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ドレッドノート・カプリチオ ~勇者狂想曲~  作者: 振木岳人
「血族」編
16/74

終章 「だから俺を信じろ」


「皆さん、ご覧ください!今、自衛隊の突入部隊が出て来ました。どうやら救出作戦は成功した模様です!」


「担架で運ばれる人物も確認出来ます!吸血鬼に拉致されていた少年でしょうか!?」


「スタジオの紺野さん、情報が入って来ました!担架で運ばれているのは、吸血鬼に拉致された少年の様です!」


「拉致された少年は、吸血鬼に拷問を受けていた様です。負傷して意識不明の重態ではありますが、命に別状は無いとの情報も入りました!」


 北部団地内で建築中の、10階立て公営アパート。

本来なら、閑静な住宅街の真っ只中にある、騒音とは縁の無い場所ではあるのだが、今夜は……深夜だと言うのに、騒然としている

その工事現場の入り口には、長野県警の警察官や、救急隊や、無数の照明を当てて大騒ぎするマスコミなどに混ざり、近所の野次馬などでごった返していたのだ。


 とある家のテレビ画面

【長野市北部団地で吸血鬼籠城事件!人質救出に自衛隊出動!】

画面の右上の隅に、字幕のテロップが表示されていたのだが、繰り返し喚き散らす、レポーターの耳障りな声と相まって、物々しい現場の光景を様々な角度から映像を生中継している最中、

画面上に新しい字幕のテロップが映し出された。


【陸自の突入部隊、拉致被害者救出に成功!被害者の少年を無事保護!】


すると、そのテレビを凝視していた人物たちが「おお!」と、静かに歓声を上げた。


 畳敷き、八畳間の和室。ちゃぶ台に乗る湯のみで手を温めながら、正座で画面を見つめる、二人の少女。

一人は、漆黒の神父服に袖を通した、艶やかな長い黒髪が印象的な、眼鏡を掛けた少女。

もう一人は、青嵐学園の公式ジャージを着て、自分の傍らに日本刀を置く、後ろに束ねた黒髪が、古風な雰囲気を醸し出している少女。

その内の一人、神父服の眼鏡少女が、部屋の外……

縁側に腰を下ろして、星を見上げる少女に声をかけた。


「鎮守様、助かりました。あの少年、助かりましたよ!」


すると、【鎮守様】と呼ばれた少女は、足をパタパタと揺らしながら、「うん」と、心地良さげな返事を一つ。


 神父服を着た少女や、ジャージ姿の少女よりも、幾分細身で小さく、そしてあどけない表情を過分に残した、「ぽわぽわ」とした雰囲気を持つ少女が、何故、鎮守様と呼ばれたのかは、今は解らないが、

呼ばれた側の本人は、そう呼ばれるのを嫌っているのか、「その呼び方はやめるのだ」と、苦笑いしながら、相手が不快にならない程度に、優しく諭す。


「すみません、いつものクセで。それで、その少年、名前は何でしたっけ?」


「名前は土岐玲一。あの子はほんに……、ほんに良い子なのだ」


「鎮守……いや、真琴さんの言った通り、その土岐玲一は、覚醒したのでしょうか」


「うん、見事に発現したのだ。間違いなくあれは、花苗の遺産なのだ」


「ただ……」


 口ごもる真琴

神父服の少女の方に振り向く事は無く、鎮守と呼ばれていた真琴は、冬の名残りを残して、チラチラと輝く田舎の星々から視線を反らし、パタパタとブランコの様に揺れる、自分の足元を見詰める。

その表情は、憂いを過分に含んだ、誰が見ても判る、露骨なほどに哀しい顔。

玲一の救出を喜びながらも、その過程において起きた変異に、諸手を上げて喜んではいられない様だ。


「……花苗、お前の想いはかえって、玲一を苦しめるかも知れないのだ……」


 山の斜面らしき、深々と茂る森の中

立派な鳥居が構える神社の隣に座る、古風な家の縁側。

鎮守と呼ばれていた真琴は、背後の二人には聞こえない様に、小さな声でポツリと一言漏らす。

神父服の少女も、ジャージ姿の少女も、真琴の寂しそうな表情には、気付いてはいない様であった。


    ◇       ◇        ◇


 ルーマニアが生んだ悪夢

ドラキュラ級ヴァンパイアのウシュカによる、長野市北部団地での事件は、ひとまず終息を得た。


 ウシュカがダンジョンの基点とした、三ヶ所の工事現場。

その一つである、建設中の公営アパートでは、既に自衛隊は撤収し、変わって長野県警による現場検証と実況見分が始まっている。

間も無く、防衛庁長官が記者会見を行い、首相官邸からは官房長官が首相談話を発表、日が明けたら正式に、内閣総理大臣が記者会見を行う手はずとなっていた。


また、未成年の拉致被害者が、吸血鬼に暴行を受けながらも無事救出された事と、自衛隊側に死者が出なかった事が幸いしたのか、マスコミ各社はこの、自衛隊による即応作戦を好意的に受け止めており、

