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悲劇のゾールシカ ※ただし王子さまは常に隣に  作者: 角 秋也


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 あれから数週間が経った放課後、指定された体育館裏へ向かった。呼び出した生徒は見覚えすらない生徒だった。

「上田さん、好きだ! 付き合ってくれ!」

「ごめんね、私には好きな人がいるの。それに、あなたの事何も知らないし。だから、付き合えない」

 私が断ると、

「待って!」

 彼は私の腕を掴んだ。でも、対処法を習ったお陰か恐怖心は然程なく。

「よいしょ、っと」

 習った通りの動きをすると彼は大袈裟に痛がり私の腕をギブアップの意味で二回叩いた。

「女の子の腕を無理に掴むのはマナー違反だよ? じゃあね」

 そう言い残し、角を曲がると有希ちゃんと佐助君がいた。

「すげえじゃん杏南ちゃん! 何あれ、親父さんにでも習ったの?」

「うん。抵抗する手段があれば怖さも薄れるかと思って。正解だったみたい」

 今はもう平常心だ。

「良かったー! 腕掴まれた時出て行こうかと思っちゃったよ!」

「もうあれくらいで動じる私じゃないのです」

 少し自信がついてドヤ顔をしてしまった。

「なんにせよ良かった。成長、したんだな」

 心底安心したという顔で佐助君は言った。

「そういえば佐助、杏南にまだアレ伝えてなかったわよね?」

 有希ちゃんが何やら言った。

「アレ? ああ、そういう事か。俺ら、付き合い始めたんだ」

「えぇっ!?」

 大ニュースだ。こんなサラッと話す内容じゃない。

「杏南がいない時になんとなく距離が縮まってね」

「え、告白はどっちからしたの!?」

 私の問いに、

「俺からしようと思ってたんだけどよ……もたもたしてたら有希に『あんた、私のこと好きなの? 嫌いなの? はっきりしなさいよ!』って詰められて……」

「『好きです、付き合ってください』って言わせたのよ」

「は、はは……」

 しっかりと尻に敷かれている。でもまあ、幸せそうだしいいのかな。

 二人はいいな、一緒に居られて。勇人はもう、プロレスの寮に入ってしまった。厳しい修行の日々で、携帯もほとんど繋がらない。寂しくないと言えば嘘になる。でも、今なら待てる。自衛もできるし、何よりこのお守りがある。ブレザーの懐に携帯しているお守りをギュッと握り決意を新たにした。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 俺が入団して一ヶ月の月日が経った。

 消灯時間を過ぎた道場の寮。

 六畳一間の狭い個室で、俺は湿布の匂いに包まれながら、佐助から送られてきた「関節技入門」という本に目を通していた。

 体中が悲鳴を上げている。今日のスクワットは千回を超えた。受け身の練習で背中は痣だらけだ。それでも、少しでも早く強くなりたかった。

「こういう時はこの角度で──」

 俺は痛む腕を動かし、イメージトレーニングを繰り返した。

 その時、ドアがノックもなく静かに開いた。

「よう、新入り。まだ起きてんのか」

「ええっと……篠原さん、木村さん?」

 入ってきたのは、二人の先輩レスラーだった。

 一人は緑色の髪で襟足だけ長い、真面目そうな篠原さん。もう一人はスキンヘッドで、少しおちゃらけた雰囲気の木村さんだ。

「師匠から、愛弟子に差し入れだとよ。ほらよ、最高級プロテインだ」

 木村さんがドサッと、巨大なプロテインの袋を俺の膝の上に置いた。

「あ、ありがとうございます……!」

 俺が頭を下げると、木村さんが俺の持つ本に目を止めた。

「関節技の本か? お前、今日は受け身の練習でボロボロじゃねえのか?」

「体は痛いですけど、頭は元気なので」

 俺は真剣な顔で答えた。

「俺はスタートが遅れてます。早くデビューして、一人前にならないと……俺には、守らなきゃいけない人がいるんで」

 俺はそれに、と言葉を繋げた。

「放たれた攻撃を避けるのではなく全て受け止める。そんなスタイルが俺は好きです」

 俺の言葉に二人は目を合わせ、ニヤリと笑った。

「木村、どう思う?」

「ガッツあんなあ。いいぜ、本じゃわからないコツ、教えてやるよ」

篠原さんは俺に立ち上がるよう言い、俺の前に立った。

「で、なんで関節技なワケ? お前の体格ならパワーファイトだろ」

「俺は自分の筋力には自信があります。だからこそ、搦め手を知る必要があるんです。かけられるなら、かけられるようになりたいし、せめて抜け方だけでも学ぶべきかと」

「なるほど、理にかなってるな。手首の極め方だけ教えてやるよ。手出せ」

 そう言うと篠原さんは俺の手を掴んで慣れた手つきで捻った。

「ぐっ……!」

 俺は顔をしかめた。関節が悲鳴を上げる。

「力で逃げようとするな。回転に合わせて動くんだ。……そう、そこだ」

 篠原さんはコツを教えてくれ、俺にかけさせた。

「ズブの素人ってのは本当みたいだな。ま、明日からのスパーリングで体に叩き込んでやる」

「はい! お願いします!」

 俺が元気よく答えると、それまで静かに見守っていた木村さんが口を開いた。

「ところで」

「なんです?」

「お前、師匠の娘さんと付き合ってんだってな。奥さんがあんな美人だからよ、娘さんも可愛いのかなって」

「……可愛いですよ。この世で一番。でも、渡しませんよ」

 俺の鋭い視線に、木村さんはおー怖、と肩をすくめて見せた。

「まあ、師匠の娘に手を出すなんて命知らずなマネ、俺らにはできねえよ。師匠、自分の時と同じことしそうだし」

「自分の時……?」

「知らねえのか? 師匠と奥さんの馴れ初め」

「いえ……何かあったんですか?」

 全く意識していなかった話題に俺は素朴な疑問を投げかけた。

「おい木村、それは……」

 篠原さんの制止も効かずに木村さんは口を開いた。

「いいじゃねえか。ここだけの話、ってヤツだよ。『アイアンブリザード』って異名のレスラーは知ってるか?」

「いえ……プロレス界には疎くて……」

 俺は申し訳なくて体を縮こませた。

「まあ昔の話だしな。師匠の奥さんの父親もロシアじゃ伝説的なプロレスラーだったんだ。『アイアンブリザード』──鋼鉄の吹雪って異名を背負っててな」

「『アイアンブリザード』……」

「んで、その親父と師匠は闘ったんだよ。勝ったら娘を寄こせってな」

「えっ……」

 あの温厚な女性を巡ってそんな血なまぐさいことが、と俺は絶句した。

「動画サイトにも残ってるぜ。壮絶な殺し合いみたいな試合だ。師匠はその試合に勝って、奥さんとの結婚を認めさせたんだ」

「勝って、認める……」

 脳裏に師匠の、ギガント上田の顔が浮かんだ。あの大きな壁を、超えなくてはならないのか。

 目標が明確になり、俺は決意を新たにした。

「ありがとうございます、先輩。俺、やるべきことが分かりました」

「お、いい目になったな。明日も早いぞ、さっさと寝ろよ」

「うっす。お休み」

 二人の先輩はそう言い残して、静かに去っていった。

 静寂が戻った寮の部屋で、俺は自分の手を見つめた。

 俺も、勝たなきゃいけないんだ。いつか、お義父さんに。

 俺は再び本を開いた。

 ここからが、本当の戦いの始まりだった。

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