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ドレッドノート・カプリチオ ~勇者狂想曲~  作者: 振木岳人
「血族」編
15/74

救出 …とりあえず今は…


「ぎゃああああっ!」


「ぎゃああああっ!」


いきなり全身を貫いた激痛に抗う、少年の叫び声と、

少年に訪れた残酷な結果と、自身の過去がオーバーラップし、その時の恐怖と怒りがフラッシュバックした、少女の叫び声が重なり、二重の轟きとなって、フロアに鳴り響く。


 アラダール・ウシュカの部下で、自身も吸血鬼であるミハイロビッチに、肩口から喉元をガブリと噛み付かれた玲一は、

噛み付かれた当初こそ、拘束された身体を捻ったり、足をバタつかせて抵抗していたものの、

ミハイロビッチの血の吸い方が早いのか、それとも、体内に入った吸血鬼因子の反応が始まったのか、ものの数秒で玲一は【落ちた】


その光景を目の当たりにしたクラリッタは、過去自分に起こった悲劇を思い出し、玲一の姿にそれを、重ね合わせてしまう。

叔父や従兄弟、戦友たちが吸血鬼に囲まれ、断末魔の悲鳴を上げながら、咬まれて崩れ落ちる様が、脳裏にふつふつと湧き上がって来たのだ。


 ミハイロビッチと玲一までの距離、約15メートル

先ほど武器を放棄した際、加納が放り投げたナイフが足元に転がっている。

視界にそれが飛び込んで来たクラリッタは、ぎゃあああ!と半狂乱のまま憤怒の形相で、今にもこぼれ落ちそうなほどの涙を目に溜めながら、

ナイフを拾い、ミハイロビッチに突進し、襲いかかったのだ。


悲鳴を上げながら無闇やたらにナイフを振り回すクラリッタ。

彼女に気付き、玲一から離れたミハイロビッチは、格闘技の経験があるのか、

ジャブ、ストレート、ローキックなどを駆使して、的確にクラリッタに対して、ダメージを積み重ねる。


「貴様は……!貴様はああああっ……!!」


完全なパニックに陥っているクラリッタは、殴られても、蹴られても、ナイフを振りかざして、ミハイロビッチに食らい付いて行く。

たとえそれが正常な判断で無くとも、激情に駆られた軽率で無謀な行為であっても、その瞬間を、チャンスと感じた者がいる。

状況はどうあれ、敵の吸血鬼がクラリッタに注意を払わざるを得ない今、玲一を敵から遠ざける機会は今しかない。

そして、今すぐにでもガス欠状態になってしまうクラリッタよりも、より多くの時間を吸血鬼と対峙し、時間稼ぎをするなら……


「臨!兵!闘!者!皆!陣!列!在!前!」


胸の前で左右の手や指を組み替えながら、九字の印を切る加納。

もちろん、忍者が九字の印を切ったからと言って、空中に魔法陣が現れたり、ガマガエルが現れて、主人の代わりに闘う訳でも無い。


忍術とは、心霊力や魔力を利用した術などではなく、精神鍛錬や身体鍛錬そして、道具を使った生存術、逃走術、対人格闘術である。

そして、その忍術を駆使する、忍者にとっての九字の印とは、精神と肉体を極限までコントロールし、

意のままに自分を操る為の、ルーティンであるのだ。


つまり今、加納は目の前の光景全てを飲み込んで、九字の印を切る結論を出した。

もちろん、魔法や超自然現象など、行使する事など出来ないのだか、

己の身体一つで、この局面を乗り切る為の緊急人体改造……鍛錬の九字切りを行ったのだ。


【激情に駆られるクラリッタに、クールダウンを促しつつ、拘束された土岐を保護させ、尚且つ、敵の吸血鬼が両人に干渉しない様にするには……?】


 加納の瞳がギラギラと輝く

クールで理知的な彼の表情が、酷く残酷な殺意に満たされながらも、生き残ろうとする力、自らの手で状況を変える覚悟に満たされている。

さながらそれは、罠に囲まれ、狩人に追い立てられながらも、牙を剥く事を忘れずに、冷静且つ効果的な反撃を狙う、野生の虎のようでもあった。


 ……パンプアップだ、身体中の筋繊維の隅々まで、大至急血を巡らせろ……


 ……心臓の鼓動を早めつつも、オーバーヒートしない様に抑える。85%安定を目指す……


 ……酸素消費が激しい、このままでは3分しか……。いや、5分だ、5分もたせる調整を!……


 ……クラリッタが土岐を安全地帯に搬出するまで……


 ……いけるか?闘えるか?……


 ……闘い抜けるか?……


 ……死ぬかも知れないんだぞ?……


 ……【だが、だがそれがどうした!】……