テレビ報道では、ドラマティックに編集した「美談」として、特集が組まれて放送され始めている。

深夜と言う事もあるので、報道が出遅れている新聞各社は、朝刊に間に合わせる形で、作戦を成功させた立役者で部隊を率いた、橘一等陸尉の単独会見を、要求し始めていた。


 ウシュカ本人は捕らえる事は出来なかったものの、一応はハッピーエンド。

ルーマニアの闇が何故、来日して長野で儀式を始めたのか。

また、何故土岐玲一が拉致されたのか、そして彼の身に何が起きたのかなど……。

おおよそ、深層にたどり着こうとする報道は無く、煽情的な報道はかえって、当事者たちにとっても都合の良い状況であったとも言えよう。


 もう一つの工事現場

北部団地の北側に位置する、青嵐学園学生寮新築工事の現場では、戸隠流忍者頭目の、和田則正から依頼を受けた謎のユニットが、作戦終了後の撤収を始めていた。


リーダーらしき青年、【宮代勇作】と、その宮代から【デュード」】と呼ばれる、エロさ漂う金髪の白人女性と、【ヨナタン】と呼ばれる、両手持ちの大剣を担ぐ青年。


彼らは、ダンジョンの収束を確認した後、局地的な聖なる雨に濡れながら、この場を去ろうとしていた。


「……まあまあだな。まあまあな結果だが、まあまあ一件落着だ……」


暴れ足りないのか、不完全燃焼を露骨に表情に出す優作は、憎まれ口を叩きながら、気だるそうに背筋を伸ばし、工事現場の出口へと向かって行く。

後に続くデュードの耳元にはぼんやりと、小さな半透明の人影がたたずみ、背中の羽をパタパタと羽ばたかせながら、デュードに何事か話し掛けている。

それを聞いたデュードは、ありがとうと笑顔で返し、勇作たちに事の詳細を説明する。


 ーー覚醒した少年、土岐玲一君。長野市民病院に運ばれたそうよ。ヴァンパイアハンターの女の子と、忍者の少年も無事。

警察の事情聴取を外交特権で無視して、玲一君の付き添いで一緒に病院に向かったそうよ。

それと、もう一つの拠点を守ってた和田則正さん。凄いわねえ……たった一人で守りきったそうよーー


ふううん……と、勇作は殊更動揺を押し殺した様な、無感動な相づちを打つ。

それは主に、戸隠流忍者の総帥である、和田の活躍への、嫉妬から来るものである事は明白であり、

暴れ足りない優作からすれば、当然のリアクションである事は、デュードの苦笑が物語っていた。

だが、彼はおもむろに立ち止まり、その瞳を聖なる雨が止みんで、後に澄み切って広がる、夜空の星々へと向ける。


「……ヴァンパイアハンターの女の子って、あれだろ?可憐な金髪の美少女で話題になってる子だろ?」


「え?ええ、そうよ。それがどうしたの?」


「土岐玲一……羨ましい奴め。くそっ!良いなあ~、青春してえなあ~」


 まともに勇作の質問に受け答えたデュードは、目を白黒させながら、ため息を一つ吐き出すだけ。

勇作が何を言い出したかと思えば、一回りも歳下の少年少女をつかまえて、羨ましいなどとのたまうあたり、

どれだけ貧相な青春時代を過ごして来たのかと、普通の人間ならば、憐れみの感情すら湧いて来るのであろうが、

勇作の青春時代を知っているデュードは、彼の能力がどれだけの不幸を彼自身にもたらしたのかを知っているデュードは、それ以上何も言う事は無かった。


ーーヨナタン!やっぱ青春の曲って言えば、ヴァン・ヘイレンだよな!ーー


ーーうむ、「jump」は今聞いても、良い曲だなと、私も常々思っているーー


ーーばっかじゃねえのヨナタン!そう言うのをニワカって言うんだよ!何がjumpだよ、何がデイビット・リー・ロスだよ。定番押さえて安心するのも、大概にしとけってんだーー


