塩を撒くだけの簡単なお仕事です
「ダンジョンよ、私は帰ってきた!」
あの失態から早三ヶ月。
経過観察という名の謹慎処分も終わり、私は再びスライムダンジョンへと帰還を果たした。
その間、恥も外聞も捨ててお父様やお兄様のご機嫌をとり、大人しく反省している殊勝な令嬢を演じきってみせたのだ。
「……お嬢様がまた奇行に走った」
一人で感慨に浸っていると、後ろからファナのあきれた声が飛んでくる。
ごめんて。
「ドリアよ。本日はシェルブール伯爵家の次女、リニア様が迷宮を見学される。探索者証を新たに発行してくれ」
閑散とした受付ロビーにガラルド隊長の声が響く。
今日の私はリーチェではなくリニア。
ドリアさんは若返る前の私を知っているため、今後はリニアの名を借りてスライムダンジョンを探索することになったのだ。
「リニア様の探索者証ですね、かしこまりました!」
ドリアさんは手続きを進めながら、こちらをチラッと見てくる。
その視線に一瞬心臓が跳ねた。
しかし何かに納得したのか、直ぐに視線を外す。
横には笑顔を貼り付けたファナ、後ろには腕を組んで佇むガラルド隊長。
たとえ疑惑を持ったとしても、この布陣では口に出せないだろう。
「リニア様、こちらが探索者証になります。どうぞ、お気をつけて!」
満面の笑みで見送ってくれるドリアさん。
私は子供らしい声で『ありがとう』と返してから迷宮へ向かった。
「今回は前回よりも多めに塩を搬入している。各自、撤収時間までには全て使い切るように。いいな?」
「「はっ!」」
迷宮の少し開けた場所で足を止め、ガラルド隊長が最終確認をした。
周囲を囲む騎士たちを見ると背嚢がいつもより膨らんでいる。
中身はもちろん生ハム加工用に仕入れた塩だ。
ありがとう商会長。
想定より大量の塩を仕入れてくれた貴方は、間違いなく最大の功労者です。
「作業を開始する。総員、配置につけ!」
ガラルド隊長の指示で本日の討伐作業が始まった。
今回は特に目標数を定めていない。
持ち込んだ塩が無くなるまで続ける予定だ。
「それにしても沢山いるね」
「んっ。魔石がいっぱい」
騎士たちが餌を撒き、天井から降りてくるスライムに対し塩を掛けていく。
スライムは次々と消滅していき、中級魔石がコロン。
それを回収してまた次へ。
その様子を眺めながら一匹ずつカウントを重ねていく。
七、八、九……そして、ちょうど十匹目を倒した時だった。
スライムが消えた跡に残されたのは、中級魔石と『虹色の液体が満ちた小さなガラス瓶』が一つ。
「お嬢さま。動かないで」
すかさずファナが前に出る。
彼女は卓越した水魔術士だが、それ以外にもアイテム専用の【鑑定】スキルを併せ持っている。
この世界でも極めて稀少な存在だ。
「――≪風の囁き、光の記憶、語られぬ理を我が眼に映せ≫」
「……」
「……」
「……結果は?」
「鑑定結果は【神薬アムリタ】。服用者の肉体を若返らせる効果を持つ薬。確か他領にある迷宮から発見報告が上がってたと思う。貴族であってもなかなか手が届かない額で取引されてたはず」
告げられた鑑定結果とファナの言葉に、周りの騎士たちの空気が揺れる。
なけなしの記憶によれば、それ一本で全盛期まで肉体が若返るとされる薬だ。その需要は計り知れないだろう。
「なるほど、これが伝説の秘薬ですか……。ははっ、不謹慎ですが楽しくなってまいりましたな! よしお前たち! 作業を続けるぞ!」
「「はっ!!」」
「みんな子供みたい」
「ふふっ、そうだね」
伝説の秘薬がドロップしたことで騎士たちのテンションが上がり、作業はさらに加速していく。
