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落ちこぼれ伯爵令嬢は塩に弱い  作者: 流川 銅


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新しい仲間と新たな出発

「みこ服ですか?」


 ファナが衣装の端をつまみ上げ、不思議そうに首をかしげる。


「……確か、かなり遠くの島国に存在する聖職者の衣装だったかな? 実家の書庫にある本で読んだことがあったようななかったような」


「なるほど。この衣服は神聖な遺物なのですね」


「う、うん」


 口を滑らせてしまったことに一瞬焦ったが、どうやらファナは私のいう事を信用してくれたらしい。

 次に着せ替え人形をさせられたときは、気が済むまで楽しませてあげよう。


「ロロアナさん、これ着てみませんか?」


「ぬっ? わしがか?」


 身を乗り出して服を眺めていたロロアナさんが、意外そうな顔で自分を指さす。


 本来ならお金を出した私が着るべきなのだろうが、バイト着としての印象が強すぎて普段使いはしたくない。


「わしに聖職者の服など似合わんわ」


「いいからいいから。せっかくの遺物なんだし、試着だけでも」


「……フン、仕方のない奴じゃな」


 文句を言いながらも興味はあるらしく、ロロアナさんは素直に身を委ねた。


 ファナの手際は鮮やかで、袴の構造を説明するとあっという間に着付けを終わらせてしまう。


 サイズ調整機能も働き、ブカブカだった上衣と袴は幼女サイズにフィットした。


「ふむ……」


 ロロアナさんは姿見の前に立ち、腕を上下に動かしたり裾を引っ張ったりして感覚を確かめる。


「思いのほか動きやすいのう。動きを阻害せんし、悪くない着心地じゃ」


 鏡に映る自分の姿を眺める彼女の表情は、どこか満足気だ。


 鮮やかな桃色の髪に朱と白のコントラスト。


 うん、思った以上に似合っている。

 あとは狐耳と尻尾があれば申し分ないのだが。


「……小娘、何をブツブツ言っておるのじゃ? 気味が悪いぞ」


 鏡越しにジトッとした視線が飛んでくる。


 どうやら声が漏れてしまったらしい。


「何でもありません。すごくお似合いですよ」


「そうか? ま、まあ、悪くはないな」


 ツンデレかな?


 ロロアナさんはそのまま机の端に腰掛け、ジュースのストローを吸う。


「ところで小娘。近いうちに『レターノス公爵の訃報』が公に発表される」


「……いよいよですか」


「うむ。根回しもすべて完了したからの。魔導飛行船の件も片付いて、使用人と騎士たちの再就職先も斡旋した。後は混乱が起きる前にこの街を離れるだけじゃ」


 領主の死亡発表となればデュカの街も少なからず混乱するだろう。


 どうやらロロアナさんはその前に姿を消すつもりのようだ。


「色々とお世話になりました。どうかお元気で」


「……何を言っておるのじゃ? お主らも一緒に街を出るのじゃぞ」


 丁寧に頭を下げた私に対し、ロロアナさんは至極当然といった顔で言い放つ。


「はい?」


「なぜ驚く。お主らも一緒に行くに決まっておろう」


「いやいや、なぜですか?」


「『銀翼の風』を追うからじゃ。お主らもアゼルの奴からあ奴らの動向を探るよう依頼されたじゃろ?」


「あれは『ついで』でいいって言われましたけど……」


「ついでだろうが何だろうが関係ないわ。あやつらはわしの領地を踏み荒らしたのじゃぞ? そのまま逃がすわけがなかろう。奴らの尻尾を掴み、裏で引いている黒幕ごと叩き潰す。そのためにお主らの力が必要なのじゃ」


 ロロアナさんは不敵な笑みを浮かべる。

 最初から私とファナを巻き込む気満々だったらしい。


 公爵様――いや、元公爵さまの強引さには脱帽するしかない。


「追うにしても足がありませんよ? 魔導列車の復旧はまだ終わっていませんし」


「魔導車があるじゃろ? わしが出すぞ」


 目の前の幼女が胸を張ってドヤ顔で言い放った。

 

「……誰が運転するんですか?」


「もちろんわしじゃ」


 予想通りの回答に思わず絶句する。

 

 そもそもアクセルとブレーキに足が届かないのでは?


