大セール終了
ヌイグルミノタウロスが消滅してから暫くして、部屋の最奥にある石壁が地響きを立てて横へとスライドしていく。
現れた短い通路の先には、丸い水晶――迷宮核が安置されていた。
「小娘、行くぞ。一刻を争うのじゃ」
「はい、急ぎましょう」
ロロアナさんの背中を追い石壁の先へと駆け出す。
とはいえ本当に目と鼻の先だ。
すぐに迷宮核の置かれた場所まで辿り着き、台座に据えられた水晶の前に並び立った。
目の前に浮かび上がったのは淡い青光を放つ半透明のタッチパネル。
そこには赤い警告色で『大セール実施中』の文字がデカデカと表示されている。
「公爵閣下、操作方法は?」
「ふむ。文献によれば、ここをこうして――こうじゃ!」
ロロアナさんの指先が迷いのない動きで画面の文字を叩く。
すると――
『―― 大セールが終了しました ――』
赤かった警告色が目に優しい緑へと変化して画面のステータスが切り替わった。
「ふぅ、おそらくこれで止められたのじゃ」
「……なんて単純な」
地上が現在どうなっているかは分からないが、ひとまずこれ以上の被害は抑えられたらしい。
ホッと息をつくロロアナさんの横で、私もようやく肩の力を抜いた。
「お嬢様。こちらも遺物の回収が終わりました」
「ご苦労様。そこに並べて頂戴」
指示を受けたファナが、手際よく戦利品を取り出していく。
一つ目は、キングミノタウロスが使用していた『巨大な斧』。
二つ目は、ヌイグルミノタウロスが遺した『虹色の魔石』。
三つ目と四つ目は……『牛の角と耳が付いたカチューシャ』と『カウベルの付いた首輪』だった。
「これは?」
「鑑定を行った結果、名称はどちらも【牛さんなりきりセット】と出ました。効果や詳細については、現状『不明』としか表示されません」
「そう。なりきりセット……ね」
なんなのだろう、その緊張感のないネーミングは。
緊迫した戦いの後だけに何とも言えない脱力感がこみ上げてくる。
「公爵閣下。閣下が止めを刺したんですから、これらはすべて閣下の戦利品です」
「うむ、断る。当分牛に関する物は見とうない。あの悪趣味なヌイグルミの私物など持っておるだけで精神が削られそうじゃ。どうしてもと言うなら……小娘、お主が預かっておけ」
「そうですか? では」
完全に押し付けられる形になり、私は苦笑しながら戦利品をバッグの中へと仕舞い込む。
その瞬間だった。
「あっ!?」
バッグの口からぬるりとグミが這い出てきた。
そして床に転がっていた虹色の魔石に向かって勢いよく跳躍する。
「グミっ! ダメ!」
「(ぷるんっ)」
制止の声を無視してグミは虹色の魔石を包み込んでしまう。
その直後、パキッと魔石が砕ける音が響いた。
「……あぁ」
「……申し訳ありませんお嬢さま。完全に油断しておりました」
貴重なレア魔石が一瞬にしてパァだ。
少し前までは時間をかけて溶かしていたはずなのに、最近は魔石を食べるペースが格段に速くなっている気がする。
「ほぅ、これが噂に聞くシェルブール領のブラックスライムか。なんとも美しいものじゃな」
「……えっ?」
その言葉にグミを見返すと、魔石を食べ終えたというのに輝きが消えていない。
半透明の体内に、これまで以上に細かく美しい光の粒子が生まれ、まるで本物の星空のようにまたたき続けている。
言葉を失い、その光景に釘付けになった。
隣に立つファナも同じように目を奪われている
そんな視線もどこ吹く風と、グミは満足そうに体を震わせ、定位置であるバッグの中へと帰っていった。
「今のは何だったのでしょう?」
「全然分からない。……公爵閣下。申し訳ありませんが、キングとヌイグルミの魔石については、当家の方で後ほど賠償を――って閣下?」
視線を向けると、ロロアナさんは私が背負ったバッグをジッと見つめていた。
その表情は先ほどまでの飄々としたものとは明らかに違っている。
「どうされましたか?」
