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第八話 信頼性改善狂騒曲 〜第三楽章〜

 それではXXI型Uボートで最も深刻な欠陥の一つを潰していきたいと思います。

 とはいえこれはドイツ海軍だけでは出来ないことなので、軍需省にも手伝ってもらうことになります。


 ちなみに、ここまで迅速に協力体制が構築出来た最大の理由が総統閣下がブチギレたからというとても皮肉な裏話があるのですが、本筋から外れてしまいますし省略です。

1943年5月30日、ベルリン。軍需省本館、軍需大臣応接室。

 重厚な扉が静かに閉じられると、外界のざわめきは切り離された。室内には、書類の紙擦れと時計の刻む音だけが残る。壁には生産統計のグラフと艦艇の設計図が整然と掲げられ、戦争がもはや工場と机上で決する段階に入っていることを示していた。


 海軍総司令官、カール・デーニッツ提督は、帽子を脇に抱えたまま直立していた。その表情は硬く、前線から遠く離れたこの場所においても、戦場の緊張を帯びている。


 対する軍需大臣、アルベルト・シュペーアは、机越しに静かに視線を向けていた。彼の背後には、各地の工場配置図と生産ラインの写真が並んでいる。


「で、提督。問題は例の新型潜水艦ですか」

 シュペーア軍需大臣の声は穏やかだが、要点を外さない。


「その通りです」

 デーニッツ提督は即答した。

「XXI型Uボート。本来であれば、大西洋戦の様相を一変させるはずの艦です。しかし現状は……」

 言葉を切り、彼は机上の報告書を押し出した。

「故障の連鎖です。電気系統、バッテリー、溶接部。出航前に不具合が見つかり、修理で時間を失い、出航しても途中で帰投を余儀なくされる。これでは戦力にならない」


 シュペーア軍需大臣は報告書に目を落とし、数ページを素早くめくった。

「量産方式の問題でしょう。モジュール化と分散生産は、空襲下では不可避です」


「承知しています」

 デーニッツ提督は一歩踏み出した。

「しかし、現状の品質では意味がない。艦は海に出て初めて兵器です。工場で完成しても、海で故障するならば、それは未完成品と同じだ」


 短い沈黙が落ちた。


 シュペーア軍需大臣は椅子に深く腰掛け、指を組む。

「提督、あなたは何を求めているのですか。具体的に」


「品質検査の徹底です」

デーニッツ提督の声は低いが明確だった。

「各工程での検査を義務化し、不良部品の流入を止める。さらに、公差管理を厳格にする。現在の部品は、規格のばらつきが大きすぎる」


「公差を厳しくすれば、生産速度は落ちます」

 シュペーア軍需大臣は忠告する。


「構いません」

 即答だった。

「動かない艦を百隻並べるより、確実に戦える艦を十隻出す方が価値がある」


 シュペーア軍需大臣はその言葉を吟味するように、しばらく沈黙した。やがて立ち上がり、背後の生産統計に歩み寄る。

「現場は、すでに限界に近い。熟練工は徴兵され、工場は空襲を受け、資材も不足している。その中で精度を上げるには……」

 彼は振り返った。

「工程の再設計が必要です。検査工程を追加し、測定器具を標準化し、責任の所在を明確にする。つまり、生産体制そのものを組み替えることになる」


「それでもやるべきです」

 デーニッツ提督は一歩も引かなかった。

「この艦に賭けています。これが機能しなければ、大西洋は失われる」


 その言葉には誇張がなかった。現状の戦況を踏まえた、冷徹な評価だった。


 シュペーア軍需大臣はゆっくりと頷いた。

「分かりました。品質検査と公差管理の強化を命じます。ただし条件があります」


「何でしょう」


「海軍は、設計変更を凍結すること。現場は仕様変更に振り回されています。設計が揺らげば、いかなる品質管理も機能しない」

 デーニッツ提督はわずかに目を細めた。

「……合理的な要求です。受け入れましょう」

 短い合意だった。しかし、その内容は重い。


 シュペーア軍需大臣は机に戻り、ベルを鳴らした。副官が現れる。

「記録しなさい。潜水艦建造における品質検査体制の強化、公差管理の厳格化。即日実施。対象は全造船所および関連工場」


「はっ」

 副官が退出すると、再び静寂が戻る。


 デーニッツ提督は帽子を手に取り、軽く会釈した。

「感謝します、閣下」


「結果で示してください、提督」

 形式的な言葉だったが、その裏には明確な意味があった。時間はない。失敗は許されない。


 扉が閉じる。


 デーニッツ提督の足音が遠ざかる中、シュペーア軍需大臣は再び報告書に目を落とした。そこに並ぶのは数字と不具合の記録。しかし、その背後にあるのは、海の底で沈黙する艦と乗員たちの現実だった。


