side 支部長
館内の広場を抜け、細長い通路を歩きながら制服の襟元を緩める。
気の抜けない来客に対応したせいで今日の機嫌はすこぶる悪い。
通路の一番奥にある扉を開けると、書類を整理していた部下がペンを置いて顔を上げた。
「お疲れ様ッス、ドリア支部長。今日はずいぶんご機嫌ッスね。何か良い事でもありました?」
今の不機嫌な顔を見て「ずいぶんご機嫌ですね」と言い放つ部下に若干イラっとしたが、生憎と怒る気力も残っていない。
「お疲れ様。……シェルブール家が新しい動きを見せたのよ」
自分の椅子に腰掛け、手元の書類をトントンと揃えながら話を切り出す。
「シェルブール家の次女が新しく探索者登録をしにきたわ。護衛の騎士をぞろぞろ連れてね」
「シェルブール家のご令嬢ッスか……。なんでまた」
「さぁ? 次女――リニア嬢とは話さなかったし、周りにいた騎士たちもだんまりで何も分からなかったわ。それより聞いてよ! そのリニア嬢なんだけど、姉のリーチェ嬢にそっくりだったの。ああいうのを生き写しって言うのね、驚いたわ」
その言葉に、部下が興味深そうに目を輝かせる。
「へぇ、双子ちゃんでもないのに珍しいッスね。そもそも、お姉さんってどういった人なんですか? 噂じゃドえらい美人って聞きますけど」
「【エン・デオビアの花】なんだから当たり前でしょ。まぁ、実際に見て話した感じではどこにでもいるお嬢さんね。美人っていうよりも可愛らしい娘だったわ。胸は全然可愛らしくなかったけど……」
「へー、そうなんスね。ところで【エン・デオビアの花】ってなんスか? 確かリーチェ嬢の渾名は【ドラゴンスレイヤー】だったはずでは?」
「……嘘でしょ?」
思わず声が出る。
まさか自分の部下がそんなことも知らないなんて。
「【エン・デオビアの花】って言うのは、王国内の、それもわずか四人の美姫だけが名乗ることを許された名誉のことよ。そしてこの国の王侯貴族にとって【エン・デオビアの花】を娶ることは一種の誉れなの。だから、間違っても人目がある場所でリーチェ嬢を【ドラゴンスレイヤー】なんて呼んだらダメよ?」
確実に死ぬから。
私の場合は彼女の為人を計るためにわざと本人の前で口にしたけど、それは逃げられる算段があったから。
なんの対策も無しに口にすれば、シェルブール家の使用人に消されるだろう。
特にあの侍女は危険だ。
これまでに何人殺ってるか分からない。
「なるほど!」
「絶対分かってないでしょ?」
残念ながら目の前の部下はアホの子だ。
きっと明日には忘れている。
「……そういえば、彼女の髪も黒だったわね」
「え? 急になんスか?」
一度言葉を切り、椅子の背もたれに体を預けて部下を見つめた。
「貴女も知ってると思うけど『魔術の才を得られなかった人間は髪の色が変色して黒になる』でしょう?」
「もちろん知ってますけど。あぁ、リーチェ嬢ッスか?」
「それもあるけど……恩恵を授かるのって確か十五歳からよね? 今まで例外とかあった?」
「いえ、自分の記憶にはないッスね」
「そうよね。でも――リニア嬢の髪色がリーチェ嬢と同じだったのよ」
つまり黒。
「妙だと思わない? 探索者証を作成したときに調べたんだけど、リニア嬢って今年十二歳らしいの。つまり、儀式前に髪の色が変色しているのよ。シェルブール家が非合法な手段で早期に儀式を行った? それともあの少女に秘密がある?」
あるいは……
「ふむふむ、リニア嬢に不自然な現象が起こっていると。少し調べてみる必要がありそう――って、あっ! 調べると言えばリーチェ嬢が授かった恩恵の件はどうなったんスか? 調査担当はドリア支部長ッスよね? 報告はまだかってせっつかれてるんですけど!」
