討伐報酬とパーティー制限
夕食後のひととき。
まだ夜の帳が降りたばかりの時間だというのに、ルマリア城の一室では窓のカーテンが重々しく引かれていた。
「さて、リーチェが再び迷宮に潜ってから一週間が経った。これが今日までに現場から送られてきた成果物だ」
お父様が机の上にいくつかの品を並べていく。
そこに置かれたのは、騎士たちが背負っていたものによく似た背嚢。
そして――見るからに上質な生地で作られた、スポーツブラ、ショーツ、ブリーフの【下着セット】だった。
お父様は片手で額を押さえ、溜め息まじりに口を開く
「スライムの十連続討伐毎にアムリタ。さらに百匹、二百匹と討伐を重ねると、これらの遺物が確実に落ちるようだ。正直この水準の遺物が量産されるのは常識外れ過ぎて対応に苦慮する。事前に漏洩対策を講じたのは正解だったようだね」
その言葉に、隣に立つお兄様も険しい表情で続ける。
「……確かにこれは予想を超える事態ですね。ですが、そのお陰というべきか、前線で作業している面々にはこの【背嚢型の空間拡張鞄】が行き渡りました」
お兄様の話に小さく頷いて見せたお父様は、机の引き出しからもう一つ別のバッグを取り出す。
それは前回の探索時にドロップし、その後にサンプルとして回収されたサッチェルバッグ型のマジックバッグだった。
「へリンズも言ったように、現場には空間拡張鞄が行き渡った。これはリーチェが使いなさい」
「よろしいのですか?」
「リーチェが持っているのが一番自然だし、何よりよく似合っている。周囲の人間が見ても『少し変わった形状の鞄』くらいにしか思わないさ」
確かにこの鞄を見てマジックバッグに結びつける人間はいないだろう。
私は『それなら……』と、マジックバッグを受け取った。
「さて、次だ。スライムを二百匹討伐したことで現れたのが、ここにある下着類なのだが……調べたところ裏地が異空間に繋がっている――言わば、下着の形をした空間拡張鞄らしい。ガラルドからの報告によれば、騎士たちが『これで鎧を着用したままでも用を足せる!』と騒いでいるので、早めの配備を求むとのことだ」
これにはお父様も困ったように苦笑いを浮かべる。
まさか魔石を探しに行った騎士から下着の配備を求められるとは、思っても見なかったのだろう。
「……下着の遺物と聞いて最初はふざけているのかと思いましたが、危険地帯でも装備を脱がずに用を足せるのであれば、かなり有用ですね。今までは作戦行動中だと垂れ流しも珍しくありませんでしたし、これがあれば兵の負担も減るでしょう。こうなるとブラについても早急に検証をしたいところですが――」
私は手にした鞄を抱えながら、思わず遠くを見つめてしまう。
お父様とお兄様が大真面目な顔で下着について語り合っている。
言っていることは理解できるのだが、その光景のおかしさに吹き出しそうになる。
しかし二人が言うように、迷宮や戦場で排泄のストレスが消えるなら神アイテムなのかもしれない。
拭けないのは難点だが、命には代えられないだろう。
下着談義が目の前で繰り広げられる中、それまで背後に控えていたファナが進み出た。
「旦那様、ヘリンズ様。今話題に上がったブラについてですが、検証のために私が着用しております」
「ほう……。それで、使用してみた感想は?」
前世ならアウトとも取られそうなやり取りだが、今は真面目な会談中。
ファナは表情一つ変えずに言葉を返した。
「実用的、の一言に尽きます。今までは給仕や戦闘の際に衣服の突っ張りが動作の妨げになっていたのですが……膨らみが収まったことで、負担が少なくなりました。重さ自体は変わりませんが、確実に女性騎士たちの運動性能は向上するかと」
「なるほど、それは素晴らしいね」
お父様とお兄様は感心した様子で、並んだ下着を見つめている。
そんな男性陣を横目に、ファナが私の方へとわずかに身体を向けた。
そして自身の胸元に手を当て、耳元で囁く。
「お嬢さまも迷宮で活動されるのであれば、着用してみてはいかがですか?」