クラリッタの背中越し、ミハイロビッチの死角をダッシュした加納は、電撃的な速度で両者の間に割って入る。

ミハイロビッチもクラリッタもまだ、目の前に突如現れた加納の姿を、脳内で整理出来ていない瞬間の中、

「土岐を頼む!」と、クラリッタに一言残し、加納がミハイロビッチに、猛然と襲いかかった。


「ふしゅっ!!」


 お辞儀をすれば、双方の頭が激突する近距離まで接近した加納

骨法の構えから放つ、右掌底、左掌底の乱打が、ミハイロビッチの顎にヒットした。


いくら不死身の吸血鬼でも、脳を揺らして脳震盪を起こさせれば、身体能力がダウンすると踏んだ、加納の賭けではあったのだが、

確かに……確かに、足元が多少フラついたり、狙いの定まらない反撃のパンチを見舞って来たりと、脳震盪の影響は見て取れるが、期待した程の効果が現れていない。


呆れるほどに、回復のペースがずば抜けているのだ。

多少の人体破壊など簡単に、しかも瞬時に、回復してしまうのだ。

この怖るべき亜人種……人類の敵、吸血鬼と言う存在は。


ミハイロビッチと徒手空拳で闘い始めた加納。

思っていた以上に頑丈な敵を前に、無我夢中で掌底打ちや、バリエーション豊かな蹴りの数々を浴びせるも、なかなかに結果は出て来ない。

むしろ、鬼神の様に攻めまくる加納の身体が、悲鳴を上げ始めている。


「ちいっ!」


血中酸素が爆発的に消費され、逆に疲労物質である乳酸が、どんどんと体内で発生する。

まともな呼吸も出来ずに、身体を酷使する様はさながら、酸素ボンベも付けずに海に潜り、潜水深度を競う、フリーダイビングの様でもある。

千日手、堂々巡りなど、この状況を表現するには、言葉は色々ある。

だが、これらを踏まえて出した答え……加納が出した答えは、あまりにも鮮烈で劇的で、救いようの無い内容であった。


 【続行!続行!ひたすら、ただひたすら蹴り殴る。再生が追い付かない程にひたすら殴り、殴って殴って撲殺するしかない!】


これである。

つまり、有効打がまるで無い事を自覚し、その上で、単なる時間稼ぎを最終目標としたのだ。


「加納……加納!玲一の血が止まらない!止まらないのよぉっ!」


 クラリッタの叫び、悲痛な声が鼓膜に響いて来た。

ミハイロビッチと対峙している以上、振り向く様な自殺行為は出来ないが、ある程度予想は出来る。

拘束されていた玲一を解放し、ミハイロビッチと一定の距離を置く事に成功はしたが、玲一の意識は未だに戻らない。

それどころか、あれだけ強烈に咬みつかれれば、深々と刺さった牙が、頸動脈を傷つけ、傷口から大量の血が吹き出していてもおかしくない。

そもそも、吸血鬼に咬まれて、吸血鬼の因子が体内に入ってしまった以上、玲一に残された結末は、失血死の後に食屍鬼となって、人間を襲い始めるか、極めて薄いケースだが、吸血鬼となって甦るこの二択しかない。


(……せめて、せめてクラリッタが!最後の別れを行えるように……)


攻撃は最大の防御とでも言うのか、最後の力を振り絞り、加納はひたすら、ミハイロビッチを殴り、蹴り続ける。


何故か、1分1秒と時間が流れる内に、闘えば闘う程に……、不思議な事に、加納譲司が神々しく見えて来ている。


苦悶の表情が顔から消え、聖者の様な超然とした顔つきへと変化しつつある今、

一人の修羅が、この一瞬に全てを賭けて、命の完全燃焼を始めている様にも見え、

まるで加納の動きが、奉納の舞いにも似て来ているのだ。


 アクション映画の様に、アップテンポのギターサウンドが、BGMとして流れそうなシチュエーションでもあったのに、今はもう、荒々しい空気はそこには無い。

キース・エマーソンが奏でるハモンドオルガンと、それに色を添える電子楽器の交響曲が流れているかの様な、神秘的で荘厳且つ、狂気に満ち満ちた世界へと、加納の作り出した空間は、変貌を遂げていた。


神を、妖魔を、人類の超越者とも呼ばれる吸血鬼を、己の身体一つで超えようとしている加納。

だが、瞬間的にそれが成せたとしても、長続き出来る訳が無い。

いくら肉体の限界を、精神力で凌駕したとしても、関節や筋が痛み、筋繊維がブチブチと切れて行けば、

痛みなど気にしなくても、動かせるものも動かせなくなってしまう。


(……最早これまで……)


加納の脳内にとうとう、赤いランプが忙しく点滅する。

自分のイメージする身体の動きと、実際の動きが、どんどん乖離し始めたのだ。


 クラリッタは、最後のお別れが出来たであろうか?

