のじゃロリ
視界を埋め尽くしていた白煙が時間の経過とともに薄れていく。
部屋の片隅には床の上に転がったファナ。
壁際にはぐったりとしたまま動かないロロアナさん。
どちらも露出した肌に生々しい火傷の痕が見える。
いくら実力があろうと生身の人間。
あの凄まじい熱量を浴びて満身創痍だ。
一方、キングミノタウロスがいた場所に敵の姿はなく、光の粒子が溶けるようにして宙へと散っていく。
同時に『眩しく輝く魔石』と『斧らしき物体』が音を立てて転がった。
「なんとか討伐できたね……」
だが、そのことに安堵する暇もなく、ヌイグルミが煤けた布地を揺らしながら前進してくる。
ボタンで作られた両目が私を捉えて離さない。
できることなら今すぐポーションを取り出して二人に飲ませたいが、この場から動けばヌイグルミに追いかけられるのは目に見えている。
敵の攻撃を受けながら二人に薬を飲ませるのは不可能だ。
「っ……どうすれば」
その時、背負っていたバッグの隙間から漆黒の流体がぬるりと滑り出す。
そして床に転がった魔石へと一直線に向かって行き、一瞬で魔石を完食してしまった。
どうやらお腹を空かせたグミが目覚めたらしい。
グミは満足したように足元へと戻ってくる。
その姿を見た私はすぐにバッグの中へ手を突っ込んだ。
一か八か。
指先に触れた小瓶を二本掴み出し、グミの体へと押し付ける。
「グミ。それをあの二人に飲ませて欲しいんだ。できる?」
「(ぷるんっ)」
魔物であるグミに人間の言葉が理解できるか不安だったが、あっさりとこれを承諾。
小瓶を自身の体に固定し、そのまま二人の元へと移動を開始した。
その動きを察知したヌイグルミが邪魔せんとばかりに身体を捻る、が。
「よそ見はダメだよ?」
二匹の間へ割り込む。
そして突進してくる巨体に向かって――
ピコッ。
ヌイグルミの体が問答無用で後方へ。
攻撃による衝撃を吸収するらしいが、これは攻撃ではなく転移。
特性による影響を受けつけない。
グミを守るため、腕を上下に動かし続ける。
ピコッ、ピコッ、ピコッ、ピコッ。
前進しようとするヌイグルミVSそれを阻止しようとする私。
どんなに踏み込もうとしても一瞬で後方に飛ばされるため、ヌイグルミはこの場から動けなくなる。
そして敵を足止めしている間にグミはファナの元へ。
彼女の隣に辿り着いたグミの体から触手が現れ、するすると伸びていく。
意識のない彼女の顎を触手で押し下げて口を開けさせると、回復薬の蓋を器用に開けてゆっくりと液体を流し込んだ。
「……私より優秀じゃない?」
液体が喉を通り抜けるとファナの指先が微かにピクリと動く。
浅かった呼吸が安定し始めたので一安心だ。
彼女の回復を確認したグミはそのまま流れるように移動し、壁際でぐったりとしているロロアナさんの元へ。
もう一本の小瓶を開け、彼女の口へと流し込む。
だが次の瞬間――
部屋一帯が目映い純白の光に塗りつぶされた。
(ぴゃぁぁぁ!? 目が、目がぁぁぁぁあっ)
正面のヌイグルミが壁になってくれたお陰でなんとか失明を免れたが、もし直視していたら危なかったかもしれない。
なお、目がボタンでできているヌイグルミは構わずこちらをブン殴ってくる。
ひどい。
しばらくして光が収まると、視界の端に小さく揺れる影があった。
周囲の空気を歪ませるほどの激しい蒼炎を纏ったその影は、手にした刀を敵に向けて振るう。
ヌイグルミはこれを躱すことができずにフカフカの布地を切り裂かれ、焦げた綿を撒き散らしてながらバランスを崩した。
どうやら明確にダメージを負ったらしい。
だがその一撃よりも、攻撃を放った人物を見て目を疑った。
――桃色髪の幼女。
それもただの幼女ではない。
素っ裸の上に蒼い炎が渦巻いている変態幼女だ。
その幼女が自身の身長より長い刀を握り締め仁王立ちしている。
「ふはははは! なんとも体が軽いのじゃ!」
そう言って豪快に笑う顔はなんとも見覚えのあるものだった。
「いや、なんで裸――って、あぁ」
周囲をよく見ると先ほどまで彼女がいたであろう場所に衣服が散らばっている。
サイズが合わなくなってずり落ちたのだろう。
経験があるので良く分かる。
ピコッ。
よろめきから立ち直り、再びこちらに踏み込んできたヌイグルミをハンマーで殴り飛ばす。
「頼むからダメージを与えた方に行ってください」
「お主を切り裂いたわしより小娘にご執心とは……妬けるではないか!」
可愛らしいソプラノとは裏腹に、幼女は小さな足で力強く石畳を蹴る。
床に引きずられていた『DX獄炎刀』がその動きに合わせて宙へと跳ね上がった。
空中で持ち主ごと刃が一回転し、そのままヌイグルミの後頭部へ。
「あまり舐めてくれるなよ、ヌイグルミ!」
蒼炎を纏った強烈な一撃。
燃え盛る刃が再びヌイグルミの体を切り裂いた。
通常の剣撃なら無効化できても【DX獄炎刀】から放たれる熱量は無視できないらしい。
ヌイグルミの布地が焦げ広がり体が前方へとよろめく。
だがその先には私がいる。
ピコッ。
よろめいた姿勢のままヌイグルミは幼女の元へ。
逃げることなど許されぬ、餅つきフェスティバルの開幕だ。
「これは便利じゃのぅ!」
目の前に戻ってきた的に目がけて幼女が容赦なく三撃目を叩き込む。
横一文字に薙ぎ払われた刃がヌイグルミの腕を綺麗に切断した。
床に落ちた腕は瞬く間に蒼い炎に包まれ、灰へと変わっていく。
「……え、あ……? お嬢さま……?」
「おはようファナ。よく眠れた?」
意識を取り戻したファナがふらつく足取りで立ち上がった。
そんな彼女をよそに私は敵を殴る。
その反対側では、素っ裸の幼女が高笑いを上げながら刀を振り回している。
「……えっと、誰ですか?」
桃色髪の幼女に対して疑問を呈するファナ。
それを聞いた彼女は悪戯っぽく笑い、それに答えた。
「わしじゃよ」




