の思惑や、加納の、クラリッタの思惑を乗せ、部室の中の乙女達は、かしましく『この先』を語り合っている。
土岐玲一に一体、どんな秘密があり、そしてどんな未来が待ち構えているのか。
更に、オカルト研究会の謎の上級生達三人は、玲一達の未来に、どんな影響を与えるのか。
物語は、いよいよスピードを上げつつあった。




