あとは狐耳と尻尾……
ロロアナさんとの宴も一段落し、彼女の手招きに従って私たちは組合会館の奥へと移動した。
辿り着いたのは探索者が普段立ち入ることのない執務室。
木製のドアを抜けて室内へ足を踏み入れると、使い古されたデスクの向こうで、長い耳を持つエルフ――アゼル支部長が待っていた。
「楽しんでいたところすまないね、リーチェ君、ファルミナ君」
彼は手元に広げられた書類から目を離し、こちらへと視線を向ける。
「まずは昇格試験の合格、おめでとう」
アゼル支部長はそこで言葉を区切ると、椅子から立ち上り、静かに頭を下げた。
「……どうやらこちら側のミスで君たちを危険に晒してしまったようだ。探索者組合レターノス支部を代表して深くお詫びする。本当に申し訳なかった」
「いえ、こうして無事に帰ってこられたので、気にしないでください」
突然の謝罪に恐縮しつつ返答すると、アゼル支部長はゆっくりと顔を上げる。
「そう言ってもらえると助かるよ。これは今回の件に対する組合からの正式な賠償金だ」
アゼル支部長は手元の魔導端末を操作し、こちらのギルド口座へと送金手続きを行った。
提示された額面は普段の依頼報酬とは比べものにならない。
予想外の臨時収入に驚きつつ口座の通知を受け取ると、彼は再び椅子に座り、デスクの書類に手をやった。
「さて……お祝いと謝罪が本題ではあるんだが、実はここに来てもらったのにはもう一つ理由があってね。迷宮で君たちが出会ったという不審人物について、調査報告がまとまったんだ」
その言葉に気持ちを引き締めて耳を傾ける。
「組合側が持つ情報と、君たちが直面したという刺客の情報を突き合わせた。その結果……非常に厄介な人物が浮かび上がってきたよ」
彼がデスクの上に並べたのは、とあるパーティーに関する資料だった。
「魔導銃を片手に持ち、強力な魔力障壁と激しい竜巻を操る男。魔導短銃を両手に持ち、高威力の火槍魔術を行使する男。そして気配もなく急襲してきた魔導散弾銃を持つ女。これらはすべて『銀翼の風』の主要メンバーが持つ特徴と一致している」
「銀翼の風……」
思わず呟くとロロアナさんが腕を組みながら鼻を鳴らした。
「フン、あの鼻持ちならない連中か。一体何を企んでおるのやら……国を代表する探索者が聞いて呆れるわ」
「ああ。もしSランクパーティーが暗躍しているのだとすれば、ギルドにとっても深刻な問題だ」
ギルドマスターは重々しく頷く。
「公に捜査を行えば彼らは警戒して尻尾を出さなくなるだろう。そこでだ……君たちにお願いがある」
「私たちにですか?」
「あぁ。君たちには探索者として活動してもらいつつ、その合間に彼らの動向や不審な点を探ってほしいんだ。もちろん大掛かりな調査ではなく、あくまで『ついで』で構わない」
どうやら危険な潜入調査や無理な追及を求められているわけではないらしい。
片手間に周囲の噂や動きに気を配る程度で良いなら断る理由もなかった。
「わかりました。探索のついでで良いのならお引受けします」
「助かるよ」
アゼル支部長は安堵の息を漏らし、ふと思い出したように言葉を付け加えた。
「そういえば話ついでなんだが……耳寄りな情報がある」
「耳寄りな情報ですか?」
「実は大セールの後に珍しい遺物を拾った探索者がいてね。金欲しさにそれらを売りさばいたようだ。その遺物が市場へ流れ出た」
「……なるほど」
おそらく連続討伐の報酬のことだ。
十連刻みの報酬なら大量に出ているはずだし、それ以外の遺物だろう。
確認された流出品は三点。
一つ目は【鑑定モノクル】、二つ目は【記憶の宝珠】、三つ目は……よく分からない【ボロボロの宝箱】だという。
銀翼の風が五百連を踏み抜いたのであれば、特殊個体を除いた計四つの遺物がドロップしているはずだ。
だが残念なことに、残る一つは流出していないらしい。
おそらく銀翼の風が所持しているか誰かに持っていかれたのだろう。
「その流出した遺物はどうなったんです?」
「残念ながら僕が気付いたときには【鑑定モノクル】も【記憶の宝珠】もすでに買い取られた後でね。宝箱だけが市場に残ってるよ」