「……そうだね。考えて見る」
ファナを観察すると、いつもは上着がパツパツできつそうだったのに、その状態が解消されて驚くほどスレンダーになっている。
私もまた数年すれば元の体型に戻るだろう。
今から着用するのもありかもしれない。
とはいえ、お父様とお兄様がいるこの場で『じゃあ私も一枚』と下着を回収するのは、いくらなんでも羞恥心が勝つ。
後でファナからこっそり受け取ることにしよう。
内心でそんな段取りを考えていると、お父様が手元の報告書へと視線を戻し、再び声を低くした。
下着についてはこれで終わりのようだ。
「次の話だが――現場から一つ不可解な報告が上がっている。報告書によると、スライム討伐の効率を上げるために騎士の数を増やして作業にあたったところ、遺物の出現が完全に止まったそうだ。その後、不審に思ったガラルドが人数を減らして迷宮へ再突入すると、再び遺物が落ちるようになったらしい」
その報告を聞いたお兄様とファナが謎の現象について考え込む。
お父様に詳しく訊いてみたところ、騎士隊が十人で迷宮に入るとアイテムドロップが止まり、六人に減ったら再び落ちたとのこと。
より具体的な数字を聞いた私は、ピンッときた。
――パーティー制限だ。
よくよく考えると、前回の探索では複数人で作業していたのに、スライム討伐のカウントは共有されていたように思う。
私は手に持ったバッグを抱え直して、口を開く。
「お父様、お兄様。もしかしたら、迷宮に複数人で入場したことによって迷宮が私たちを『ひとつの共同体』として認識しているのではありませんか? そして、それには上限人数があるのでは?」
「共同体?」
お父様とお兄様、そしてファナまでも怪訝そうに眉をひそめる。
「はい。前回の探索では七人で問題ありませんでした。ですが今回。作業人数が十人に増えたことで規則から外れてしまい、遺物の出現条件に抵触してしまったのではないでしょうか?」
「なるほど……報告にあった人数の増減による成否も、その境界線を跨いだゆえの現象か。リーチェの考察なら間違いないだろうけど、今後の探索のためにも騎士たちを使って試しておいたほうが良さそうだね」
「はい。それと――」
さらにもう一つの考えを付け加える。
「連続討伐の記録ですが、おそらく何処かで初期化されている可能性が高いです。例えば『日を跨ぐと討伐数が最初からになる』とか。ですので、日を改めれば何度でも空間拡張鞄や下着を狙い直すことができるのではないでしょうか?」
「そうか……今までに鞄や下着が何度も出現した理由はそれか」
正直、これが意味する経済的な価値は一貴族が抱えていい規模を軽く超えている気がする。
なにせアムリタもマジックバッグも取り放題だ。
後はお父様とお兄様次第。
私はこれ以上出しゃばるのが怖いので口を紡ぐ。
これだけ色々と説明したのだ、お父様とお兄様はこれからの活動方針についてすぐに議論へ移るだろう。
となれば、ここにいても邪魔になるだけだ。
「お父様。お話の途中で申し訳ありませんが……夜も遅くなってまいりましたので私は部屋へと戻ります」
「ん? あぁ、まだ身体も完全に休まっていないというのに、こんな時間まで付き合わせて悪かったね。お陰で助かったよ。ここから先は私とヘリンズで進めるから、リーチェは部屋に戻ってゆっくり休みなさい」
「はい、お父様。お兄様も、おやすみなさい」
自室に戻り寝衣に着替えると、そのままベッドに潜り込む。
そしてフカフカの布団に包まれながら新しく手に入れたバッグを撫でた。
手で荷物を持つことの無い私には無用の長物だが、異世界の定番アイテムが手に入ったのは何気に嬉しかったりする。
ポーションや食料を入れておけば、探索者っぽさが出るだろうか?
ベッドの中で静かに目を閉じる。
(次の目標は三百連報酬かな? 奇妙な遺物が増えないと…いいけ…ど……)
枕にしたグミの柔らかな感触に、私は心地よい眠りへと誘われていった。




