シンデレラの記憶①
釣り上がった目に、固く組まれた腕、そしてへの字にひん曲がった口元。
見るからに不機嫌な態度の少女は綺麗なドレスを着て身なりは整ってはいたものの、何に不満があるのか、いつもこの調子である。
どうやら貴族の子どものようで、周りの使用人などが懸命にご機嫌取りをしようとするが一向に治らない。
あるメイドに命令をする。
「真っ赤なジュースが欲しいわ!」
メイドは急いで赤いフルーツのジュースを絞って持って来た。
「お嬢様、こちらをどうぞ」
「ご苦労様」と言うなり受け取り、徐にそのジュースをメイドにぶっかけた。
驚きのあまり声も出ない。
そんなメイドを放置して、また不機嫌な顔をひっ提げて外方を向き、どこかへと歩いて行った。
またある時は庭の掃除をしている使用人の頭の上から水をぶっかけたり、使用人の控室をわざと汚したりしていた。
そんな娘を両親は注意するどころか、かなり甘やかしていた。
元々階級意識の強い家系で、生まれの良い自分たちは使用人みたいな卑しい身分の者を粗雑に扱ってもいい、なんなら雇って敷地内に入れてあげるだけ慈悲深いと思えくらいに思っている。
そんないじめ、差別をする側に立つことが当たり前の家庭で育った彼女は成長するにつれ、かなり過激化していた。
ジュースは愛馬の尿になり、水は愛馬の糞になり、控室には小動物の死骸を置くようになった。
さらにすれ違いざまに気まぐれで蹴られることもあった。
10代の後半となった頃、彼女にも縁談の話が上がった。
相手は自分の家よりもかなり上の地位があり、狩猟も芸事も長け、さらには顔立ちも性格も良いとのこと。
家に招き、何度かお茶をする。
お茶の席では彼女も当然のように取り繕った。
おしとやかで、思いやりがあり、みなを愛して、みなに愛され。
そんな令嬢を演じきった。
その甲斐あってか、結婚の話が進んだ。
これで家も自分も安泰かと思われた頃のこと。
雨風が吹き付け、雷が鳴り、天候が荒れた日、急に破談の手紙が届いた。
なんと、相手は結婚の話が進んだ後にお茶をしに来た時に使用人の様子を見ていただけでなく、こっそりといつもの様子を伺っていたという。
本性を見抜かれたことより、恥をかかされたことへの怒りを抱えて両親が馬車を走らせ抗議に出た。
しかし、それからなかなか帰って来ない。
さらに数日後、両親は崖崩れに遭って亡くなっていたとの知らせが届いた。
両親がいなくなった途端、使用人たちの視線が変わる。
何の権力も無い小娘が何を話しかけようと誰も相手にしない。
それどころか、家中の宝石やドレス、調度品を持ち去っていく者まで出て来た。
すっからかんとなった家に1人取り残された元令嬢。
つい数日前まで自分が絶対的な権力者で、みなが媚び諂い機嫌を取っていたというのにこの有り様はなんだ?
それもこれも、両親が亡くなったせいだ。
いや、その前の大雨か?
いや、その道を選んだ御者のせい・・・。
いや!破断にしたあの男のせいだ!!
怒りが腹の底から湧いて出てくる。
理不尽な状況や、他責と化した悪い結果はやがて怒りと変わり無限に湧き出る。
どうしようもなく収まらない怒りに大きな声を出して泣く。
こうすることでしか発散ができなかったのだ。
もう苛つきを慰めるためにいじめる相手はいない。
夜の闇は静かで、その悔しい涙まじりの怒声だけが周辺に響き渡る。
窓から入る月の光だけが彼女を慰めようとするかの如く照らしていた。
だが、一瞬にして影が覆う。
見ると、大きな声や怒りの感情に惹かれ真紅の色を全身に染めた蜂の魔獣がやって来たのだ。
窓を覆うほどの大きさのある蜂が目の前に現れる。しかし、彼女も引かない。
大きく見開いた目と口で吠えかかった。
「何よ!やれるもんならやってみなさいよ!!私を誰・・・」
窓を割って入って来たその魔獣は一気にかぶりつき、頭を取った。
齧っては咀嚼をし、器用に手足で丸める。
その様は蜂の捕食と同じ要領だった。
とうに話さなくなりしばらく経った頃、令嬢は一つの肉塊となった。
やっとその肉塊を飲み込み、魔獣は令嬢の姿を模した。
茶色かった髪は赤く染まり、毛先にかけて明るくグラデーションがかかる。
その毛先は揺れるたびに火の粉が放たれる。
情熱的な髪色に反して、血色は悪く病人のように青白い肌の色をしている。
「あー、イライラする」
気怠げに言い放つと、空っぽの家を見渡した。
「そうだ、あの下衆ども・・・。思い出したわ。とりあえずお返ししないとね・・・」
それから窓を突き破って飛び出した。
その途端、元気を取り戻したのかいつものように大きな目と口を開けて高笑いをした。
「あっはははははは!!何これ!!最高じゃなない!!力が漲る感覚!!」
大空をツバメのように飛び、夜の繁華街へと降り立つ。
そこで見つけたのは元使用人たち。
家の家財道具一切を売り払った金で男も女も飲みほうけていた。
そこにみすぼらしい格好で現れる。
ドレスも靴も何もかも追い剥ぎのように奪われた元令嬢は、見る影もなかった。
盗る物を盗って、情けで渡されたボロ布でできた服を身に纏う。
足元は当然、裸足だ。
注目が集まる中、元使用人たちだけは青ざめていた。
「お、おい・・・今更何だよ?返せって言ったって無理だからな?見ての通り全部売り払ったんだよ!!」
「そ、そうよ!それにあなたに何の権力も無い!両親が死んでただの何もできない小娘になったのよ!!」
「そうだ!あの家だって今日買い手がついたんだからな!!」
「これで家すらなくなった!哀れね!!こう言う時に助けてもらえないのはあんたが悪いのよ!!」
勝手なことを言いまくる元使用人たちに微笑を向けながら、堂々を立っている。
彼女は何一つ怯むことはなかった。
「あんたにはボロ切れの服がお似合いよ!」と前に出た、かつてジュースをぶっかけたメイドが言う。
そこで一つ息を吸い、口の前に手を添えて息を「ふっ」と吹いた。
彼女の口元から現れた炎はあっという間にメイドを包み焼き尽くした。
「きゃあ!!」「ひぃぃぃ!!」と腰を抜かし、逃げ惑う元使用人たちを同じ要領で灰に変える。
「あっはははははは!!いい気味!!なんって!気持ちいのかしら?」
その後も高笑いをしながら空へと飛んでいった。




