困った時のグミ
二度目の迷宮探索から無事生還を果たした私たちは、その足で直ちに探索者組合の執務室へと足を運んだ。
デスクの向こう側に座る支部長は、持ち帰った報告を聞き終えると眉間にしわを寄せて視線を落とす。
「最深部に現れた黒ローブの集団ですか……。迷宮の主を討伐した上で戦利品を放置して迷宮核を狙っていた――と。それが本当なら中層の警備網をどうやって?」
デスクの上に置いた大きな『特級魔石』と『キングミノタウロスの遺物』を見つめながら支部長が呟く。
「彼らは戦闘中、先日の大セールを引き起こしたのは自分たちだと自供しました。おそらく以前にもキングミノタウロスを討伐していて、転移装置か魔道具を使って深層まで潜ったんじゃないですか?」
「――っ、なんということだ……」
ギルドマスターは手を組み合わせたまま沈黙した。
大セールが自然発生した災害ではなく悪意を持った人間による人為的なテロだったという事実。
もしかしたら探索者組合の転移装置が使用されたかもしれないという可能性。
頭の一つや二つ抱えたくなるだろう。
そんな空気を変えようと、私は先ほどの話について訊ねてみる。
「……あの、ギルドマスター」
「ん? なんだい? リーチェ君」
「先ほど交戦した敵から【エン・デオビアの花】と呼ばれたのですが……支部長は私がそのように呼ばれていることをご存じだったのですか?」
その問いかけに対し、支部長は不思議そうな顔で首をかしげる。
「今更何を仰るのですか。王国内でも限られた高貴なる美姫に与えられる名誉ある称号。ギルド関係者だけでなく、この国に住まう者であれば、シェルブール家の令嬢がその一輪であることは周知の事実ですよ。まぁ、ロロアナは私が教えるまで忘れていたようですが」
「あ、やっぱり本当だったんだ」
誇張でも何でもなく周囲の人たちにとっては当たり前の事実だったらしい。
あの事件の裏で本当にそんな称号を授与されていたのだと知り困惑する。
「多少の自信はありますが、美姫ってほどでは……」
謙遜でもなんでもなく、国を代表するほどの美しさなど持ち合わせていない。
「人族にしては十分お綺麗かと思いますけどね。あまり言いたくはありませんが、リーチェ嬢ご本人の知名度も関係しているかと」
「あぁ……」
ふと隣に立つファナへと視線を向けると、彼女は気まずそうに目を逸らして部屋の隅へと視線を泳がせた。
(なるほどね)
おそらく私が【エン・デオビアの花】に選ばれたのは、あのオークションでの出来事が深く関わっている。
だからこそ幼い私が傷つかないよう、お父様やお兄様、ファナたちが配慮して真相を伏せてくれていたのだろう。
周りの人々の優しさが胸に染みる。
「分かりました。ご教示いただきありがとうございます」
「いえ。このくらいなら何ということはありません」
引っ掛かっていた疑問も解消し意識を切り替えると、少しだけ辛そうに眉をひそめるファナの姿が視界に入った。
「ちゃんと回復薬は使ったの?」
「……使った」
「どうだったの?」
「……骨折してた。でも回復薬飲んだから、大丈夫」
素っ気なく白状するファナに呆れと安堵が混ざり合う。
おそらく着弾時の衝撃が殺しきれずに骨が折れていたのだ。
「次からは負傷したらすぐに回復薬を使うこと。いいね?」
「んっ。約束する」
そのやり取りを見ていた支部長が真面目な面持ちで口を開く。
「以前、ロロアナから聞いたのですが……リーチェ君が『あらゆる攻撃を一切受け付けない』というのは本当ですか?」
「はい、本当ですよ。私には特殊な加護があるので」
「なるほど……。もしかしたら今後、リーチェ君とファルミナ君には協力して貰うことになるかもしれません。その際にはどうか力をお貸しください。もちろん依頼に見合った報酬はお約束しますので」
「利のある話であればいつでも構いませんよ」
その後は支部長と軽く雑談を交え、執務室を後にした。
「はぁ……今日も疲れたね」
「お腹空いた」
探索者組合の建物を抜け宿へ向かう道すがら、ふと隣を歩くファナの横顔を見つめる。
今回の戦闘で彼女は肋骨を折るほどの負傷をした。
もしも敵の銃口が胴体ではなく頭部へ向けられていたら?
もしも手持ちに回復薬が無かったら?
自身がどれほど傷つかない身であろうと同行する仲間は違う。
私一人ではどうにもできない瞬間が必ず生まれる。
(もっと確実な防衛手段を探さないと……)
そう考えて仲間を守るための術を模索していた――その時。
背負っていたバッグの隙間からグミが顔を覗かせた。
現れて早々グミは身悶える。
「グミ? どうしたの?」
そう声をかけた瞬間、グミはペッと小さな物体を吐き出した。
「これって……ペンダント?」
足元に転がったのは銀色の繊細なチェーンの先に羊の意匠があしらわれた美しいペンダント。
さっそくファナに渡して【鑑定】して貰う。
「お嬢さま」
「なにか分かった?」
「名前は【エスケープゴート】。効果は『一日に一回だけ、着用者への致命傷となる攻撃を自動で回避する』だって」
その説明を聞いて歓喜する。
一日に一回だけ致命傷を無効化するペンダント――まさに今、喉から手が出るほど欲していたモノだ。
あまりにも都合が良すぎて怖くなるが、仲間の命には代えられない。
「ファナ、今すぐそれを付けて」
「いいの?」
「うん。絶対に外さないでね」
半ば強制だがファナは素直に頷いて羊のペンダントを自身の首へと装着した。
銀色の羊が胸元で鈍い光を放つ。
少なくともこれで即死するような事態は避けられるはずだ。
「ありがとうグミ」
すり寄ってくるグミを撫でてあげる。
「お嬢さま、これからどうする?」
「そうだね……しばらくはこの街に滞在しながら、復興の補助と探索者活動を続けようか」
「んっ」




