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第九話 信頼性改善狂騒曲 〜第四楽章〜

 前回デーニッツ提督とシュペーア軍需大臣の話し合いでXXI型Uボートの仕様変更凍結が決定されました。


 そしてXXI型Uボートの欠陥修整は今回で終わります。

1943年5月31日、ベルリン、ドイツ海軍総司令部(OKM)

 初夏の陽光は石畳の街路を柔らかく照らし、市街は一見、穏やかな表情を保っていた。だがその光は、地中深くに埋め込まれたコンクリートの要塞には届かない。


 地下会議室。

 厚い壁と鋼鉄扉に閉ざされたその空間には、外界の季節など存在しなかった。ただ、重苦しい空気と、終わりの気配だけが満ちていた。

 カール・デーニッツ提督は、机上の書類を静かに閉じた。

 紙束の中に記されていたのは、一つの計画の終焉。  否、それは単なる計画の打ち切りではない。ここ数ヶ月にわたる試行錯誤、その全てに対する決別だった。

「……これでいい。」

 短く、低い声。その言葉は独白に近かったが、部屋にいた全員が聞き取っていた。

 決断の重さは、言葉の長さには比例しない。

 むしろ、短いからこそ、それは揺るがなかった。


 前日——5月30日にドイツ海軍と軍需省との間で取り交わされた合意に基づく最初の決断が下される。

「XXID型Uボートの設計を、中止する。」

 デーニッツ提督の声は抑制されていたが、明確だった。疑問も、反論も、差し挟む余地はない。


 室内の将校たちは、静かに頷いた。

 彼らは理解していた、この決定が意味するものを。

 XXID型Uボート——それは、XXI型Uボートの欠陥を補うために積み上げられた無数の改良案の集積だった。

 A.シュノーケルの再設計。

 B.ディーゼル機関の出力強化。

 C.油圧系統の改良と冗長化。

 D.電気系統の再配置。


 どれも正しい。

 どれも必要だった。

 だが、それらを「すべて」取り込もうとした結果、設計は膨張し、構造は複雑化し、製造は破綻に近づいた。

 戦争は、理想の完成を待たない。

「……我々は、やり直す。」

 デーニッツ提督は次の書類を手に取った。その動作は迷いのないものだった。


「中途半端な改良ではない。根本からだ。」

 その言葉に、室内の空気が変わる。


 それは希望ではないが、しかし絶望でもなかった。


 あるのは、冷徹な再出発の意思だった。


 新型Uボートの構想は、その場で動き始めた。

 技術将校たちが図面を広げ、計算資料を提示し、次々と意見を交わす。そこにあったのは、これまでのような場当たり的修正ではない。

 体系的な再設計だった。

「油圧系統を耐圧殻内部に統合する場合、現行断面では容積が不足します。」

「外形を維持する前提なら、内部配置の再構成だけでは限界があります。」

 議論は即座に本質へと踏み込む。

「ならば拡張すればいい。」

 短い応答。しかし即座に反論が返る。

「拡張には構造強度の問題が伴います。補強すれば重量が増し、潜航性能に影響が出る。」


 一瞬の沈黙。

 そして、一人の技術者が口を開いた。

「……断面形状を、円形に戻すべきです。」

 その言葉は、小さく、しかし決定的だった。


 非円形断面(眼鏡型耐圧殻)——それはXXI型における革新の象徴の一つだった。流体力学的な最適化、内部配置の自由度向上を狙った設計。

 だが現実には、それは製造の複雑化と、構造効率の低下を招いていた。

 円形断面は古典的だ。しかし同時に、最も強度効率に優れ、製造誤差にも強い。

 それは「後退」ではない。むしろ、合理性への回帰だった。

 デーニッツ提督はゆっくりと頷いた。

「採用する。」

 ただ一言。

 その瞬間、新型艦の骨格は定まった。


1943年6月、ベルリン、ドイツ海軍総司令部(OKM)

 仕様決定会議は、ほぼ連日行われた。

 だがその性質は、これまでとは明確に異なっていた。それは改良ではない。

 「再定義」だった。

 シュノーケルは全面的に再設計される。  曲面主体の形状は廃され、平面構成へと改められる。目的は明確——生産性の向上と、レーダーステルス性向上の両立。

 機関部は出力強化を前提としつつ、過負荷運用を避ける設計思想が導入される。最大性能ではなく、安定稼働を優先する。

 そして最大の変更点——内部配置の全面的見直し。

 これまで詰め込まれるだけだった装備は、機能ごとに再整理される。整備動線、交換作業、乗員の動き。

 すべてが計算対象となった。

 それは「急造兵器」の発想ではなかった。  長期運用を前提とした、体系的兵器設計だった。


 会議の終盤、ここで新型艦の名称が議題に上がる。


「本艦は、XXI型Uボートの単なる改良型ではない。」

 当然である。そもそもXXI型Uボートの仕様変更は、軍需省と取り交わされた合意に対する明確な違反なのだ。


 議論は短かった、結論が最初から決まっていたかのように。


「本級の名称を、XXIV型Uボートとする。」

 デーニッツ提督が静かに告げる。


 会議終了後、デーニッツ提督は一人で廊下に立ち止まった。

 地下施設特有の冷気が、軍服越しに伝わってくる。遠くで、発電機の低い唸りが響いていた。

 戦争は続いている。時間は、残酷なほどに限られている。

「……間に合うか。」

 呟きは、誰にも向けられていなかった。

 だがその問いに、答えはない。

 あるのはただ…進むという選択だけだ。

 後戻りはできない。既存の延長線ではなく、未来を選んだ以上、その結果がどうであれ、進むしかない。

 地下の静寂の中で、新たな戦いが確かに始まっていた。



 ちなみに新型潜水艦の開発に関してシュペーア軍需大臣からお小言をもらうことになるのだが、しかし構造が単純化されることもあって軍需省からはドイツ海軍の予想を超える支援が与えられることになる。

 XXI型Uボートの欠陥を完全に潰した(架空の)新型UボートであるXXIV型Uボートの設計が進んでいきます。



 次回は(いよいよ)戦闘回です。

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