ドラゴンスレイヤー(仮)
スライム。
ゲームなどの序盤で見かけるモンスターであり、固体と液体の境界を彷徨っている
半透明のアイツだ。
一見弱そうな見た目をしているが、この世界のスライムは、物理、魔法、呪い、状態異常のすべてに耐性を持つ非常に頑丈な魔物である。
一応、耐性の中でも物理耐性――主に斬撃耐性が低いらしく、刃物であればダメージを与えることは可能なようだが……それは剣を極めた先にある話なので、ずぶの素人が切りつけようとも無駄に終わるだけ。
つまるところ、銃と魔法が主力のこの世界でスライムが討伐されたという記録は一切存在しない。
「どんな頭してたら魔物を身代わりにしようなんて考えつくの?」
「ずいぶんな物言いだね。我ながら名案だと思うんだけど? スライムなら誰も傷つけることはできないし、領地に掃いて捨てるほどいるから」
まさに宝の山。
攻撃性皆無、運動性も皆無、只々頑強。
これほど最高に最硬な生物が他にいるだろうか?
そんな魔物が大量に湧くダンジョンがお父様の治める領地にあるのだから、運命を感じずにはいられない。
「言ってることは理解できるけど、シェルブール領のスライムは他領のモノと比べて毛色が違うから不安」
「確かに……黒光りしてるもんね」
Gじゃないよ?
我が領にいるスライムが黒くて光沢があるってだけ。
生態に関しては通常のブルースライムと違いはない。
私が生まれる前に一度だけ調査を行ったらしいが、なぜ色違いが存在するのかは分からず終いだと聞いた。
なんとも不思議な生き物である。
「お嬢さま。そろそろ目的地」
「早かったね。運転手さんに『帰りはこっちから連絡を入れる』って伝えて」
「んっ」
他愛もないことを話しているうちに本日の目的地が近づいてきた。
耳をすませば、運転席から『かしこまりました』という声が聞こえてくる。
声の感じからしてこの前の運転手さんかな?
いつもありがとうございます。
「あの、今大丈夫ですか?」
「ご覧のとおり暇で暇で仕方ないので大丈夫ですよ~」
受付嬢に話しかけると、そんな生返事が返ってくる。
言われてみれば、受付以外には人っ子一人見当たらない。
不人気ダンジョンというのはどうやら本当らしい。
「私と侍女、それから護衛の騎士が五人で計七名。迷宮への入場手続きをお願いします。残りの騎士たちは迷宮の入り口に待機させますので手続きは必要ありません。それと、ファナ」
「はい、お嬢さま。こちらの手紙は当家の主からになります。支部長へとお渡しください」
受付嬢はファナから手紙を受け取ると、キョトンとした顔になる。
どうやら私が貴族だと気付いていなかったようだ。
こんな物々しい集団、そうそういないだろうに。
「この印ってシェルブール家のですか? そう言えば今、お嬢様って……え? もしかして、貴女がかの有名なドラゴンスレイ――むぐっ!?」
「お姉さんは伯爵家を敵に回す気ですか? お若いのに素敵な覚悟ですね。なにか言い残すことがあれば最後にどうぞ。はい、三、二、一」
「むーっ!?」
咄嗟に口を押えて彼女の言葉を遮る。
それでも、後ろに控える騎士たちの顔はすでに真っ赤っか。
ファナに至っては魔導銃に手をかけている。
あと一歩でスプラッター間違いなしだ。
「あの、お嬢様。ドラゴンスレイとは一体なんのことでしょうか? もしや、竜を倒されたことが?」
「!?」
後方からまさかのフレンドリーファイア。
振り向くと、疑問の声を上げていたのは若い女騎士だった。
(どこかで見覚えある顔だけど……。あっ! 検証に協力してくれた人だ!)