十五、十六……そして、二十匹目を倒した瞬間、再び虹色のガラス瓶がコロンと転がった。
「……アムリタ。もしかして十匹ごとに出る?」
ファナが事も無げに告げる。
それを証明するかのように、三十匹目でも同じガラス瓶が現れた。
目の前で次々と積み上がっていく伝説の秘薬。
最初はニコニコとしていた騎士たちも、五本目を手にする頃には若干引きぎみになっていた。
塩さえあればアムリタを取り放題。
こんなのが外にバレたら確実に戦争である。
くっ、なんて面倒なものを見つけてしまったのか。
一歩間違えればシェルブール領が滅びかねない劇薬の出現に、胃のあたりがキリキリしてくる。
「お嬢様、どうなさいますか?」
「えっ? もちろん続けますよ?」
「お嬢さま……」
ガラルド隊長は私の体調を心配してくれているようだが、作業を止めるなんてありえない。
この日のために三か月も大人しくしていたのだから。
その後も、七十、八十、九十……と順調に作業は進んでいき、ついに討伐数が大台に差し掛かる。
「九十九――次で百匹目だね」
スライムに塩が掛けられ、全員でその様子を見守る。
「お、おぉ!」
「隊長! 遺物です! 遺物が現れました!」
「う、うむ。お前ら絶対に触るんじゃないぞ? ロスナート嬢【鑑定】を頼む!」
「んっ、お任せ」
スライムが消滅した跡に残されたのは、ガラス瓶ではなく黒色のなにか。
それは二本の革ベルトがクラシカルな印象を与える四角い鞄だった。
「もしかして……、サッチェルバッグ?」
何故か遺物になった前世の一品。
どうやらこの迷宮はイギリスにあったらしい。
「鑑定結果【ディメンションバッグ】。おそらく空間拡張鞄。収納容量は私の恩恵じゃ測定不能。国の宝物庫に眠っていてもおかしくない遺物」
「なんだと?」
その言葉に釣られ、バッグの元へとガラルド隊長と騎士たちが駆け寄ってきた。
周囲に人が集まったのを確認すると、ファナは鞄の蓋を開ける。
その場にいる全員が言葉を失った。
開口部の向こう側には仕切りも底もなく、ただ無限に続くかのような漆黒とそこに瞬く無数の星々が広がっていた。
見た目はサッチェルバッグ。
中身は宇宙。
その正体は『マジックバッグ』ということらしい。
百連討伐でこんなアイテムが出るなんて……もしやこのダンジョン、大当たりなのでは?
「まさかお伽話に出てくるような遺物をこの目で拝むことになるとは。お嬢様、スライムの討伐方法とアムリタに続く成果ですぞ」
ガラルド隊長が慎重に鞄を手に取り、感嘆の声を漏らす。
「これがあればアムリタと中級魔石を隠して持ち帰れます。これだけの量を運び出せば人目に付く危険がありましたが、これ一つで万事解決ですな」
これにはファナも同意見らしく、手際よく大量の魔石とアムリタの瓶を騎士たちから回収してバッグの中へと仕舞い始めた。
全てが吸い込まれるように消えていく。
国宝級のお宝らしいが、こう見るとそれも頷ける。
戦場にこんな物があったら反則もいいところだ。
「ガラルド隊長。残り五十袋分の作業をお願いします」
「はっ! お前たち、手を休めるな! 次だ次!」
ガラルド隊長が次の指示を出す。
騎士たちはそれに応じ、再び規則正しい作業音が響き始めた。
すでに常識外れの収穫を得たというのに、私含めこの場にいる全員が次のドロップに期待している。
「ファナ。人の欲って計り知れないね。こうやって、いつの日か大量のハムスターが滑車を回すんだろうなぁ」
「えっ……?」
遠くない未来、死んだ目をした探索者たちが延々と同じ魔物を狩り続ける姿を幻視して、心の中で重い息を吐いた。