 退却の選択肢が彼女に無いとしても、土岐が変貌してしまう事は、阻止出来たのであろうか?

 土岐……すまん。君の母さんとの約束、果たせなかった……。


澄み切っていた瞳から、どんどんと水気が失われて、濁って行く。

後一歩、後一手が出遅れ、ミハイロビッチの反撃を、まともに喰らうところまで来てしまった。


「……ううう!がああああああ!土岐……土岐いいいい!……」


 断末魔の叫び

空に向かって声にならない声を上げる。それはもう、言葉と言う様相さえ呈していない、獣の様な叫び。


クールで理知的だった加納が始めて見せた、激しい感情。

だがそれも、本人の意思とはかけ離れた、絶望がきっかけの、悲しい叫び声。


電源が切れた工業ロボットの様に、ガクゥゥンと、膝が落ち、身体が硬直する。

それを待ち構えていたかの様に、ミハイロビッチが右手の拳を硬く握り締め、大きく背後に振りかぶったその時だった。


加納の顔面を狙う軌道に乗っていたミハイロビッチの右拳が、わずかに上を向く。

加納を真正面にしっかりと見据えていた、ミハイロビッチの瞳がわずかに動き、彼の背後へと焦点を合わせた。

そう、ミハイロビッチは、加納にトドメを刺す積もりで振り上げた拳を、加納の背後に現れた【何か】に行使する為に、軌道修正した。

つまりミハイロビッチは、加納の背後から近付いて来た存在に、加納以上の脅威を感じた事になる。


 ゆっくりと、力強く、それでいて優しく……加納の肩を掴み、押し退ける影


驚いた加納を尻目に、ミハイロビッチと加納の間に割って入った者、それは、土岐玲一。

ミハイロビッチに咬まれ、意識不明に陥っていた玲一が何故か、ミハイロビッチに右拳を振り上げて、迫っていたのだ。


何故だ、どういう事だ。何が起こったんだ、土岐!加納の目は、そう言う目をしていた。

刹那の瞬間ではあったが、加納の横をすり抜け、ミハイロビッチに対峙する玲一の姿が、あまりにも異様に見えたのだ。


 もし、玲一が吸血鬼因子に負け、出血多量で死んでいれば、泣いたり叫んだりと、クラリッタが何らかの反応を起こし、ミハイロビッチ迎撃に合流した可能性がある。

だが、クラリッタは合流するどころか、泣き叫ぶ事すら無かった。

では、玲一が吸血鬼因子に汚染され、吸血鬼の僕である食屍鬼に変異したとすれば、玲一にトドメを刺したクラリッタが合流するか、クラリッタにその覚悟が無くて、動き出した玲一が加納に襲って来るなどの、やはりクラリッタが基点となり、何らかのアクションがあったはず。

だが現実は、クラリッタが沈黙したまま玲一が加納の背後に近寄り、食屍鬼として加納を襲うどころか、優しく加納を押し退けて、吸血鬼ミハイロビッチに襲いかかっているではないか。


(……食屍鬼に変異していない?しかしあの怪我は致命傷だったはず。土岐、貴様は、貴様には!秘密があったと言う事なのか?神々の列に並ぶ者なのか!?……)


 それにしても


全身から、キラキラと細かく輝く砂金の様な、神々しいオーラを放ちながらも、何なんだその凶相は。

アストラルパワーに導かれ、この街を訪れた神々とは考えられない程に……何なんだその、禍々しく光る目は!?


