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ドレッドノート・カプリチオ ~勇者狂想曲~  作者: 振木岳人
「血族」編
11/74

敢えて挑む者が勝つ


 …くそっ…くそっ!


薄暗く、狭い倉庫の中から、少女の声が聞こえて来る。


私のせいだ!私のせいで拉致されたんだ……!


聞こえて来るのは、自分自身に罵声を浴びせる、荒れた声。


呪いがかった様な怒りの声を自分にぶつけながらも、黒い戦闘服を身にまとい、ベストの様なボディアーマーを重ね、眉間に皺を寄せる彼女は、息急き切りながら、大慌てで支度を行っている。

彼女の身体と手は際限無く忙しく動き、とどまる事を知らないのだ。


切羽詰まった表情で支度しているのは、クラリッタ・ハーカー。

そして、倉庫とはズバリ、クラリッタの家の地下室を改造した武器庫。

彼女は、壁一面にズラリとならぶ無数の銃器の中から、「これから行われるであろう戦闘」を考慮し、

今一番、自分に必要な装備を準備していたのだ。

ただし、大至急で。そして、自責の念にかられながら。


サイドアーム(補助兵装)の自動拳銃、SIGザウエルは腰のホルスターに収納し、

主力兵装であるアサルトライフル、FN FNCの負い紐・スリングに自分の右腕と、首を通してぶら下げた。

そしてライフルの予備弾倉を、ベルトのケースとボディアーマーのポケットに何個も突っ込むと、

それではまだ物足りないのか、壁に立て掛けてある各種ライフルには一切目もくれず、

武器庫一番奥の、棚の上に鎮座していた、分隊支援用火器に手を伸ばす。

200発もの弾丸が装填され、重さ10キロもあるミニミ軽機関銃をがっちりと両手で抱えて、そのまま武器庫を飛び出した。


「クラリッタ、クラリッタ!慌ててどこへ行くの!?」


キッチンから響いて来る母の声。

友人がヴァンパイアに拉致された事、そして今から友人の奪還作戦を行う事。

病気療養中の父には言えないが、母には言える。

だが、家の外で待っているであろう、迎えの車のクラクションが、時間が経てば経つほどに激しさが増している今、

丁寧な説明で、母親の理解を得ようとしている暇など無いのだ。


「とりあえず出掛ける、後宜しく!」


ガチャガチャと装備を鳴らし、クラリッタは自宅から飛び出した。


「遅いぞ、何分待たせる!?」


クラリッタの待っていたのは、1980年代を彷彿させる、微妙なスポーツ車。

その助手席から飛び出した加納が、後部座席のドアを開け、クラリッタを後部座席に押し込んだ。

半分ダイブの様に、車に飛び乗ったクラリッタは、これくらいの装備でも手こずる敵なのよ、ヴァンパイアってのは!と、待たせた事を謝る気配は無い。


「行きましょう!」


後部ドアを閉めて、自分も助手席へと乗り込んだ加納。

運転手に声をかけて、出発を促す。


「俺の師匠、和田さんだ!」


「クラリッタさん、よろしく!」


「よ、よろしく…って師匠…?加納の師匠ってどういう事?」


マフラーの割れそうな、かん高くて安っぽい排気音を鳴らしながら、北部団地の街路を一路、ポンコツ車が疾走を始める。


 運転するのは、加納の師匠で、戸隠流忍術の師範である、和田則正。

助手席に座るのは、和田の弟子で師範代を務める加納譲司。

完全武装で後部座席に埋もれているのは、ヴァンパイアハンターの、クラリッタ・ハーカー。

彼らは今、ヴァンパイアに拉致されている玲一を救助すべく、ヴァンパイアのアジトに、乗り込もうとしていたのだ。


 和田が事の経緯をクラリッタに説明する。

玲一が吸血鬼に誘拐・拉致されたと、1時間ほど前に、藤間橙子から和田則正の元に連絡が入る。

戸隠流忍者のネットワークを駆使し、玲一が囚われているであろう吸血鬼の本拠地を、探し出して欲しいと言うのが、橙子からの依頼であった。

