レターノス領 夏の大セール
「改めまして公爵閣下。シェルブール伯爵が娘、リーチェ・ルマリア・シェルブールと申します。本日こうして拝眉の栄に浴しますこと、心より光栄に存じます」
服の裾をそっとつまみ、なんちゃってカーテシーを披露した。
シェルブール伯爵家のお姫様として叩き込まれた礼儀作法である。
「ロスナート男爵が娘、ファルミナ・リリアム・ロスナートと申します。雲上の存在たる公爵閣下にお目通り叶いましたこと、生涯の誉れに存じます」
隣ではファナが非の打ち所がない美しい一礼を捧げていた。
頭の角度、背筋の伸ばし方、膝の曲げ具合に至るまで完璧。
どこかの伯爵令嬢とはものが違う。
そんな私たちをレターノス公爵であるロロアナさんはジッと見つめていた。
彼女はこちらの真偽を図りかねているようだ。
「シェルブール領から遠く離れたこのレターノス領の迷宮に、なぜ令嬢たるお主らがおるのじゃ? 誰からもそのような報告を受けておらぬが……」
その声には責めるというよりも困惑が混ざっていた。
公爵家が管理するレターノス領だ。
領内への出入りや周囲の監視網は厳重に敷かれているはず。
貴族令嬢がそこをすり抜けて迷宮の深層まで潜り込むなど、普通に考えればあり得ない事態だろう。
なるべく言葉を選びながら慎重に説明する。
「実はシェルブール領にある迷宮を探索中、未知の転移罠に引っかかってしまいまして。抵抗する間もなくこちらの迷宮に飛ばされたんです」
涙を浮かべ、不運な事故に巻き込まれたお嬢様を演じてみせた。
そんな私の姿を見て、ロロアナさんは『なるほど、転移罠か』と呟く。
どうやら現状に理解を示してくれたようだ。
もちろん彼女の顔から警戒の色が消えることはない。
むしろその表情は先ほどよりも険しいものへと変わっていく。
「不運じゃったな。平時であればすぐにでもシェルブール領へ送り届けてやるのじゃが……。今、レターノス領では『大セール』が起きておっての。わしはそれを止めるために迷宮の最深部へ向かっておるのじゃ」
ロロアナさんはレターノス領が置かれている現状を語る。
(ん? 今、なんて言った?)
大セール……?
話の流れからしてスタンピードのことだろうか?
名付けた奴出てこい。
ロロアナさんがとても真面目な表情を浮かべながら『大セールが起きておる』と語るので、どう反応して良いのか困ってしまう。
あまりに過酷な精神攻撃だ。
ちなみに余談だが、スタンピード自体は【バーゲン】と呼ばれ、浅い層の魔物が地上に溢れるのが【セール】で、深層の魔物が地上に溢れるのが【大セール】なんだとか。
ロロアナさんは肩を落とし、無念さを滲ませながら淡々と説明を続ける。
「わしは騎士たちを率いて深層を進んでおったのじゃが、大セールの影響なのか、この深層に見たこともないミノタウロスが出現しての。これまでの魔物とは比べ物にならんほど強力な化物じゃった。同行していた騎士たちはわしを先へ進ませるために身を挺してそやつを足止めし……」
そこまで話して彼女は、刀の柄を強く握りしめた。
騎士たちの決死の足止めによって、ロロアナさんはなんとかその場を離脱。
一人で最深部へ進もうとしたらしい。
しかし移動している最中に先ほどのミノタウロスに遭遇してしまい、一対一の死闘を繰り広げていたのだと言う。
ここに至るまで部下が誰一人として戻っていないことから、騎士隊が全滅したことは彼女も理解しているらしい。
「お嬢さま。迷宮に強力な個体が出現する現象。身に覚えがありませんか?」
「……連続討伐?」
「おそらく間違いないかと」
つまり私たちがスライムダンジョンで行った五百体連続討伐を地上で行った人間がいるということ。
おそらくスタンピードによって押し寄せる魔物を必死に討伐したのだろう。
しかし乱戦の中で同種の個体を連続で倒すとか……一体誰がそんな大立ち回りを演じたのか。
もはや勇者に片足突っ込んでいるレベルだ。
だがその誰かは連続討伐の仕様を知らなかったのだろう。
だからこそ強力な魔物を出現させるトリガーを踏み抜いた。
「あれ? もしかしてコレ、ヤバイんじゃ……」
「はい。今も特殊個体は迷宮内を徘徊していると思われます」
私たちの間に緊迫した空気が流れる。
それを領主であるロロアナさんが見逃すはずもなく――
「お主たち、何か知っておるのか?」
真剣な問いかけ。
ここで下手に隠すのは悪手だろう。
情報を出し惜しみして公爵家を敵にまわしたくない。
「……公爵閣下。先ほど仰った見たことのないミノタウロスについて心当たりがあります。おそらくそれは『とある法則』によって現れたものかと」
「法則?」
ロロアナさんが怪訝そうに眉をひそめる。
「ファナ。説明をお願い」
「承知いたしました」
彼女は私たちがこれまで行ってきた迷宮での検証を説明し始める。
もちろん塩については隠すが、連続討伐報酬については隠すことはしない。
その過程でスライムを討伐したことを知られてしまうが、これについてはロロアナさんの口が堅いことを信じる。
公爵閣下に誓約書なんて書かせられないからね。
「……それは信じて良いのか?」
「シェルブール領の迷宮にて実証済みです。短時間の間に同種の魔物を五百体討伐することで、通常では目にすることのない強力な個体が迷宮内に出現しました」
その言葉を聞き、ロロアナさんは腕を組んで目を閉じる。
「おそらく地上での防衛の際、その条件を満たしてしまった優秀な方がいらっしゃるのではないでしょうか? そのため、迷宮の深層にミノタウロスの特殊個体が出現してしまったのではないかと。そして、先ほどお嬢さまが申し上げた『転移罠』についてですが……これは正確には罠ではございません」
「実は私たちがこの場所に転移してきたのも、まさにその特殊個体の攻撃によるものなんです。私たちはその法則を身を以て体験し、結果としてレターノス領まで飛ばされてきました」
自分たちという実例を添えての説明。
若干胡散臭いが、これで信じて貰えなければどうしようもない。
ロロアナさんは変わらず目を閉じているが、こちらの言葉を信じるか悩んでいるのだろう。
嘘は付いてないが、最悪、敵に回ったら逃げるしかない。
地上が災害に見舞われ、精鋭の騎士たちを失い、自身も死線を彷徨うほどの状況。
その最中にあって、突如現れた私たちが未知の情報を提供してみせた。
信じるか信じないかは公爵次第だ。
「ハァ、迷宮にそのような法則が存在しておったとはの。相分かった。お主たちの言葉を信じよう。とはいえ、やることは変わらん。迷宮の最深部にあるという迷宮核への接触、そして――散った部下たちの敵討ちじゃ。もちろんお主たちにも協力して貰うぞ?」
「…………」
どうやら公爵からの疑いの目は晴れたようだ。
その代わりに私たちも協力することになってしまったが……
うーん。
「お嬢さま? 顔色が優れませんが、どうなさいましたか?」
「……ポンポ痛い」




