お父様の胃はボロボロ
「魔導列車の復旧には早くても数ヶ月はかかります」
駅の職員から告げられた言葉にがっくりと肩を落とす。
この数週間で請け負っていた区域の復興作業は一通り完了した。
しかし破壊されたのは街だけではない。
鉄道網を稼働させるためのインフラも壊滅的な打撃を受けていたのだ。
「仕方ないか。幸いお父様にはいつでも連絡を取れるようになったし、この街で探索者として稼ぎながら復旧を待つとしよう」
シェルブール領への早期の帰還は叶わなくなってしまったけれど、やるべきことはたくさんある。
気持ちを切り替え、私たちはレターノス中央駅を後にした。
「すまないね。急に呼び出してしまって」
同日の午後。
支部長の手引きにより探索者組合にある個室へと案内された。
扉を開けた先で待っていたのは見知った人物。
腰まで伸びた桃色の髪に勝気な顔立ち。
現在の体型に合った仕立ての良い豪奢なドレスを纏い、その幼女はソファーに腰掛けていた。
「久しぶりじゃの小娘」
「お久しぶりです。公しゃ――いえ、ロロアナさん」
見た目は愛らしいが、不敵な笑みと佇まいがそれを否定する。
支部長以外の人間がこの光景を見ても、目の前の幼女が戦死したはずのレターノス公爵だとは思うまい。
「まずはこれを返しておく」
ロロアナさんは机の上に、丁寧に畳まれた衣服を置いた。
ダンジョンの最深部で貸した予備のドレスだ。
「あの時は助かったのじゃ。礼を言うぞ」
「お役に立てたのなら何よりです」
ドレスを受け取ると彼女は笑みを深くした。
「次に対価の話じゃが……お主らにはいくら感謝してもしきれん。そこでじゃ。何か欲しい物はないか? 例えば、我が公爵領が誇る『魔導飛行船』とかの」
「……はっ?」
魔導飛行船――それは空を往く国内最高峰の乗り物。
その言葉に一瞬、心が躍りそうになる。
とはいえ、そんな超技術の塊をポンと貰うわけにはいかない。
そもそも貰ったところで普段のメンテナンスはどうするのか。
エンジンや魔導回路が故障でもしたらシェルブールの技術では手も足も出ない。
遠慮がちに提案を切り出してみる。
「いただけるなら、ぜひお譲りいただきたいのですが……。整備士の方も付けて貰えませんか?」
渾身のおねだりを聞いたロロアナさんは、意表を突かれたようにまばたきを繰り返し――お腹を抱えて笑い出した。
「ロロアナさん?」
「いや、すまぬ。くくっ……整備士を付けてくれじゃと? お主、整備士だけで本当に良いのか?」
不思議そうに首をかしげるこちらをよそに、ロロアナさんは話を進める。
「わしはな、お主らが望むなら魔導飛行船の『製造技術』――すなわち、造船企業ごと明け渡すつもりで話しておるのじゃ」
「き、企業ごと!?」
予想を遥かに超えるスケールの大きさに、ファナと揃って声を上げてしまう。
基幹産業を他領に移転させるなんて普通ではあり得ない。
「そんなことが可能なんですか? いくら立場があっても……」
「案ずるな。企業の頭は腐れ縁の知り合いでの。元はと言えば、わしがこの公爵領を興した時に連れてきた技術者の一人じゃ。奴には数え切れないほどの貸しがある。わしから『シェルブール領へ移れ』と言えば、二つ返事でついてくるわ。断られる可能性など万が一にもない」
その自信に満ちた言葉に納得しつつ、もう一つの懸念が口をつく。
「基幹産業が他領に渡ってしまったら、レターノスの領民が仕事にあぶれてしまうのでは?」
「心配無用。仮にも公爵領じゃ、産業は他にもある。それに造船関連の仕事に従事しておる奴らは、技術の移転と共にそちらへと移住するじゃろうて。あやつら技術者どもは自分の仕事が続けられるなら領境など気にせん。結果として王家の直轄地になるこの場所には『お飾りの製造設備』だけが残る。実に愉快じゃな」
ロロアナさんの話を聞き、心の中で領地経営に追われるお父様へと手を合わせる。
この話を受ければシェルブール領の産業が増えて領地が潤う代わりに、領主としての仕事が山のように増えるだろう。
過労で倒れそうになるお父様の姿が脳裏をよぎり良心が痛む。
だが目の前にぶら下がった人参にはどうしても抗えない。
魔導飛行船の製造方法なんて欲しいに決まっている。
技術と良心を秤にかけ、そのまま秤ごと良心をゴミ箱へ投げ捨てた。
「そのお話、ありがたく受けさせていただきます。ただ……レターノス領が王家の直轄地になるというのは一体?」
「配偶者もおらんし家督を引き継ぐ者がいないからの。わしの死が公表されるのと同時にレターノス公爵領は国に返還され、王家の直轄地となる予定じゃ。……気に入らんのだ。今回の大セールに対し、王家は『隣国が不穏で国境の戦力を割けない』などとほざきおって援軍を一切寄こさなかった。その本質は『王都に近い防衛線さえ死守できれば辺境なんぞどうなってもいい』という中央の怠慢と保身じゃ。血縁であるレターノス公爵家を切り捨てておきながら、この地で培った技術をタダ同然で持って行かれるのが、死ぬほど気に入らん。王家に明け渡すくらいなら、レターノスの恩人である小娘らにまるごと引き渡した方が遥かにマシじゃ」
おぅ……凄まじい執念だ。
かなり王家に対する恨みが溜まっているらしい。
「お主ら二人の活躍は、シェルブールとロスナートから戦力を借りたのと同等かそれ以上の価値がある。若返りの秘薬も含めれば、技術の一つや二つ安いものじゃ」
ロロアナさんはまだ裏で色々と動かなければならないらしく、細かい手続きについてはシェルブール領に戻るまでに手配してくれることとなった。
「復興作業が片付き次第、技術者どもをシェルブールに送ってやる。それまでにはお主の父親に話を通しておくのじゃな」
そう言って豪快に笑いながら、ロロアナさんは部屋を後にする。
なお、預かっていた【牛さんなりきりセット】は正式に受け取りを拒否された。
「最近、身体が軽く感じるんだ。動くのがとても楽というか全然疲れない」
「んっ。動きが以前より滑らかになってる」
夜、宿に戻った私たちは、お互いの変化について語り合った。
魔導飛行船のことなど話さなければならないことはあるが、話が大きすぎるので明日以降の自分に託すことにする。
さて、連日の復興作業を経て気付いたことだが、以前と比べて大分身体能力が底上げされているようだ。
これもレベルアップの効果だろうか?
ゲームのようにステータスを見れないのがなんとももどかしい。
「ファナも新しい水魔術覚えた」
「本当? どんな魔術?」
「見せたいけど、ここでは無理。……宿ごと吹き飛ばして良いならやる」
「ダメに決まってるでしょ」
申し出が物騒すぎる。
「なら迷宮に潜って試すしかない」
「そうだね」
復興作業による貢献度は十分に溜まっているはず。
正式な査定はまだ先になるが、探索者ランクは確実に上がるだろう。
ならここら辺で一度休憩するのもありだ。
新しい魔術の実験と気分転換を兼ね、私たちは久しぶりにダンジョンへと向かうことにした。




