それは反則
金属製の扉が、背後で低い音を立てる。
後ろを振り向くと、部屋の入口は隙間なく閉じていた。
「一度進入すれば、主を倒すまで外に出られないという話は本当だったようじゃな」
ロロアナさんが他人事のように平然と口にする。
「聞いてませんが?」
「言っとらんからの」
彼女はワハハと悪びれもせず楽しそうに笑う。
その態度に口を真一文字に結んだ。
命がかかっているのだ。
大事な迷宮のルールは教えて然るべきだろう。
ボス部屋なんだから当たり前?
知らん。
「お嬢さま」
「……大丈夫」
ファナの言葉で我に返り、部屋の奥へと視線を向ける。
広大な石造りの空間。
その中央に圧倒的な強者が存在していた。
今まで倒したどのミノタウロスより巨大なミノタウロス。
全身の筋肉は盛り上がり、肌は鋼のように鈍い灰色をしている。
事前にロロアナさんから聞かされた迷宮の主【キングミノタウロス】だ。
両手には大人が三人並んでも隠れるほどの巨大な斧が握られ、二挺の巨斧が石畳の床に擦れるたび、不快な音が響く。
キングは鼻から荒い息を吐き出し、その瞳を赤く輝かせた。
「来ます」
ファナの短い警告と同時にハンマーを構える。
そして、突っ込んでくるキング目掛け、挨拶代わりにハンマーを――
(って、速っ!?)
「お嬢さま!!」
がら空きの胴体に超高速で繰り出される巨斧の一撃。
鋭い風切り音の後、乾いた音が連続する。
――だが。
「……びっくりさせないでよ」
骨が砕ける感覚も、内臓が揺れる衝撃も、服が引き裂かれる感触も一切ない。
すべてが元の形を保ったままだ。
キングは私が微動だにしないことを不審に思ったのか、一歩後ずさる。
もちろんそれを見逃すことはない。
「隙ありっ!」
腰の引けた敵へ向け、ハンマーをピコッ。
目の前の巨体が後方へ転移する。
その瞬間、ファナが引き金を絞った。
銃口はいつもより下。
おそらく【ウォーターボール】では体力を削り切れないと判断したのだろう。
発射された巨大な水塊が敵の足元を払う。
「――ッ!?」
バランスを崩したキングは抗う術なく転倒し、部屋が揺れるほどの衝撃が走った。
「見事じゃ!」
ロロアナさんが老齢とは思えないほどの力強い踏み込みで宙を舞い、手にした刀で追撃する。
刃はキングの強固な皮膚を深く切り裂く――が。
分厚い筋肉と骨に阻まれ、その勢いが殺されてしまった。
「くっ! 牛風情がっ! だが、まだ終わらんのじゃ!」
『Yeah!! 熱波渦巻く灼熱のモード、地獄の底から繋いだロード、すべてを燃やせ――≪フレイム・ソード≫!!』
「「……はっ?」」
唐突に刀から流れ始める、ノリの良い音声とクソださラップ。
しかもスピーカーの質が悪いのか少し音割れしている。
まるで子供向けの玩具だ。
しかし、そのチープさとは裏腹に【DX獄炎刀】の刃から激しい炎が吹き出し、キングの巨体を赤く染め上げた。
「熱っ!? だから、この力は使いたくなかったのじゃ!」
何故かキングと共に悲鳴を上げるロロアナさん。
どうやら刃から発生した熱がそのまま持ち手へと伝わり、握っていられないほどの高温になるらしい。
彼女は慌てて刀から指を離した。
「ハハハッ、やったのじゃ!」
「いえ、まだです!」
敵の息の根はまだ止まっていない。
皮膚を黒く焦がし、至るところから血を流しながらも、二挺の巨斧を力任せに地面に叩きつけ、凄まじい執念で起き上がる。
その姿を見て再びハンマーを握り直した。
キングも私たちに向けて巨斧を構え――
ッガァァァァンッ!!
突如、頭上から聞こえる轟音。
反射的に視線を向けると、部屋の天井が崩落していた。
「なな、なんじゃ!?」
「わ、分かりません!」
石の破片が容赦なく降り注ぎ、煙塵が巻き上がる。
そして――そこに現れた影を見て目を疑った。
丸みを帯びたフォルムに、布地を雑に縫い合わせたような奇妙な質感。
まるでヌイグルミのノタウロスをそのまま巨大化させたような、そんな魔物が空から降って来たのだ。
そのヌイグルミは天井に開いた巨大な穴を見上げ、ゆっくりとこちらに視線を落とす。
部屋の空気は一瞬で凍りついたが、その絶望感より先に、ある感情が私の脳裏を支配する。
「……ズルくね?」
言葉を取り繕うことすら忘れ、抗議の声を上げた。
「さすがに反則ではないかのぅ?」
ロロアナさんも眉を寄せる。
「規約違反」
ファナもまた一切の感情を排した声で非難した。
しかし、そんな抗議などお構いなしに、二体の魔物はこちらを威圧する。
どうやらこの状況で仲間割れとはいかないらしい。
私たちは再び武器を構えた。




