復興作業
後に『レターノス領 夏の大セール』と呼ばれるスタンピードの終息から一週間が経過した。
現在滞在しているのはレターノス領の領都デュカ。
街の中心部に【ミノタウロスの迷宮】を抱える特異な迷宮都市だ。
防壁の外に広がる長閑な田園風景とは裏腹に、市街地の一角は今なお痛々しい爪痕を残している。
スタンピード発生時の迅速な避難誘導により一般領民の人的被害は最小限に抑えられたらしいが、防衛線を死守した公爵家の騎士たちと冒険者、そして探索者には少なくない死傷者が出たという。
崩落した建物の残骸が積まれた大通りを見渡してから首を振る。
ここで立ち止まっていても瓦礫が勝手に片付くわけではない。
「お嬢さま、水の供給が終わった」
煤のついたエプロンを叩きながらファナが歩み寄ってくる。
彼女は水魔術が使える探索者として、生活用水や洗浄水の確保に追われる現場を東奔西走していた。
その類まれなる魔術の腕と真面目な働きぶりから、ギルド職員や被災した領民たちの間では聖母のようにもてはやされている。
「お疲れ様。体調はどう?」
「問題なし。魔術の制御には良い訓練」
頼もしい限りだ。
ファナほどの腕があれば、強力な遺物に頼らずとも魔術ひとつでいくらでも領民の役に立てる。
だけど私には――
ピコピコハンマーがある!
「さて、次はあの根っこを片付けるとしよう」
通りを塞いでいる巨大な街路樹。
幹がへし折れた後に残された巨大な切り株と根は、人力で撤去するには専門家でも骨が折れる代物だ。
少なくとも一介の令嬢がどうこうできるものではない。
だがこのハンマーがあれば話は別。
「そいっ!」
間の抜けた音と共に、土中にがっちり食い込んでいた大木の根っこが地表へと現れる。
ピコッピコッと叩くたびに、地面に埋まっていた巨大な切り株が消滅して作業員の前へと転移していった。
「あの嬢ちゃんは何者だ……」
「根っこを一瞬で引っこ抜きやがったぞ」
「やりますねぇ」
周囲の作業員たちから驚愕の目を向けられるのが実に気持ち良い。
一人で悦に浸っている私に『助かった』と何度も頭を下げてくれた。
いえいえ、お気になさらず。
「座標転移を土木作業に流用だなんて、前世の人間が知ったら泣くね」
休憩している間に、作業員たちが切り株を台車に積み込んで運んでいく。
汗を拭う彼らの顔には疲労こそあれど、一週間前のような絶望の色はすっかり消えていた。
「お嬢さま、お水入れる」
「助かるわ」
大通りの端、歩道の縁石に腰を下ろす。
ファナから受け取った冷たい水を喉に流し込んでいると、近くで休憩していた他の探索者たちの会話が風に乗って耳に届いた。
「……にしても、この復興作業だけで暫くは食っていけるな。探索者ランクに加点されるのもデカい」
「おうよ。ここでせっせと泥を運んでる方がよっぽど実入りがいいぜ」
男たちが背負った袋を叩いて笑い合っている。
それも当然、この復興作業は探索者にとって最大の稼ぎ時なのだ。
私たちが迷宮を攻略したという功績は綺麗サッパリ吹き飛んでしまった。
若返ってしまったロロアナさんを『死んだ』ことにするため、最深部に入った事実ごと揉み消さなければならなかったからだ。
探索者としてランクアップしたいなら地道に復興作業を頑張るほかない。
「それにしても、やっぱり凄かったよな『銀翼の風』は。ミノタウロスどもを何百体と屠ったらしいぜ」
「…………」
思わず手にしたコップを握りしめる。
――銀翼の風。
最近よく耳にするSランクパーティーの名だ。
彼らは少しでも街の被害を抑えるため、率先して強力な魔物と戦ったらしい。
探索者としては文句のつけようもなく立派だと思う。
たとえその活躍が原因でレターノス家の騎士たちが犠牲になったのだとしても。
誰も悪くない。
悪いのはすべて、理不尽な迷宮の仕様なのだから。
「リーチェ君、ファルミナ君。少しいいかな?」
物思いに沈んでいると背後から声をかけられた。
誰かと思えば、端正な顔立ちに長い耳を持つ探索者組合の支部長だ。
「例の件について報告があってね。……ロロアナの生存は公爵家の一部使用人と私たちを除いて完全に伏せられることになった。表向きは戦死。二人が連れ帰ってくれた騎士たちの葬儀は終わったけど、彼女は街の復興やら偽装工作やらで多忙を極めているようだ。しばらくはこちらに顔を出せないだろうね」
「ふふっ。元気な幼女ですね」
豪快に笑うロロアナさんの姿を思い出し、思わず口元が緩む。
そんな状態であれば、具体的な報酬の話はまだ先のことになりそうだ。
「何か彼女に伝えておきたいことがあるなら聞くよ?」
「今はないです。……そういえば、その後お父様から連絡はありましたか?」
「あればすぐ伝えるさ」
「お願いします」
家族への連絡については、迷宮を脱出したその日のうちに目の前にいる支部長が手配してくれた。
魔導通信装置でお父様とお兄様の取り乱した顔を見た時は流石に申し訳なく思ったが、探索隊を組織される前に連絡が取れたので結果オーライ。
未だにデカスライムに吸い込まれた騎士たちの消息は分からないらしいが、アセロラだけはあの場から逃げ出せたらしい。
一人だけでも助かったと知って安堵したものの、ガラルド隊長たちの安否は気がかりだ。
「君たちの偉業を公にできないことは残念に思うけど、復興作業の貢献度については最大限融通させてもらうよ」
「期待してるわ」
支部長は小さく微笑み、再び忙しない現場の指揮へと戻っていった。
「お嬢さま、次の指示は別区域の瓦礫撤去」
「本当に忙しいね。まぁいいよ。どのみち魔導列車のダイヤが復旧するまでは帰れないんだから、ここでしっかり稼いでランクを上げておこう」
ハンマーを手に取り、ファナと共に次の現場へと歩き出した。




