一難去ってまた一難
大扉の陰から覗く私たちの姿を見て、黒ローブの一人がフッと息を吐いた。
フードから覗く口元は口角が上がって見える。
「まさかこんな場所で可憐なお嬢さん方と出会えるとは、俺は運が良い」
低く、どこか聞き心地の良い声。
男はゆったりとした仕草で一歩踏み出すと、私たちの体を品定めするように視線を滑らせてくる。
「ここで出会えたのも何かの縁。地上に戻ったら一晩どうだい?」
「……えっ?」
開口一番、まさかのナンパ。
隣に立つファナの手がランドセルへと伸びかけたが、手で制する。
「少女趣味なんですか?」
感情を一切乗せずに冷たい視線を返す。
男は気分を害した様子もなく楽しそうに喉を鳴らした。
「まさか。美しい女性に年齢は関係ない」
「そうですか。お兄さん、もしかして貴族だったりします?」
「いや、違うが……。そういうお嬢さんらは貴族か?」
「はい。なので家の利にならない方とのお付き合いはできないんです」
事もなげに言い捨てると男は更に可笑しそうに笑う。
「なに、愛があれば問題ないさ」
「愛に生きられないのが貴族なんです」
「…………」
ふざけたやり取りだが、会話の最中も猛スピードで思考を回転させる。
目の前に立つ二人組。
探索者というには見た目が怪し過ぎる。
今すぐ逃げ出したいが、たった二人でキングミノタウロスを倒すような手練れから逃げきれるとも思えない。
さてどうしたものか。
「……まあいいさ」
男は笑みを消すと興味が失せたように肩をすくめた。
「悪いが迷宮の主はすでに俺たちが倒しちまった。ならもう用はないだろう? 気を付けて帰りな子猫ちゃん」
転移陣を指差し、立ち去るよう促してくる。
意外や意外、どうやら見逃してくれるようだ。
だが違和感が拭えない。
「おかしい」
疑念を込めて二人を見据えた。
「先日の大セールの影響で深層は『立ち入り禁止』のはずです」
当然そんな通達など存在しない。
この場で適当にでっち上げたブラフだ。
もちろん『お前たちも深層に潜ってるだろ』と言われれば反論できない。
だが、彼らが正規の組合関係者や、依頼を受けた真っ当な探索者なら『そんな通達は聞いていない』と一言でも返すはずだ。
「……チッ」
男の隣に立っていたもう一人の黒ローブが不快そうに舌を打った。
「面倒だ。さっさと片付けるぞ」
「おいっ!」
男が制止する間もなく両手に魔導短銃を握り低く構える。
自らが不審者であると認めたも同然だ。
「あっ、先ほどから気になってたんですけど、迷宮の主を倒したのに足元に転がっている戦利品には興味ないんですね?」
「…………」
「迷宮核を書き換えるのが目的だったり?」
おそらく彼らはスタンピードを意図的に再発させようとしている。
戦利品を回収しない理由なんてそれくらいしか思いつかない。
街はようやく復興の兆しを見せ始めたばかり。
人々が少しずつ笑顔を取り戻し始めたあの街を、再び魔物の爪痕で踏みにじる真似は見過ごせない。
「ファナ」
「んっ」
彼女はランドセルから素早く【水鉄砲】を引き抜き、その銃口を相手へと突き付ける。
私も手にしたディメンションハンマーの柄を握りしめた。
「そこから先へ進むのは止めてください」
「惜しいな。美しい花を散らすのは心が痛む」
ナンパな口調を崩さぬまま男が魔導銃を構える。
場の雰囲気が一瞬で瓦解した。
「――≪集うは清冽の青、揺蕩う泡沫よ、無慈悲なる奔流となりて、万象を穿て≫」
ファナの詠唱によって放たれる無数の水弾。
先ほどミノタウロスやゴブリンの群れをなぎ払った、マシンガンのごとき広域打撃だ。
だが二人組は動じない。
「――≪集うは流天の緑、巡る息吹よ、悪意を砕く壁となりて、我が身を護れ≫」
男が短く詠唱を唱えた瞬間、前方に魔力障壁が展開される。
無数の水弾が激しい音を立てて障壁にぶつかり凄まじい水飛沫を散らしたが、男の衣服一枚濡らすことすら叶わなかった。
「……っ!」
「速いが、威力がちと弱いな」
障壁を維持したまま男が地面を蹴った。
速い。
ロロアナさんと比べても見劣りしない速度で間合いを詰めてくる。
狙いは後方のファナだ。
「させない!」
進路上へ強引に割り込み、ハンマーを振り下ろす。
――ピコッ。
「なっ!?」
後方へ転移させられた男が驚愕の声を漏らした。
「今っ!」
態勢を崩した男に向け、ファナが追撃の引き金を引く。
光線と見紛う一筋の水束が男の肩口を削り取り、朱色の血が宙に舞った。
「くっ……! 玩具かと思えば……!」
肩を染める血を払うこともせず、男が跳び退いて距離をとる。
その隙に様子見していたもう一人が動き出し、ファナの追撃を遮った。
やはりこの二人組は不気味だ。
本気で戦うフリをして、こちらの戦い方を観察している。
「ファナ。あまり手札を見せないで」
「りょっ」
ハンマーの牽制で敵の間合いを潰し、ファナが魔術を叩き込む。
決め手を欠くが、敵の二人組も決め手となる攻撃をしてこない。
(遊ばれてる……?)
こうなったら一旦引き下がるしか――そう考えた直後。
全身の毛が逆立つような強い悪感が背筋を駆け抜けた。
視線は前方の二人組に固定されている。
ファナもまた彼らの動きに意識を集中させていた。
だからこそ気付けなかったのだ。
――三人目の敵に。
「死ねっ」
ズダンッと重い銃声が私の背後で炸裂する。
「お嬢さま!!」
ファナの絶叫に近い悲鳴が響く。
視界の端に映ったのは新たな黒ローブの姿。
気配を極限まで殺し、戦闘の混乱に乗じて死角から忍び寄っていた伏兵――なのだろうけど。
「ごめんね。私に銃は効かないんだ」




