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ドレッドノート・カプリチオ ~勇者狂想曲~  作者: 振木岳人
「血族」編
12/74

第13普通科連隊 橘小隊出動!


 標高450mにある街、長野市は4月に入り、やっと春が始まったばかり。

地方局は毎日毎日、桜の開花予想を報じるが、まだ冬将軍は、完全に去っていない。


雲一つ無い、月明かりが田舎の街を照らす、この今夜も……

寒空は未だに終冬の名残りか、星々をチラチラと瞬かせているこの街の夜。

恋人を連れて、ちょっと山にドライブに出かけ、長野市のささやかな夜景を眺めつつ、愛を囁くなら、今日は恰好の夜と言えるだろう。


だが、今日の夜はちょっと違った。

特に、長野市のベッドタウンで、巨大な学園を中心とした学園都市……通称北部団地では、恋人同士が互いを見つめ合う様な、甘い空気は漂っていなかった。

それどころか、静寂に包まれた星空の下、家族の営みすらも打ち崩す様に、彼方此方で闇の胎動と、それを祝福するかの様な、悪魔の歓声にも似た、地獄の祭り囃子が、鳴り響いている。


パンパン!パパパ!と、無秩序に鼓膜を痛めつける、複数の炸裂音。


そして、


「装填良し!安全良し!単発良し!」


「松笠(手榴弾)投擲準備!」


「田崎分隊に途出し過ぎるなと伝えろ!強行偵察にも程がある!」


炸裂音の合間に聞こえて来る、兵士たちの怒号

更には、オオオオッ……!と、あちこちから、明らかに兵士とは違う、人間とは全く異質の、

嫌悪すら覚える程の、低くて騒々しい唸り声が聞こえて来る。


 長野市の北部団地

東西を分断する県道荒瀬原線の東側に、スーパーゼネコンが建築中の、10階立て公営アパートがある。

まだ内装どころか、壁すらも取り付けられていない、鉄骨とコンクリート支柱が剥き出しの現場が、

今宵のその、生と死の狭間で繰り広げられる、暗黒の謝肉祭の、舞台の一つであった。


その舞台に上がり、食屍鬼の群れとダンスを踊る事になったのは、松本駐屯地から出撃した、陸上自衛隊東部方面区の、第13旅団指揮下にある、第13普通科連隊の小隊編成、約30人。

迷彩服3型を中心に、ボディアーマーなどの戦闘装着セットで身を包み、「ハチキュウ」と呼ばれる89式小銃や、分隊支援火器のミニミ軽機関銃を構え、人ならざる者が作り上げた、漆黒に包まれた塔の中で、闇に向かって突き進んでいた。


 事の経緯はこうだ

高槻家檀家総代である藤間家、その藤間家の長女である藤間橙子が、

玲一が吸血鬼に誘拐されたとして、友人の大豆島水澄に、救出の依頼を連絡して来た。


 【大豆島水澄(まめじまみすみ)

防衛大臣直轄で、作戦や偵察などの情報を一元化した組織、陸上自衛隊 中央情報隊の現地情報隊に所属する、2等陸尉である。

なぜ、朝霞駐屯地に所属する、諜報機関……諜報部隊の隊員が、民間人である藤間橙子の連絡を受け、そして玲一救出にあたって、大豆島とは全く部隊の違う、松本駐屯地の普通科部隊を動かせたのか。


時間はさかのぼるが、松本駐屯地で普通科小隊が、非常呼称を受けて出動準備を行い、隊員たちが整列した際の、小隊長の説明から、それが垣間見れた。

太陽が西の山々の背中に隠れ、日々の訓練も終了し、静けさに包まれた陸上自衛隊松本駐屯地。

だが、その敷地の一角で、戦闘指揮車と兵員輸送車の前で整列する、完全武装を施した30名の精鋭の姿があったのだ。


 ものものしい装備で身を固め、直立不動で新たな指示を待つ兵士たちの元に、ライフルを持たない、身軽な一組の男女が歩いて来る。

二人はそれらの兵士たちに肩を並べず、真正面に向き合い、そして後ろ手に手を組みながら、若い男性が腹の底から声を上げた。


「只今より当小隊の指揮を、橘が執る!」


橘とはもちろん、大声を上げた若い男性。小隊指揮官の【橘1等陸尉】である。


「これより我ら小隊は、即応作戦を展開するため、長野市街に赴く!妖魔陣地に突入し、妖魔を殲滅しつつ、邦人1名を救出する事!