その言葉に、嫌なことを思い出して苦い顔をする。
「……協力者を通じて教会内部に探りを入れさせたわ。けど、あそこの情報を調べてもリーチェ嬢の恩恵に関する記録が一切残ってなかったのよ」
「残ってない? 伯爵令嬢の情報が?」
「王国も教会も極度の魔術主義でしょ? 魔術に関する恩恵の詳細や、その所持者についての情報は目の色を変えて集めるくせに、それ以外の恩恵についてはどうでもいいと考えてるのよ。情報の取り扱いが杜撰過ぎるだけじゃなく、追跡すらしていないとか……まったく役に立たない組織だわ!」
舌を鳴らし、教会の怠慢さに悪態をつく。
せっかく内部の協力者を使って手を回したというのに、肝心の情報が掴めないのは本当に腹が立つ。
思い出すのも嫌なので、別の懸念へと話を移した。
「そういえば、貴女と共有しておくべき話があったわね。なぜ最近になってシェルブール伯爵家の人間が迷宮へ訪れ始めたのか」
その件に関しては部下も同じ疑問を抱いていたようで、腕を組んで頷いた。
「そもそも迷宮なんて貴族のご令嬢が進んで来るところじゃないッス。何か特別な素材でも探してるんですかね?」
「スライム迷宮で? ナイナイナイナイ、有り得ない。倒せないスライム相手にどうやって素材を集めるのよ」
「うーん、確かに!」
この子……本当に大丈夫だろうか?
「とはいえ、ただの見学にしては妙な点があるのも事実。私が受付で直接感じた違和感なんだけど……彼ら、つまり護衛の騎士たちが背負っていた背嚢ね。行きはどれもパンパンに膨れていたのに、迷宮から帰るときには綺麗さっぱり萎んでいたわ」
部下が怪訝そうに眉をひそめる。
「探索者なら迷宮に潜る目的は戦利品の回収ッスから、帰りの荷物が増えるのは道理ですけど……違うんスよね?」
「ええ。あの一団は大量の物資を迷宮内部に持ち込んで、それを消費してから戻ってきてるようなの。中で一体何をしてるのかしらね?」
部下との間に短い沈黙が流れる。
直後、彼女は何かを思い出したようにポンと手を叩いた。
「そう言えば支部長。領内の仲間からちょっとした連絡が入ってるッス。近々シェルブール領内に生ハム工場が建設される予定だそうで、それに付随してシェルブール家が塩を大量に購入しているらしいって」
「生ハム? 塩? 何の話?」
意味が分からず首を傾げた。
伯爵令嬢の迷宮見学、騎士たちの膨れた背嚢、そして生ハム工場の建設予定と大量の塩。
もしかして、全部繋がってる?
「…………」
「…………」
再び訪れた沈黙。
ひとしきり思考を巡らせ、私はフッっと息を吐いて失笑した。
「いやいや、無いでしょ。あの背嚢の中が塩? 貴女、面白いこと考えるわね」
「そうッスか?」
「シェルブール家が多額の予算を投じて迷宮に塩を運び込んでる? 加工品で周りの目を欺いて? 一体なんのために?」
そんなの、笑い話にもならない。
「加工品に大量の塩が必要なのは当然だし特に怪しいところはないわ」
「迷宮の件とは時期が重なっただけッスかぁ。結構いい線だと思ったのに~」
その後も二人であれこれ話し合ったが、リニア嬢のことも背嚢のことも結局は分からず終い。
シェルブール家による塩の輸入も経済活動の一環としてまとめた。
――これ以上の追求は不要。
それが私の下した判断だった。
「軍事的脅威や、政治的な裏はなし。現状で掴めている情報を整理して、本国への報告書を作成するわ」
「了解ッス。すぐに書面作っちゃいますね」
「ええ、お願い。さっさと終わらせて飲みに行くわよ」
私たちは滞りなく仕事を終わらせ、執務室の明かりを落とす。
まさか部下の予想が当たっているなどとは夢にも思わず、今日もまた、的外れな報告書を送り出した。