「ん? あぁ、少し思うところがあっての。今のスライムのように騎士たちを地上に連れ帰ってやれぬものかと考えておったのじゃ。もちろん、それが不可能なことなど百も承知じゃがな。おそらく多くの者はすでに迷宮に取り込まれてしまっておる。骸一つ拾ってやれんとは……無念じゃな」
ぎゅっと唇を噛み締め、小さな拳を握りしめるロロアナさん。
その双眸からは大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちた。
そっと目の前に屈み込んで華奢な肩に手を置く。
「公爵閣下。顔を上げてください」
「……?」
「ファナ、お願い」
「はい」
促されたファナが【ランドセル】から重みのある袋を取り出した。
袋の口から覗いているのは、公爵家の紋章が刻まれた金属プレートだ。
「皆様のご遺体は回収いたしました。こちらが身元を示す証拠となります」
差し出されたプレートの束を、ロロアナさんは微動だにせず見つめる。
「……本当、か? 嘘ではないのじゃな?」
「ええ。彼らと一緒に地上へ帰りましょう」
そう言って微笑みかけた瞬間、彼女の感情が完全に決壊した。
「う、あ……っ!」
小さな身体が全力で私の胸へと飛び込んでくる。
首にしがみつき、まるで子供のように声を上げて泣きじゃくり始めた。
「ありがとう! 本当にありがとうなのじゃ、小娘っ! これであいつらを、あいつらを置き去りにせずに済むのじゃ!」
「ええ。よく頑張りましたね」
背中を優しくトントンとあやしながら――ふと、重大な事実に気がつく。
ロロアナさん、今も素っ裸のままだ。
このまま地上に転送されるのは倫理的に色々と不味い。
「公爵閣下、ひとまず服を着ましょう。亡くなった騎士たちにも示しがつきません」
「むっ? あ、あぁ……グスッ……それもそうじゃが、このサイズでは……」
急いでバッグの中を探って予備のドレスを取り出す。
以前、仕立て職人に新調してもらったものだ。
今の彼女には少し丈が長いように思えるが、引きずる程ではないだろう。
ファナと協力して泣き腫らしたロロアナさんの体に衣服を通していく。
「申し訳ありません、公爵閣下。今さらですが、閣下がそのような姿になってしまった原因は私にあるんです」
「お主が原因? どういう意味じゃ?」
「閣下が負傷された際、回復薬と間違えてアムリタを飲ませてしまいまして」
「ア、アムリタじゃと!?」
袖に腕を通していたロロアナさんが驚愕の声を上げた。
「あの若返り薬か!? 他領で発見されたという噂は聞いていたが……いや、それなら今の状況にも納得なのじゃ」
小さくなった自身の手を眺め、それから真剣な眼差しをこちらに向けてくる。
「アムリタは非常に高価な代物じゃ。小娘には命を救われ、魔物の討伐まで手伝って貰った。我がレターノス公爵家は必ず相応以上の対価を支払うと約束しよう」
「いえ、結構です」
「……えっ?」
「バッグの中にたくさんありますので、どうぞお気になさらず」
「アムリタが……たくさん?」
この場で『スライムを十匹討伐すると確定ドロップするんです』などと、馬鹿正直に言うわけにもいかない。
笑顔で誤魔化しつつ、ロロアナさんのボタンを留めていく。
身支度が整ったのを確認してファナが静かに促した。
「公爵閣下、そろそろ地上へ戻りましょう」
「……うむ」
呆然としたまま頷いたロロアナさんを再び迷宮核の前に立たせる。
いくつかの画面を操作してもらい、最深部からの【転送】を起動。
部屋全体が眩い純白の光に包まれ始めた。
「アムリタのことは一旦置いておくとして、これで憂いなく地上へ戻れるのじゃ。感謝するぞ二人とも」
「いえ、お気になさ――あっ、最後にお聞きしたいんですが、この場所って迷宮の何階だったんですか?」
転送の光が視界を塗りつぶしていく中、ふと思いついたことを尋ねてみる。
「そうか、お主らは知らぬのじゃったな。ここは【ミノタウロスの迷宮】。その五十階じゃよ」
「わおっ」
初めての迷宮攻略という深い感慨を胸に抱き、私たちは立ちのぼる光の中へと身を委ねた。




