ピコハン
「お嬢さま? どうしたの?」
「ん? 少し考え事をね」
三百連のドロップ品――【アイドル衣装セット】が入った袋を眺めながら、思考を一度リセットする。
そもそも、私はミリタリーの細かい仕様なんてこれっぽっちも知らない。
ステルス戦闘機も大陸間弾道ミサイルも、構造なんてさっぱりだ。
もし万が一そんな物騒な兵器がドロップしたとしても、使い方が分からなければ問題ない。
出たら出たでお父様とお兄様に丸投げしよう。
あっさりと開き直った私は、現状の確認をする。
リソース管理は周回の基本である。
「ガラルド隊長。日を跨ぐと報酬が初期化されると仮定して……探索に使える時間は残りどれくらいかな?」
「日を跨ぐまでならまだ余裕がございますが、私が許容できる時間は残り二時間といったところです」
「んっ? なんで?」
「お言葉ですが、お嬢様はシェルブール家のご令嬢にあらせられます。日付が変わるギリギリまで迷宮の暗がりに拘束するなど認められません。遅くともお夕食の時間までにはお城で温かい湯に浸かっていただきたく存じます」
「あっ、そういえば私、お姫様だったね。夢中になり過ぎて忘れてたよ」
「お嬢さま……」
自分の社会的立場を思い出し、気まずさを誤魔化すように小さく咳払いする。
「コホンッ……塩の在庫はどう? 二時間で残り百匹、間に合うかな?」
背嚢を確認していた騎士の一人が顔を上げて報告する。
「まだ十分に余裕があります。現在の進み具合を維持するとして……一時間半ほどあれば四百匹に到達可能かと」
「分かった。報告ありがとう」
塩の在庫に問題がないと聞き、前々から気になっていた素朴な疑問を口にしてみることにした。
「あのさガラルド隊長。これだけ塩に余裕があるなら、私たちが不在だったときも騎隊だけで三百匹の討伐を目指せたんじゃない?」
ガラルド隊長は困ったような笑みを浮かべつつ首を振る。
「お言葉ですがお嬢様。旦那様から我々に下されている命令は、あくまで『お嬢様の護衛』と『安全な範囲での魔石回収』です。我々だけで未知の遺物を出現させるというのは危険な行為なのです。万が一、現れた遺物が周囲を無差別に傷つけるような危険なものであった場合、全滅の可能性もあるのですよ」
確かにファナの鑑定がない状態で、呪いの遺物なんて掘り当てたら大問題だ。
でも――
「下着は?」
「討伐数を数え間違えましたな。ガハハ!」
「うん……聞かなかったことにするね」
私も色々とやらかしてるから。
「在庫も時間も鑑定もあるんだから、ここで止まる理由はないね。お夕飯の時間に遅れないよう、このまま四百匹目を目指そう」
私の進軍要請に騎士たちが応じ、本日最後のタイムアタックがスタートした。
――三百五十匹目、討伐完了。
――三百六十匹目、討伐完了。
――三百七十匹目、討伐完了。
騎士たちが淡々と数字を告げ、討伐スピードはどんどん加速していく。
作業の合間、休憩を取っていたファナが【アイドル衣装セット】の袋を抱えて私に圧をかけてきた。
「お嬢さま、お城に戻ったら試着ね。この服の構造を知りたい」
「う、うん。帰ったらね」
引きつった顔で約束する横で一人の騎士が声をあげる。
「――四百匹目、討伐完了です!」
その声を合図に新たな遺物が現れた。
「思ったより早かったね。さあ、何が――って、ええっ!?」
作業の様子をワクワクしながら見守っていた私の前に現れたのは、鮮やかな赤と黄色で彩られた暴虐非道の破壊兵器――ピコピコハンマー。
完全に予想外の物体が現れ、その場で硬直する。
(……なんでそれを引っ張ってきた?)
「全員警戒! 不用意に触れるな!」
玩具を前に騎士たちが警戒態勢をとる。
そしていつも通り、ファナが近くに寄って【鑑定】を発動した。
両目が淡く輝き、遺物の情報を読み解いていく。
「名称は【ディメンションハンマー】。能力は『触れた対象を強制的に一メートル後方へ転移させる』だって。もちろん【不壊】も付いてる」
その報告を聞いたガラルド隊長が額から汗を流した。
「まさか、転移などというものが本当に存在するとは……」
ガラルド隊長と周囲の騎士たちは真面目な顔をして驚いている。
ファナは既に色々と達観してしまい、表情を変えることはない。
そして私はまったく別のことを考える。
(ピコピコハンマーに能力を付けるなら気絶では?)
自分でも何を言っているのかよく分からなかった。
「ガラルド隊長、それとみんなも聞いて。これまでの迷宮探索を経て、自身の恩恵が変化したっていう感覚とかないかな?」
ひとしきりピコピコハンマーについての議論が落ち着き、騎士たちが撤退準備を進める中、思い立ったように問いかける。
するとその問いかけにアセロラが反応した。
「実は少し前から気になっていたのですが……。探索を始めて以来、魔術の発動時間が短くなっている気がします」
ガラルド隊長もその言葉に同意する。
「探索を始めたあたりから、魔力の制御が一段と良くなった気がしますな。てっきり実戦の連続で身体が馴染んだだけかと思っておりましたが」
ファナも後に続く。
「変化を感じたのは今回の探索から。遺物の情報が今までよりも多く読み取れるようになった」
他の騎士たちも多かれ少なかれ同じような違和感を抱いていたらしく、次々と報告があがっていく。
これはもう確定でいいだろう。
全員の能力が同時に変化するなど、レベルアップ以外は思いつかない。
一人納得しているとガラルド隊長が告げる。
「お嬢様、時間切れです。これ以上の長居はお夕食に響きます故。撤退いたしましょう」
「うん。分かったよ」
あと少し時間があれば五百連討伐も可能だったが、こればかりは仕方ない。
床に残った塩の名残を見つめ歯噛みする。
そして――
「それじゃあ、お家に帰ろうか!」
その思いを悟られぬよう、元気よく笑ってみせた。




