肩の力を抜く
葵は矢の飛んできた方向に向かって走った。
『あの角度と方向から飛んできたと言うことは、あそこしか無い!!』
3階建てのアパートを駆け上る。
途中、住人らしき女性とすれ違い様に驚かれる。
「きゃっ!!」と小さく悲鳴を漏らされたが、あまりにも必死すぎて無視して走った。
そして屋上へと繋がる古い鉄製の扉を開ける。
「ハァ・・・ハァ・・・」と肩で呼吸をしながら屋上を観察した。
しかし、誰もいない。
気配すら無い。
屋上に出て痕跡らしきものが無いか確認するが、結局何も見つからなかった。
その夜、葵がベッドで横になっていると、ディンブラが来た。
「入るよ」と声をかけて中に入る。
いつまでも天井を見て考え事をしている葵に声をかける。
「ねぇ、今日、どうだったの?」
そう聞かれてうんざりしたようにため息混じりに答えた。
「ダメだったよ・・・。取り逃した」
ディンブラもため息を吐いてソファーに腰掛ける。
「そっか・・・君ほどの人でも取り逃すって、本当に手練れなんだね」
「そうだろうか・・・?」
そう言うとやっと体を起こした。
「俺はその前にジャトロファとソルガムに出会ったんだ。それまで1人で行動している時には視線は感じても、殺気も攻撃も無し、帰ろうとした時に2人と出会って会話をしていた。その時にやっと殺気を感じて矢も飛んできたんだ。それまでの垂れ流すような気配、誰かといると射ってくる矢・・・目的は掴めないのだが、ただ玄人ではない」
「そうなの?それで、そんな素人じみた相手にどうして葵くんほどの人がここまで手こずっているの?」
葵は少し黙ってから答えた。
「・・・まぁ、言い訳がましいけど、俺が誰かと会話をして相手から気が逸れたというか、油断した時に毎回射ってこられるんだ。警戒が解けた瞬間をねらっているのか?絶対に俺のことは見張っているのに、今日一日ディンブラは狙われなかった。一緒にいるとその相手は狙われるが、俺といないと射たない・・・俺を狙うでもなく、かと言って一緒にいた人物をその後も狙撃するでもなく。一体、なんなんだ?」
「・・・そうだね。どこの誰で、何が目的なんだろうね?」
2人でいくら考えても一切答えは出なかった。
翌日も葵が敵を探しに出る。
その日はディンブラも外に出た。
「それじゃあ、ディンブラは好きなように過ごしてくれ。俺は今日も探してくるよ」
「わかった!」
頷きはしたものの、すぐに心配そうな表情を見せる。
「大丈夫だ。俺といなければ狙われないよ」
「違うよ!君の心配をしているんだよ!!」
ムキになって言い換えす。
「俺か?」と呆気に取られた顔をした。
「そうだよ!なんでもかんでも1人でやろうとして!!魔王軍みたいな後ろ盾も強い部下もいないんだぞ!ちょっとは他も頼りなよ!!」
真剣に起こるディンブラを見て、少し表情が緩んだ。
「ありがとう。そう言えば昨日ジャトロファとソルガムにも言われたよ。1人でやりすぎだって・・・」
「そうだろ!みんな心配てるんだよ!!」
怒るディンブラに頷いて返した。
「そうだな・・・。わかってる。わかってるけど・・・俺だって魔王軍以外でできた初めての仲間を失いたく無いから、つい1人で戦ってしまう」
納得いかなそうにディンブラは口を尖らせている。
「きっと、この先、ディンブラを全面的に頼ることがあると思う。その時は全力で頼らせてもらうよ。だから、今回の件は俺を頼ってくれ!!」
真剣な眼差しと口調に困ったように眉毛を下げはしたが、頷いてくれた。
「わかった。絶対、今日も無事で戻ってきてよね。約束だからね!」
そう言うと2人は別れた。
葵は今日も街中を探して回る。
だが、今日は一段と視線や気配を感じない。
『全く視線を感じない・・・。昨日の件で警戒しているのか?』
ため息を一つ吐いた。
「それもそうだな。俺だってそうするよ」
呟くように、誰に言うでもなく吐かれたその言葉は葵を脱力させた。
気を張ることなく普通に街の散策をする。
気軽に店に入ったり、本を読んだりして時間を潰す。
この間に何かアクションを起こしてきたとしても、葵ならば十分対処ができるからだ。
今までが気を張りすぎていたことを思い知った。
雑誌の一文に目が止まる。
「肩の力を抜けば上手くいく・・・か。ハハッ、きしめんにも言われたっけな。・・・あ、あの時はうどんか」
なんて魔王軍時代の思い出が蘇ってきた。
雑誌を本棚に戻して、また歩きだした。
街を歩いていると、気が向いたので路地を曲がってみる。
このメリリーシャでは大通りはいくつもあるものの、路地が多くほとんどの場所が入り組んでいる。
そんな路地にも店はあるのだが、狭くて大人がすれ違える程度にしか道幅がないので、日中でも薄暗い所もある。
そんな道を時々足を止めて店を見つつ、突き進んでいると、少し先の路地で女性と男性が言い争っている声がした。
「何してたんだ?お前!!」
「や、やめてください!何もしていません!!買い物に来ただけです!!」
女性は小柄で、マントを羽織り、困ったように言い返している。
「いいや!お前は今までずっと俺の後をつけていた!!何なんだ!!」
「違います!!あなたのことなんてつけてません!!誤解です!!」
「じゃあ、買い物しに来たくせにこそこそとしてるのは何なんだよ!?」
問い詰められて言葉に詰まっている様子を見兼ね、葵が動いた。
「おい、その辺にしておけ!」
思わず、大きな男性が現れたことに驚いて、絡んでいた相手が一瞬黙る。
しかし、自身の立場を守るために言い返した。
「こ、こいつが俺をずっとこそこそとつけていたんだよ!!」
「違います!」
はっきりと断言する。
葵も困ったように鼻から息を一つ吐いた。
「その状況を見てないから何とも言えないが、彼女もあなたの誤解だと言っている。この方も誤解を招くような行動をしていたのはいけないと思うが、ここはお互い様ということで容赦してくれないか?」
眉を顰めていたが、男性もこれ以上付き合いたくないのか、頷いて承諾してくれた。
「・・・わかったよ。二度と近寄るなよ!!」
「むっ!!」と膨れる女性。
そんな女性に笑顔を向ける。
「それでは、これで行かせていただきますね」
「は、はい!!あの・・・」
女性は頬を赤らめてもじもじとした様子で続けた。
「ありがとうございました!!」
「いえ!お気をつけください!」と笑顔を向けて去っていった。
その後、しばらくの間、その女性は茫然と立ち尽くして、いつまでも葵の背中を見ていた。




