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落ちこぼれ伯爵令嬢は塩に弱い  作者: 流川 銅


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Dランク探索者

 翌朝。


 朝早くに目覚めた私は、固い石床の上に敷いた簡易寝床から体を起こし、手早く身支度を整える。


 迷宮内で過ごす初めての夜は拍子抜けするほど静かなもので、不意の奇襲や魔物の接近もないまま無事に朝を迎えた。


 見張りに費やした時間を返して欲しいところだが、これも試験の一部だと思えば怒る理由にはならない。


 朝食を前に全員が起き出すと、昨日買っておいたパンとファナが温め直してくれたスープを分け合ってお腹を満たした。


「ふぁ……案外ちゃんと眠れるもんだな」


 ジークさんが大きく背伸びをしながら魔導銃の動作確認を行う。


「あんたが単純なだけでしょ。私は緊張してあまり眠れなかったわ」


 その隣でマルタさんが目元をこすりながら言う。


 彼女が緊張していたのは本当だが、眠れなかったのは昨夜のやり取りのせいもあるだろう。


 薄明りが灯るテントの中、マルタさんは実家のことや幼馴染であるジークさんとの腐れ縁について、いろいろと話してくれた。


 私からも家庭での日常や貴族令嬢のアレコレを話し、お互いの距離が少し縮まったように思える。

 

 いつかまたこんな時間を持ちたいものだ。


「でも、リーチェ様たちと一緒に組めて本当に助かったわ。料理も美味しくて、夜もすごく楽しかったし」


「こちらこそ。マルタさんが気さくに接してくれたおかげで気楽に過ごせました」


「コホンッ……試験はまだ終わってないぞ」


 ボリスさんが手に持った魔導散弾銃を軽く叩いてから呟く。


 確かに彼の言う通りだ。

 リーダーなのに、すっかり油断していた。


「そうですね。帰りも気を抜かずにいきましょう!」




 復路の探索を開始してしばらくは、往路と同様に極めて順調だった。


 迷宮の浅層は道幅も広く、迷うような複雑な構造もない。


 時折現れるジャイアントラットやゴブリンは、大きな集団でもない限り、後方からの集中火力を前にして一分ともたずに塵へと変わっていく。


 このまま何事もなく地上へと帰還し、合格の通知を受け取るだけ――全員がそう思っていた。


 だが、通路の先にあった開けた大部屋へ足を踏み入れたとき、背後から重たい音が鳴り響いて冷たい風が遮断された。


「なっ……!? 扉が閉まった!?」


 ジークさんが慌てて振り返り石扉に体当たりするが、ピクリとも動かない。

 

 完全に密閉された空間。

 部屋の四隅に不気味なゲートが現れ、その中から次々と魔物が出てくる。


「嘘だろ……魔物の巣かよ!?」


「浅層で魔物の巣なんて聞いたことないわよ!」


 ジークさんとマルタさんの叫び声が室内に木霊する。


 出現したのは二十頭ほどのコボルトと棍棒や弓を携えたゴブリンの群れ。


 さらには浅層には不釣り合いな体長二メートルを超えるオークの姿まで混ざっていた。

 これがDランクの昇格試験というなら間違いなく過剰戦力だ。


「みなさん落ち着いて。 壁を背にして不意打ちに注意を!」


 声を上げると同時に湧き出た魔物たちがこちらを睨む。


 オークの重い足音が響き、ゴブリンたちが汚いダミ声を上げて一斉に襲いかかってきた。


「……お嬢様、数が多すぎる。下がってくれ」


 ボリスさんが代わりに前に出ようとするのを片手で制す。


「大丈夫です。ファナ」


「承知いたしました」


 後方に控えていたファナが呼びかけに応じる。


 彼女は背中のランドセルから【水鉄砲】を引き抜くと、躊躇なく私がいる方向へと銃口を向けた。


「やって!」


 水鉄砲の先端から放たれる収束された超高圧の水束。


 閃光のような一筋の蒼い軌跡が、直線上に群がっていたゴブリンやコボルト、ジャイアントラットを貫く。


 それだけに留まらず、水束はそのまま横一文字に薙ぎ払われた。


 肉が断ち切られる音と石壁が削り取られる音が響き渡る。

 それと同時に高圧の水飛沫が勢いよく私の身体を横切った。


「ひぃっ!?」

 

「なにやってんだ!!」


 ジークさんとマルタさんの悲鳴にも似た絶叫が聞こえる。


 無理もない。

 味方の侍女が自分の主人を敵ごと薙ぎ払ったのだから。


「よく見てください」


 水束の進路上にいた敵はまとめて薙ぎ払われたが、その中心にいた貴族令嬢は全身ずぶ濡れになって立っている。


 ホラーかな?


