そうだ迷宮、行こう
惜しい侍女を亡くした。
だがその尊い犠牲のおかげで間違いに気付くことができた。
このスキル、どうやら相互に作用するらしい。
私にとってのスケープゴートがファナなら、ファナにとってのスケープゴートも私というわけだ。
だからこそ彼女は私の身代わりとなって吹き飛んだのだろう。
なぜそんな仕様になっているのか分からないが、誰かに私のダメージを肩代わりして貰えるなら――
「使い方によっては悪くないかも……?」
「なにが悪くないの?」
「きゃあ!?」
不意に耳元で囁かれ、思わず背筋が伸びる。
「生きてたの?」
「ひどい……別にいいけど。それよりなにが起きたの? リニアお嬢さまは?」
ファナが頬を膨らませてジッと見つめてくる――が、怖くはない。
むしろあれだけ吹き飛ばされて無傷なことの方が恐ろしい。
「恩恵の効果でファナが吹き飛んで、妹は説教部屋に連行されたよ」
「なるほど。……これは使用人たちも大喜び」
「どういうこと?」
みんなして吹き飛びたいの?
「お嬢さまの恩恵を使用した誰かを自傷させないように拘束する。次に危害の及ばない場所に監禁する。――最高級お守りの完成」
「……そ、そう」
ナチュラルに物騒なことを言うウチの侍女。
だが、この子の立場を考えれば無理もない。
貴族の令嬢ともなれば護衛無しに外を歩くことは許されない。
攫われそうになるくらいならまだマシで、これまで何度殺されそうになったか。
その度に護衛や使用人たちが重傷を負って生死の境を彷徨ってきた。
――長距離魔導銃でズドン。
剣と魔法の世界ならまだしも、銃と魔法の世界では目視できない距離からの一撃で命を落とす。
事前に結界を張っておいて致命傷を避けるだけで精一杯だ。
そんな状況を打破できるのであれば、身代わりの一人や二人用意しろと言いたくなるのも頷ける。
「お嬢さまに被害が及ばない状況を作れるなら護衛が取れる行動を増やせる。そうなれば実行犯を捕らえる機会も増える」
「理解はできるけど……納得はできないかな」
「罪人の命だよ?」
うーん、ドライ。
やはり私の身代わりは罪人にさせるつもりのようだ。
護衛や使用人が犠牲になるよりは万倍もマシだけど、自分の身代わりで人が死ぬのは夢見が悪い。
「考えておく――と言っても決定事項なんでしょ?」
「んっ。旦那様にはあとで報告する。そして間違いなく裁可が下る。楽しみ」
「嫌って言ったら?」
「甘々なお嬢さまが首を縦に振るまでずーっとお話しする。罪人の命一つでお嬢さまの命を守れるなら、どんな手段を使ってでも納得してもらう。安心して。もし予備が一人で心許ないなら……百でも二百でも用意するから」
安心ってなんだっけ?
そんな数の罪人を領地に連れてこられても困る。
「忠言は耳に逆らうって言うもんね。大人しく聞き入れるよ」
「言葉の意味は分からないけど……聞いてくれてありがとう? ところで、一つ相談がある」
ファナが言いにくそうに口ごもる。
「なにかしら?」
「ファナにかけた恩恵、そろそろ解除して」
「……えっ?」
「えっ?」
重厚な木製の扉が開かれ、部屋の中へと招かれる。
机の上には開かれたままの資料とメモが山のように積み重なり、壁一面を埋め尽く
す書架には背表紙の文字が擦り切れた本が隙間なく並んでいた。
普段は立ち入ることのない部屋だが、今日はお父様への報告のために――ルマリア城にある執務室を訪れることとなった。
「いらっしゃい、二人とも。君たちがこんな場所まで来るなんて珍しいね」
「お仕事中に失礼します。先ほどまでファナと手の空いていた騎士の協力を得て、恩恵の検証をしておりまして」
「さっそく試してみたんだね。どうだった?」
話を聞いたお父様が机に両肘をつき、前のめりになる。
仕事が終わるまで待たせてもらうつもりだったのだけど、このまま話し続けて良いのだろうか?
部屋の隅に立つ執事長に視線を向けると、彼は黙って頷いた。
どうやら問題ないらしい。
「結論から申しますと、私の恩恵は指定した対象が受ける被害を肩代わりする効果がありました。そしてその逆も然り。相互関係にあるようです」
「ふむ、『お互いがお互いの被害を被る効果』と考えれば良いのかな?」
「そのお考えで間違いないかと」
流石はお父様、話が早い。
しかしそこまで話したところで、お父様は両手の指を組んで深く考え込んでしまった。
「旦那さま。その件についてお話があります」
「あぁ、大丈夫。君の考えは理解しているつもりだ。後ほど時間を取ろう」
「ありがとうございます」
「…………」
エスパーかな?
「コホン。話を止めて悪かったね。それで、ファルミナの額が真っ赤なのはその検証が原因ということかな?」
「あ、いえ、それは……」
我が侍女に視線を送ると、プイっと顔を逸らされる。
「……恩恵の検証をしたところまでは問題ありませんでした。ですが解除方法が分からず、協力してくれた騎士を返した後も二人で試行錯誤していたのです」
「それは大変だ。解除方法は見つかったのかい?」
「はい。ただ『解除』と口にするだけで解けました。しかしそれと同時に無防備だった彼女のおデコに一撃を入れてしまい……この有様です。先ほどから口も利いてくれません」
ファナに向けてもう一度視線を送るが、再びプイっとされる。
これにはお父様も苦笑いだ。
「君たちは本当に仲が良いね。二人のことは信用してるけど、次からはもう少し気を付けて行動しようか? 何かあってからでは遅いからね。それで、その恩恵の効果は解除しない限り続くのかな?」
「少なくとも検証中は続いていました。おそらく永続的なものかと」
ファナも私の話に合わせて頷く。
「なるほど。それなら【回復薬】を罪人に使用して……うん、ファルミナ。先ほどの件は前向きに検討すると――」
「お父様!」
突然の大声に二人が驚く。
淑女としては失礼な行動だが、少し穏やかでない言葉が聞こえたので強引に話を止めさせて貰った。
父が口にした回復薬というのは前世でいう風邪のお薬とかではなく、ゲームなどに登場するポーションのことだろう。
だとすれば、その回復薬を使って身代わりを生かし続け、何度も使い回す気なのかもしれない。
こちらの考えすぎなら良いが、予想通りなら恐ろしい話だ。
なんとかこの流れを止めなければ。
「リーチェ?」
「お嬢さま?」
何か手立てはないか。
考えろ、考えろ、考えろ、考えろ――って、そうだ!
「迷宮! そう、迷宮です!」
「迷宮? 急にどうしたんだい? 残念だけどあの場所は今……いや、なるほど。そういうことか」
お父様はどうやら意図を察してくれたらしい。
一方でファナは首をかしげている。
「お父様。どうか私に【スライムの迷宮】の探索許可を!」