なお、戦闘状況は屋内となるため、分隊同士の連携を密にし、これにあたれ!」


橘1等陸尉は隊員たち一人一人と視線を合わせながら、作戦の概要を説明し始める。

吸血鬼が人質を取り、自分の内面空間を現実化させ、籠城を始めた事。

人質となった邦人は未成年で、吸血鬼化されるか、儀式の生け贄にされる可能性がある事など……。

凛とした良く通る声の橘1等陸尉は、一通りの説明を終えた後、この作戦の本質を言葉にした。


 大規模部隊で街を制圧し、世論を不安に落とし入れる「治安出動」ではなく、敵アジトから民間人を救出する事を目的とした、小規模突入作戦である事。

よって武装ヘリの対地支援や、JDAM爆弾などの爆撃支援は無く、あくまでも、この小隊30人だけの力で、結果を出せ。

世論に配慮して、騒ぎは小さくまとめつつ、妖魔を完全排除した上で、少年の救出は最優先に完璧にこなせと、隊員たちを鼓舞したのだ。

そして、言葉の最後に、橘1等陸尉の隣でやはり、後ろ手に手を組んだ若い女性を、隊員たちに紹介した。


「現地情報隊より我が小隊に随伴する、大豆島2等陸尉である!2等陸尉は、対妖魔戦闘に精通している。これより説明があるので、小隊は傾聴せよ!」


橘1等陸尉の目配せで、隣の大豆島2等陸尉が一歩前に進み出る。

小隊兵士たちと同じ、戦闘服に身を包んではいるが、見るからに身体の線が細く、見るからに華奢で、まるで兵士らしくない姿。

だが、この作戦をやり遂げようとする意志の力は、この場にいる誰よりも強く、引き締まった表情から瞳を通じて、それらがごうごうと放たれており、

小隊兵士たちは、視線を合わせるだけ、それだけで、この作戦の重要性に、納得してしまう程の力を宿していた。


「情報隊の大豆島です。本作戦の戦闘状況に助言させて頂きたく、随伴させて頂きます」


先ずは、対象(敵)について……と、表情はそのままに、大豆島2等陸尉は言葉を続ける。


 今回の対象は吸血鬼、ドラキュラ級ヴァンパイアである。

ドラキュラ級とは、あくまでも人間側が分類するのに用いた等級であり、どんなに影響力が強かろうが弱かろうが、吸血鬼である事に間違いは無い。


等級は四つに分かれ、最下層の階級は、食屍鬼(グール)と呼称される。

グールとは、吸血鬼に咬まれた人間が吸血鬼化に適応出来ず、

出血多量で死亡した後、血の呪いを受けた肉体だけが起き上がり、他者の血肉を求めて彷徨い歩く。

知能や行動力は低く、いわばゾンビ程度と考えていただきたい。


そして、グールより上級の存在に、ビクティム級ヴァンパイアがあります。

ヴァンパイアに咬まれ、ヴァンパイア化した人間の事を差し、

ビクティム級と言う単語の通り「犠牲者」の事で、総じてそう呼称します。

このビクティム級ヴァンパイアが、標準的なヴァンパイアだと、承知しておいていただきたい。


 そのビクティム級ヴァンパイアの親にあたるのが、ドラキュラ級ヴァンパイアです。

ブラム・ストーカー原作の「ドラキュラ」の名前を冠した、他者に咬まれて感染した訳ではない……いわゆる「始祖」。

純粋に、闇から産まれた存在で強力な心霊能力を持つ存在です。

更には、そのドラキュラ級ヴァンパイアをしのぐ能力を持つのが、ノスフェラトゥ級ヴァンパイアで、今現在、世界に数体しか確認されておりません。


ドラキュラ級も、ノスフェラトゥ級も、同じ闇から誕生した始祖タイプでありますが、決定的な違いは、その能力差にあります。

ドラキュラ級ヴァンパイアは、その能力で知能の低い動物を使役したり、感染度の高い病原菌を、振りまいたりする事が出来るのですが、ドラキュラ級とノスフェラトゥ級では、そのスケール……威力が違います。