ーーなんだと!?言ったな勇作!どうせ捻くれ者の貴様の事だ、サミー・ヘイガーが良いとでも言いたいのか!ーー


ーー馬鹿野郎!サミー・ヘイガーの何がいけない、何がいけないんだ!5150なんか最高じゃないか!青春って言ったら「dreams」だろ!あの曲しか無えだろがボケェ!ーー


まんまと、勇作のレベルに引きずり込まれ、口論の相手に抜擢されてしまった、謎の剣士ヨナタン。

確かに今でも、地方のテレビ局の特番のオープニング曲や、イベントの告知CMなどで多用され、重宝されるのが、代表曲の「jump」ではあるが、

勇作が目の色を変えて力説する青春の曲「dreams」の一節では、こうも歌われている。


 ……俺たちは高く飛ぶんだ。そう、高く、もっと高く……


 ……ベイビー、流した涙をとっておくんだ。そいつらが、夢を作るんだよ……


 ……夢があるから生きていられる。愛もそこから生まれるんだ……


あながち、勇作が青春をこの曲に例えたのは、間違っていないと言えよう。


何より勇作が、この曲をもって、誰に対してそう言っているのか。

何故今、この曲を持ち出したのかは、ヨナタンと口論をしながらも振り返り、

デュードにポツリと一言放った内容が、その全てを物語っていた。


「デュード。その土岐玲一って奴、この街でどんどん……良い思い出作ってくれれば良いな」


 生意気で、捻くれ者で、口も悪くてすぐ喧嘩を巻き起こすトラブルメーカー、宮代勇作。

今はもう、この場からは去った、青嵐学園の生徒二人を、オーディンだのブリュンヒルデだのと露骨に叫び、罵っていた、非常に攻撃的な性格の持ち主と言えるが、逆に言えば、なかなかに本性を表わさない、シャイな人物とも言える。

その証拠が、今のこの、デュードに振り向いた時の顔。

何一つ警戒していない、無防備な状態の中で見せた、勇作のはにかんだ笑顔こそが、彼の本当であり、

本質なのだと、デュードは彼のその言葉に共感しつつ、再確認していた。


    ◇       ◇        ◇


 その頃

時間を同じくして、宮代勇作が「そうあって欲しい」と願う人物は今、けたたましくサイレンを鳴らし、街を疾走する救急車で、一路、長野市民病院へと搬送されている。


 激しい拷問の末に助け出された玲一、意識はまだ回復していない。


ストレッチャーに横たえられ、赤黒く腫れ上がった顔面には、酸素吸入装置が付けられている。

また、寒空の下で上半身裸にされ、水をかけられて低体温症にかかったのか、暑いシーツで身体を包まれていても、身体がガタガタと小刻みに震えているのが、端から見て取れ、

吸血鬼から受けた拷問は、相当なダメージを彼に与えている事が、垣間見れるのだが、

頭上側にそびえる機材からは、心拍数が安定している事を示す、リズミカルな電子音が聞こえて来る事から、ひとまずは……、とりあえずは、命の危険は回避したと判断して良かった。

だが、そうであっても、あまりにも痛々しい姿である事には変わりない。


「土岐が心配だ!」「玲一が心配なの!邪魔しないで……、邪魔するなっ!」


そう叫びながら、半ば強引に救急車に乗り込んで来た、クラリッタも加納も、

この無惨な姿となった玲一を見てから、今の今まで、声が詰まって、まともに声も掛けられないでいる。


また、あの異常な環境下での、謎の復活を見てしまえば、今、横たわる玲一が果たして、元の玲一本人なのかそれとも、あの吸血鬼をたった二発のパンチで粉砕した、謎の人物なのかも、何とも言いようが無い。


 ……玲一は玲一のままでいてくれるのか……


救急車のサイレンだけが、けたたましく車内に響き渡る中、固唾を飲み、ただ彼を見守る事しか出来ない、クラリッタと加納。

だが、時間の流れが止まったかの様な、停滞した空気を打ち破る、小さな……呻き声を伴った小さな声が、車内の雰囲気を劇的に変える。


 玲一の意識が戻ったのだ。


「……う……うう……。痛え……痛えなあ……」


「土岐っ!?」


「玲一!?玲一なのね!?」


 慌てて詰め寄るクラリッタと加納。

クラリッタは身を乗り出しながら、玲一の手を両手で握り締め、加納は勢い良く立ち上がり、クラリッタの背後から玲一を覗き込むも、救急隊員から、危ないから座りなさいと、強めの声で諌められている。


「……俺は助かったんだな……、君たちが助けてくれたのか。……加納、クラリッタ……ありがとう……」


 違う、そうじゃない!

