次元と名付ける勇気はなかった
「リーチェ……その……ずいぶんと可愛らしい姿になったね?」
私の姿を見たお父様は、絞り出すような声でそう言った。
「ご心配をおかけして申し訳ありません、お父様。少しばかり……少しばかり縮んでしまいました」
城内にあるプライベートな食堂。
家族だけの会食の席で、ドレスの裾を摘んで小さく震える。
幸い、城に戻ってすぐに妹のドレスを借りられたため、服に溺れるような見苦しい姿を晒さずに済んだ。
だが、妹のドレスがジャストサイズなことには内心で絶望している。
とはいえ服を着ていられるだけまだマシ。
ダンジョンからの帰り道はそれはもう地獄だった。
体が縮んだせいで着ていたドレスと下着はダブダブ。
歩くたびに布地がズルズルとずり落ちてくる恐怖。
もし万が一があれば……社会的に死んでいただろう。
下着とドレスを必死に押さえながらすり足で移動する様は、とても貴族令嬢の姿ではなかった。
「あはは! お姉様、ちっちゃーい! !」
「ふぐっ!?」
背後からガバッと抱きついてくる妹のリニア。
小さくなった私を人形のように抱きしめて撫で回してくる。
「リニア、あまりリーチェを困らせてはいけないよ。それにしても、どうしてこんな無茶を……」
お兄様が青ざめた顔で頭を振る。
「無茶では済まないね。もしファルミナの魔術が少しでも遅れていたら……リーチェはこの場にいなかったかもしれないんだよ?」
お父様が私に向け、悲痛な声で話す。
「お嬢さまは自身の命に対して無防備過ぎます。次は私が手足を縛ってでも止めますので」
ファナにも釘を差されてしまった。
「ぐぬぬっ……」
彼女は主人である私を敬愛してくれているが、今回のような命に関わることについては一切の容赦がない。
今も壁際でお怒りモードだ。
「まったく……王都にいる母上が帰ってきたら卒倒してしまうんじゃないかい?」
厳格なお母様が倒れる姿なんて到底想像もつかないけれど、あながち冗談とも言い切れない。
もしこのことがバレたら――
「(ぷるっ?)」
恐怖に震える私の横で、連れてきたスライムは暢気に食事を平らげていた。
「あ、この子すっごく綺麗! 見て見て、お姉様!」
そんなスライムを妹がツンツンと突き始める。
本当にリニアは物怖じしない。
一体誰に似たのだろうか?
一瞬だけ般若の顔をしたお母様の姿が頭に浮かび、慌てて首を振った。
「……さて」
お父様がテーブルの上に両肘を突き、顔の前で手を組む。
ここからは領主として話をするのだろう。
場の空気がぐっと引き締まる。
「まず迷宮にいるスライムについてだ。塩を掛けるだけで消滅して、中級魔石を落とす……間違いないね?」
「はい。スライムの迷宮にてこの目で確認しました。ディメンションスライムという種族自体が塩を弱点としているようです」
「……父上、これは不味いです」
お兄様が真剣な顔つきで身を乗り出す。
「ただでさえ、シェルブール領は経済面で他領より秀でています。私たちが安全に中級魔石を調達できる手段を得たとなれば、軍備の増強を企てている等といった事実無根の流言に晒されかねません」
「ああ。他派閥の貴族たちからは何かしらの突き上げを受けるだろうね。それに、今の王家ならシェルブールへの危機感を煽りかねない。最悪の場合は政治的に孤立させて多方面から同時に潰しにくるなんてことも考えられる」
重苦しい言葉の数々に、背中に嫌な汗が伝うのを感じる。
ここは元居た世界とは違って、暗殺が挨拶のように飛び交う異世界。
絶妙なパワーバランスで成り立っている貴族社会だ。
大きな利益を得ようとすれば、それに伴う危険も増えるということなのだろう。
「すぐに判断できることではないね。この件は僕が預からせて貰うよ」
お父様がこの場にいる全員に視線を向けた。
もちろん反論はない。
「それと、そこのスライムについてはリーチェの身代わりになっている以上、野放しにすることはできない。ペットとしてこの屋敷で飼うしかないだろう」
「やったぁ! お姉様、この子の名前はなんていうの? ずっとディメンションスライムなんて呼ぶのは可哀想!」
確かに。
これから一緒に暮らすなら、ちゃんとした名前が必要だ。
「そうだね……『グミ』っていうのはどう?」
「グミ? うん、いいよ! よろしくね、グミ!」
「(ぷるんっ)」
妹から名前を呼ばれると、ディメンションスライム――もといグミが縦にみょんみょんと伸び縮みした。
お気に召したのだろうか?
ディメンションだし『ジゲン』でも良かったのだが、なぜかハードボイルドな感じがして止めた。
なぜだろう?
しかし、妹の反応を見るに『グミ』で正解だったようだ。
私が撫でると、グミは私の手にすり寄ってくる。
ひんやりしていて気持ちいい。
「あっ……そういえばお父様。こちらへ戻る途中にガラルド隊長や騎士の方々とお話をしたのですけど。なんでも最近、他領の探索者たちの間で奇妙な噂が流行っているらしいのです」
「奇妙な噂?」
父が組んでいた手を解き、こちらに視線を移す。
「同種の魔物を連続で倒し続けると、普段なら絶対に落とさないような珍しい遺物を落とすのだとか。そのことを騎士の方々が噂話として耳にしたようなのです」
「魔物の連続討伐……それは確かかい?」
会話に入ってくるお兄様。
どうやらこの噂に興味があるらしい。
「はい。実際に物好きな探索者が試したそうで、本当に貴重な遺物が落ちた実例があるようです。もしかしたら、迷宮にはそういった隠された法則のようなものがあるのかもしれませんね」
おそらく、ゲームでいう『レアドロップ』の類。
同種の魔物を連続で討伐することによって『チェインボーナス』のような補正が掛かるのだろう。
探索者は現れた魔物を手当たり次第に倒すのが普通だし、目的もなく特定の魔物だけを狙って狩ることはしないはず。
一体誰がそんなことを始めたのか知らないが、よく気付いたものだ。
「それが事実なら見過ごすわけにはいかないね。いやはやスライムの件といい、こうも常識を覆す発見が続くとは」
おや? お父様の反応は悪くなさそう。
これはいけるのでは?
「お父様の仰る通り、当家としましてもその噂が本当かどうか実際に確かめてみるべきかと。そのためにも……私、もう一度迷宮に潜ります!」
「「ダメに決まっているだろう!」」
「ありえません、お嬢さま」
「ぐぬぬっ……」
お父様とお兄様、そしてファナの声が食堂に響いた。
「体が縮んだばかりで何を言っているんだい?」
「しばらくは大人しくしていなさい。他に異常が出ないか観察するのが先決だよ」
「お嬢さま。再び迷宮に行くにしても、すぐに行動するのはありえません。体の勝手も変わっているのですから、いざというときに動けなくなったら危険です」
「――アッハイ」
ダメだ、この三人を相手にするのは分が悪い。
ダンジョンに潜るのは暫くお預けになりそうだ。




