昇級試験
午前中の復興作業を終え、午後からは依頼の完了報告と手続きのために探索者組合へと足を運ぶ。
日中の稼ぎ時ということもあり、広い館内は静まり返っていた。
普段なら大勢の探索者たちで賑わっている酒場スペースも人影はまばらで、依頼板の前にも人の姿はない。
レターノス領の復興作業が順調に進んでいる証拠でもあるが、静まり返った空間に足音が一つ二つと響くだけというのはどこか物悲しい。
空いているカウンターへ向かうと、担当の受付嬢であるレコナさんが手を止めて柔らかな笑顔で出迎えてくれた。
「お疲れ様です、リーチェ様、ファルミナ様。本日分の作業報告ですね」
「はい。指定された区画の切り株と瓦礫の撤去、生活用水の補充が一通り終わりました」
「迅速な対応、感謝します」
手際よく書類にサインを済ませ、完了印が押された書類と引き換えに報酬が口座に振り込まれる。
連日の作業で疲労が溜まっているものの、日増しに瓦礫が片付き、街並みが本来の綺麗さを取り戻していく手応えは決して悪くない。
レコナさんに素朴な疑問を投げかけてみた。
「探索者というのは乱暴者が多い印象だったんですけど……レターノスの探索者たちはとても行儀が良いんですね」
地元であるシェルブール領のギルドといえば、人がおらず閑古鳥が鳴いているのが日常だった。
たまに見かける探索者も荒んだ雰囲気を纏っていることが多く、こんなにも活気ある街のギルドで行儀良い探索者たちを見るのがとても新鮮だったのだ。
「【エン・デオビアの花】にちょっかいを掛けられる探索者なんていません。それ以前に貴族令嬢に手を出したら物理的にコレですから」
問いかけに対し、レコナさんはにこやかな笑みを保ったまま自分の首筋に手刀を当ると、スッと横に滑らせるジェスチャーをして見せた。
「な、なるほど。レコナさんも私のこと知っていたんですね」
「王国民でリーチェ様のことを知らない人間は少ないのでは?」
ごく当たり前のように言い切られ、返答に詰まる。
やはり【エン・デオビアの花】の一輪であることは周知の事実らしい。
なんだか微妙な気分だ。
「それはそうと、リーチェ様、ファルミナ様。お二人宛てに支部長から特例が出ておりまして――」
レコナさんが手元の書類を提示してきた。
「復興作業への多大な貢献により、お二人は試験なしでの『Dランク』昇格が決定いたしました」
差し出された書類に目を落とすと、そこには私とファナの探索者ランクをDへと引き上げる旨が記載されていた。
なるほど。
レターノス領を救い大セールを終息させた私たちに対する、支部長なりの配慮というわけだ。
「もちろんお二人が望むなら試験を受けることも可能です。ただ、こちらなら怪我をする危険もありませんし、このまま無試験で昇格されるのがおすすめです。どうさなさいますか?」
親切心からそう勧めてくれるレコナさん。
それ自体はありがたいが、書類一枚でランクを上げてしまうと自分たちの本当の実力が分からないままだ。
いくら実績があろうと探索者としての経験不足は否めない。
なにより正規の手順を踏まずにランクだけ上げるというのも、どこか地に足がつかない気がする。
「お気持ちは嬉しいのですが、私たちは通常の昇格試験を受けてDランク探索者になろうと思います」
「……本当によろしいのですか? 特例ですので周りから文句を言われる心配はありませんよ?」
「はい。特例で上がってしまうと自分たちの実力を測れませんから。正々堂々と試験を受けて評価されたいんです」
もっともらしい理由を告げるとファナも隣で頷いた。
「お嬢さまの言う通り。実力で通る方が後々面倒がない」
ファナとしても変に特別扱いされるより、実力で試験をパスした方が今後の探索活動がスムーズになると判断したのだろう。
私たちの返答を聞いたレコナさんは感心したように微笑む。
「ふふっ、律義なお嬢様方ですね。分かりました。それでは正規のDランク昇格試験の手続きを行います」
レコナさんは手元の書類をカウンターの引き出しへ収め、代わりに新しい用紙を取り出した。
「昇格試験の内容ですが、他の受験者の方々と『パーティーを組んでダンジョン浅層の探索』および『迷宮内での外泊』となります」
「外泊ですか?」
「ええ。Dランクからは浅層での魔物討伐や、日を跨ぐような長時間の探索が増えます。なので迷宮内での野営能力や初対面の相手との連携能力、協調性が問われるのです」
つまり単に目の前の魔物を倒すだけでなく、サバイバル能力や集団行動での立ち回りも評価されるわけだ。
「試験は『三日後』に行われます。パーティーを組む相手との顔合わせは試験当日の朝になりますので、それまでに必要な装備や外泊用の資材をしっかりと準備しておいてください」
「分かりました。詳細な説明ありがとうございます」
渡された書類に署名を済ませて必要な手続きを完了させると、二人で探索者組合をあとにした。
「迷宮内で外泊、か……」
「お嬢さま。野営の準備なら鞄の中のもので十分」
「そうだね。荷物の心配が一切ないのは本当に助かるよ」
これが普通の探索者なら、テントや重い寝袋、保存食、水、調理器具などを背負い込んでダンジョンへ潜らなければならない。
その点、私たちの持つ大容量のマジックバッグは本当にありがたい存在だ。
「回復薬や食料の買い足しはしておこうか。あまり手持ちを見せつけるのも角が立つし、程々にね」
「お嬢さまの邪魔をする奴がいたら野営中に処す」
「処さないでね?」
物騒な提案を口にする侍女に釘を刺しつつ、復興の進む活気ある街並みへと歩き出す。
通り沿いの市場は瓦礫撤去が進んだことで露店が戻り始め、以前よりも遥かに賑わいを見せていた。
「さて、まずは日持ちする食材から買い込もうか」
「お肉」
「干し肉と燻製ね。野菜も買っておこう」
市場の露店を巡りながら、干し肉や焼き立てのパン、日持ちのする根菜類を次々と購入していく。
手に入れた品々は人目のつかない路地裏へ移動したタイミングで、ファナの背負う【ランドセル】へと放り込んでもらった。
「組合指定の薬草店で状態回復薬も何本か買っておこう。他のパーティーメンバーが状態異常に掛かったときにサッと渡せるようにね」
「んっ」
そもそも私たちが持っている薬品類といえば、回復用のポーションと若返り薬のアムリタくらいだ。
状態異常回復用のポーションをいくつか用意しておくのが、探索者としての正しい嗜みというものだろう。
薬草店でポーションの小瓶をいくつか買い集め、買い出しもひと段落したところで背中のバッグからぬっとゼリー状の頭が覗いた。
「起きたの?」
バッグの隙間から顔を出したグミは、輝く体を緩やかに揺らしながら体を擦りつけてくる。
「グミも野営が楽しみなの?」
問いかけると体をプルプルと揺らした。
「普通に立ち回って普通に合格できればいいんだけどね」
「お嬢さまを舐める奴がいたら射殺する」
「だから物騒な対応はダメだって」
呆れて苦笑いを浮かべながら釘を刺すと、彼女はどこ吹く風といった様子で茜色に染まり始めた夏の夕空を見つめた。




