塩が足りない
ペシッ、ペシッ。
「(ぷるんっ)」
ペシッ、ペシッ。
「(ぷるるんっ)」
ベッドの上で、一生懸命グミを叩く。
何故かって?
こうするとグミが喜ぶのだ。
もしかしたらマッサージだと思っているのかもしれない。
「もういいでしょう? 手が疲れたよ……」
と言いつつ、小さくなった手のひらでグミの表面をペシペシ。
「(ぷるんっ!)」
いい歳した女が何をしているのかと思われそうだが、今の私は呪いの経過観察という建前の下、謹慎中。
グミと戯れるくらいしかすることがない。
「こんなことしてる場合じゃないのに……」
自室の窓から外を覗けば、ルマリアの整然とした街並みが広がっている。
青空の下、光芒を映す長閑な景色。
子供たちは街を駆け回り。
大人たちは仕事に精を出す。
そんな平和な光景を前に私が今考えていることといえば、理想の結婚相手のことでも綺麗なドレスのことでもなく――
塩の仕入れ方法だ。
自分でも『頭おかしいのでは?』と思う。
けれど、スライムダンジョンから魔石を得るためには、どうしても莫大な量の塩が必要なのだ。
理由もなく塩の買い付けを増やせば周囲から不審に思われる。
余計な勘ぐりをさせないためにも正当な理由が必要だった。
窓辺に立ち、シェルブールの特産品や産業を頭の中で整理し始める。
我が領の強みは?
真っ先に思い浮かんだのは広大な牧草地で育てられている家畜たち。
特に領内の養豚業は盛んで、肉のクオリティも高い。
「塩……大量……肉に塩……肉と塩……加工品?」
生ハムはどうだろうか?
長期間の塩漬けと熟成が必要な生ハムなら製造の過程で大量の塩を使っても不思議はない。
これなら塩の買い付けに正当性が保てるし、使い道を悟られるリスクも減らせる。
「後はお父様と相談だね」
計画の骨子をまとめてから執務室へと向かい、警護中の騎士に取次ぎを頼んで入室する。
室内にはお父様とお兄様がおり、世間話を交えつつ豚肉の加工による新たな産業の育成とそれに伴う塩の定期調達について提案してみせた。
「なるほど、塩の用途を隠すための加工品か。そこに手を出すのはまだ先のつもりだったけど……良い機会かもしれないね」
「父上。リーチェの案であれば領の予算を動かす大義名分が立つのでは?」
「そうだな。ヘリンズ、直ちにリンブルス商会へ連絡を」
プレゼンは無事に成功し、お父様とお兄様は実務的な段取りを整えるべく御用商人へと繋ぎを取ってくれた。
「リーチェ。ついでに衣服も新調しようか」
「あ――」
忘れてた……
「それではお嬢様、また後ほど」
商会長は慇懃な挨拶を終えると、使用人に案内されて執務室へ入っていった。
その後ろ姿を見送り、彼が連れてきた仕立て職人たちと一緒に空いている個室へと移動する。
「失礼いたします、お嬢様。少し腕を上げていただけますか?」
メジャーを持った職人の手が私の体を滑る。
その際、職人の一人が一瞬だけ眉をひそめたのが分かった。
随分と体つきが幼い――とでも思っているのだろう。
心の声が聞こえる訳ではないが、あながち間違ってもいない気がする。
もちろん彼女たちが私の体型について余計な詮索をすることはない。
することはないが……
「お嬢様、まずはこちらの項目からお選びください。お肌に優しい素材のもので揃えておりますので」
差し出されたのは一冊のカタログ。
それも可愛らしいフリルやリボンがあしらわれた下着が載っている――ジュニア向けカタログだ。
めちゃくちゃ気を遣われている。
思わず元の体格を主張したくなる衝動に駆られるが、必死に堪えた。
今の状態でそんなことを主張しても、憐れみの眼差しを向けられるだけだ。
引きつりそうになる頬を何とか抑え、お淑やかな微笑を貼り付ける。
そして、なるべく大人びたデザインの下着を指差した。
職人たちの目はとても優しかった。
「お嬢様、お待たせいたしました。奥へどうぞ」
個室を出て、執務室へ戻る。
そこにはお父様とお兄様、そして先ほど挨拶を交わした商会長がソファに腰掛けて談笑している姿があった。
お父様の隣に座り、背筋を伸ばして姿勢を整えると、商会長との世間話もそこそこに本題を切り出す。
「我が領の豊富な豚肉を使って最高級の生ハムを生産しようと考えております。肉の加工には多くの塩を使いますから、商会長には塩の定期的な調達をお願いしたいのです」
その言葉を聞いた商会長は、すぐに頭の中でそろばんを弾いたのであろう。
満足げに笑みを浮かべた。
「ほう、生ハムですか。なるほどなるほど。確かにシェルブール領の肉質ならば、他領のものより高い利益が見込めそうですな。そのために大量の塩を継続して購入していただけるとあらば、我々リンブルス商会としては願ってもないお話です」
お父様はその言葉に頷くと、商会長へ向けて語った。
「これは我が領の新規事業となる。定期的な調達先の確保を優先で頼むよ。予算が足りないようであれば、こちらからも手を回そう」
「承知いたしました、閣下。さっそくそのように手配いたします。最高の塩を安定して供給できるよう全力を尽くしましょう」
根回し済みとはいえ、あっけなく商談は成立。
会長は深々と一礼すると、静かに退室していった。
「これで堂々と塩を調達する理由が確保できたね。これなら他者に感づかれるリスクも減るだろう。リーチェ、よくやったね」
「ありがとうございます。これもお父様とお兄様のご協力があってこそです」
誇らしげに笑うお兄様に向け、こちらも笑顔で返す。
ただ、内心では別のことで頭が一杯だった。
塩を大量に調達する目途は立ったが、私はそれを噂の検証のために使いたいと考えている。
対してお父様とお兄様の目的は魔石の安定供給だろう。
全てを賄えるだけの塩が手に入るかは神――いや、商会長頼みだ。
とはいえ、ここで余計なことを言うのも野暮というもの。
楽しそうに会話を続ける二人の邪魔をしないよう、私はそっと一礼してから執務室を後にした。