 瞬時に玲一を敵と認識したミハイロビッチは、右足を一歩、深々と前に出し、振り上げた右拳の射程距離に、玲一を入れた。

加納をどけた玲一は、後出しジャンケンの様にミハイロビッチの動きを真似て、右拳を振り上げた。


 ……ドンッ!……


拳同士の殴り合いから発生した音では無かった

肉と肉がぶつかり合う様な音では無かった


玲一と拳を合わせた瞬間、ミハイロビッチの右手はまるで、手榴弾が起爆したかの様に、木っ端微塵に弾け飛び、

血と肉片はそのまま、黄金色の炎に焼かれたかの様に、キラキラと輝きながら蒸発して行く。


何が起こったか理解出来ず、無言のまま首を傾げるミハイロビッチに、玲一はもう一歩近寄り、

大きく振りかぶった右拳を今度は、ミハイロビッチのみぞおちに狙いを定め、渾身のボディブローを見舞った。


 ……バカァンッ!……


ダンジョンのフロアに、盛大な炸裂音が響き渡る。


玲一の拳を腹に受けたミハイロビッチの、背中が爆発した。

それこそ、身体の真ん中に空洞が出来る勢いで弾け飛び、

ミハイロビッチの胴体は、頭と両腕両足を繋ぐだけの、単なる輪っこへと変わり果てる。


「……いけませんね。理解不能です……」


身体が、つま先から頭のてっぺんまで、黄金色の炎に包まれるミハイロビッチ。

ペチャリと軽い音を立てて倒れやがて、サラサラと黄金色に輝く粒子となって、霧散して行く。


 ……終わった。

玲一は吸血鬼ミハイロビッチを倒したのだ。

加納の神がかり的な、全身全霊を注いだ攻撃を、容易く防いでいたミハイロビッチを、たった二発のパンチで、文字通り粉砕したのである。


 「黄金色」の塵へと還って行く吸血鬼を目の当たりに、微動だにせず、ロボットの様に立ち尽くしたままの玲一。

心なしか、ある種の超然とした雰囲気は消え、キラキラと輝く砂金のオーラも影を潜める。

不思議と、吸血鬼に咬まれた喉は何事もなく塞がっているのだが、それ以前に受けた拷問の傷は、そのまま残り、

神秘性の欠片も無くなった今の姿は、あまりにも痛々しく、意識すらあるのか無いのか、さっぱり分からない。


「土岐!?」


「……玲一……!」


身体中の筋肉と言う筋肉が悲鳴を上げ、身動きの取れない加納。

そして、女の子正座でその場にへたり込みながら、呆けた顔で玲一たちを見詰めるクラリッタ。

二人が玲一の名前を口にした直後、玲一はぐちゃりと……無言のまま、糸の切れたマリオネットの様に、床に崩れ落ちた。


「土岐、しっかりしろっ!」


疲労困憊で、立ち上がる事すらままならない加納は、歯を食いしばりながら、ほふく前進の要領で、身体を地面にこすりながら、玲一に近寄る。

ぺちゃりとお尻を落とした女の子正座で、ただただこの光景を呆然と眺めていたクラリッタは、

玲一が倒れた姿を見て我に返ったのか、呆けた顔に生気が宿り、髪の毛を振り乱しながら、彼の元へと駆け寄る。


三人が三人とも満身創痍


加納は神がかり的な身体能力を駆使したのか、身体のあちこちが悲鳴……いや、絶叫している。

ワンマンアーミーよろしく、重武装で闘い続けたクラリッタは、腕がプルプルと震え、最早、玲一を抱き起こすだけの力さえ残っていない。

更に、問題の玲一は、吸血鬼に咬まれて「死んだはず」の土岐玲一は何故か、変異せずに、人のまま、意識不明でピクリとも動かない。

心臓の鼓動や微かな吐息があるのは確認出来たが、もうクラリッタにも加納にも、彼を担ぎ上げて、脱出するだけの余力は無い。

だからと言って、この場でのんびりと、体力の回復を待つ事など愚の骨頂。それはこの二人も、重々承知している。


【ウシュカが戻って来る】 この要素

このたった一つの要素が、クラリッタと加納をザワつかせている。

疲労の汗とは違う、不快感を伴う嫌な汗が背筋を通過し、脳内では赤ランプが激しく点灯し、サイレンが絶えず鳴り響いているのだ。


 ……逃げろ!逃げろ!土岐玲一を連れて早く逃げろ!……と。


だが、嫌な予感がすればするほど、それは現実へと変質し易いもので、

とにかく!とにかくこの場を離れようと、ヨレヨレになりながらも玲一を引きずるクラリッタと加納の鼓膜を、バタン!と、勢い良く扉を開ける音が振動を加えた。


ドアを開けて現れたのは、このダンジョンの主で、街一つを恐怖におとし入れる事の出来る存在。

今のクラリッタと加納が、絶対に邂逅したくなかった存在。

中世から続く、由緒正しい正統派とは全く違い、近代ルーマニアの闇が生んだ、ドラキュラ級ヴァンパイア、アラダール・ウシュカが現れたのだ。


ただ、ウシュカの姿を見た瞬間の事。

