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ドレッドノート・カプリチオ ~勇者狂想曲~  作者: 振木岳人
「血族」編
14/74

私をオーディンと呼ぶな


 さらさらと……


真夏の夕立ちの様に、激しい雨ではなく、晩冬の心まで冷たくする重い雨でもなく、

ここ、北部団地の北側に位置する、青嵐学園学生寮新築工事の現場では、

春の芽吹きを祝福する様な、優しい雨が降り始めている。


【あくまでも、この工事現場だけ】


周囲……北部団地は、長野市は、チラチラと輝く星々が道を開けて、三日月の通り道を開ける様が、心地良く眺められるほどの快晴。

しかし何故か、この青嵐学園学生寮新築工事の現場だけが、優しく肌を撫でる様な、春を早取りした雨に濡れている。


この異常な現象は、人為的なものであり、知る者には、この雨は、こう呼ばれている。

【ディバイン・レイン】 神々しい雨と。


 古代西ヨーロッパのケルト民族伝承の、精霊術、精霊使役術の最高峰にある式術(術式ではなく使役術なので式術)で、

大気の精霊に発現エリアを構築させ、風の精霊に大気中の水蒸気をそのエリアに運ばせ、凝縮。

水の精霊がただの水滴に心霊力を付加し、聖なる雨として地面を濡らす、三種類の精霊を同時に使役した、最上級の式術である。

何故、現代では絶えたはずの精霊術が……、

それも、並みの精霊術者では発現出来ない「奇跡」が、この地、北部団地の一角に、現れているのか。


 青嵐学園学生寮新築工事、工事現場

防音壁に囲まれたこの場所に、三人の男女がリラックスしながら、佇んでいる。

全ての作業を終わらせ、責任を果たした、安堵の顔でだ。


ディバイン・レインが極地的に降りしきる、工事現場。屋外に「おびき出された」大量の食屍鬼が倒れ、地面に横たわり、

ディバイン・レインの神聖力による浄化作用で、キラキラと輝きを放ちながら、消滅し始めている。


 ここは、ウシュカが作り上げた魔法陣の、三つの柱の内の一つ。

街を包む六芒星の魔法陣を完成させる為に、最初に築いた、三つのダンジョンの一つ。

そう、この場にいる三人の男女は、戸隠流忍者頭領の和田則正から依頼を受けた、

拠点防衛を完遂する事の出来る、「心当たり」のあるチームであったのだ。


ーー陸自の救出部隊はダンジョン最上層に到達し、ウシュカとその血族達と、最後の交戦を開始。

例の忍者とヴァンパイアハンターの二人は、誘拐された少年のいるフロアに、たどり着いたわーー


ディバイン・レインを発現し続けるために、ダンスを続ける精霊たちに対して、

笑顔で祝福しながらも、両手を上げてその続行を指示する女性が、視線はそのままに、二人の男性へ説明する。


早春にしては、重さを感じる毛皮のコートを着ており、さすがにこの時期は暑いのではと、見る者に邪推させるが、

コートの切れ目からは逆に、ストッキングもタイツも履いていない、むき出しの白く細い足を覗かせており、

それはそれで、寒くないのかと心配してしまう、ひどくアンバランスで、エロティシズムすら見る者に与える白人女性。