「申し訳ございません、お嬢様。こいつは今年から騎士隊に配属されたばかりの新人でして、無知ゆえの不敬をお許しください。ほら、ボケっとしてないでお前も頭を下げんか」
先日のお礼でも言おうかと考えている間に、ガラルド隊長が彼女の頭を押さえつけてしまった。
そこまでしなくても大丈夫――とは言えないのが貴族令嬢のつらいところ。
「二人とも頭を上げてください。ファナ、そこの新人さんに説明してあげて」
「良いの?」
「このままだと護衛に支障が出るでしょう?」
「んっ。それじゃあ――」
ファナが淡々と女騎士に向けて語り始める。
それは、私にとって恥辱に塗れた最低の事件。
身も蓋もなく言えば、使用済みの下着を使用人に盗まれて裏オークションに出品された間抜けな伯爵令嬢の物語だ。
Q、そんなモノを買う人がいるんですか?
A、はい、たくさんいます。
あまり知られていないが、貴族の身の回り品が裏オークションに流れることは珍しくない。
家具や調度品はもちろんのこと、歳若いご令息やご令嬢の衣類なども頻繁に取引されており、非合法のオークション故にそれらの品々は盗品が多い。
私の場合もその例に漏れず、心ない使用人に盗まれた下着がオークションに出品された――のだが、問題はそこではなく、競り落とされた金額。
その額なんと『二十億エン』。
とある参加者がなにをとち狂ったのか、歴代最高額で私の下着を競り落とした。
もちろんオークション会場は騒然。
なにせ何処の誰とも知らない令嬢の下着が、目玉商品であった生きた亜竜よりも高値で取引されたのだ。
その日のことは瞬く間に噂となり、リーチェ・ルマリア・シェルブール伯爵令嬢の名は【ドラゴンスレイヤー】という汚名と共に国中を駆け回った。
――そして。
オークションから一夜明け、この一件はシェルブール家にも伝わる。
事の一部始終を知った家族は衝撃を受け、私もまた心に深い傷を負った。
それを見ていた使用人たちは事態を重く受け止め、自らの手で裏切り者へ報復させて欲しいとお父様に願い出たのだが……結局は出回った写真の回収や噂の火消に追われ、屋敷全体がそれどころではなくなってしまった。
そして最悪のタイミングで来る縁談の山。
噂を聞きつけた他領の領主が『ぜひ、うちの息子と縁談を』と言って釣書を送り付けてきた。
持参金ゼロでいいから今すぐ輿入れしろとか、国境線の利権を譲るとか、必死すぎて恐ろしかったのを今でも覚えている。
おそらく彼らは私の事を『噂のせいで貰い手がいなくなった伯爵令嬢』とでも思っていたのだろう。
シェルブール伯爵家と縁を結ぶには絶好の機会だったわけだ。
ちなみに縁談の中には王家からのお誘いもあった。
端的に言えば、第二王子(当時三十六歳)からの『特別に十四番目の側室にしてやる』という、ありがたいお誘い。
我、当時十二歳ぞ?
これにはシェルブール家一同、揃ってブチ切れ。
返答をのらりくらりと躱しながら王家と距離を取ることにした。
そんな中、一人蚊帳の外に置かれていた私は【ドラゴンスレイヤー】という恥辱的な汚名を上書きするために本物のドラゴンを討伐することを決意。
三年後の儀式で魔術の才を得てみせると意気込み、食事と習い事以外の時間は部屋に引きこもって勉強漬けの毎日を送った。
まぁ、今となってはそれも無駄な努力だったけれど。
私に魔術の才能がないと分かると、あれほどしつこかった縁談はすべて向こうから白紙にしてくれた。
おかげで対応に苦慮していたお父様とお母様の負担はだいぶ減ったので、私としては悪くない結末だったのだ――が。
それでシェルブール家が受けた精神的苦痛が消えてなくなるわけではない。
私の下着を落札した誰かさんがここまで狙っていたとは思えないが、あの事件が全てのきっかけになったのは事実。
もし落札犯の目的がシェルブール家に対する嫌がらせだったのなら――必ず見つけ出してスレイしてあげよう。
そんな意図はなく、ただの変態さんだった場合には……
足の裏に塩でも振って山羊に舐めさせるか。
―― 【ドラゴンスレイヤー】 ――
それは騒動の渦中でリーチェに付けられた悪趣味極まりない最悪の汚名。
名誉の欠片もない偽物の称号。
ドラゴンの価格に下着の落札金額で勝ったのでドラゴンスレイヤー。
スレイとは一体?




