十番坂48°
「お嬢様。本日の討伐目標は三百匹でよろしいですかな?」
「うん。次は何が出るのか楽しみだね」
三度やって来た迷宮探索。
目的は新たな連続討伐報酬を手に入れること。
今回スライムを討伐するのは、六人の騎士たちにファナを加えた計七人。
私はいつも通り、彼らの作業を一歩引いた場所から見守る形だ。
もちろん、この人数には理由がある。
お父様の指示を受けたガラルド隊長がパーティーの上限人数を検証した結果、『パーティーの上限人数は八人』というルールがあることが判明したのだ。
「そう言えばさっき報告があった」
移動の合間、ファナが思い出したように口を開く。
「騎士隊がディメンションスライムに対して恩恵を使用したらしい。その結果【スキルスワップ】は確認されなかったって。隊長曰く、ディメンションスライムはブルースライムと同じく【分裂】の特性を持ってる可能性が高いみたい」
「……えっ?」
思わず声が出た。
「検証のために恩恵を使用したの? なんて危険な真似を……。一歩間違えればどうなってたか分からないんだよ? 貴方達は自分の命を何だと思ってるの!」
「「…………」」
お前が言うな?
それはそう。
全員が呆れた顔を向けてくるが、気にしない。
伯爵令嬢の面の皮は厚いのだ。
それに過ぎたことをとやかく言っても仕方ない。
グミが『ユニーク』だったという情報が手に入っただけで値千金。
世界にどれだけ同じ個体がいるのか分からないが、それを一発目で引き当てるなんて、運が良いやら悪いやら。
背負っていたバッグを体の前方へ持ち替え、かぶせの隙間を覗き込む。
すると我が家のユニーク個体が体の一部を突き出し、私の額をペタペタと触ってきた。
「ずいぶん寛いでるね」
「(ぷるぷる)」
呆れ交じりに声をかけると、前方を進んでいたガラルド隊長が手を挙げ、全員の足が止まった。
そして騎士の一人が天井の一角を指差す。
「――前方にディメンションスライムを確認」
その言葉を合図に、布陣を組んだ騎士たちが一斉に背嚢から塩袋を取り出した。
彼らは天井に張り付いたスライムを餌で釣り出すと、次々と塩を浴びせていく。
熟れているというか、もはや流れ作業だ。
そんな中、我が家のグミは――
地面に落ちた中級魔石を、騎士たちが回収するより早く奪い取っていく。
同胞たちが塩漬けにされているというのに一切気にする様子もない。
「あの子、あんなに素早く動けたんだ……」
グミは手に入れた魔石をモグモグした後、満足そうにマジックバッグの中へと帰っていった。
スライム界の倫理観はどうなってるんだろう――って、あれ?
マジックバッグって生き物が入れない仕様では?
もしかして同じ種族のドロップ品だから相性がいいのだろうか?
うん、きっとそうに違いない。
自身で生み出した疑問を頭の中で完結させ、それ以上は深追いしないことにした。
「お嬢様。新たな空間拡張鞄です!」
そうこうしてる間にも討伐数が百を突破したらしい。
今回ドロップしたのは、なんと黒色の【ランドセル】だった。
なんでよ?
これには何故かファナが強く反応を示し、無理やりランドセルを背負わされそうになった――が、鋼の意志でそれを拒否。
彼女は本気で悔しがったが、今の見た目でランドセルを背負う勇気はなかった。
周回はさらに続き、数時間後、ついにその瞬間が訪れる。
「三百匹目、討伐完了です!」
ガラルド隊長の声と共に、スライムがいた跡地に『それ』が現れた。
「まさか、これは……」
震える手でドロップ品を拾い上げる。
それは前世で好きだった、とあるアイドルグループの衣装。
銀の肩章と装飾刺繍が施された、純白のミリタリー風ジャケット。
中央に宝石が煌めく、大ぶりでクラシカルな黒のタイリボン。
胸元に繊細なフリルが重なる、清楚な白いスタンドカラーブラウス。
黒のアウター生地と白フリルが層を成す、フィッシュテールスカート。
黒のガーターリングで留めた、透け感のあるレース柄の白ニーソックス。
黒のベルトストラップとつま先のエナメルが引き締める、白のショートブーツ
その全てが袋詰めされ、一ヶ所にまとまって現れた。
(間違いない。これは十番坂48°のステージ衣装だ……)
「どうやら女性用の衣服みたいですな。お嬢様には少々大きめに感じますが……これも下着同様、身につければ自動で装着者の体型に合うのでしょう」
「う、うん。そうだね」
すでにドロップした下着類を着用している身としては、衣服に自動サイズ調整機能が付いていようとも驚かない。
遺物とはそういうものだと事前に知っている。
それより驚くべきは目の前の衣装だ。
一体どうなってるの?
「この遺物の名称は【アイドル衣装セット】。言葉の意味は分からない。あとこの遺物【不壊】だって」
「ふぁっ!?」
ファナがとんでもないことを言う。
アイドル衣装が不快?
てっきり着心地が良いものだと思ってたのに。
「……もしかして」
ファナは弾かれたように、先ほどドロップした【ランドセル】を鑑定した。
すると、そこにも同じ文字が浮かび上がったらしい。
さらに勢いのまま、私が使用しているバッグ、騎士たちが背負った背嚢も鑑定していく。
「今回手に入った空間拡張鞄も、以前手に入れたお嬢さまの鞄も、騎士たちの背負っている背嚢も……すべての遺物が不壊。何故か急に見えるようになった」
(不快……ふかい……あぁ、不壊か!)
言葉の意味を理解し、急いで話を合わせる。
「私たちが手に入れた遺物、薬品であるアムリタを除いて、すべて同様の効果を持ってる可能性があるね」
「んっ、多分それであってる」
不壊ということは、その遺物が絶対に壊れないということ。
それをシェルブール家が独占できるのだから、これほど素晴らしいことはない。
ただ――
「私の長所が早くも崩れ去ろうとしてる」
「大丈夫。お嬢さまは頭を撃ち抜かれても死なない」
「なら私の方が優秀だね」
無事にアイデンティティが保たれたことで、改めてアイドル衣装へと視線を戻す。
どこか懐かしさすら感じるデザイン。
なぜこんなものがスライムからドロップしたのか――って、まさか。
(遺物は『その場にいる人間の記憶』から選ばれる?)
ゾクリと背筋に冷たいものが走る。
ミリタリーに疎い私でも、ネットやニュースでその手の兵器を目にする機会はいくらでもあった。
もし私の中にその記憶が眠っていたら、最悪、現代兵器がドロップする可能性もあるわけだ。
いくらこの世界が先進的だとしても、銃と魔法の世界にミサイルを持ち込んではいけないことくらい分かる。
新たなアイテムのドロップに喜んでいる騎士たちを余所に、私は一人『スライムから殺戮兵器でも現れるのではないか』と嫌な汗を流した。