その彼女の説明を、隣でつまらなそうに聞きながらも、チラチラとその生足に視線を落とす、挙動不審の青年が、一言ポツリと漏らした。


「ああああ、つまんね……」


スラリと伸びた、白人女性の綺麗な足、それも太ももあたりの「キワドイ」場所まで拝めれば、

とてもじゃないが大きな声で、露骨につまらないとは主張出来ないはずなのだが、その後も青年は、ブツブツと不平不満を垂れ流し続ける。


「良いじゃないの、今回は脇役で。それとも何?ここは俺の街だから、何が何でも俺が決着付けないと気が済まないとでも?」


その青年は、活躍出来なかった事を不満に感じて、いわゆる「駄々をこねている」状態。

見ればその青年、黒い革靴に黒いスラックス。ワイシャツにゆるゆるのネクタイを巻いて、

トレンチコートを羽織るあたりは、もう既に社会人である事が想像出来るのだが、

あまりにも言動が幼稚で、白人女性がそうツッコミを入れると、露骨に顔を背けて口を尖らせて抗議するあたり、まるで子供なのだ。

そして、誰もがそう印象を受けるのか、白人女性も「まるで子供ね」と言って、クスクス笑い出した。


それがまた、癪に障ったのか、青年はもう一人の若者……大剣を地面に突き立て、食屍鬼の断末魔を見守る青年に向かって、

「ヨナタン!いつまでも子供扱いするなって、お前もデュードに言い返してやれよ!」と、けしかけるも、

ヨナタンと呼ばれた青年は眉一つ動かさずに、言われてるのはお前だけだと言い放ったまま、微動だに動かない。


青年から【デュード】……もちろんそれは、あだ名なのだろうが、そう呼ばれた白人女性は、

ヨナタンとその青年とのやり取りが、思いの外ツボにはまったのか、

三種の精霊を同時に使役していると言う、難易度の最も高い作業をこなしながらも、今度はケラケラと笑い出した。


「勇作って、子供じみてるしスケベだし、もう最高!」


「デュード、笑い過ぎだろ。それにスケベって何だよ、スケベって!」


「だって、さっきから私の足ずーっと見てるじゃない。精霊を扱う時、コートの下は何も着てないのは知ってるはず。私の裸を想像して、ドキドキしてるんでしょ?」


もう完全に、この勇作と呼ばれた青年の負け。

どう返しても、反論しても、このデュードと呼ばれた女性の手のひらの上でもて遊ばれるだけで、

結局は憎まれ口が倍になって返って来るだけで、返答に困窮する展開を、エンドレスで繰り返すだけ。


勇作は、ちぇっ……と、ほぼ言葉の様な舌打ちをしながら、トレンチコートのポケットをまさぐる。

取り出したのは、くしゃくしゃになったタバコ、ハイライト。

それを口に咥えようと一本取り出すも、ディバイン・レインの影響で辺り一面は雨。もちろん勇作もビショビショ。

はあ、と、今度は小さなため息を漏らし、諦めたのか、タバコを無造作にトレンチコートのポケットへとしまい込んだ。


ほぼ自業自得のイライラが募る

暴れ足りないと、腹の底で欲求が騒ぐ

しかし、デュードやヨナタンに八つ当たりしようものなら、倍になって返って来る

だが怒りのやり場が欲しい。

手痛い反撃の無い、安全なターゲットに毒を吐きたいのだ。


そう言えば……


いる、いるじゃないか!