ドラキュラ級が都市一つを、壊滅するだけの力を持っていると仮定します。

実際、それだけの力は持っているのですが、ノスフェラトゥ級は、それを遥かに越えます。


中世ヨーロッパで猛威をふるった、ペストやスペイン風邪。

何百万人もの命を奪った、恐るべきパンデミックが、この、ノスフェラトゥ級ヴァンパイアの仕業だと言われています。

つまり、ノスフェラトゥ級ヴァンパイアは、大陸レベルで、災いを起こす力があると言えます。


 ドラキュラ級ヴァンパイアが、長野市北部を拠点として、儀式の準備を始めた今、

今回の状況を分析すると、対象がノスフェラトゥ級ヴァンパイアにクラスチェンジする事を目的として、

作戦展開しているのではと、判断します。


「よって、この即応作戦の成功の是非は、国家の存亡を左右すると考えていただきたい!」


大豆島2等陸尉の言葉は、徐々に徐々にと回転が上がって行く。

見るからに、時間が経過する事を良しとしていない態度であり、

切羽詰まった表情で立つその姿は、小隊隊員だれが見ても、

この作戦が何よりも、時間との闘いである事が、痛いほど理解出来た。


 兵士たちに支給された、乙型対魔弾の効力や、グールやヴァンパイアに遭遇した際の、狙いを付けるポイント。

また、支給した水は聖水なので、近接格闘にのみ利用し、水筒には絶対に口をつけるな……などと、その後も、大豆島2等陸尉は矢継ぎ早にまくし立て、いよいよ部隊は出動に。


 今まで以上に胸を張り、今まで以上に腹の底から声を張り上げ、橘1等陸尉が、最後の訓示を行う。


「昨今の吸血鬼事件、テレビや新聞などのニュースなどでも分かる通り、全国警察組織の苦闘と、解決しきれない忸怩たる思い……。我らが出動すればと、諸君らも痛いほど感じているはずだ。

よって今こそ、我々の出番である!防衛任務の第一人者である、我々初の出動である!この機を逃す事無く、我々は、一切の躊躇無く敵陣を進み、邦人を救助する!