旧友である橙子の願いであるならばと、和田はそれを快諾し、弟子の加納にも連絡を取り、今に至る。


裏の忍者部隊を動員して、情報収集を行い始めているが、吸血鬼に対しての専門知識に乏しく、

加納の提案で、クラスメイトでヴァンパイアハンターのクラリッタに、助言を貰いたくて連絡をしたのだと告げた。

とあるルートを通じて、以前から土岐玲一の身辺保護の依頼があった事は、あくまでも極秘。

もちろん、クラリッタには伏せたままである。


「でも、ちょっと待って。…私がヴァンパイアハンターだって、何で知ってるの?」


「戸隠流忍者ってね、国際的なスポーツ忍術を主催してる事で有名だと思う。君も母国で聞いた事があるはずだ。

だけどその中核には、決して表舞台には出て来ない、古来より続く本物の忍者集団がいるんだ。

君が大英帝国の外交特権を持つ、ヴァンパイアハンターである事は、御両親が来日された時から把握していたよ」


ふええ…と、感心するクラリッタ。

すると、幾分早口だった和田の言葉が、ゆっくりとペースダウンし、声のトーンが低くなる。

状況説明もそこそこに終えたとして、いよいよクラリッタに対して、本題に入ったのだ。


「サー・クラリッタ・ハーカー、確認させて下さい。あなたの一族は、【レリック・ウェポン】を所有していると、聞き及んでいます。この日本へ持ち込み、今現在も所持していますか?」


和田が問うた【レリック・ウェポン】を直訳すると、聖遺物兵器と表現される。

聖遺物とは、宗教上「聖者」と認定された者の遺骸や、聖者の死に関わった物質の事を言う。

例えば、死んだ聖者の遺体をくるんだ布切れは、聖骸布などと呼ばれ、それ自体に聖なる力が宿るとされ、古来から神聖視されて来たのである。

その聖なる力…神聖力を、妖魔討伐専用の武器に加工した物が、レリック・ウェポンと呼ばれているのだ。


無論、レリック・ウェポンを持ち込んではいけないなどと言う、ルールも法律も存在しない。

持っているならば持っているのと、堂々と答えれば良いだけなのだが、

何か思うところがあるのか、クラリッタは即答せずに、目を伏せながら、しばし沈黙する。


「レリック・ウェポンも、一概に同じ力を発揮するとは限りません。妖魔一体に影響を及ぼす武器から、都市一つ消滅させるだけの力を持つ物も…。サー・クラリッタ、お教えください。何を持ち込んだのか」


丁寧な言葉遣いで、クラリッタの告白を待つ和田。

和田が何を意図して、迂遠な問い掛けを行っているのか、クラリッタは即座に把握する。

それは実は、クラリッタ自身も、懸念を抱きながら、この街に持ち込んだ物であったからだ。


「通称【オレルアンの乙女】…。聖人の遺骨を粉末状にした、最終決戦兵器を持っています。これを使用すれば、半径20キロ四方の妖魔が消滅するでしょう。和田さん、私も充分承知しています。この街の住人の事を…」


 列島大震災後、この長野市は大きく変わった。

世界中の地脈・龍脈…アストラルパワーのルートが地震により激変し、

長野市、特に北部団地に、世界中からアストラルパワー(心霊力)が集中して流れ込み、

巨大な噴水の様にアストラルパワーが溢れる、人ならざる者たちの、楽園に変わったのだ。


もちろん、人間…人類が、全くこの地にいない訳ではない。

むしろ古くからの団地住人と、震災復興の為に来日した世界中の人間で、人口は爆発的に増加している。

そこに輪をかける様に、人の姿を模した人ならざる者たちが、人間社会に溶け込む様に、人の暮らしを模倣し始めたのだ。


「全ての妖魔が、悪ではない。全ての魑魅魍魎が、倒すべき存在ではない。もしレリック・ウェポンをこの街で使えば、人と共存する事を目的とした、人ならざる者たちまでもが消滅する。それは、我々が求める結末ではありません」


つまり、クラリッタがもし、レリック・ウェポンを使う気で長野に持ち込み、今後いかなる理由があろうと、それが最終手段として存在するならば、和田は敵に回る事を、暗に宣言したのだ。