頭上に、ピコン!と、閃きのライトが点灯した勇作は、近くに積まれてあった建築資材、こんもりと積み上がった鉄筋の上に腰を下ろし、ゆっくりと振り向く。


背後にある、現場入り口の扉に目を向けると、じっとこちらの様子を伺う影が二つ。

別に仲間でも無ければ、敵でも無い、青嵐学園の制服を着た男女が二人、「我々」の動向に静かに……目を配っている。


元々この拠点防衛作戦、和田則正から正式に依頼を受けたのは、間違い無く勇作、デュード、ヨナタンのチームであり、背後に立つ二人の学生は、一切関係無い。

だが、どこで情報を仕入れたのか、それともこの異変を察知したのか、どこからか湧いて出た様に、この学生二人は現場に駆けつけて来た。

勇作たちが活躍している事を確認した後は、余計な波風を立てぬ様に、ただただ傍観に徹していた様だが、

そんな愁傷な態度など関係無く、勇作よりも歳下である事、この一点のみの理由をもって、自分の溜飲を下げようと、よからぬ考えが浮かんだのだ。


勇作は並び立つ二人のうち、青嵐学園の女子生徒に声をかける。


「お~い、ブリュンヒルデちゃん!どうだ、お気に入りの戦士は見つかったかぁ?」


もちろん、ちゃん付けで呼んでいる時点で、勇作は真面目に質問している訳ではない。

あくまでもジョークと言うか、タチの悪い冗談であり、

ブリュンヒルデと呼ばれた女子生徒も、それを察知したのか、一切取り合わずに、沈黙を続ける。


眉一つ動かさず、ディバイン・レインで濡れた銀髪をキラキラと輝かせる女子生徒……

美麗を通り越し過ぎて、神々しいまでに冷たさを放つ様にも見える彼女は、

まるで人間でありながらも、神々の列に名を連ね、その神々の中でも一目置かれる様な、気高さを備えていた。

勇作以外の一般人など、恐れ多くて声すらかけられない、高貴なオーラを身にまとっていたのだ。


そして、勇作の「からかい」に、沈黙を続けると言うよりも、

勇作に侮蔑の目を向けながら、完全に無視していると言っても良かった。


「ブリュンヒルデちゃん、つれないなあ……。エインヘリアル候補を探してんだろ?こっちに来て隣に座りなよぅ、ゆっくり探せば良いじゃん」


彼女ではなくとも、かなりイラッと来る言葉を投げかける勇作。

続けざまに、何度も何度も「ブリュンヒルデちゃん」を繰り返す。

彼女が反応しない事を良い事に、逆に言いたい放題……調子に乗っているのだ。


だがさすがに、いい加減腹に据えかねたものがあったのか、ブリュンヒルデの瞳が残酷な色に輝き始める。


「……カティア、やめておきなさい」


その気配を察知し、彼女に声をかけ、勇む気持ちをたしなめたのは、隣に佇む男子生徒。

彼女よりも、遥かに背が高く、理知的で気高さが全身から漂って来る、細身の白人……男子生徒だ。

そして、その男子生徒は、今まで直接の対決を避けていたかの様に、勇作とは視線を合わせていなかったのだが、

勇作からはブリュンヒルデと呼ばれ、男子生徒はカティアと呼ぶ、この女子生徒の名誉が汚されている事に不快感を覚え、仕方無く、口を挟む事を決めた。


「宮代……宮代勇作。我々は別に、あなた方の領域に踏み込む意志は無い」


「ああん?」


八百万組合(やおよろずくみあい)に歩調を合わせる積もりは無いし、同調する積もりも無い。しかし、だからと言って、敵対行動も取っていないはずた。

静観する我々に対して、神経を逆撫でするのは、やめて貰えないだろうか」


「手前ぇ……。何でここで八百万組合の名前が出て来んだよ?お前らが組合に入らないから、俺が神経逆撫でしてるとでも思ってたのか?ふざけんじゃねえぞオーディン!」


「古い名前で呼ぶのはやめて頂きたい。彼女も私も今は人として生まれ、人の名がある」


「だから何だって言うんだ、オーディン!どんなに誤魔化しても、手前も、そこのヴァルキリーの姫さんも、神である事に間違いは無え!」


勇作は立ち上がり、ゆっくりとオーディンと呼んだ生徒の前に歩み、一定の距離を置いて立ちはだかる。

わざと挑発した結果が、この様な緊張状態を生んだのだが、どうやら勇作は、このシチュエーションを望んでいたフシがある。

なぜなら勇作は、対峙する二人を前に、露骨に憎悪の感情をぶつけながら、

