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ドレッドノート・カプリチオ ~勇者狂想曲~  作者: 振木岳人
「オカルト研究会」編
17/74

ランボーみたいな乙女


 朝、目覚ましが鳴るのが先か、自分が夢から覚めるのが先か……

毎日毎日、その境界線上で、勝ったり負けたりの毎日。

熟睡出来ているとは思えない。だがとりあえず、睡眠時間は取れている事も間違いは無い。


毎晩毎晩、ある瞬間に【奴】が現れ、救いようの無い、鬱な空気を放ちつつ、ただ俺を見詰め、そして消えて行く。

ただ、「夜が怖い」「眠れない」と言った、そんな時期は過ぎ去り、現れた現象の何もかもが、自分にとっての当たり前の出来事に変わる。

慣れとは怖いもので、麻痺してしまったんだと、自分でも思う。


こんな異常な環境の中でも、俺は事務的な夜を過ごす事に違和感を覚えず、毎晩布団の中で眠りに落ちていた。


 (……どうせ今日も、来るんだろ……)と。


 そんな、圧倒的に自分の目を疑う夜を越えて、スズメや野鳥たちが朝を伝えるさえずりを始めた頃の事。


「お兄ちゃん……お兄ちゃん、起きて」


耳元に聞こえて来たのは二つ下の妹の声、名前はこよみ。

両親が亡くなってからは、妹の『こよみ』との二人暮らしを、もう何年も続けている。


マンガやアニメに出て来る様な、禁断の恋愛を彷彿させる様な関係ではないし、そうなる事も有り得ない。

お風呂程度は今でも一緒に入っているが、至って普通過ぎる兄妹の関係である。


 【両親の死】

特に、母さんが死んだ後は、「俺がこよみを育てるんだ」と、必死になって、父親と母親の代わりを演じて来た。

彼女が嫁いで行く時、万感の想いを抱きながら、号泣しつつ幸せになれよと言ってあげるのが、自分の最終目標だった。

他の事など、どうでも良かった。自分の人生なんて二の次だったし、元々、高校進学すら視野に置かず、就職を目指していた。

それが、高槻家に拾われ、土岐の名前を貰った俺の、父さんと母さんに対する、最高の恩返しだと思っていたからだ。


妹の結婚式で、号泣する父親役の兄。そして兄に感謝しつつ、新たな伴侶を得て、幸せに向かって行く妹。

そんな人生設計を考えていたし、それがベストだと思って、身を粉にして働いて来た。


 だが、ここ最近……こよみの様子がおかしい


 何か変なんだよ……


 吸血鬼ウシュカが巻き起こした事件を前後して、血の繋がらない妹……こよみの、玲一への接し方が変わった。

天真爛漫でおっとりとした性格で、兄を兄以上の存在として、つまりは両親の様に、ただ盲従して来たこよみが、あの事件を境に、変わり始めたのだ。


 例えば、玲一が入院している際、面会時間が許す限り玲一に付き添い、面会に来たクラリッタを酷く冷たくあしらう様になった。

元々、他人に冷たい視線を向ける事などしなかったこよみが、クラリッタがお茶を入れたり、洗濯物を引き取ろうと……お手伝いを買って出ようとすると、

私がやりますから!と、鼻息荒くそれらのことごとくを遮断し、冷たく断る様になった。

だが、敵意むき出しの表情を見せる割には、玲一に対してだけはひどく甘く接し、事あるごとにかいがいしく世話をする。


例えば、退院して帰宅した玲一が、毎度の如く、一緒に風呂に入るかと誘う。

以前なら、当たり前の様に兄の前で服を脱ぎ捨て、兄を早く早くと急かす勢いであったのが、今では、それこそ顔を真っ赤にしながら、全力でそれを断るのだ。


そして、彼女の異変に気付いた玲一が、自分は「嫌われてしまった」のだろうかと、何がいけなかったのであろうかと、自問自答を繰り返していると、

