未来の騎士たち
夏の陽光が優しく差し込む館内は、かつての大混乱が嘘のように静かな空気に包まれている。
人影もまばらなカウンターへ向かうと、担当受付嬢のレコナさんがパッと明るい笑みを浮かべて出迎えてくれた。
「試験合格、おめでとうございます!」
「ありがとうございます。怪我もなく全員無事に帰ってこられました」
試験官さんから預かっていた署名入りの報告書を提出する。
レコナさんは書類を受け取ると、感銘を受けたように深々と頷いた。
「試験官からの報告を確認しました。浅層での魔物の巣の発生という不測の事態に対し、見事な立ち回りで一人も犠牲を出さず打開されたとのこと。こちらの下調べに不足があり、いらぬ危険に巻き込んだことを付してお詫びいたします」
「いえ、謝罪はすでにいただいているのでお気になさらず。魔物の巣についてもパーティーを組んだみなさんが実力者揃いだっただけです」
「ふふっ、ご謙遜を。では探索者証の更新を行いますね。こちらの魔道具に差し込んでください」
言われた通りに受付横の魔導具へセットすれば、ガコンッと軽い打撃音が響き機械が作動する。
戻ってきたカードの表面には、しっかりと『D』の文字が刻み込まれていた。
「これで正式にDランク探索者だね」
「おめでとうございます、お嬢さま」
ファナも珍しく満足そうに口元を緩めていた。
「よーし! んじゃあ約束通り、盛大に祝勝会と行こうぜ!」
背後から響いた威勢の良い声に促され、組合併設の酒場へと移動する。
普段なら満席で座れない中央の丸テーブルを五人で囲み、運ばれてきた果実酒やジュースの入った木製ジョッキを掲げた。
「「「「「乾杯!」」」」」
ガツンと重厚な音が響き合い、泡立つ液体が揺れる。
テーブルの上にはこんがりと焼き上げられた大切りのお肉や、香ばしい揚げ芋の料
「はぁ~っ! やっぱり試練を乗り越えた後の飯と酒は違うぜ!」
ジークさんが豪快に肉を頬張り、果実酒を喉鳴らして流し込む。
「ガツガツ食べ過ぎ。少しは落ち着きなさいって。……でも本当、誰も欠けることなく帰って来られて良かったわ」
マルタさんが呆れ半分に嗜めつつ、どこか安堵した表情を見せる。
復路で直面した大部屋での戦闘を思い返せば無理もない。
一歩間違えれば命を落としていたかもしれないあの局面を乗り越えたからこそ、こうして全員で笑い合える時間があるのだ。
「これで俺たちも晴れてDランク探索者の仲間入りか。……ふふっ、また一歩、夢に近づいたな!」
串焼きを齧りながら、ジークさんがしみじみとした口調で呟く。
「夢ですか? ジークさん、何か目指してる夢や目標があるんですか?」
ジュースのグラスに手を伸ばし、口元へ運びながら尋ねてみる。
するとジークさんは、気恥ずかしそうに首筋を掻きながら語り始めた。
「おう! 俺の将来の夢は……いつか【エン・デオビアの花】の専属護衛に就くことなんだ!」
――ッ!?
