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落ちこぼれ伯爵令嬢は塩に弱い  作者: 流川 銅


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VS キングミノタウロス feat.ヌイグルミノタウロス

 熱気が冷めやらぬ中、二体の怪物と対峙する。


 片や炎に焼かれながらも狂暴な殺気を放ち続けるキングミノタウロス。

 片や天井から乱入してきた異形のミノタウロス。


 キングが吼え、二挺の巨斧を交互に振り下ろす。

 金属の塊がぶつかり、凄まじい衝撃が襲――わない。


 これくらいの衝撃などただの風だ。


 問題は中央に着地したあのヌイグルミ。

 おそらく、あれがレターノス領の特殊個体だろう。


 敵の攻撃をいなしながら背後に立つロロアナさんへ声をかける。


「公爵閣下が騎士たち共に戦ったのは、あのふざけたヌイグルミですか?」


 刀を構えた彼女は悔しそうに頷く。


「ああ、間違いない」


「どのような戦い方を?」


「奴は攻撃を『吸収』する。銃撃も魔法も斬撃すらも……おかげでわしらは奴に傷一つ与えられず敗北したのじゃ」


 グミと似たような特性だろうか?


 射撃と魔法を主力とする騎士たちにとって、あの怪物は天敵だったに違いない。


「ヌイグルミに合流されたら危険なのじゃ! 小娘はキングの足止めを頼む! 奴はわしと魔法使いで食い止める!」


「お気を付けて!」


 ヌイグルミは二人に任せ、引き続きキングのヘイトを管理する。

 目の前の敵を釘付けにするのが私の役割だ。


「行くぞ、魔法使い!」


「承知いたしました。公爵閣下」


 床を蹴り飛ばし、ロロアナさんの身体が弾けるように宙を舞う。

 

 重力を無視したかのように滑らかな重心移動。

 彼女は敵から伝わるプレッシャーをものともせず、それすら切り裂くよう刀を振るう――が。

 

「っ!?」


 その刃はヌイグルミに届かず、あと一歩というところでフワフワの腕に払われてしまう。


「やはり、何度やっても刃が通らんのじゃ……」 


「公爵閣下。先にキングをお願いします。向こうなら確実に火が通ります」


「ぬぅ……あれは熱いから嫌なんじゃがのぅ。それに恰好つけてこっちに来た手前、すぐに引き返すのも……」


「閣下」


「ぐっ、そう睨むでないわ! 分かった、分かったのじゃ!」 


 ファナの睨みは強かった。


 ロロアナさんはヌイグルミを相手にするのを即座に止め、反転する。


 そして、気まずそうな顔でこちらへと戻ってきた。




 部屋の中央に残されたファナは、ヌイグルミへ向けて引き金を絞る。


 大気中の魔素が収束して放たれる超高圧の【ウォーターボール】。

 その途方もない質量が敵を呑み込み、破裂した。


「……むっ」


 しかし敵は意に介さない。

 布地が波打ち、凄まじい勢いで水を吸い込んでいく。


 その様子を見てもファナは表情を変えず、淡々と引き金を引き続ける。

 

 二発、三発、四発。

 

 幾度となく、執拗に【ウォーターボール】を浴びせ続けた。


 そう――衝撃は無効化できても、体内に増え続ける水量はごまかせない。


 ヌイグルミは泥のように重くなった足を上げることもできず、そのまま動きを止めた。




 戻って来たロロアナさんがキングの背後に立つ。


 彼女は【DX獄炎刀】を構えると、柄にある突起を親指で押し込んだ。


『Yeah!! 燻る火花は着火のサイン、大気を焦がすは漆黒のライン、すべてを灰に――≪プロミネンス・ナイン≫!』


 緊迫した空間に音割れしたノリノリの声が響き渡る。


 同時に、赤く染まった刀身から激しい業火が吹き荒れ、敵を呑み込んだ。


「迷宮の主よ! 今度こそ地に伏せ!!」


 ロロアナさんがそう口にした瞬間、刀の柄から煙が上がる。

 そして――


「熱っつぅぅぅ!!」


 持ち手が焼けるような熱に耐えかね、彼女は真っ赤に熱せられた刀から指を離してしまった。


 床に転がる【DX獄炎刀】。


 その隙をつき、炎に包まれていたキングが咆哮と共に動き出す。


 二度に渡る猛火でドロドロに溶け落ちた巨斧を放り捨て、丸腰の彼女に向け、丸太のような腕を振り抜いた。


 まさに決死の攻撃、最後の足掻き。 


 敵の強烈な一撃を受けたロロアナさんは、まるで紙切れのように吹き飛び、なす術もなく石壁に激突した。




 ロロアナさんが戦線から離脱した直後、ファナと衝突していたヌイグルミがグニャリと首を回し、こちらへ振り向く。


 ボタンでできた両目が私を捉え、標的が移り変わったことを悟る。


 だが、その動きは鈍重。


 これなら何とかなるかもしれないと思った瞬間――ヌイグルミは生物の枠組みを踏み外した挙動に出た。


「なっ!?」


 自身の体を雑巾のように捩ったのだ。


 内部に溜め込まれた大量の水が、溢れるようにして体外へと絞り出される。


 その姿には驚きを通り越して呆れるしかなかった。 

 

(脱水機能付きとか、冗談やめてよ……)


 一瞬でフカフカの体を取り戻したヌイグルミは、軽快なスピードでこちらに向かって突進してくる。


 取り残されたファナは敵の理不尽な挙動を目の当たりにし、いつもの無表情な顔に影が差していた。


「バカにして!」


 普段の冷静さを失った彼女は、水鉄砲の引き金を絞り、敵の背中目掛けて特大の水塊を放つ。


 いや、放ってしまう。


 ヌイグルミはそうなることが分かっていたかのように、進路を変えてその場から離脱。


 完全に目標を見失った【ウォーターボール】が誰もいない空間を通り抜けて、キング目掛けて真っ直ぐ突き進んだ。

 

(よしっ! このままぶつかればキングを倒せる!)


 と、心の中で呟く。


 しかし、水塊の軌道上に転がる『超高温のDX獄炎刀』と『融解した灼熱の巨斧』に気付いた瞬間、その思いはどこかへ消え去った。

 

「ファナッ! 離――!!」



 ――ッドォォォォン!!



 部屋全体が悲鳴を上げるほどの衝撃。


 大量の水が気化したことで体積が急激に膨張し、容赦のない暴風となって仲間を襲う。


 中央付近にいたファナは衝撃波をまともに受けて吹き飛ばされ、爆心地から離れた場所に倒れていたロロアナさんも超高温の熱波に晒されてしまった。


 おそらく二人とも無事では済まないだろう。


 事実上の壊滅状態だ。


 あまりにも悲惨な状況に私が立ち尽くす中、布地を焦がしたヌイグルミが、嘲笑うかのようにこちらを見つめていた。

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