今朝の様に、優しい声を玲一の耳元で囁いて来る。それも、艶やかで妖しい声を、玲一の耳に吹きかける様にだ。


妙によそよそしく、それでいて妙に艶めかしい。

こよみの変貌それが、玲一に対する恋慕が原因であると気付くのには、玲一はまだまだ経験不足であり、

幾重にも重なるイベントを、乗り越えなければならなかった。


ともかく今は、甘く切なく迫って来る妹が、不快感を覚えない程度に、のらりくらりとかわしつつ、

お手伝い役の、紫乃が用意してくれた朝食をかきこみ、

忙しさを強調しながら通学の支度を整え、逃げ出す様に屋敷から出る……。


深夜、足元に現れる恐怖すら脳裏の片隅に追いやり、有耶無耶になったまま、慌てて学園に向かう、そんな朝を繰り返していた。


  高地に訪れた春

首都の桜が散って、テレビのニュースでは話題にすらならなくなった頃、やっと桜がこの北部団地を鮮やかなピンク色に変える。

そして、桜並木の下を歩く通勤や通学に向かう人々の前を、散り始めた桜の花びらが、穏やかに吹く風の軌跡を、見事に可視化していた。


 私立青嵐学園 校門前、登校して来る生徒達大勢の中に、【1年A組 土岐玲一】と言う、ネームプレートを付けた生徒がいる。


 震災後、日本中全ての土地で、大々的に震災復興が始まってからと言うもの、日本の人口構図は一変する。

震災前の経済大国日本においては、安価な労働力として、主に東南アジアからの出稼ぎが人口増加の主流であったが、

震災後は、貴重な労働力……そして、貴重な頭脳労働力として、東南アジア人のみならず白人黒人、おおよそ、世界中の様々な人種が、日本を訪れ、

それはまさに「小さな地球」と呼んでも過言ではない程に、多種多様な民族が、日本の新たな人口構図を形作っていた。

ご多分に漏れず、ここ、長野市北部団地でも、青嵐学園を出入りする、様々な人々の群れを見ても、

黒髪、金髪、赤毛……そして、白い肌、黒い肌、茶褐色の肌など、多彩な地域の、人々の姿が見て取れる。


そして、校門をくぐり、高等部校舎に向かっている玲一の背後に、

明らかに母国語としての日本語ではない、あらためて習ったかの様な、イントネーションに違和感のある言葉がかかる。


「玲一、おはよう」


振り返るとそこに見えたのは、学園指定のブレザーを着た、金髪の少女。

真っ白な肌と、北欧系を感じさせる、白金を混ぜた様な薄いサラサラの金髪が印象的な、

「清廉」を想像させる大人の美しさと、無垢な少女の可愛いらしさを兼ね備えた少女、

クラリッタ・ハーカーが玲一に手を振りながら、駆け寄って来た。


「クラリッタ、おはよう」


笑顔のクラリッタに、笑顔で返事をする。


【あの夜】以来、クラリッタは玲一に急接近していた。

距離で言えば、友達以上をクリアした状態で、どうやら、玲一が救急車で搬送されている際、

自責の念に駆られて、泣きじゃくりながら玲一に謝るクラリッタを、元気付けたあの玲一の一言が、

彼女を前向きにさせる原動力になっている様でもあったのだ。


「顔色がすごく良いよ玲一。もう完全復活ってところだね」


「自分でも驚いてるよ。まだあれから、10日しかたってないんだよな……」


「若いから、新陳代謝が良いのよ、きっと」


「でもあの時、緊急外来の先生が叫んでたけど……外傷性ショック死する可能性もあるって」


 首を傾げる玲一を、元気になったんだから、結果オーライだと言って、深く考えさせようとはしないクラリッタ。


事実、ウシュカの元に辿り着いた際に、拘束され、拷問されていた玲一を見た時、彼の身体はたった今出来たばかりの傷と、幼少期に受けた虐待の傷跡が、グロテスクに浮かび上がっていた。