「またビチャビチャになっちゃった……」


 私は濡れた前髪を払いながら振り返った。


「な、なんで……」


 三人組が目を見開いたまま、絶句している。


「お嬢さまに攻撃を当てても問題ないので遠慮せずに攻撃してください」


「問題ないの!?」


「ありません」


 いや、問題ないけど手加減はしてほしい。

 水でずぶ濡れのところに土まで掛けられるのは流石に嫌だ。


「……追撃するぞ。お二人が作ってくれた勝機だ」


「っ! 了解!」


「――≪集うは悠久の褐、原初の土塊よ、万象を踏みにじる楔となれ≫」


 水圧レーザーの直撃から逃れた魔物たちに三人の攻撃が叩き込まれる。


 ボリスさんの魔導散弾銃が至近距離でオークの足を撃ち抜き、ジークさんの精密な射撃が喉元を貫く。


 仕上げにマルタさんの土魔術が襲い掛かると、敵の気配は完全に途絶えた。


 私?

 全力で避けたよ。


 最後の魔物が消滅すると同時に、固く閉ざされていた入口の石扉がゆっくりと上がり始めた。


「終わった……のか?」


「生きてる……私たち、助かったのね……」


 安堵から膝をつくジークさんとマルタさん。

 ボリスさんも深く息を吐き、魔導散弾銃の弾倉を交換している。


「みなさんお疲れ様です。お怪我はありませんか?」


「それは俺たちが訊きたいんだが……」


 ジークさんが困惑した顔で髪をかきむしる。


 そんなやり取りをしていると、ファナが隣に寄り添いスッと手をかざした。


「お嬢さま、動かないでください」


 ファナが小さく何かを呟くと、私の服や髪に含まれていた水滴が浮き上がり、一つの球体となる。


 最後に出来上がった水球を部屋の隅へ捨てると、ずぶ濡れだった身体と衣服は一瞬で元通りに乾いてサラサラになった。


「水魔術の応用です。水濡れ対策として考えました」 


「ありがとう。助かるよ」


「当然の務めです」


「……もう何を見せられても驚かないわ私」


 マルタさんが乾いた笑いを漏らす。


 その後、身なりを整えてから意気揚々と復路を進むと、ほどなくして夏の生ぬるい風が全身を包み込む。


 無事に地上へと帰還したのだ。


「帰って来れましたね」


「うぉおお、地上だぁああ!」


「ジークうるさいっ!」


「……生き残れた」


 これでは昇格試験を受けた探索者というより戦地から帰還した兵隊のようだ。


「おーい!」


 地上へ足を踏み入れると同時に、迷宮から一人の男性が慌てた様子で飛び出してきた。

 ギルドの職員服を着ているのでおそらく今回の試験官だろう。


「無事だったか! よかった、本当に……」


 試験官らしき男は安堵の息を漏らし、こちらに駆け寄ってきた。


「試験官さん? ずっと隠れて見てたんですか?」


「あぁ、途中までな。大部屋に君たちが閉じ込められた時は正直もうダメかと思ったよ……」


 試験官は冷や汗を拭いながら深々と腰を折った。


「本当に申し訳なかった! 本来、浅層にはあのような魔物の巣は存在しないはずだったのだ。おそらく先日の大セールの影響で、迷宮の内部構造に何らかの変化が生じたのだろう。事前調査に抜けがあったこと、深く謝罪する」


 その謝罪を受け、どうしたものかと私たちは顔を見合わせる。


「事故なら仕方ないですよ。怪我人も出ませんでしたし」


「そうはいかない。本来、Dランク程度の探索者であれば全滅を免れない事態だったんだ。後ほどギルドからも正式に謝罪させてもらう」


 試験官は真剣な表情で言葉を続ける。


「君たちの実力を考えれば、本来ならCランクへ昇格させても問題ないのだが……ギルドの規定上、飛び級措置は行えない。残念ながら今回の昇格は予定通りDランクまでとなる。重ねて申し訳ない」


「私とファナは構いませんよ。私たちは順を追って実績を積みたいので」


「俺も別にいいかな。お嬢様たちと一緒じゃなきゃ死んでたし」


「ジークと同意見だわ」


「……異論はない」


「寛大な対応に感謝する。それでは現時点を持って君たちはDランクだ。昇格試験合格おめでとう!」


 試験官の宣言にみんなの緊張が一気に弾け飛んだ。


「やったぜっ! 合格だ!」


 ジークさんが拳を突き上げて叫び、マルタさんと抱き合って喜ぶ。

 

 ボリスさんも小さな笑みを浮かべて力強く頷いていた。


「お疲れ様、ファナ」


「お疲れ様です。お嬢さま」


 隣で静かに佇むファナと視線を交わし、小さな達成感を分かち合う。


「みなさんお疲れ様です。このままギルドへ戻って祝杯をあげましょう」

 

「「おおー!」」


 私の呼びかけに、パーティーメンバー全員が晴れやかな笑顔で応えた。

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