「なんで宝箱だけ?」
「露店街の東にある古物商が買い取ったものの、売値が高すぎて売れ残ってるのさ」
それを聞いたロロアナさんが興味深そうに目を輝かせた。
「ほう……興味深い。小娘、さっそく見に行ってみようではないか」
「そうですね。行ってみましょうか」
ギルドを出て賑やかな露店街の東側へと向かう。
教えられた場所を目指して歩いていくと、怪しげな骨董品や用途不明のガラクタが乱雑に並べられた古物屋が見えてきた。
店の奥では気だるげな店主が不機嫌そうにパイプをくわえている。
「いらっしゃ……っ!? これはこれはお貴族様。こんなむさ苦しい古物屋に一体どのようなご用件で?」
「少し店の商品を見させてください」
視線を集めるのも嫌なので、さっさと店内に入って、棚に並ぶ品々を物色する。
すると店の一番奥、防犯用の魔術が掛けられたケースの中に目当ての品はあった。
売れ残っているせいなのか、透明な防犯ケースの天板には薄っすらと埃が積もっている。
そのケース内に納められていたのは、木枠がすり減り金属部分が錆びついた、まさに『ボロボロの宝箱』だった。
「店主さん。これって誰も開けてない未開封品ですか?」
指さすと、店主は慌てて愛想笑いを浮かべる。
「ええ、ええ、もちろんですとも! 中には貴重な遺物が入っていると思われるのですが、なにぶん仕入れ値が高くついてしまいまして……。買い手がつかずに困っているのですよ」
宝箱の値段は五千万エン。
平民なら家が立つレベルの大金だ。
そりゃ誰も買わないわけである。
「ファナ」
「拝見いたします」
ファナが宝箱へ視線を向けると、その双眸に薄っすらと魔力の光が宿る。
数秒後、私に向かって小さく頷いた。
「間違いありません。宝箱本体に【不壊】属性が付与されています。ただ……宝箱の名称が【ランダムボックス】となっております」
つまりガチャね?
「よし、買います!」
「さすが小娘、気前がいいのじゃ!」
即決。
圧倒的即決。
迷う理由なんてない。
だが――そこまで言って気が付いた。
「……口座に五千万も入ってなくない?」
不安になってファナに小声で尋ねると、彼女は事もなげに言いのける。
「ご安心ください。お嬢さまのお小遣いから数億エンほどギルド口座に移しておきました。何ら問題ありません」
「仕事が早いね……」
というか、いつの間に私のお小遣いは管理されていたのだろう。
店主が揉み手をしながら伺うようにこちらの様子を見ていたので、バッグから探索者証を取り出す。
「これでお願いします」
「はいっ! それではこちらの魔導決済端末に――」
彼はケースに掛けられていた魔術を解除し、受け渡し用のカウンターの下から小型の機械を取り出した。
その端末を見て心の中で首をかしげる。
この世界の人間は、何でも『魔導』と付ければ良いと思っているのか?
もはや『魔導』と『電気』の違いが分からなくなってきた。
考えても仕方ないので、前世の決済端末と何ら変わらない形状のそれに、探索者証を重ねる。
ピッと音が鳴り、端末の画面に『決済完了』の文字が躍った。
異世界とは?
「お支払い、ありがとうございます!」
深く頭を下げる店主を背に、ファナに指示を出して宝箱をランドセルに入れてもらう。
流石にここで宝箱を開けるわけにはいかないので、宿へと戻った。
机の上にドスンと置かれた宝箱。
見た目は今にも崩れそうだが、傷一つ付かない頑丈さである。
「ふむ。これが噂の連続討伐報酬なのじゃな。さっそく開けてみるぞ、小娘」
ロロアナさんが身を乗り出し、ファナも静かに見守っている。
「それじゃあ開けますね」
宝箱に手を触れ、ゆっくりと自分の魔力を流し込んだ。
――カチャリ。
すぐに鍵が外れ、ゆっくりと蓋を持ち上げる。
すると宝箱は眩い光の粒子となって散っていき、机の上には中身だけがぽつんと残された。
「これは……服か?」
ロロアナさんが不思議そうに眺める。
残されていたのは、白地に鮮やかな朱色の袴が映える、上質な仕立ての衣類。
前世で着慣れたアルバイト用の衣装が目に入り、思わず声が漏れた。
「巫女服じゃん!」




