episode,Ⅳ:讃美歌に誘われ
【登場人物】
*釘鎹聖綴(12歳)……身長142cm。赤ん坊の頃、自動車事故により両親を失った唯一の生き残りでキリスト教児童保護施設から脱走し無意識にスラム街に辿り着き、仲良くなったヴェルハルトと犯罪に手を染めながらも人生を謳歌していく。しかし、突然の暴走車にはねられ呆気なく死亡する。
*柊ヴェルハルト(14歳)……身長166cm。日本人の母とフィンランド人の父を持つハーフだが父親を病で失って以来、五人姉弟の真ん中だが居場所を失い家出をしてスラム街で生きていたが聖綴を拾ってその兄貴分となる。聖綴を失ってからは一匹狼として生きる。父の影響でキリスト教信者だが神を信じてはいない。碧眼に長い金髪を後ろ一つに結んだヘアスタイル。
*ナムウドッグ=チリプス・ナタスレグアトサエブ(年齢不詳)……身長198cm。釘鎹聖綴という少年の人生を生きた核なる存在。美麗と醜悪が混ざった外見をしている。自分の存在に疑問を抱く。
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煉獄に於いては、日没から翌朝の日の出まで太陽が沈んだ後の水平線が昼間を閉じ込めている間、霊魂達は斜面の周りをさ迷い歩くだけで浄罪の為に上の方へ、登る事が出来ない。
その為に釘鎹聖綴と柊ヴェルハルトは煉獄前域で出会ったソルデルロに案内されて、その場所の全域が見渡せる高台で一夜を明かす事になった。
そこは草木が金や銀や宝玉の様に輝く美しい場所で、高台の下からは"幸あれ女王様"と歌う賛美歌が聞こえてきた。
その歌は、聖母マリアを讃える有名な賛美歌だ。
『~♪ようこそ、女王様。情け深い聖母様我等の命よ、甘美さよ、希望よ、ようこそ。追放されたエヴァの子供達である我等は貴女に呼びかけています。我等は悲しみ嘆いています。この谷の中で悲しみに暮れ涙を流しています。さぁ、我等の女救世主様、貴女の憐れみ、深い眼差しを我等に向けたまえ。貴女の母胎の祝福されし果実イエス様をこの様な追放の後の我等に差し向けたまえ、おお、慈悲深き、おお、愛情深き、おお、甘味なる処女マリア様♪~』
それを聴き終えて、ヴェルハルトがゆっくりと口を開いた。
「俺の親父がフィンランド人であった事は、聖綴も知ってるよな」
「うん。そうヴェルから聞かされてるから」
聖綴は首肯する。
「その親父がキリスト教だったからさ。俺は父に連れられて教会に行く事が多かったんだ。そこでよく、賛美歌を聴かされてたなってのを、改めて思い出す。まさかなって、俺は地獄で死んだ親父を捜してみたが、幸いな事にそこに親父はいなかった……この先で、また親父に会えたらなって、思ってる」
すると聖綴は、小さく笑った。
「いるよ。きっと。俺の両親もいたらいいな……顔、知らないんだけどね」
聖綴の両親は、彼が赤ん坊の頃に自動車事故で死亡し、その場で一緒だった聖綴だけは無事、生き残ったのだ。
それは今にして思えば、聖綴の魂であるナムウドッグの影響によるものだろう事を、判断出来たのだが。
そんな二人の話を聞いていたソルデルロが、そっと尋ねてきた。
「お二人共、ご両親がおられぬのですか?」
これにヴェルハルトが答えた。
「ああ。聖綴はな。俺はまだ母親が残っている。そしてクソくだらねぇ姉弟達も」
ヴェルハルトは言うと、皮肉混じりに鼻息を鳴らす。
「姉弟とは仲良くすべきですよ。でなくば──」
ソルデルロがそう言いかけたのを、ヴェルハルトが遮る。
「あーあ! 地獄に堕ちるって言いてぇんだろ! 別にいいよこの際地獄に堕ちてもよ‼」
「しかしですね──」
こうしてソルデルロとヴェルハルトが言い合っていた時だった。
聖綴が聞こうとしても何も聞こえなくなったのは、一人の魂が立ち上がり、聞いて欲しいとばかり手で合図をしているのを認めたからだ。
その霊魂がとても敬虔に、そしてとても優しい旋律でその賛美歌を歌い出した時、その歌声で聖綴は自分自身を忘れさせた。
その時に歌われた曲は、日課の終わりを告げて鳴らされる"終祷の鐘"に照応して一日の最後の祈りで歌われる賛美歌『昼の光が消える前に』だった。
「~♪昼の光が消える前に、万物の創造主よ、我等は貴方に嘆願します。いつも変わらぬお慈悲で以って見守ってくださる守護者であられん事を。夢魔や眠りに現れる悪霊は遠くへ去らん事を。我等に害を為す敵を粉砕せよ。そして、我等の肉体が汚れないものであらん事を。与えたまえ、全能なる父よ、貴方と共に、また聖霊と共に、君臨している主イエス・キリストによって安らかな眠りを与えたまえ。アーメン♪~」
すると他の霊魂達も優しく敬虔に、両目を天界の車輪の方を見上げながら、彼の後に続いて全員がその賛美歌の全てを歌い出した。
最初の歌い出しは一人の霊魂による独唱だったが、それに全員が加わって合唱になった。
『昼の光が消える前に』は、教会で祈りを捧げる者であれば誰もが知る、有名な賛美歌だ。
崖の上からそれらの霊魂を眺めていた聖綴、ヴェルハルト、ソルデルロは、谷底へと降りた。
そうして谷底の霊魂達と何だかんだ話し込んでいるうちに、愛によって力を与えるあの美しい惑星、明けの明星金星が彼等を出迎えた。
間もなくが高台の上で夜空を白けさせてきた。
こうして聖綴達がいた煉獄の島では美しい曙の白くほの朱い頬が時と共に燃え立つ様な柑子色に変わっていった。
これにて、煉獄前域の境界へ向けて歩き始め、到着した時にはすっかり爽やかな朝だった。
ここまで歩いて来た聖綴とヴェルハルトと吟遊詩人ソルデルロが、草の上に腰を下ろした。
ところが、肉体を持っていた"普通の人間"であるヴェルハルトだけは、睡魔に負けて草の上で眠ってしまった。
「やれやれ。仕方ないなぁ、ヴェルったら」
聖綴は、クスッと小さく笑うとグッと背中を丸めた。
すると、ググンと全身が発達したのを、ソルデルロは思わず目を見張った。
今しがた迄十二歳の少年だった聖綴が、長身で体格の良い大人に変化したからだ。
誰でもそんな光景を見たら驚くだろう。
「それが、君の正体かい?」
「いや、まだこんなのは、本体の40%だ。恐らく100%になったらこの煉獄を、通してもらえないだろうからな」
聖綴改め、ナムウドッグ=チリプス・ナタスレグナトサエブはやんわりと述べる。
ヴェルハルトと行動を一緒にする様になってからは、ナムウドッグは敢えて自分に縛りを加えているがこうした突如とした時は、少しだけ自分の力で戻れる様に解れも加えていた。
その代わりとして、全開ではない様にしてある。
一見すると、ただの大人の人間でしか見えない。
「君は、悪魔……とかの類かい?」
「さてな。それが判らないから、ここにいる。我はここに来る前は、地獄をこの子と共に巡って来たのだ」
「では自分が誰なのかも、判らないと?」
「うむ。我は自分探しの旅に、この少年にも付き合ってもらっている」
ナムウドッグは言うと、眠っているヴェルハルトの金色の長い髪の頭を、優しく撫でた。
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