土岐は、玲一は……、自分の力で切り抜けたんじゃないか。

あの圧倒的な強さで立ちはだかった吸血鬼を、たった二発のパンチで瞬殺したんじゃないか。

その言葉が胸の奥から出て来ない、クラリッタと加納。


しかし、今回の件で、クラリッタには別の想いもあったのか、神妙な面持ちの加納とは違い、みるみるうちにクシャクシャの表情となり、ポロポロと大粒の涙をこぼし始めた。


「玲一……玲一、ごめんなさい。私がこの街に変な因縁を持ち込まなければ……!あの時ウシュカに会わなければ、こんな事にならなかったのに」


玲一と出会った時から終始一貫、気丈に振る舞ってい少女が、ついに崩れ落ちた。


 大英帝国の貴族であり、女王陛下からヴァンパイアハンターの称号を授かり、外交特権まで与えられている彼女は、地位も血統も高貴である事は間違い無い。

そんな彼女が、玲一の前で膝を折り、彼の手を握り締めながら号泣する様は、両人にどんないきさつがあったにせよ、意外であると、加納は受け止めていた。

高飛車な貴族のお嬢様だと、勝手にフィルターをかけていたのだ。

だが、涙と一緒にこぼれた鼻水を拭う事も無く、ひたすら玲一に謝り続けるクラリッタを、しおらしいと思ったのも確か。


鬼の様に強く、鋼の様な意思で闘い続けた、まさしく巌の様な女性が、素直な一面をも覗かせてしまう。

それが、土岐玲一と言う人物の魅力なんだな……と、

加納は傍目に分析しながらも、つい話を盛り過ぎて悦に入っていた自分自身に、無言のまま、苦笑を向けていた。


「クラリッタ……、泣くのをやめて。もう謝らないで。君は悪くない、君は悪くないんだ」


 腫れ上がったまぶたの隙間から、クラリッタを覗く瞳は、優しさに満ちている。


 ーーもし俺とウシュカに接点が無くても、ウシュカはやはり、俺の知らないところで、犠牲者を出したはずだ。

そんなのは嫌だ。俺の代わりに誰かが犠牲になった方が良かったなんて、欠片も思いたくない。

だからクラリッタ、君が俺に謝る事なんて無いんだよ。むしろ、被害が【身内】で収まって良かった。俺はそう考えてるんだ。違うかい?クラリッターー


玲一が身内と言う言葉を使った事で、クラリッタの頬が、微かに紅潮する。


 ーー過去のいきさつは分からないけど、君は心に傷を負って、それを乗り越える為に、ずっと頑張って来た。そうだろ?

自分が何とかしなきゃ、自分が常に先頭に立たなきゃ……と、自分をどんどん追い込んでいたはずだ。

でも、それじゃ結局、過去に囚われているだけなんだ。先に進んでいないんだよ、クラリッタ。

だから、だから俺を信じろ。加納を信じろ。先に進むんだ。独りじゃなくて、俺たちで先に進むんだよーー


 再び玲一は、まぶたを閉じる。

危機的状況から気を失ったのではなく、身体が温まって来た事で、睡魔に襲われたのか、すうすうと寝息を立て始めたのだ。

傷だらけで、パンパンに腫れ上がった、見るも無惨な状況ではあるのだが、心なしか寝顔が笑顔に見える玲一。


とりあえずは

ミハイロビッチを前に、突然の変異を遂げた、あの禍々しい玲一の姿を、本人に問う事は後回しに、

玲一が玲一でいてくれた事に安堵する、クラリッタと加納であった。


 吸血鬼ウシュカは、まんまと逃げ出している

 何ゆえ玲一を諦めたのかは理解出来ないが、彼の家族がクラリッタに倒されている事もあり、

 今後もクラリッタに執着して来るであろう事は、容易に想像出来た。

 もうすぐ朝

 暁に染まった街並みの温かさが、普段通りの日常がやって来る予感を誘っていた

 謎はまだまだ過分に存在するが、この街での、玲一の第一歩が踏み出され、冒険がいよいよ始まる




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