シスターの与える選択肢
通り過ぎ、隠れ通したと思ったのだが、なんとシスターは真横にいたのだ。
「木は汗をかかないのよ。それと、安堵のため息も」
まるで悪魔(聖女に対して実に不適切な表現)のような存在を前に息すら吸えなくなった。
そんな状態の相手を嘲笑うようにクスクスと笑い声が聞こえる。
もしかして今、天国行きか地獄行きかの最後の審判をされている?とか思ってしまうくらいの絶望感が押し寄せている。
「フフフ・・・木でも息くらいしてもいいのよ?」
さらに緊張感が走り、余計に口元を固く閉じてしまった。
「吸いなさい」
低い声の命令口調の言葉に、義務的に息を吸った。
呼吸が肺に入るなり、汗が吹き出す。
詰まっていた呼吸が一気に開通し、何度も小さく浅い呼吸をくり返して酸素を体に取り入れていく。
恐怖で真隣にいるシスターのことを見ることができない。
見れば一生後悔するほどの恐怖に見舞われると思ったからだ。
今に思えば、ここの隙間に隠れた時から恐怖のあまり幻覚を見ていたのかもしれない。
ここに隠れた時にはすでにシスターに見られていて、シスターがゴミ箱の横に隠れた形跡の温もりを確認してどこかへ行ったのも、この隙間を通り過ぎたというのも、単なる自分の願望から発せられた幻覚だったような気がしてきた。
なぜなら、シスターが来た方向には背中を向けているのだから。
見ていた気になっていたが、ずっと見られていたのは自分の方だったのだ。
隠れられてなんていなかった。
初めから、このシスターの恐怖で思考を支配されていたのかもしれない。
恐怖心からの幻覚を見ているこの状況こそが、彼女の思い通りというか、掌で泳がされていたということなのか!!
その時、シスターが徐に声を発した。
「選びなさい。私に従うか、ここで本物の木になるか。・・・さぁ」
淡々と発せられるその言葉に戸惑う。
『え?本物の木になるって何?』
とは言え、この聖女擬に従った暁には何があるというのか?
きっと魔女裁判的なことをされて葵さまに矢を引いたという罪を名目に磔刑にされて処刑されるに決まっている!!
『絶対、嫌だ!!』
しかし、答えないという選択肢を与えてはくれないであろう。
その選択肢を強行すれば、どうやるのかわからないがここで木にされてしまう。
不動で瞬きも呼吸のタイミングも感じさせず、真隣で微笑み続けるこの聖女の面を被った悪魔が永遠にでも返事を待とうとしていた。
「し・・・従います・・・」
女狩人は一瞥もせずに頷いた。
だって、怖かったもん・・・。
そしてシスターの後をついて行く。
一見どこにでも隙があり、いつでも逃げられそうで、背中だって見せているから全然襲えそうなのだが・・・。
『全然わからない・・・どうやって逃げればいいというの?全く希望が見えない・・・』
1μ(ミクロン)ほども希望の光が通る隙間もないほど、絶望の壁で埋め尽くされている。
『ど、どうしよう?・・・私、どうなっちゃうの?』
もう泣きそうになっていた。
この数分でかなり憔悴していた。
葵に一目惚れをして、自分の好意を伝えたくて、そばにいたくて来ただけなのに・・・。
元々は健気な田舎の狩人だというのに。
もしかしたら、これが噂の美人局なのかもしれない。
「そうだ・・・葵さまという美しい男子を田舎娘に宛てがって、ついて来た情弱バカをこうやって次々に捕獲して・・・悪魔に人肉を与えているんだ。・・・この聖女の面を被った悪魔とあの葵さまは契約しているんだ。・・・いや、もしかしたらこの悪魔の骨なり髪の毛なりで生成したキメラだったのかもしれない・・・」
などとぶつぶつと呟きながらついて行く。
シスターは聞こえているのかいないのか、同じ調子で歩いて行く。
「よく考えたらあの葵さまと言う方も、私の気配の察知力、転けかけた時の俊敏さ、追い詰める際の冷酷さとかその他色々と人間離れしていたよね?ねぇ?」
すると、シスターが目の前で立ち止まった。
「着いたわよ!」
着いたのは意外にもまともな教会。
外観を見上げて傾げる。
「あ、あれ?ココ・・・・」
ここへは葵たちが到着する前に街の散策時に下見をしていた教会だ。
中へは入ってないが、街の紹介をしているリーフレットにもしっかりと伝統的な教会の一つだと書かれていた。
「ここが私の駐在している教会よ!あなた、どこから来たの?」
振り向いたシスターの表情も声色もさっきとは違い、優しさと温情に包まれている。
しかし、さきほどの悪魔そのもののようなシスターも見ているので、身分を明かしてもいいのかと戸惑う。
「・・・アラビアータの付近にある、狩人の町です」
一旦答えた。
今の優しいシスターから一切邪悪なものを感じなかったからだ。
というか、このまま従っていたらあの悪魔が表に出ることなく、逃げられるんじゃないか?とも考えていた。
「そう!どこで葵さまを知ったの?」
『あれ?葵さまと私の出会いを知らない?・・・じゃあ、葵さまキメラ説は消えたか』
ちょっとほっとした。
「私の住む地元です・・・。旅に来られていて、あんなかっこいい人見たことなくって・・・」
それを聞いたシスターはニコッと微笑みかけ「合格よ!」と言った後、教会の扉を開けた。
「さぁ、お入りなさい!!」
中に入ると、本当に至って普通の教会だった。
何の違和感もない。
一つ言うなら、大都会の教会なだけあって広くてとても綺麗にされている。
唖然と見渡して中に入った。
「一番前の席に座りなさい!」
言われるがままに座ると、シスターは奥へと消えて行った。
『・・・な、何だろう?いいのかな?ここにいて・・・』
不安からそわそわとしながら待っていると、教会の鐘が鳴り響いた。
大きな音に緊張して姿勢を正すと、後ろの扉から人々(全員女性)が続々と入って来た。
そしてあっという間に満席になってしまったのだった。