この作戦の成功は、後々、自衛隊の存在意義を左右する事になる。

よって、戦死者を出すな!要救助者を完璧に救助しろ!威力行使を一切怖れるな!以上、状況詳細は分隊先任に!全員乗車せよ」


橘1等陸尉の号令に、呼応したかの様に、各分隊の先任陸曹たちが先導し、兵士たちは輸送車に足早に乗車。

橘1等陸尉と大豆島2等陸尉が乗る戦闘指揮車を先頭に、兵員輸送トラックがピタリと随伴し、部隊は一路……上信越道松本インターへ向かって行った。


 今現在、この国において、「妖魔殲滅」などという言葉は、一切存在しない。


妖魔とはつまり、妖怪や神や悪魔…おおよそ、人から産まれる事無く、何かしらの心霊力を持って、この世に誕生した存在で、

尚且つ、日本国の国民として生きる事を良しとした者に対しては、れっきとした国籍が与えられ、

日本国民として、納税や福祉などの、様々な義務と権利が発生する。


いくら「元」妖魔や、妖魔のまま国籍を取得した者たちが、犯罪行為に手を染めても、

それは法律であるところの「刑法」に抵触した刑法犯であり、刑法によって裁かれるのが、至極当然の理である。


 妖魔殲滅などと言う行為……、武力を持って、問答無用で妖魔を殺す事はあり得ないし、あってはならない社会、それが今の日本の姿であり、

妖魔が絡む犯罪行為に関しては、警視庁および警察庁が、刑法犯として取り締まって来た。


先に、橘1等陸尉が訓示で述べていた通り、自衛隊が出動するのは今回が初めてであり、過去に例の無い異例の措置である。

それが何を意味するかと言うと、【今回のこの作戦の戦果如何によって、世論が劇的に動く】と言う事。

失敗は絶対に許されず、拉致された人質、玲一の救出に失敗したり、多大な戦死者が出れば、

警察力を無視して出動した自衛隊は、社会的に袋叩きに遭うのである。


 例えば


ーー警察力で治安が維持出来ない場合、内閣総理大臣の命令または、都道府県知事の要請で、

自衛隊活動が行われる事を、治安出動と言う。

出動に際しては法で厳格に規定されており、自衛隊法78条と、81条がこれにあたる。

今回の出動は防衛大臣の独断で下命され、それらの法や手続きを一切無視して行われた、由々しき問題であるーー


などと、自衛隊が大嫌いなマスメディアは、失敗をチャンスと見て、大々的な反自衛隊キャンペーン記事を書き上げ、政府を無策だの、判断ミスだのと、騒ぎ立てるであろう。


 例えば、


ーー国内だけにとどまらず、世界中から妖魔が続々と来日し、日本国籍を取得している今、

妖魔の人権確立と法案整備が急務であるはずなのに、

事もあろうか、警察を差し置いて、自衛隊を出動させるのは、言語道断と言わざるを得ない。

自衛隊が作戦を行うと言う事は、妖魔を敵対勢力と見なしている証拠であり、

そこには、敵対勢力の抹殺をもって、問題解決を図ろうとする、

軍事国家を目指す、一部の政治家による、純軍事的な思惑しか存在しない。ーー


などと、自衛隊が大嫌いな人々の運動により、今後の自衛隊活動に、クサビが打たれるとする。

がんじがらめになり、小回りの効かなくなった自衛隊は、

「有事」……いよいよ本格的な治安出動が必要になった時、能動的に作戦展開出来るどころか、出動すら出来なくなる可能性がある。


だから、橘1等陸尉は常に、各分隊の戦闘状況を入念に把握し、

一つのミスも許さない、ダンジョンのフロア踏破、そして人質救出を目指している。


だから、大豆島2等陸尉は、絶えず中央情報隊の上官と、携帯で報告と相談を繰り返しながら、

橘1等陸尉の横にピタリと並び、的確な情報提供に努めて止まない。


だから、兵士たちは神業の様な連携を繰り返し、次々と迫り来る食屍鬼に敢然と立ち向かいながら、

一歩も退く事無く、引き鉄を引き続けている。


全ては、拉致された人質を救出するため。作戦が失敗する事で、世論が完全に敵に回らないため。

第13普通科連隊の誇りに賭けて、ダンジョンを突き進む彼ら……小隊兵士たちの銃火は、やむ事は無い。



 一方こちらはやはり、ウシュカの内面世界と、北部団地のとある建築物をリンクさせた、闇のダンジョン。

吹き抜けの広い部屋で、壁すらもまだ設置されず、吹き抜ける冷たいビル風が、ビュウビュウとむき出しの鉄骨を撫でる、薄暗くそして、何かジメっとした臭いが漂う胡散臭いフロア。


これだけなら、アタックを始めた、クラリッタと加納の【救出パーティー】と、橘1等陸尉率いる自衛隊の【制圧パーティー】が、

毎フロア毎フロア、目にする光景と同じなのだが、このフロアだけは何かが違った。


と、言うのも、このフロアの真ん中には、よく病院の診察室で、医師の問診を受ける際に患者が座る、

背もたれの無い丸い椅子が一つ、ポツンと置いてあり、

そこには……上半身裸の少年が、後ろ手に両手を拘束され、うなだれる様に座っていたからだ。


 少年の名は土岐玲一


ドラキュラ級ヴァンバイアの、アラダール・ウシュカの部下、ミハイロビッチの「笑顔の脅迫」で、ここに連れ込まれ、監禁そして……拷問を受けていたのである。


顔面と上半身、至る所が赤黒く腫れ上がり、口と鼻、裂けた目尻から、鮮やかな赤い血が、滴り落ちている。

ヒュウ……ヒュウと、口から漏れる、テンポの遅い、危険な呼吸。

うなだれている玲一が、自分の元に近寄って来る、人影に気付いた。


 ザバッ!