口に含んだばかりのジュースを盛大に喉に詰まらせてしまった。
ゲホゲホと咳き込む私の隣で、優雅にグラスを傾けていたファナの手がピタリと止まる。
向かいで無言のまま料理を口に運んでいたボリスさんも、完全に手を止めてジークさんを注視していた。
「……な、なんだ? みんなどうしたんだよ、急に静かになって?」
テーブルを包んだ異様な空気を感じ取り、ジークさんとマルタさんが不思議そうに首をかしげる。
「ジークさん。今、なんて言いました?」
「だから【エン・デオビアの花】だよ! 王国最高の美姫と称えられる方をお守りする一流の護衛騎士になるのが、俺の夢なんだよ!」
あまりにも純粋な眼差しで熱弁を振るうジークさん。
話を聞いてみると、彼とマルタさんはかなり地方の出身らしく、知識として称号そのものは知っていても【エン・デオビアの花】を誰一人知らないらしい。
「……ジーク、マルタ」
見かねたボリスさんが、ジークさんに声をかけた。
「ん? なんだよボリス?」
「その【エン・デオビアの花】は……いまお前たちの目の前に座っている」
「………………はっ?」
再び静寂がテーブルを支配した。
ジークさんのジョッキを持つ手が微動だにしなくなる。
「ど、どうも……【エン・デオビアの花】です」
一秒、二秒、三秒。
静止画のような間の後、ジークさんの顔から一気に血の気が引いていく。
「え……あ……え、ええぇぇぇえええええっ!?」
ガタッ! と盛大な音を立てて立ち上がるジークさん。
「申し訳ございません! 俺っ、本当に知らなくてっ!」
「ちょっとジーク! なにやってんの! 私まで首が飛ぶじゃない!」
血相を変えたマルタさんが、取り乱すジークさんの腕を必死に引っ張り下げる。
いや、首は飛ばんて。
あまりの動揺ぶりに笑うしかなかった。
「二人とも落ち着いてください。別に怒ってませんから。頭を上げてください」
「だ、だけど……お貴族様に無礼を働いたら首が飛ぶって!」
「そんな物騒な都市伝説を信じないでください!」
恐縮しきっている二人、そして静かにこちらを窺っているボリスさんへと視線を向ける。
「もしみなさんが将来、探索者の稼業に区切りがついたり潮時だと感じることがあれば――我が家、シェルブール家に仕えてみませんか?」
「えっ……? 俺たちがリーチェ様の家に?」
「はい。私の護衛でいいなら大歓迎です。もちろんジークさん一人だけじゃなく、マルタさんとボリスさんも一緒にです」
思いがけない打診だったのか、三人は顔を見合わせて言葉を失っていた。
「ただし条件があります。シェルブール家に仕えたいなら、探索者としてBランク相当の実力を身につけてきてください。それが我が家の騎士に求められる必要最低限の実力です」
「Bランク……」
「みなさんのことは実家に伝えておくので、その気があるならいつでもシェルブールの門を叩いてください」
そう語りかけたところで、ジークさんの動揺が消える。
「やります! 血反吐吐いてでもBランクになって、リーチェ様の護衛として胸を張って挨拶に行きます!」
「ホント現金なんだから……。でも、私も負けてられないわね。リーチェ様、お給金期待してますね!」
「……腕を磨いて必ず行く」
「はい。シェルブールでお会いしましょう」
最後にジョッキを力強く突き合わせ、再会の約束を交わしてから祝勝会を締めくくった。
「お嬢さま、よかったの?」
「ジークさんたちのこと? 為人に問題はなかったし、優秀な人はいくらいても困らないから問題ないよ」
「んっ、分かっ――お嬢さま……」
やる気に満ち溢れた三人を見送り、静かになったテーブルでファナと温かいお茶を飲んでいると、一つの影が近づいてきた。
目深にかぶったフードの隙間から覗くのは、鮮やかな桃色の髪。
その人物は当たり前のように空いた席へと腰を下ろした。
「無事に合格したようじゃな。小娘」
周囲から見れば可愛らしい幼女にしか見えないが、発せられる声と醸し出す威圧感は完全に老練のそれだ。
レターノス公爵、ロロアナさんである。
「お陰様で。そちらの手配はいかがですか?」
「抜かりないわ。裏で着々と進めておる。誰にも邪魔はさせんよ」
手にしたジュースをストローでちゅーちゅーと吸いながら、頼もしい言葉を口にするロロアナさん。
見た目はともかく、さすがは公爵というべきか。
「助かります。これで我が領の経済も一段と加速しますね」
「その程度で済めば良いがの。ところでお主の父親にはちゃんと話を通したのか?」
「了承は得ましたよ。ただ……話の規模が大きすぎて、今にも倒れそうになっていましたけど」
思い出すのは、魔導通信の向こうで泡を吹きかけていたお父様の顔。
一伯爵家が魔導飛行船の造船企業を抱え込むなど、本来なら天地がひっくり返るような大事件なのだから無理もない。
「ハハハ! 頼りない男じゃのう! まあ良い、シェルブールが発展すればお主の居心地も良くなろう」
「……手加減してくださいね」
「お主次第じゃ」
楽しそうに笑うロロアナさんとジュースを飲み交わしながら、お互いの近況を報告しあった。




