やったか!?
巨大なミノタウロスが錆びついた鉄の斧を大きく振りかざす。
対峙するお婆さんは鋭い連撃を紙一重で躱し続けていたが、体格差による疲弊は隠しきれない。
攻撃を受け流そうとする彼女の体勢は完全に崩れていた。
「やらせない!」
ミノタウロスとお婆さんの間へ飛び込みハンマーを振るう。
――ピコッ
気の抜けた軽い音が響き、ミノタウロスが握っていた巨大な斧が後方へと転移。
支えを失った鉄の塊はそのまま地面に転がり、鈍い金属音を立てた。
「今のうちに!!」
「――っ!」
低く構えた姿勢から地を滑るようなお婆さんの高速移動。
手にした刀が一筋の美しい軌跡を描き――
一閃。
肉を切り裂く音もなく敵の太い胴体から霧のように血が噴き出した。
その姿を見て心の中で呟く。
(やったか!?)
もちろんやってない。敵の執念は想像を超えていた。
膝を突いたミノタウロスは血走った眼でこちらを捉えると、丸太のような腕を大きく振り上げて私の頭上へと振り下ろす。
「避けよ小娘っ!」
背後でお婆さんの焦燥に満ちた声が響く――が。
「ざっぶーんっ!」
ミノタウロスの拳は巨大な水塊によって遮られた。
背後に控えていたファナが水鉄砲の引き金を引いたのだ。
放たれた【ウォーターボール】は、対峙していた私を通過して容赦なしにミノタウロスを吹き飛ばす。
壁に叩きつけられたミノタウロスは今度こそ限界を迎えて崩れ去り、その跡にはいくつかのアイテムだけが残されていた。
「ふっ……また濡れてしまった」
「大丈夫?」
「うん、大丈夫。ありがとね」
「んっ」
こちらのやり取りを少し離れた場所から見ていたお婆さんは、刀を構えた姿勢のまま身を硬くしていた。
まるで息をするのも忘れたかのように。
「大丈夫ですか? どこかお怪我は?」
ビクリと肩を揺らすお婆さん。
彼女は信じられないものを見るような目をこちらに向け、掠れた声で捲し立てる。
「大丈夫かじゃと? それはこっちが聞きたいわ! そもそもなんじゃあの馬鹿でかい水塊は? お主も巻き込まれおいて何故平気な顔して立っておられるのじゃ!」
「……少々体が頑丈でして」
「頑丈にも程があるじゃろ!? それに――」
お婆さんはジロリとファナを睨みつけた。
「お主! いくら危機的な状況だからといって、仲間の背後から魔術をぶっ放す奴があるか! 一歩間違えればそこの小娘を殺しておったところじゃぞ!」
お婆さんの叱責に対してファナは表情一つ変えない。
それどころか淡々と言い返した。
「お嬢さまはあの程度で死ぬほど弱くない。だから何の問題もない」
「問題大有りじゃわ! それで済む話ではなかろうが!」
お婆さんはガシガシと頭を掻きむしった後に息を吐くと、刀に付着していた魔物の血を振り払い、腰にある鞘へと収めた。
その流れるような一連の所作――納刀の動きを見て、私の胸は激しく高鳴る。
(……カッコいい)
「先ほどの攻撃は魔術じゃなくて魔法じゃの? それにその奇妙な武器と見たことのない装い……小娘たち何者じゃ?」
お婆さんはこちらを警戒しながら再び刀の柄に手をかける――が。
その直後、ふと表情を緩めた。
「いや、助けて貰っておいて名乗りもせずに詮索するのは無粋じゃな。まずはさっきの礼を言わせて欲しい。手助けに感謝する。ありがとう」
彼女は私たちに向け深く頭を下げる。
そして――
「わしの名はロロアナ・デュカ・レターノス。この土地を治めておる者じゃよ」
どこか悪戯っぽく微笑みながらそう名乗った。