 事故で死ぬのは御免被りたい。

 いや、私とグミは海にでも突っ込まない限りは無傷だろうけど。


「ファナ……運転できる?」


 藁にもすがる思いで隣の侍女を見つめる。


「もちろん各種乗物の操縦方法は叩き込まれております。魔導車の運転もお任せください」


 助かった、本当に助かった……。


「失礼な小娘じゃな。わしだって運転くらいできるわ!」


「ペダルに足が届くようになってから言ってください!」


「ぐぬぬっ……!」


 ロロアナさんは悔しそうに唸ったけれど、反論はしてこなかった。


 やっぱり届かないらしい。




 翌朝。

 

 宿のチェックアウトを済ませて、私たちは街の東側にある出入口へと向かった。


 早朝の澄んだ空気の中、見晴らしの良い広場には数人の人影がある。


「やぁ、おはよう」


 支部長のアゼルさんが、受付嬢のレコナさんを伴って立っていた。

 

 その後ろには昇格試験を共に戦ったジークさん、マルタさん、ボリスさんの三人組の姿もある。


「リーチェ様。もう行くのか?」


 ジークさんが駆け寄ってきた。


「はい。急な予定が入ってしまって。これから旅立つところです」


「なんだ、寂しくなるな。でも……約束は忘れないからな。絶対にBランクになってシェルブールに行くぜ!」


「リーチェ様。私、次にお会いするときにはもっと頼もしくなりますから」


「……必ず会いに行く。それまで無事で」


 三人はそれぞれの言葉で別れを告げてくれた。


「楽しみに待っていますね。みなさんならきっとすぐBランクになれますよ」


 微笑みながら答えると、三人は嬉しそうに頷く。


 本当、良い人たちと巡り合えたと思う。


「こちらの準備はすべて抜かりなく」


 アゼル支部長がロロアナさんへと声をかけた。


「うむ。後は任せたぞ。分からないことがあればラナダンに聞くのじゃ」


「分かりました。そちらは依頼の件をよろしくお願いします。リーチェ君、ファルミナ君。この娘を頼むよ」


「はい。お任せください」


「道中どうかお気をつけて! またいつか!」


「レコナさんもお元気で!」




 街の外には、真っ赤な魔導車が一台停車していた。


 ファナが荷物をトランクへ積み込み、運転席のドアを開ける。

 私は助手席に乗り込み、シートベルトを締める。

 ロロアナさんは袴の裾を踏みつけて後部座席に転がり込んだ。


「行くぞ、小娘ども」


「はいはい」


 ファナが魔導エンジンを起動させると、静かな駆動音が車内に響き渡った。


 ゆっくりと車体が動き出し、デュカの街並みが遠ざかっていく。


 元はと言えば、シェルブール領の迷宮からレターノス領の迷宮へと強制転移したのが始まりだった。

 

 それが大セールに巻き込まれ、ロロアナさんと共に迷宮主を撃破し、挙げ句の果てにはSランクパーティーの陰謀を追う羽目になるなんて。


 大変なことも多かったけれど、他領の文化や街並みに触れられたのは凄く楽しかった。

 見たことのない建物、珍しい露店の食べ物、新しい出会い。


 前世の知識があろうとなかろうと、この足で歩いて肌で感じた空気は新鮮で、その全てが胸躍るものだった。


「お嬢さま、速度を上げます」


「うん」


 アクセルが踏み込まれ、魔導車は滑らかな加速とともに街道を駆け抜けていく。


 バックミラーを覗けば、巫女服姿のロロアナさんが横になってスヤスヤと眠っている。


「はぁ……これから先どうなることやら」


 流れゆく景色をぼんやり眺めながら、私はシートに深く身を沈めるのだった。

これにて第一部完結です。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!


続きは鋭意執筆中ですが、第二部の開始まではしばらく間が空きそうなので、一度完結とさせていただきます。

鳴かず飛ばずの本作ではありましたが、皆様のおかげで第一部を書き終えることができました。心より感謝申し上げます。

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