見上げようと顔を上げた瞬間、無造作に、乱暴に、玲一にかけられたバケツの水。

拷問の影響で、意識が飛ぶ寸前だった玲一が、その肌に刺さる様な水の冷たさで、無理矢理現実へと引き戻された。


ずぶ濡れの身体、4月の冷たい風が、体温をあっと言う間に奪って行く中、表情すらわからない程に変形した顔で、見上げる玲一。

そこには、ウシュカの部下である、ミハイロビッチの姿が。


「おかしいですねえ。そろそろ……このシチュエーションに、諦めてくれても良いはずなのですが」


訳のわからない事を呟きながら、ミハイロビッチは右手を振り上げ、バチン!バチン!と、玲一の顔面や頭に、拳を叩きつける。

ギッ!ギャッ!っと、擬音を漏らすが、玲一の口からは、もうやめてくれとか助けてくれ等の、許しを乞う弱気な叫びは、一切聞こえて来ない。

むしろ、殴られる度に、叩かれる度に、腫れ上がったその顔の奥から、眼光鋭くミハイロビッチを睨み上げ、自分は不退転のまま抵抗を続けるのだと、無言でアピールを続けていたのだ。


「ふむ、なかなかに手強いですね。これならいかがでしょう」


ミハイロビッチは腰を落とし、今までは顔を狙って振り上げていた拳を水平に動かし、

玲一の腹を狙って、渾身の一撃を思い切り叩きつける。


「げえっ!……ううう、ぐえっ!おえええっ!」


椅子ごと後ろに吹っ飛び、床に沈んだ玲一は、胃液を何度も吹き出しながら、のたうち回る。

みぞおちを殴られ、肺の機能が一時的に麻痺したのか、口をパクパクしながら、暴れる様子はまるで、陸に打ち上げられた魚のよう。


「泣きませんねえ、喚きませんねえ……。そんなあなたには尊敬の念すら抱きますが、絶望していただかないと、話がすすみません」


自分たちが描いていた予想と違ったのか、ミハイロビッチは呆れ顔でため息をつく。


描いていた予想とは……、

容赦無く暴行する事で、玲一が泣き喚き、許しを乞い、

それでもミハイロビッチが暴行の手を止めず、「もう駄目だ」「このままでは俺は死ぬ」と、

玲一がいよいよ自分の死期を悟り、それを受け入れる事なのであろうが、

その玲一が、一切弱音を吐かずに、瞳をギラギラと輝かせながら、まるで白旗を上げないのだ。


「弱りました、これではウシュカ様に捧げる前に、あなたは死んでしまいますねえ……」


わざとらしい、困った表情を作りながら、横たわる玲一の元に近付き、硬い革靴の先端で、思い切り玲一の腹へと、蹴りを行う。

サッカーで、ペナルティキックを行う選手の様だ。


 ギャアアアアッ!!!


フロアに轟く玲一の悲鳴。ミハイロビッチの狙いが外れたのか、それともワザと狙ったのか、彼の足は玲一の腹にヒットするの事無く、胸部にめり込む形で振り抜かれた。

肋骨が数本折れ、そこを中心に激烈な痛覚が身体中を支配しているのか、まるで壊れたオモチャの様に、横たわった身体を忙しそうに左右にねじり、足をジタバタと動かしている。

いよいよもって玲一の身に、死を告げる天使が、舞い降りて来そうな、生命の危険を肌で感じる状況に陥った頃


「……調子はどうかね?……」と、彼方から聞こえて来る声。


振り向いたミハイロビッチは、声の主である少年に気付き、うやうやしく頭を下げる。


打撲と擦過で血だらけ、そして胃液と唾液でベトベトになった顔の隙間から、精一杯開かない目を開けて、声の主を見る玲一。


「……ウシュカ……か……」


「再び会いましたね、え~っと……」


柔らかに、直立不動となったミハイロビッチが、彼の名は土岐玲一だと、うやうやしくウシュカに説明する。


「なるほど、土岐……玲一さんですね。改めまして、アラダール・ウシュカと申します。玲一さん、今日はあなたにとって、人間としての最後の夜にしていただきます」


ニコリと、屈託の無い笑顔で、ウシュカは恐ろしい言葉を吐いた。




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