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カリンの口から驚愕に染まった声が漏れる。
魔導散弾銃による零距離からの撃ち込み。
放たれた弾は全弾、確かに命中した――はずだった。
だがどうだ? 嬢ちゃんは痛む様子すらない。
かすり傷一つ付かない化物を前にカリンは一瞬だけ硬直した。
絶望的な隙。
実戦において、その一瞬は命取りだ。
「そこっ!」
嬢ちゃんがすぐさま踵を返し、手に持ったハンマーを振り下ろす。
――ピコッ。
「きゃあっ!?」
やはりあれは転移の遺物だろうか?
ハンマーが触れた瞬間、カリンの身体が後方へと移動した。
「しまっ――」
メイドちゃんは顔色一つ変えずに背中の箱から魔導銃を引き抜く。
引き金を絞る音が鳴り、青白く放電する魔導弾が至近距離から放たれる。
「あぐっ……ぁ……ッ!?」
体勢を崩したまま雷撃を浴びたカリンは、全身の筋肉を激しく収縮させ、地面へともつれ込むように倒れ伏した。
あれでは指先一つ動かせないだろう。
完全に戦闘不能だ。
カリンが確保されるまでわずか数秒。
俺とイベルサスは動くことすらできなかった。
「チッ、カリンがやられたか」
「フンッ……奴は我々の中でも最弱」
地面に突っ伏したまま歯を喰いしばっていたカリンが、嬢ちゃんに怨嗟の視線を向けた。
「な、なんで……なんでこんなところに、シェルブール家の令嬢がいるのよ……っ」
「「えっ?」」
声が重なった。
嬢ちゃんと、俺の声だ。
「お姉さん、私のこと知ってるんですか? どこかでお会いしました?」
その言葉にカリンは吐き捨てるように返す。
「知ってるに……決まってるでしょ……ッ。王国から【エン・デオビアの花】に選ばれた……令嬢の顔を、知らないわけないじゃない……!」
「……へっ?」
よく分からないが嬢ちゃんが固まっちまった。
イベルサスの奴が攻撃を仕掛けるべきか迷っているが、俺はそれを無視してポンッと手を叩く。
「なるほど。どこかで見覚えがあると思ったら、三年程前に【エン・デオビアの花】
に選ばられたっつー、シェルブールの姫君か」
「ふぇっ?!」
嬢ちゃんが混乱を極めて声を裏返させた。
いや、なんでだよ。
俺には嬢ちゃんが驚く意味がわかんねーよ。
「――お嬢さま、余計な雑音に耳を傾けるのは良くない。これは敵の眩惑」
「え、でも今エン・デオビアの花って――」
「あー、あー、何も聞こえない」
「ファナ!?」
メイドちゃんは嬢ちゃんの言葉を遮り、倒れているカリンの口を手で塞ぎ込んだ。
「むぐっ……!? んん――ッ!」
「これ以上の機密漏洩は容認できない」
魔導銃の銃口をカリンの脇腹へと押し当てる。
そして一切の容赦なく、追加の魔導弾が叩き込まれた。
「むぐあああぁぁぁ……ッ!?」
激しい放電とともにカリンの身体が大きく跳ね、やがて糸が切れた人形のように白目を剥いて完全に昏倒する。
「……これで静かになった」
メイドは何事もなかったかのように嬢ちゃんの元へと戻っていく。
なんつー女だ。
ってか、カリンの奴漏らしてんじゃねーか。
後でフォローするこっちの身にもなってくれ。
「いやぁ、恐ろしいメイドさんだねえ」
やれやれと首を振る。
「しかし、お嬢さんが【エン・デオビアの花】とはなぁ。こんな場所で【ドラゴンスレイヤー】様と直接戦えるなんて光栄だぜ」
ニヤニヤとした笑みを浮かべ、煽るように肩をすくめてやった。
「……ファナ」
「んっ、なに?」
「あの男の顔、ちょっと歪ませてきて」
「がってん」
メイドが玩具を構える。
その銃口に集まる魔素の密度は、先ほどまでの比ではない。
「ズビビビビーッ」
