side ロロアナ
前を歩く小娘たちの背中を見つめながら、わしは一人、思考を巡らせる。
己の盾となり消えていった騎士たち。
彼らを一瞬にして屠ったのは、先ほどロスナート嬢が口にした『ミノタウロスの特殊個体』じゃろう。
なんでも奴は、同一種の魔物を五百体ほど連続討伐することで、迷宮内に出現するという。
なんともふざけた話じゃが、今のわしには否定するだけの材料はない。
しかも恐ろしいことに、大セールが長引けば長引くほど特殊個体が増える可能性があるらしい。
話の真偽はさておき、地上を荒らしている大セールを止めるため、いち早く最深部に到達せねばなるまい。
それが領主としての、そして散っていった同胞への責務じゃ。
(それにしても……)
先ほどから気になっておったが、同行することになったシェルブール嬢の衣服は少々――いや、かなり奇抜じゃった。
白を基調とした、膝上まで露出した衣服。
およそ貴族令嬢が身に纏うようなものではない。
さらに背中には頑丈そうな革箱を背負っておる。
金属の留め具の意匠一つとっても、街の仕立て屋や鍛冶師では造るのに難儀するであろう。
そして背後に控えるロスナート嬢。
先程まで太々しい態度をとっておった魔法使い。
シェルブール嬢の従者らしいが……歩法一つとて無駄がなく、実戦を数多く潜り抜けてきた者特有の隙の無さがある。
ただの小娘ではあるまい。
「――来ます。公爵閣下、お下がりください」
ロスナート嬢が静寂を切り裂いた。
それと同時に前方から無数の硬い蹄が石畳を叩く音が響き渡る。
現れたのはミノタウロスの群れ。
その数、五体。
深層の魔物だけあって、どれも並の騎士では一対一でも手古摺るほどの強さと質量を誇る。
巨大な斧を揺らしながら歩く二足歩行の牛たちが、こちらの存在に気付いて一斉に咆哮を上げた。
刀の柄に手をかけ、足を踏み出そうとするが――
「先手必勝!」
シェルブール嬢がわしより先に飛び出し、玩具のような道具が勢いよく振るわれる。
――ピコッ
(……気が抜けるのぅ)
それでも引き起こされた現象には目を見張った。
先頭を走っていたミノタウロスが瞬く間に数歩分、後方へと押し戻されたのじゃ。
間違いない。
先ほど敵の斧を消し飛ばしたのはアレの効果じゃろう。
慣性すら無視し、物体を強制的に退かせる遺物。
それはわしにとって未知のものだ。
さらにその隙をロスナート嬢は見逃さない。
手に持った小さな玩具を前方に構え、詠唱することなく銃口から出鱈目な質量の水塊が放たれる。
体勢を崩していたミノタウロスは回避の動作すら取れぬまま石壁に衝突。
光の粒となり霧散していく。
残りのミノタウロスたちもシェルブール嬢に弾かれ、ロスナート嬢が放つ水弾に押し潰され、瞬く間に肉塊へと変わっていった。
その光景を淡々と観察する。
既存の魔導具の範疇を超えた失われた古代の技術か、はたまた、全く異なる文明の遺産か。
それをまだ年若い二人が所持しておる。
「――危険じゃな」
戦闘が一段落し迷宮に再び静寂が戻ると、シェルブール嬢がふと振り返り、わしの腰元に視線を落とした。
「そういえば……公爵閣下。その武器は一体?」
視線の先にはわしが携えている片刃の剣。
「これか? これは王家の宝物庫に眠っていた出処不明の遺物じゃ。わしが公爵家を興した際にそこからガメて――いや、譲り受けてきた。先王の姉だからこそできた芸当じゃがな。ワハハ」
実質は強引にパクってきたようなものじゃ、と心の中で付け足す。
「名前は【DX獄炎刀】というのじゃ。この柄にある突起を押せば刃から強力な炎が出るのじゃが……普段は持ち手が熱くて敵わん。実戦では全く使っておらぬ」
その説明にシェルブール嬢は引きつった表情を浮かべた。
はて? 何か思うところでもあったのじゃろうか?
それよりもわしは別の意味で眉をひそめざるを得なかった。
先ほどの戦闘は見事じゃったが、ロスナート嬢が放った魔法をシェルブール嬢は何度も浴びておる。
衣服の上着は濡れそぼり、白い生地が肌に張り付いている。
そのせいか身に付けている下着の輪郭や色合いが完全に透けてしまっていた。
その上、短いスカートからは今にも下着が露わになりそうな状態じゃ。
いくら脚衣で守られておるとはいえ、一人の大人として注意せねばなるまい。
「小娘」
「?」
「その格好はいささか破廉恥ではないか? 少しは羞恥心を持つのじゃ。色々と見えそうになっておるぞ」
わしが苦言を呈したのに対し、シェルブール嬢はどこ吹く風。
慌てる様子も恥じる様子もない。
「公爵閣下。下着など見えて減るものではありません」
その態度にわしは底知れぬ豪胆さを感じるが、同時に「最近の若者は」と呆れてしまう。
そういうのは本人が良くても周りが気にするのじゃ。
しかし命懸けの状況において、この平然とした佇まいはなんなのじゃろうか?
一瞬、彼女の歳が見た目とはかけ離れているように思えた。
(……いや、わしの考えすぎか。きっと疲れておるのじゃろう)
早々に小娘の説得を諦め、わしらは再び迷宮の奥へと歩を進めた。
「ここが目的地でしょうか?」
道中で出会う敵を、弾いては潰し、弾いては潰し、時々切ったりして――ついに辿り着いた最下層。
ロスナート嬢がそこに聳え立つ巨大な扉を見上げる。
「…………」
複雑な彫刻が施された金属製の扉。
資料に描かれておったものと比べても相違ない。
とすれば、この先に控えているのは間違いなく、迷宮の主じゃ。
――キングミノタウロス。
自領の迷宮ゆえ、古い書物や記録からその名前と存在だけは知っておった。
じゃが、討伐記録はあるものの百年以上前に一件だけ。
それも当時の資料は抜け漏れが多く、残念ながら戦闘の詳細については知ることができないでいた。
「……うむ。おそらくそうじゃ」
腰に引っ提げた【DX獄炎刀】の柄に手をかけ、生死を賭した一戦を覚悟して全身の細胞を奮い立たせる。
文献が残っておろうが残っておるまいが関係ない。
ただ敵を屠るのみ。
すべては罪なき我が領民と犠牲になった人々のため。
小娘らの顔からも、先ほどまでの飄々とした様子が消え去る。
冗談めかした気配など微塵も感じない。
その姿はわしの知る令嬢という生き物とはかけ離れていた。
(……もはやどうでもいいことじゃ)
これから共に戦う仲間。
無事に迷宮から帰れたなら、報償の一つや二つ用意してやらねばなるまい。
わしらは言葉を交わすことなく無言のままに頷き合う。
そして――最奥へと繋がる重く冷たい扉へと手をかけた。
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