お嬢様はスライムを飼育したい
破れかぶれとでも呼べそうな『なんとかなるさ』の精神で、私はパッケージされた塩の袋を破って、その中へと掌を突き入れた。
「……お嬢さま?」
ファナの訝しむ声が鼓膜を叩く。
ガラルド隊長をはじめとする騎士の面々も、一様に困惑とドン引きが混ざった視線をこちらに向けている。
こいつなにしてんだ? ――と。
別に私は遊んでいるわけじゃないんだよ。
これでも真面目に検証中なのだ。
心の中で弁明するが、彼らに伝わることはない。
それにしても、意外と大丈夫なものだ。
もう少し奥まで突っ込んでみても良いかもしれない。
最悪、呪いが発動したとしてもスライムが引き受けてくれるだろう。
そう確信を深めた直後のこと。
「ッ……!?」
内臓が裏返るような猛烈な痛みが全身を駆け抜ける。
ガタガタと視界が目まぐるしく揺れ動き、自分の視点がみるみるうちに低くなっていく。
慌てて傍らのスライムを見るが、美しく輝くソレは穏やかに短剣を食べるだけ。
おそらくスキルそのものが機能していない。
もしかして、外部からの呪いではなく自前のスキルだから身代わりの対象外?
(……オワタ)
それに気づいたときには、着ていた豪奢なドレスの胸元がガバガバになり、裾が地面へと派手に広がっていた。
「お嬢さま!!」
異変を察知したファナが、凄まじい勢いで飛び込んでくる。
彼女は迷うことなく袋を叩き落とすと、即座に詠唱を始めた。
「≪集うは清冽の青、揺蕩う泡沫よ、水神の慈悲を以て、洗い清めよ≫!」
水の魔術が両手を洗浄し、瞬く間に塩の結晶が洗い流されていく。
それと合わせるように、感じていた痛みもピタリと止まった。
それは僅か数瞬の目まぐるしい展開。
あと数秒ファナの判断が遅れていたら本当に消滅していたかもしれない。
その事実に冷汗が流れる。
びしょ濡れになった自分の手を見つめた。
……小さい。
指が短く、普段よりも丸みを帯びている。
おそるおそる自分の胸元へと視線を落とすと、私は心の中でため息をついた。
そこにあったのは、サイズが合わなくなって緩んだ下着と、すっかり縮んでしまった胸元。
上げるも寄せるも生地が余ってしまっている。
せっかくプロポーションが整ってきたというのに、何が悲しくて昔の体形に戻らなければならないのか。
自業自得?
反論の余地もありません。
「はっ!? もしかして!」
ダブダブになったスカートの裾を持ち上げ、自分の脚を見下ろす。
そして再びショックに打ちのめされた。
全体的に体が小さくなったはずなのに、幼い頃からずっと気になっていた太腿の太さだけが細くならずにしっかりとしたままだ。
神様、少しは引き締めてくれても良かったのではないでしょうか?
「お嬢様、お怪我はありま――って、えええ!?」
駆け寄ってきたアセロラが硬直した。
ガラルド隊長も顎が外れそうなほど口を開けている。
無理もない。
先ほどまでほぼ大人だった人間が、一瞬で少女の姿にまで退行してしまったのだから。
「ファナ。助けてくれてありがとう。危機一髪だったよ」
現状に目を逸らしながらお礼をするが、ブカブカの袖口から覗く小さなおててが全てをダメにする。
「お嬢さま、その姿はなに? それにこの状況は……」
ファナのジト目が私を射抜く。
これは私が原因だとバレているパターンだ。
まぁ、実際そうのだが。
観念して正直に説明するしかない。
「実はそこのブラックスライム――正式には『ディメンションスライム』っていうらしいんだけどね、その子と私の恩恵が入れ替わったんだよ」
「恩恵が入れ替わった?」
「うん。私の恩恵がスライムに渡って、代わりに【胎海ノ塩】っていう恩恵――もとい、呪いを押し付けられたみたい。効果は大量の塩分に接触すると消滅する呪いかと思ってたんだけど……体験した感じ、超高速で若返る呪いみたいだね」
そこまで説明すると、ガラルド隊長が険しい顔で眉根を寄せる。
「お嬢様の恩恵の効果は途切れたのですか?」
その疑問に、ブカブカになったドレスの裾をいじりながら弱々しく応えた。
「いや、恩恵の効果自体は切れてないよ。憶測だけど……【胎海の塩】は他者から受けた呪いじゃなくて自身が持つ呪いだから恩恵の対象外になってしまったんじゃないかな? だからこそ、塩の呪いがスライムに移らずに私の体が縮んだんだと思うよ」
一通りの説明が終わると、そこには凍り付いたような沈黙が下りていた。
冷え切った空気の中、ファナとガラルド隊長はゆっくりと視線を交わす。
「「……お嬢さま」」
二人の地を這うような低い声。
「な、なんでしょうか!?」
身体が縮んだせいか、いつもの倍くらい威圧感を感じる。
思わず背筋を伸ばしてしまった。
「お嬢さまなら自身が消滅する可能性も考えてたはず。その上で危険な実験に手を染めたの?」
「一歩間違えれば、お生まれになる前まで還ってしまい、この世から消え去っていましたな……ご自分の命をなんだと思っていらっしゃる!」
正論の往復ビンタ。
いつもは死んだ魚のようなファナの目が本気だ。
ガラルド隊長にいたっては、大きな身体をさらに大きくして、強烈な視線を向けてきている。
「うぅ……ス、スライムに渡ったスキルがあればなんとかなると思ったんだよ」
縮んだ身体をさらに小さく丸め、ドレスの中に埋もれながら平謝りする。
かつてこんな情けない伯爵令嬢がいただろうか。
います、私です。
お説教が迷宮内に響き渡る中、ふと足元に目をやると――
スライムが、餌用に用意した短剣を実においしそうに完食しようとしているところだった。
食べる速度は遅いが、鋼鉄の刃がまるでラスクかなにかのように小気味いい音を立てて消えていく。
(……ここに置いていくわけにはいかないよね)
お説教の嵐を浴びながら、私は冷静になって考える。
現状、このスライムは私のスキルを所持している。
ここで別れてしまえば、二度と【スケープゴート】というスキルは私の元に戻ってこないだろう。
もう一度スライムの特性を発動させることでスキルが戻る可能性を考えれば、この個体を野放しにするのは論外。
なにより、私の身代わりなのだから常に目の届く場所に置いておきたい。
考えが纏まり、私はお説教を続けるファナの服の裾をちょんちょんと引っ張った。
「ファナ……ガラルド隊長……」
「なに? まだお説教の最中」
「この子、飼いたい」
指差す先では、短剣を綺麗に平らげたスライムが、満足そうにプルルンと身震いしていた。