気の抜けそうな声と共に一筋の水束が俺の胸元へと一直線に伸びる。
無詠唱とか、反則もいいとこだろう。
「おっとぉ! 冗談! 冗談だって!!」
とっさに横飛びになり、迫りくるソレを紙一重で回避。
水束は強固な石壁を熱したナイフでバターを切り裂くように削り取っていく。
「容赦ねぇな、おい!」
着地して額の汗を拭う。
すると今度は嬢ちゃんの方から俺たちに語りかけてきた。
「質問です。もしかして、レターノス領に大セールを起こしたのはお兄さんたちですか?」
一瞬、部屋の中を静寂が包み込む。
俺は口元を歪めて薄笑いを浮かべた。
「……バレた?」
「やっぱり」
嬢ちゃんの中で、何かが繋がったようだ。
とはいえ、目的は割れているのだからそこに辿り着くのも当然。
わざわざ隠しておく必要はない。
「街はようやく復興に向かい始めたところなんです。これ以上、お兄さんたちの好きにはさせません」
「威勢がいいねぇ、お嬢さん。だが、目的が割れた以上は生かして返すわけにはいかんの――よっ!」
俺が魔導弾を放つと同時に、イベルサスが前へと躍り出た。
「――≪集うは灼熱の赤、不滅の焔よ、煉獄の槍となりて、万象を灰燼に帰せ≫」
巨大な火槍が形成され、膨大な熱量が空気を焦がす。
「燃え尽きろッ!」
放たれた業火の槍が一直線に飛んでいく。
残念だがアレを食らって生き延びた奴は数えるほどしかいない。
さすがに今回は、ひとたまりもないだろう。
轟音と共に視界が真っ赤に染まる。
「やったか!?」
「……いや」
炎が収まり、黒煙の中から何事もなかったかのように歩み出てくる嬢ちゃん。
髪どころか衣服すら焦げいていない。
完全に無傷だ。
イベルサスの顔が引きつった。
自分では分からないが、おそらく俺の顔も引きつっているのだろう。
「俺の魔術を受けて火傷一つないだと!?」
「ははっ、無敵かよ……」
なんてこった。
銃も魔術も効果がないとは。
激しい動揺に包まれ、額からは冷や汗が流れる。
「おい! 【ドラゴンスレイヤー】というのは蔑称ではなかったのか!? 正真正銘の化物じゃないか!」
「ありゃ駄目だ。後ろのメイドを狙う!」
そう叫ぶと同時に俺たちは狙いを切り替える。
タンタンタンッ! 乾いた銃声が響き、イベルサスの持つ魔導短銃から放たれた魔導弾が彼女の胸元と腹部へと着弾した――のだが。
「……痛い」
メイドはその場から動くこともなく眉をひそめただけ。
放った弾丸は地面へと虚しく転がり落ちた。
「こっちもか!?」
「おいおい、どうなってんだよ一体……」
あり得ない光景に己の目を疑う。
「お嬢さま、汚された」
「言い方」
攻撃の通用しない化物が二人。
カリンも昏倒し、完全に手詰まりだ。
「チッ……撤退するぞ!」
「だが、カリンが――」
「視界を潰す! 回収しろ!」
意図を察したのか、イベルサスが走り出した。
「――≪集うは流天の緑、静寂なる風よ、狂乱の嵐となりて、万象を刻み尽くせ≫」
突風が吹き荒れ、前方に巨大な竜巻が現れる。
激しい風と巻き上がる石塵で相手の動きを止めることが目的だが、難点はこちらの動きも制限されることだ。
まぁ、イベルサスなら上手くやるだろうさ。
「っ! お嬢さま! 黒ローブの女が奪われた! 逃がさ――」
「ファナ! 追わないで!」
「でも……」
「深追いは危険だよ。相手はまだ何か隠し持っているかもしれないし、今は情報を持ち帰ることが大事」
竜巻が消える前に、俺は手にした転移の魔導具を起動させた。
視界が光に包まれる。
残光の向こう側に映るのは、不快そうに玩具を収めるメイドとこちらを見据える嬢ちゃんの姿。
「またな」
最後にそう呟き、俺たち三人は迷宮から脱出した。
誤字報告いただき、ありがとうございます!