 戦争は、もはや勇気や精神だけでは支えきれない段階に入っている。


 精度と管理――それこそが、次の戦場だった。


 なお数箇月後、油圧システムの信頼性を向上させるべくより大型化した新型Uボートを設計して起工前のXXI型Uボートが全キャンセルされることになるのだが、この時はデーニッツ提督もシュペーア軍需大臣もそのことを知る由も無い。



1943年6月、北ドイツ某所――XXI型Uボートの船殻ブロックを製造する巨大工場。

 鋼鉄の匂いと油の煙が漂う組立棟の中で、半完成の船殻ブロックが無数に並んでいた。本来であれば規格化されたはずのそれらは、しかしよく見れば微妙に歪み、接合部の隙間やリベット列の乱れが目立つ。量産の名のもとに急がれた結果だった。


 その中央通路を、黒い外套の一団が進んでくる。

 先頭に立つのは、軍需省の代表として派遣されたアルベルト・シュペーアの側近官僚。そしてその隣には、海軍総司令部の技術将校――カール・デーニッツの名を受けて来た監督官が歩いていた。


 工場長が慌てて駆け寄る。

「ようこそお越し下さいました。現場はご覧の通り、全力で生産を――」


「全力で、か」

 軍需省の官僚は言葉を遮った。その視線は、ブロックの接合面に向けられている。

「これは“全力”ではなく、“粗製乱造”だ。規格公差をどの程度で管理している?」


 工場長は一瞬言葉に詰まる。

「……図面上は±5ミリ以内としていますが、現場判断で多少の――」


「多少、では済まない」

 今度は海軍技術将校が口を挟んだ。彼は手袋を外し、接合部に指を滑らせる。

「ここは既に8ミリはズレている。これでは水圧を受けた際に応力が一点に集中する。潜航深度が設計値を満たせないばかりか、最悪の場合、船体破断だ」


 工場内に緊張が走る。

「だが、現実問題として生産速度を落とせば――」


「速度の問題ではない」

 官僚の声は低く、冷静だった。

「品質の不良は、最終的に“時間の浪費”となる。修理、再建造、沈没――どれも生産効率を著しく損なう。軍需省はこの状況を許容しない」


 彼は書類を取り出し、工場長に突きつけた。

「本日より、以下の措置を即時実施する。


 一つ、全ブロックの加工に専用治具を導入し、寸法誤差を機械的に制限すること。

 一つ、溶接工程を熟練工に限定し、資格制度を設けること。

 一つ、各工程に検査員を常駐させ、工程内で不良を排除すること。

 一つ、ブロック完成時の最終検査を海軍立会いのもとで実施すること」


 工場長の顔色が変わる。

「そこまでやれば、確実に生産数は落ちます」


 沈黙が落ちた。


 その沈黙を破ったのは、海軍技術将校だった。

「我々が必要としているのは“数だけの艦”ではない。“戦える艦”だ」

 彼は工場の奥、並ぶ未完成ブロック群を見渡す。

「現状のままでは、前線に届く前に戦力として計上できない。デーニッツ提督は明確に指示している――“信頼性なき潜水艦は、敵に対する贈り物に等しい”と」


 工場長はゆっくりと息を吐いた。

 理解している。だが現場には現場の事情がある。それでも――

「……分かりました。工程を全面的に見直します」


 その言葉に、官僚は小さく頷いた。

「軍需省から技術指導班を常駐させる。治具設計、工程管理、品質統計――すべて支援する。ただし」

 一拍置く。

「結果は求める」


 その瞬間、単なる視察は終わった。ここからは“再建”だった。


 工場のサイレンが鳴る。昼の交代時間を告げる音だ。


 だが、この日を境に、その音の意味は変わることになる。単なる作業の区切りではない。精度と規律に基づく、新たな生産体制の始まりを告げるものへと。


 鋼鉄の塊だった船殻ブロックは、やがて“潜るための構造物”へと変わっていく――その第一歩が、いま踏み出された。

 なおXXI型Uボートは既に初期計画のXXIA型(検査して初期計画通りで良いと認められた選ばれし船殻ブロック&設備から生産。)と信頼性のために敢えて古い(IX型Uボートの)設備を用いるXXIB型と電気系統の見直しだけ適用したXXIC型の3種類に分かれている模様。

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