めいどっ!
後書きにAIで作成したイメージ画があります。苦手な方は挿絵非表示に設定してお読みください。よろしくお願いいたします。
ファナに手渡したメイド服、それを彼女が身に纏う。
ダンジョン内での着替えなど危険でしかないが、こんな場所に更衣室など存在しないので仕方ない。
念のために周囲を確認して魔物がいないことは確認済みだ。
ファナは手際よく衣服を着替えると、新しく身に纏った布を見下ろした。
レースで縁取られた白地に、黒いリボンが添えられたクラシカルなヘッドドレス。
裾に細やかなレースをあしらった、優雅で重厚感のある漆黒のロングドレス。
裾に幾重ものフリルが重ねられた、可憐な純白のエプロン。
中央に宝石が留められた小さなタイリボン。
袖口から覗く、華やかで繊細な白レースのフリルカフス。
脚を美しく包み込む、落ち着いた色合いの深みのある黒タイツ。
しっかりと結ばれたシューレースが特徴的な黒の編み上げショートブーツ。
それらすべてが独特のデザイン。
こちらの世界のメイド服とは明らかに異なる形状である。
「……不思議な作り。でも、意外と動きやすい」
シンプルな黒地のロングスカートを靡かせ、ヘッドドレスの位置を調整しながらファナが呟く。
その姿を見届け、満足げに頷いた。
「よく似合ってるよ。これでファナも【不壊】の能力が付いたメイド服を手に入れたわけだし、最低限の備えはできたね」
「任せて。バンバン倒す」
ファナはフンスッと気合を入れると、すぐにいつもの表情に戻り、周囲の警戒へと意識を切り替えた。
灰色の石壁が続く薄暗い通路を再び先へと進み始める。
しかし、しばらく歩いたところで足を緩めた。
「少し静かすぎない?」
「同感。魔物の数が明らかに少ない」
ここが迷宮の深層であるならば、進むごとに強力な魔物の群れに襲われてもおかしくないのだが、今いる場所には重々しい静寂が広がっている。
時折低い地鳴りがするだけで、生き物の気配がほとんど感じられない。
「なんだかこの階層の魔物がどこかへ出払ってしまったみたいだね」
「一斉に? それは気味が悪い」
速度を落として慎重に迷宮を進む。
張り詰めた静けさの中、床を踏み鳴らす自分たちの足音だけが響く。
だが、その静けさも長くは続かなかった。
角を一つ曲がったところで微かに異臭が混ざり始める。
鉄錆のような、生々しい血の臭いだ。
進行方向の地面には黒い染みが点々と続く。
それを目で追いながら進んだ先で、脚を止めた。
通路の壁際や床に転がる肉の塊。
――人間の死体だ。
それも一人や二人ではない。
複数人が折り重なるようにして事切れていた。
「お嬢さま、ファナの後ろ」
ファナが前に立ち、周囲に異常がないかを確認してから遺体へと近づいていく。
そして遺体の前に膝をつき、装備や傷口を検分し始めた。
「……胸元に刻まれてるのはレターノス公爵家の紋章。確か領地防衛を担う一騎当千の精鋭部隊だったはず」
「う~ん、公爵家の騎士たちはどうしてこんな場所にまで降りてきたんだろう?」
「分からない。でも傷口からして亡くなったばかり。一撃で装甲ごと貫かれてる」
ファナの分析を聞きながら目の前の惨状を見つめる。
魔物の数が少ないという不自然な状況と、ここで全滅している騎士たち。
二つの事実が頭の中で噛み合わず、言い知れぬ不安が胸をよぎる。
引き返すべきか進むべきか。
葛藤していると、ファナがこちらを見上げた。
「お嬢さま。迷宮内に遺体を放置すると、徘徊する魔物の餌になるか迷宮に取り込まれる。……どうする?」
「そうだね……」
彼女の言いたいことは分かる。
マジックバッグは「死んでいるもの」であれば仕舞うことができる仕様。
目の前の遺体もバッグに入れれば、地上まで運ぶことができる。
しかしそれが分かっていても強い抵抗があった。
見ず知らずの、それも他人の遺体を自分のバッグに入れるということに、どうしても嫌悪感が伴う。
バッグを両手で抱えギュッと握りしめる。
(――このまま見なかったことに……なんて、できないよね)
彼らだって領地のため、誰かのために戦ってきたはず。
このまま放置することなんてできない。
胸のモヤモヤを払うようにして覚悟を決めた。
「ご家族の元へ返してあげないとね」
「んっ。……ありがと」
ファナは短く応じると、胸元に手を当てて黙祷を捧げる。
それからバッグの口を近づけ、遺体を一つ、また一つと収納していった。
「お嬢さま」
「うん」
遺体を回収していると、通路の奥から幾度となく空気を震わせるような重い音が響いてきた。
それは金属と金属が激しくぶつかり合う音――戦闘音だ。
「生き残りがいるかも」
「行こう」
洞窟の通路を駆け抜け、入り組んだ曲がり角を突破していく。
音が近づくにつれ、激しい衝撃波が壁を削り、石粉が舞う。
開けたドーム状の広間へと飛び出すと、そこで繰り広げられている光景に息を呑んだ。
「……これって」
思わず声が漏れる。
広間の中央で巨体を揺らしながら錆びついた巨大な斧を振り回しているのは、先ほど戦ったものより大きなミノタウロス。
そしてその凶暴な巨躯と対峙していたのは――小柄な白髪の『お婆さん』だった。
彼女はミノタウロスが振り下ろす斧を必要最低限の動きで躱し続ける。
だが、問題は身のこなしではない。
――その手に持つ『武器』だ。
お婆さんが握り締めているのは、緩やかな弧を描く細く鋭利な一振りの刃。
「……日本刀」
この世界では一度たりとも見ることのなかった武器。
それを見知らぬお婆さんが使いこなしている。
一度に押し寄せた二つの衝撃に、頭はフリーズ状態。
だが、私が混乱している間にも、ミノタウロスは激しい怒号とともにお婆さんへと連続攻撃を繰り出し続ける。
こんなところで呆けている場合ではない。
「ファナ!」
「んっ!」
私たちは同時に地を蹴り、ミノタウロスに向けて突撃した。




