いきなりサバイバル
「……お嬢様。非常に申し上げにくいのですが」
迷宮の入り口にて、ガラルド隊長が気まずそうにあらぬ方向を見つめながら声をかけてきた。
視線の先にあるのは迷宮の天井。
彼だけでなく背後に控える男性騎士たちも一様に視線を彷徨わせている。
職務に忠実なのは好感が持てるが、はて、どうしたのだろうか?
「どうしたの? ガラルド隊長」
「いえ、その衣服は、その……我が国の基準からいたしますと、少々……いえ、劇的に布地が足りないといいますか……特に膝上の露出がですな……」
身に着けているのは、昨夜お父様からいただいたアイドル衣装。
確かに足元の露出は多くなったが、後ろからは見えないので、気にするほどではないと思う。
前から見ると人より太い太腿が露わになっているけど、憧れの衣装を着れるならそんな事は些細な問題だ。
「お父様が『露出防止のために着なさい』と言ったんだよ? 問題ないって」
「くっ! 旦那様がそう仰ったのであれば……」
ガラルド隊長と男性騎士たちは諦めたように視線を戻す。
筋金入りの武人たちが、子供の足元から必死に目を背けようと右往左往している絵面は異世界ならではだろう。
きっと前世なら誰も気にはしない。
ちなみに私の背後に立つファナは、普段は見せることのないニコニコ顔で背中にランドセルを背負っている。
大事件だ。
ガラルド隊長たちはそちらに突っ込むべきだろう。
「みなさん、本日もよろしくお願いします!」
「「はっ!」」
前回の反省を活かし、今回は早朝からの突撃。
受付で船を漕いでいたドリアさんの驚いた顔が最高にグッドだった。
さて、今回の討伐だけど……、どうやら騎士たちは迷宮内にある『ディメンションスライムの湧きポイント』を完全に把握したらしい。
無理のない討伐、無駄のない移動。
彼らにペースを合わせるだけでスライムの群れが消えていき、次々と遺物がポップする。
――百連報酬は【エコバッグ】。
お買い物には便利そうだが、マジックバッグには困っていないので倉庫行き。
――二百連報酬は【下着セット】。
毎回デザインが違うので、深夜になるとファナから試着を強要される特級呪物。
――三百連報酬は【メイド服セット】。
アレンジされたヴィクトリアン風のメイド服。
――四百連報酬は【水鉄砲】。
ピコピコハンマーに続く、玩具シリーズ第二弾。
「お嬢様。それは新しい魔導銃ですか?」
すかさずアセロラさんが水鉄砲について尋ねてきた。
今まで現れた遺物のせいで騎士たちはドロップ品を過大評価するきらいがある。
ここらで正さねばなるまい。
「ただの玩具ですよ?」
「そんなわけない」
即座にファナが口を挟む。
そして彼女は【鑑定】を使い、その結果を読み上げた。
「名称は【水鉄砲】。能力は【水魔法】の発動。魔術ではなく【魔法】」
「……ヤバくない?」
「……んっ、今さら」
「その魔導銃はそんなに危険なんですか? とてもそうは見えないですが……」
もしかしたらアセロラさんは魔導銃に興味がある人なのかもしれない。
先程からこの玩具に興味深々だ。
私は水鉄砲を弄りながら、彼女に説明することにした。
「アセロラさん。魔術と魔法の違いってなんですか?」
「ええと、魔術より強力なものが魔法でしょうか?」
「う~ん。合ってます! 具体的には、魔術というのは世界に漂う魔素を体内に溜め込んで、人間が扱えるように変換してから行使する『技術』のことです。対して魔法は魔素をそのままの形で使用する『奇跡』のことです」
言葉を継ぐようにファナが補足を加える。
「人間がどれほど魔術を極めても、魔力変換による損失がある限り、魔法の領域には到達できない。だけどこの遺物は引き金を引くだけで、周囲の魔素を収束して魔力に変換してから撃ち出す仕組みになってる。つまり世界に魔素がある限り水魔法が打ち放題。しかも使用者の魔素を上乗せして強化できる優れもの」
「そんなことがっ!?」
言葉を失うアセロラさん。
無理もない。
水鉄砲は玩具の外見をしたチートアイテムなのだから。
「お嬢様。これで最後です!」
「えっ?」
その声に振り向くと、いつの間にか目標討伐数に到達していたらしい。
(えぇ……今、四百連終わったばかりだよ?)
心の声も虚しく、五百匹目のスライムが溶けて――
―― ディメンションスライムの五百体連続討伐を確認しました ――
―― これより、ダンジョン内に強力な特殊個体がポップします ――
刹那、頭の中にアナウンスが響き渡った。
「な、何だこの声は!?」
「総員警戒! お嬢様を守れ!」
ガラルド隊長の声が響き、騎士たちが一斉に魔導銃を構える。
それが合図かのように目の前の空間が大きく裂け、そこから『巨大なディメンションスライム』が姿を現した。
「嘘でしょ!?」
驚いた直後、デカスライムは物理的な攻撃を仕掛けてくる――のではなく、自身の体を歪めて周囲にある全てを吸い込み始めた。
暴風が吹き荒れ巨大な岩すらも吞み込んでいく。
「きゃっ!?」
私の身体はデカスライムの吸引力にあっさりと負け、ずるずると空間の裂け目へと引っ張られていく。
どうやらスキルの効果を貫通もしくは無効しているようだ。
「お嬢様――っ!!」
ガラルド隊長が必死に手を伸ばすが、あと一歩が届かない。
しかしその背後にいたファナがガラルド隊長を踏み台にして、衣装の裾を掴んだ。
「お嬢さま掴まって!」
「ファナッ!」
そのまま二人まとめて、デカスライムが作り出し裂け目へと落ちていく。
意識を失う寸前、ガラルド隊長を含めた騎士たちが呑み込まれていくのが見えた。
「……っ、つ……」
気が付くと固い石床の上に倒れていた。
すぐに起き上がって身体を確認するが、特に異常は見られない。
周囲を見回す。
そこは先ほどまでいた迷宮とは、壁の岩肌も、漂う匂いも全く異なる、見たこともない場所だった。
「ファナッ! ガラルド隊長! アセロラッ!」
叫ぶが返事はない。
静寂だけが返ってくる。
完全にみんなとはぐれてしまった。
パニックになりかけたその時、少し離れた場所で衣服のホコリを払いながら咳込む何者かの姿が見えた。
「お嬢さま、生きてる?」
ファナだ。
彼女は何事もなかったかのように駆け寄って来た。
「うん、まだ足はあるよ。ファナも元気そうで何より。それで……ここはどこだろうね? 他のみんなは一体……」
「多分、私たちがいた場所とは『別の迷宮』。人の気配を感じないけど魔物らしい気配は感じた。あと、護衛たちはみんな強いから心配する必要ない」
「そっか。大変なことになったね」
見知らぬ迷宮に侍女と二人きり。
普通の令嬢なら絶望しているところだ。
バッグの中身を確認する。
そこには大量の食料品と回復薬。
先ほど手に入れた【水鉄砲】と【メイド服セット】も仕舞ってある。
そして最終兵器も。
――寝てるけど。
「うん。これだけあれば大丈夫」
絶対にここから生き延びてやる。
誤字報告いただき、ありがとうございます!