和田の極めて優しい恫喝に抵抗する事無く、クラリッタはそれを了承する。レリック・ウェポンは使用しない事を、約束したのだ。

ただ、元々オレルアンの乙女を使用する目的で、日本に持ち込んだのではない事。

あくまでも個人的な理由で、御守り代りに持ち込んでいた事を、クラリッタは胸に秘めたまま、和田たちに告白する事は無かった。


「千代さんからメールが来ました!拠点とおぼしき場所は…、三ヶ所っ!?」


「三ヶ所って…。それ以上絞れないのか?」


「その説明もあります。三ヶ所とも異常な心霊力を発しており、負の力を感じるそうです。土岐の居場所は未だに不明で、確認するなら突入しないと…」


「却下だ!加納君、千代さんに電話して、あくまでも周辺偵察にとどめろと、釘を刺してくれ」


わかりましたと叫びながら、加納は携帯を手に、仲間であろう千代と言う人物に連絡、通話を始める。


 三ヶ所かあ…、どうすりゃいい?手駒が少な過ぎる…と、

歯ぎしりしそうな勢いで和田が呟いていると、後部座席のクラリッタが身を乗り出し、

「和田殿、意見具申良いか?」と、和田の苦悩に終止符を打つ。


 拠点とおぼしき場所が三ヶ所あると言う報告。

 その3つの内1つが、ビンゴと言う訳では無い。

 三ヶ所が三ヶ所ともビンゴで、その全てがヴァンパイアの拠点と考えて間違いない。

 何故なら、吸血鬼ウシュカは、自分のバージョンアップを、この地で行おうとしている。


いきなり結論に結びつけるクラリッタの説明に、頭を傾げる和田。

だが、それに補足する形で彼女の口から出た言葉は、いよいよもって、和田に覚悟を迫る様な、衝撃的な内容だった。


 三ヶ所の拠点を、互いに線で結ぶと、正三角形が出来るはず。

 それぞれ三つの拠点から、食屍鬼(グール)が溢れ、人々を襲いながら、

 反時計回りに移動し、新たな拠点を三ヶ所作る。

 正三角形から始まり、逆三角形が生まれ、それが重なると、地上にとある魔法陣が誕生する。


「…六芒星かっ…!?」


吸血鬼は、自分の存在で穢した土地を、自分の拠点として棲みつくのが基本。

土地から土地を渡り歩く事など、滅多に無い。

だが、ウシュカは日本にやって来た。それもわざわざこの「長野」に。

世界中から集まるアストラルパワーを、負の力に変えて、自分の力として蓄える…。

彼は、ウシュカは、ノスフェラトゥ級ヴァンパイアになる事を狙っている。


 ……土岐玲一はそのための生贄……


何とか阻止しなければ!


和田も、仲間との連絡を終えた加納も、鎮痛な面持ちで、クラリッタの言葉に耳を傾けていた。

相手の、敵の狙いが分かれば、おのずと解決策が見えて来るのだが、概要を聞いて尚、玲一の救出方法や、食屍鬼を食い止め、吸血鬼を撃退する方法が見えてこない。

今回はまるで、見えてこないのだ。


 だが、後部座席にいる少女は違った、怯まず、脅えず、瞳に力みなぎらせている。

それは、吸血鬼ら闇の眷属たちと、闘い慣れている「余裕」が、起因しているからではない。

過去に起きた、彼女の心の傷となった出来事がフラッシュバックし、それに抗っている「強がり」からでもない。


たった一つの、シンプルで簡単な答え【何が何でも玲一を救出する】

これが、彼女の中で消えない業火となって、今も闘志をたぎらせていた。


「玲一を救出する、その結末に変更は一切は無い、断じて無い!和田殿、自衛隊はいつ到着しますか?」


「えっ、あっ、いや…30分ぐらい前に、松本駐屯地を出たばかりだから、高速に乗って…、あと40分ぐらいだと思う」


「加納、君たちの仲間に連絡して、敵の拠点を一つ、防衛してくれと言ってくれ!食屍鬼が敷地から出て来ないようにするだけで良い!」


「ちょっ、ちょっと待てクラリッタ。彼らはあくまでも情報員で、戦闘要員ではない!」


 忍者は、隠密下での情報収集が、主たる任務である。

当たり前の話、無数の敵を次々と撃破する、ヒーローではないし、敵の攻撃を、いとも容易く受け止めて弾き返す、戦士でもない。


忍者に対する、欧米と東洋の認識の違いが生んだ誤解だと、慌てて加納は説明するも、

クラリッタが言うには、とにかく、まずやらなければならない事は、食屍鬼が街に出て来れない様に、三ヶ所の拠点を封鎖する事だと力説する。


双方の認識の溝が埋まらないまま、クラリッタの強弁は続く。

選択肢は一つしか無く、それがダメなら、この街に魔城が誕生すると言われてしまえば、

さすがの和田も、加納も、彼女の言葉に従わざるを得ないと言うのが、正直なところであろう。


 まず一ヶ所目の拠点封鎖は、陸上自衛隊の小隊。動員された小隊人数は約30人。

10人程度の分隊編成に分けて、各拠点に分散させるのは、たとえ対妖魔兵装が施されていたとしても、戦力低下は著しく、防衛作戦に終始してしまい、玲一救出は無理であろう。

よって、拠点一つに小隊全ての戦力をぶつけ、食屍鬼を殲滅しながら進軍してもらう。

二ヶ所目の拠点には、和田と加納、クラリッタが急行し、拠点防衛ではなく、玲一救出作戦を最優先として突入する。

そして三ヶ所目に、和田配下の忍者部隊を防衛に充てる。


これが急遽、クラリッタが提示して来たプランなのだが、先に先に話だけが進み、おまけに自分たちが救出作戦を主導しなければと言う驚きも相まって、和田も加納も唖然としたまま、口から何も出て来ない。


「何呆けてるのよ!?良い?吸血鬼が作る拠点と言うのは、闇の固有次元で全て繋がってるの!つまり、三方向どのダンジョンからスタートしても、ゴールは一つ!