獰猛な笑みを口元にたたえ始め、殺意のオーラさえも放ち始めたからだ。


「私を……オーディンと呼ぶな。クラウス・エーレンと言う名前がある。それが今の私だ」


極力、勇作と視線を合わさず、意識してうつむいていたオーディン=クラウス・エーレン。

しかし、度重なる勇作の挑発に「何か」を感じたのか、険しい表情で顔をゆっくりと上げた。


エメラルドががった、蒼く澄み切った瞳は、勇作を刺す様に見据えているのだが、

今までずっと閉じていた左目を開けると、盲目なのか、真っ白な瞳を覗かせている。

だが、その盲目の瞳には何かしら、強大な呪力が秘められているのか、その瞳を一瞬見た勇作が、身体を構える。


その瞳を見る者全てが、圧倒的な恐怖に包まれ、背筋を凍らせながら、自分の死期を覚悟してしまう、

そんな怖ろしさを内包させる目であったのだ。


そして、その左目で見つめられた勇作は、それが勇作の戦線布告に対する答えだと察し、

嬉々としてそれを受け入れ、【ズボンのポケットに、自分の手を入れた】。


「勇作、その辺にしておきなさい」


「騒ぎを増やすな、大人しくしてるんだ勇作!」


デュードやヨナタンが、勇作の激発を抑えようと声を掛けるも、最早勇作は完全に怒髪天の状態。

ズボンのポケットに手を突っ込んだまま、明らさまで凶悪な敵愾心を視線に乗せて、クラウスとカティアにぶつけ始める。


 俺はな……、俺は神が嫌いだ、大っ嫌いだ!!

この国は数年前、列島大震災で潰滅した。北海道も、東日本も、西日本も、四国も、九州も!

一体……何万人、何十万人の人間が、生き埋めになったと思う?津波に流されたと思う?

逃げ場の無い場所で業火に焼かれたと思っている!!

俺ぁな、信仰心なんざ欠片も持っちゃいないが、それでも……神様信じて日々を慎ましく暮らして来た人はいっぱいいたはずだ。


 手前ら神は【あの日】何もしなかったよな。


あれだけ古くから人々に慕われ、人々に愛されて来た神さんは、ボロボロと人が死んで行くのを見ながら、何もしなかったよな!

どうだった?爽快だったか?楽しかったか?お前らの名前を呼びながら死んで行く人々を見て、ゾクゾクしただろ!


だから俺は手前らを絶対許さねえ、無力を証明しながら、復興の始まったこの街に、ノコノコ現れたお前らを絶対許さねえ

俺の街を……絶望と破壊に包まれ、それでも俺たちが必死に復興したこの街に、

デケえ顔で闊歩して、偉そうな顔で当たり前のように息してる手前らを絶対に許さん


「……帰れ、生まれた国に帰れ。手前らの顔なんざ、二度と見たくねえ……」


 勇作の怒りとは、哀しみの籠った怒り。

オーディンやヴァルキリーの姫ブリュンヒルデがいくら神であったとしても、日本の列島大震災には一切関係など無く、それこそ勇作の盛大な八つ当たりである。

だが、神々の救いが無いまま、人々は死んで行った事は確かであり、復興が一段落して、人々の暮らしが安定して来た頃になって、やっと、人の姿をした神々が、この地を訪れる……それも、人々を救う為では無く、別の目的を持ってと言う事であれば、

いくら八つ当たりであったとしても、勇作の憤りや怒りの感情には、無視出来ないものがある。


クラウスやカティアは結局、反論するすべも無く、ただ沈黙するだけ。

辺りにより一層、うすら寒い風が吹き、ディバイン・レインで濡れた身体を、冷やすだけであった。


「……あっ!?……」


急にカティアが驚いた表情で顔を上げ、建築現場の遥か上空に視線を合わせる。


「……どうした、カティア」


クラウスの問いかけを耳にしながらも、カティアの視線は上空に釘付け。

そして、彼女が次に口から発した驚きの言葉は、クラウスだけでなく、勇作やデュードの耳にも聞こえて来た。



 トキ……レイイチ……


 彼の中で眠っていた者が動き出す


 永い眠りから目を覚ます


 酷くいびつだけど、それは神なる者、そして神ならざる者


 悪鬼羅刹を喰らい、黄金の炎で焼き尽くす者


 神殺しの炎持つ鳥が今、羽ばたき始める



カティアの表情は恍惚に満ちながらも、一筋の寂寥をたたえていた。




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