加納とクラリッタの脳裏に浮かんでいた、「完敗」「絶望」と言った死のイメージは、瞬時に身を潜める。むしろ、一体彼の身に何が起きたのか、呆気に取られてさえしまった。

と、言うのも、勢い良く現れたウシュカが、足を引きずり、背中を丸めながら、

苦悶の表情を露骨に浮かべつつ、全身のあちこちから血を流して、ヨロヨロと歩いて来たのだ。


そう、それは瀕死の状態。


「自衛隊が思いの外やる」と、先ほどダンジョンの階下へと向かって行ったウシュカではあったが、

自衛隊の思い掛け無い反撃に遭い、どうやら彼の迎撃は、失敗に終った様だ。


視線が交差する、ウシュカと加納達。


「ふむ。ミハイロビッチはやられましたか」と、溜め息混じりで残骸を見るウシュカの瞳は、復讐に燃えるとか、怒りに打ち震えると言った色とは間逆で、

彼にとっての歴史が、一つ終焉を迎えたしまった事を、噛み締めながら惜しんでいる様にも見える。

そしてミハイロビッチを倒したのが一体誰なのか、そして一体何が起きたのかを瞬時に悟り、

クラリッタではなく、加納でもなく、玲一を寂しそうに見詰めながら、ポツリと言葉を吐き出す。


「なるほど……、命がけの遺産を譲り受けていたとは。羨ましいほどの愛情を注がれていたのですね、あなたは……」


全身に受けた銃弾、自衛隊が装備していた乙型対魔弾は、食屍鬼やビクティム級ヴァンパイアを消滅させるだけではなく、ウシュカの様な強大な力を持つドラキュラ級にも効果はあった様だ。

全身に受けた銃創……、銃弾で出来た傷は一切回復せず、血が溢れては流れ落ちている。


「なかなか傷が再生しないので、ここまでです。苛立たしい自衛隊が迫って来ているので、私はこれにて逃げます」


「それでは皆さん、また会う日まで」と、足を引きずりつつ、ウシュカは来た方向とは別のドアへと向かう。

クラリッタや加納の血で、形成逆転を狙わずに、逃走する事に集中したのはどうやら、玲一を警戒しての事。

だから三人を一瞥しても、ウシュカは襲う事無く、距離を取りつつ逃走口の扉へ向かったのであろう。


少なくとも……加納とクラリッタにはそう見えた


 ブウウウンッ!


ブツブツと、ウシュカが一言二言つぶやきながら、扉の外に消えた瞬間、鼓膜を強く振動と、軽い目眩に襲われる加納達。

それは、ダンジョンの終焉を知らせる振動、煮え切らない、決着のつかないラストではあったが、闘いは終わったのだ。


「……終わった……のか?……」


「そうね、多分安全よ。空間の接続が途切れた事で、もう奴は現れない」


心なしか、二人の表情に安堵の色が浮かぶ。

残ったわずかな力で、玲一を担ぎ上げ、階下へ運ぼうとした矢先、ウシュカを追って来た自衛隊の部隊も、フロアへ突入して来た。


「フレンドリーズ(私達は友軍よ)!」


「ストレッチャーを、ストレッチャーを持って来てください!」


その自衛隊の救出部隊が、加納たちの姿を確認し、玲一を救出しに来た別働隊である事を即座に認識したのか、

ウシュカ追撃を目的にフロアの先を進む班と、玲一たちを保護する班に別れ、きびきびと動いている。


「土岐が、拷問を受けた様で、瀕死の状態です……」


「おねがい、早く玲一を病院に……」


部隊の隊長らしき精悍な士官と、その隣にたたずむ女性自衛官が三人の元に現れ、優しく接して来ているが、

極限状態が続いた加納とクラリッタは放心状態なのか、同じセリフを繰り返し、まともな会話すら成立していない。

だが、加納もクラリッタも、玲一が「あの時」見せた、人を超えたかの様な現象は報告していない。

ミハイロビッチに、吸血鬼に咬まれ、心停止状態にまで陥った事すら報告していない。

決して自衛隊が信用出来ないと言う訳ではないのだが、それを話した事で始まる波紋の大きさに、危惧したのだ。


 禍々しい凶相で、凶悪な殺気を放ちながらも

 黄金色のオーラに包まれる、神々しく輝く姿

 土岐玲一は果たして神なのか、悪鬼羅刹なのか

 憑依されたのか、それとも……覚醒したのか

 そもそも彼は、人間なのか


加納もクラリッタも、今はその事に言及せず、意識的に脳裏からそれを排除し、

敷地の外に集まった見物人やマスコミをかき分け、救急車に搬送される玲一を見詰める。


 (とりあえず今は、目的を達した)


最高の出来ではなかったが、最悪の出来でもなかった。

勝った負けたは他人の判断に任せ、玲一を救助した事で納得しようとしていた。




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