自衛隊が派手にドンパチやれば、闇から湧いて来る食屍鬼も、必然的に自衛隊に目が行く。手薄になった別ルートから、私たちが突入すれば…!」


「なるほど、土岐救出の可能性が見えて来る。…和田さん!」


「そうだな、いけるかも知れない。それに、三ヶ所目の件だが、忍者よりももっと強い適任者に、心当たりがある」


 車はいよいよ、商店街から駅前へ。

第三セクターで運営される信越線で、北長野駅と三才駅との間に新設された徳間駅。

その駅前に建設中の立体駐車場が、拠点の一つだと加納は説明する。


クラリッタはご覧の通りの重武装、小隊支援火器も含め、歩兵10人分ほどの戦力。

和田は、愛用の刀を一振り、車のトランクに入れてあるとの事。

加納は完全に丸腰だが、それでもいけると言う。

驚いたクラリッタが、自分のベルトからナイフを抜き、聖書の一節が刻印された、破魔のナイフだと言って、加納に渡した。


車は建設中の立体駐車場前に止まり、三人はすぐさま、高いフェンスで囲ってあるその、入り口扉の前に立つ。


時刻は20時を回ったところ

街の人々は帰宅を終えて、優しい灯りの下で、団欒の火を灯している時間。

未だに空気がシンと、皮膚を冷たく撫でる4月の寒空の下、クラリッタたちは、突入すべきダンジョンを見上げた。


 五階建ての立体駐車場

まだそれは建設中で、むき出しの鉄骨の間を、冷たい風がびゅうびゅうと吹き抜けて行く。

見た目は何て事は無い、普通の建築工事現場なのだが、時折建物がブレたり、歪んで見える。

既に、その場が吸血鬼ウシュカに穢され、彼のフィールドと化しているのであろう。

まるでその空間のブレが、ウシュカの鼓動にも見えるほど、クラリッタたちには不気味に感じられた。


はあああああ…、


巨大なダンジョンを目の前にする三人。

一度深呼吸を行い、肺に溜まった空気を一気に吐き出す事で、ついつい恐怖心にかられて、浮き足立ってしまう自分を戒める。

和田が打診した「三ヶ所目の助っ人」は、準備を整え、今、拠点に向かっているそうだ。

そして連絡役の藤間橙子が、全ての部隊に、逐次進行状況を伝えてくれる。

一ヶ所目の拠点である、北部団地西地区のマンション新築現場に、たった今、自衛隊も到着し、突入を開始するらしい。

クラリッタたちも、残された時間を利用し、戦術確認を行った。


突入してすぐに、クラリッタのミニミ軽機関銃で制圧射撃を行い、一階フロアを制圧。

だが、制圧するのは一階だけで、後は一切振り返らずに、ひたすら上階へ昇る。

和田はそのまま一階フロアに残り、一階に降りて来て、敷地の外に出ようとする食屍鬼を阻止。

そして、クラリッタと加納は、和田に負担がかからない程度に、食屍鬼を排除しながら、

最優先事項である、玲一救出に向かう。


 もう、議論すべき時は終わった。互いがどれだけの能力を持つかの探り合いも終わった。プランも立った。


「Who dares wins!」


カチャカチャと、ミニミ軽機関銃のコッキングレバーを二回引き、弾薬を薬室に装填しながら、

鼻に抜ける様な、クセのあるイギリス訛りで叫んだクラリッタ。

それを訳すと「敢えて挑む者が勝つ」

それはイギリス特殊空挺部隊「SAS」の標語で、闘い抜く者、生死の極限に立ち向かう者の、心意気を謳っていた。


「和田殿、加納、行くぞ…! Kill of them!」


工事現場のゲートを開け、クラリッタたちは突入する。


パララララララッ!!ティリリリリリッ!!


ダンジョンに響く、ミニミ軽機関銃の乾いた炸裂音。

そして、空薬莢が地面にばら撒かれた際の、金属音のリズムがいよいよ、

人間も吸血鬼も、食屍鬼すらも関係無く、そこにいる全ての者達にとって、

生死を分かつレースが始まった事を、知らせていた。



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