しかし事件後、彼の状態は急激に回復し、4日で退院するまでに至る。

その間、たまたま見舞いに行った際に、妹が彼の上半身の汗を拭いていたのだが、

拷問の傷跡や咬まれた傷跡だけではなく、虐待の傷跡までもが綺麗サッパリ消えていたのだ。


拷問されて瀕死の重傷を負った中で、更に吸血鬼に咬まれて生還した者など、歴史を紐解いてみたところで、そんな人間は存在しない。

人間の常識で考えるなら、あり得ない奇跡的な事例が、今クラリッタの目の前にいるのだ。


もちろん、それを垣間見たクラリッタと加納は、完全に口を閉ざして、誰にも話していない。

長野県警の事情聴取や、その日の晩に病院に現れた、公安職員らしき人物たちにも。

そして、後日青嵐学園を訪問して来た、陸上自衛隊松本駐屯地の、大豆島美澄二等陸尉なる人物に対してもだ。


クラリッタも加納も、玲一自身がまだ、自分の変化に気付いていない今……

正体不明で、何一つ分かっていない状況下で、玲一が「開発」され、何かの組織に属されてしまう事を嫌ったのだ。

もちろん、玲一が一体何者なのか、それが分かったからと言って、県警や公安、自衛隊に売り渡す事などあり得ない。

クラリッタと加納、二人で申し送りした訳ではないのだが、何が何でも、玲一と彼の秘密を守り抜くと言う、確固たる意志を心に秘めていた。


 玲一の秘密を、本人以上に知るクラリッタ

 玲一の身辺保護を命じられた以上に、玲一を護ろうとする加納

 これは義務感では無かった。

 素朴で、嘘偽りや飾り言葉を吐かない玲一の人となりに、二人は魅せられていたとも言える。

 心の底から、彼を護ろうと決意していたのだ。


「土岐、おはよう」


 校内の渡り廊下で後ろから声を掛けて来たのは、入学試験で最高得点を取ったともっぱら噂の、加納譲司。

クールで頭脳明晰、更にはスポーツ万能と来れば、入学早々既に、女子生徒たちの熱い視線を浴びている存在である。

ただ、そのあまりにもクールな立ち振る舞いが分厚い壁となり、突撃する女子生徒たちを阻んでいるのも確か。

女子生徒たちと上手にやって行こうと言う社交性が、本人にまるで欠如しているのか、常に「どこ吹く風」の、飄々とした人物でもある。


「やあ、おはよう加納」


「あら、おはよう加納……君」


「おいおいクラリッタ、俺を邪魔者みたいな目で見るなよ」


「別にあなたにイライラしてる訳じゃないわ。玲一が全然、私の方を向いてくれないのよ」


「そ、そんな事ない……よ」


オロオロする玲一

玲一を真ん中に、三人並んで教室へと向かって行く。


「それはいかんな土岐。相手の目を見て会話しないと言う事は、自ら壁を作って、コミュニケーションを拒否しているのと同じだぞ」


「違うんだ加納、聞いてくれ!……クラリッタが近過ぎて……その……」


顔を赤らめながら、歩く速度を上げる玲一。

「まあ」と、玲一の背中を、熱っぽく見詰め、玲一に並ぼうと、自らも速度を上げるクラリッタ。

「だ、そうだ」と、右手の中指でメガネを上げながら、加納は冷静な表情のまま、クラリッタに一声かける。


「そんなに私、玲一に迫ってないわよ」


「君と土岐、価値観の相違だな。特別な人でしか近付けない、距離と言うものがある」


「何よそれ」


「君は、土岐が恋人じゃなきゃ近付けないエリアに、遠慮無しに入って行ってしまったと言う事だよ、イギリス貴族さん」


「あら、加納はひどい言い方するのね。それを承知で彼に近付いた、乙女の覚悟は評価してくれないのね」


「ハハ、機関銃撃ちまくるランボーみたいな乙女なんて、聞いた事が無いぞ」


「キーッ!今何て言った!何て言ったの加納!」


玲一が市民病院を退院してから4日目の朝、つまり、あの吸血鬼事件から10日目。

土岐玲一は、心強い二人の友人を得た。

一人は優等生で忍者の加納譲司。そして、女王陛下のヴァンパイアハンター、クラリッタ・ハーカー。

新しい生活を、妹と二人で始め、自分の生き方の模索を始めた玲一にとって、この二人は青嵐学園で出会った、玲一の人生に影響を与える二人であった。


 ただ……


この二人にとどまらず、後の玲一の人生に影響を与える人物が、この私立青嵐学園には、たくさんいる。

そして、玲一はこの学園で様々な人物たちと出会って行く。


【私立青嵐学園高等部は、部活動必須!】


このルールが、先ずは玲一に大きなイベントを与える事など、まだ玲一は知る由も無かった。



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